「性格改造承ります〜景麒編」



「小姑景麒め……言いたい放題小言ばっかり……」
 いつもの様に景麒の小言を食らい、ぶつぶつ言いながら陽子は階段に足を掛ける。馬鹿みたいに長いが、呪が掛けられているので全く苦にはならない。
 ふと陽子は足を止めた。
「呪……そうか、この手があったな……」
 陽子はその足でまっすぐ冬官府に向かった。

「という訳で、景麒の性格をどうにか出来る呪をかけてくれ」
 突然の王の来訪に官達は驚いたが、王の命には逆らえない。
 出来るだけ早く頼む、と言い、陽子は冬官府を後にした。

 軽い足取りで執務室に向かい、陽子はわくわくしながら景麒を待つ。
 いつ頃効き目が出てくるんだろう、呪がかかるまでの我慢だ……
 小言に備えて心の準備をしていると、景麒が書類の束を抱えて入室してきた。
 呪が効くまでの我慢呪が効くまでの我慢……と心の中で唱えていた陽子だったが、景麒の顔を見た途端硬直してしまった。
 景麒が……笑ってる……?
 いつもの仏頂面とは打って変わり、景麒は慈悲の生き物である麒麟らしい優しそうな微笑を浮かべている。

 でもなんだか……怖い。
 微笑んでいるのに、普段の無表情と落差があり過ぎて、嵐の前の静けさという感じが拭えない。

「主上、そろそろ政務に入ってよろしいでしょうか?」
 微笑みながら景麒は優しく聞いてくる。いつもなら問答無用で執務室に缶詰めなのに……
 大丈夫だとびくびくしながら答えると、景麒は書類を並べて今日の報告を始める。

 報告はいつも通りだが、笑顔を保ったまま喋る景麒に、陽子は何とも言えない居心地の悪さを感じていた。


「景麒、今言った所、分からないんだけど……」
「ああ、申し訳ありません。私の説明の仕方が悪かったのですね」

 ……おかしすぎる。
 効き目が現れるには早すぎるような気もしたが、呪のせいだとしか考えられない。
 小言も嫌味も言う事無く、丁寧に説明をする景麒。それがこれほどまでに恐ろしいものだとは。
 陽子は居たたまれなくなってきた。
「景麒、ちょっとお茶にしないか……?」
「お疲れになったのですか? 気がつかず申し訳ありません。すぐに淹れて参ります」
 いつもなら、終わるまで我慢しろと言う景麒が、甲斐甲斐しく自らお茶を入れ始めた。

 怖い。ただひたすら、怖い。
 陽子は本気でそう思う。
 いつもとは違い、差し向かいで微笑みながら景麒はお茶を飲んでいる。思わずまじまじと景麒の顔を見つめていると、
「主上?どうかなさいましたか?」
 これまた、にこやかに景麒は聞いてくる。
「いや……お前、何かへん……いや、具合でも悪いのか?」
「その様な事はございません。何故そんな事を?」
 陽子は言葉に詰まる。
 まさか、お前に呪をかけるよう頼んだんだけど、そのせいで今日はいつもと違うのか? などとは言えない。絶対に言えない。
「その……最近忙しかったし寒かったから、体調崩してないかな、なんて思ったんだけど……」
 苦し紛れに言った言葉に、景麒は更に微笑んだ。怖い。
「主上はお優しいのですね。私などの為にその様に気を使って頂けるとは。貴女が王で、私は幸せです」
 陽子は全身から力が抜けていくのを感じた。

 だめだ。調子が狂い過ぎる……
 いくらなんでもこれは変わりすぎである。調子が狂って政務どころではない。
 やっぱり、いつもの景麒が一番かもしれない。
 陽子は深く溜息をついた。
 ――景麒が微笑んでいる傍で、陽子が溜息をつく――
 これでは、立場が逆になっただけでいつもと同じである。

「景麒、すぐに戻るからちょっと待っててくれ」
 不思議そうに見る景麒を後に、陽子は執務室を飛び出した。


 冬官府では、本日二度目の王の来訪と、その王の言葉に驚いていた。
「主上……私共はまだ何もしておりませんが」
 陽子がその言葉を理解するのに、たっぷり数十秒かかった。
「……何もして、ない……?」
 そんな馬鹿な。
 だったら景麒のあれは何だったのだ?
 陽子は混乱した頭を抱えつつ冬官府を後にした。


「主上」
 突然背後から声をかけられ、陽子はぎくりとする。
「なんだ、景麒……なんでここにいるんだ」
 執務室で待てといったはずなのだが。
「先ほどまで、どちらにいらっしゃたのですか?」
「……ちょっと散歩してただけだ」
 苦しい言い訳に、景麒はさらっととんでもない事を言ってのけた。
「呪を解かれたかったのですか?」
 陽子は目を見開く。
「まさか……冬官府まで、つけてたのか?」
 という事は、景麒に呪をかけるように命じた事も、全て聞かれていたことになる。
「主上が冬官府などにどのような御用がおありかと思いましたので」
 もはや陽子は何もいえない。
 信じられないが、さっきまでのあの行動は、全て景麒が自分の意思で行ったという事だ。

「きちんと仰って下されば、呪など必要ありません。言葉が足りないのは、主上も同じですね」
 そう言って、ふわりと笑う――さっきよりもずっと、自然な笑顔で。
「全く、その通りだな……」
 つられるように陽子も笑う。
 案外、自分と景麒は似たもの同士なのかも知れない。

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02/12/13

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