「陽子の脱走大作戦〜PartU」 静寂の中、陽子はいつもの様に脱走を企てていた。 「景麒、ちょっと下界に視察に行きたいんだけど」 「ご冗談を」 とりあえず正攻法で行ってみるが、当然の様にあっさりかわされる。陽子はいつもの様に懲りずに次なる作戦に移る。 「景麒、私の事好きか?」 「好きですよ」 即答され、陽子は言葉に詰まる。 恥ずかしい事を聞いてうやむやの内に脱走するという作戦も、最早通用しないようである。 今までは上手くいったのだが、どうやら景麒にも大分耐性がついてきたらしい。さらりと答え、涼しい顔で筆を走らせている。 陽子は更に考えたが、今の所さっきの作戦より有効な手段は見つかっていない。 となれば………実力行使、である。 陽子は唐突に立ち上がると、景麒が言葉を発する前に脱兎の如く駆け出し窓から飛び出そうとし――前につんのめりそうになる。引っ張られた左手を見ると、いつの間にか手首に紐が巻かれている。紐の先を辿ると、景麒の右手首に行き着いた。 「そ、そこまでやるか……?」 「主上にはこれ位やって丁度いいのです」 「ちょっと待て、このまま政務をやるのか?誰かが来たらどうするんだ!」 「ご心配なく。すでに人払いはしてあります」 「こんな密室に私を閉じ込めて何を企んでいる」 「何も企んでなどおりません。誤解を招く物言いはお止め下さい」 こうなったら引きずってでも…と半ばヤケになり紐を掴むが、それより早く景麒が紐を手繰り寄せて陽子を再び座らせる。 「どうぞ、主上」 そう言って目の前に書類の束をうず高く積み上げた。仕方なく、陽子は政務に戻る。 結局午前の政務を最後まできっちりやらされ、不機嫌を露わにした顔で景麒を睨みつけるが、全くきいていない。 午後は瑛州侯としての政務があるはずだが、それでも陽子の脱走を食い止める事に全力を注ぐ事に決めたらしい。 「景麒、ここは正々堂々と勝負しよう」 「勝負も何も関係ありません。主上は王宮にいるのが普通です」 「だけど、これは卑怯じゃないか!」 陽子は手首にしっかり巻かれた紐を指す。 「主上が大人しく政務をして下さらないからです」 こうなったら、最後の手段である。 「ほら、景麒」 陽子は引き出しの奥からあるものを取り出した。陽子の手の平に乗った小さな赤い物体に、景麒の動きが止まる。 (「麒麟にマタタビ」参照。この実は麒麟にとってマタタビ効果がある) 慌てて口元を押さえるが、もう遅い。 「よしよし、景麒」 完全に遊ばれているのが分かったが、身体がいう事をきかない。陽子に鬣を撫でられ、抵抗出来ずに景麒はその場に座り込む。 「いい子だな――ちょっとお昼寝しような」 背をさすられながら言われ、景麒の意思とは無関係に、どんどん瞼が重くなってくる。 景麒が完全に寝入ったのを確認すると、さっそく陽子は紐を解きにかかるが。 ……外れない。 さほどきつく巻かれているようには見えないのに、何故か全く解けない。苦闘している陽子に、床から頭だけ出した班渠が恐る恐るといった様子で声をかけた。 「主上」 「何だ、どうした」 「それは呪が施されているので台輔でないと解けません」 「……」 しばらく陽子は呆然としていたが、すぐに我に返り景麒をゆさぶる。 「景麒、起きろ、起きてこれを解け! 何だってこんな手の込んだ事やるんだ、卑怯だぞ!」 がくがくと揺さぶられる景麒を気の毒そうに見ながら、班渠は再び床に姿を消した。 結局陽子は景麒が目覚めるまでその場を動けず、更に景麒の説教を食らう羽目となった。 戻る 03/03/02 「陽子の脱走大作戦」の続編です。 今回は珍しく景麒の勝利でしたv |