「Body
Pillow」 「私は見ての通りまだうら若い可憐な少女だ」 「……そうなのですか」 この手の言葉で始まる主の気紛れは、そのほとんどが大抵とんでもない提案だ。しかしすでに慣れきっている景麒は、事実とは素直に認めがたい事を唐突に言われてもとりあえず頷いておく術を心得ていた。 「そうだ。何だ、その疑わしそうな顔と声は!」 「いえ、別に私は何も……」 しばらく睨んでいた陽子だったが、話が進まない為とりあえず不問にする事にした。 「まあいい。とにかく、蓬莱に居た頃の話だが、私にはずっと可愛がっていたぬいぐるみがあったんだ」 「まさか、それを私に取ってこいと?」 「違う。そんな事でわざわざお前を向こうにやる訳にはいかないだろう。そうじゃなくて、だ」 「何を仰りたいのですか?」 「そのぬいぐるみは私と同じ位の背丈のキリンさんのぬいぐるみだったんだ。言われる前に断っておくが、キリンと言ってもお前とは違うキリンだからな。名前が同じなだけだ」 「はあ……そうなのですか」 そのキリンのぬいぐるみとやらを思い出しているのか、どこか遠い目でそう力説する陽子の隣で、今日はどんな無理難題を吹っかけられるのかと景麒は思う。 「そうだ。お前と違って小言も嫌味も言わないし溜息もつかないしずっと可愛い。まあそれはさておき」 痛む胃と頭を押さえたくなる衝動を堪え、大人しく主の次の言葉を待つ。 「私は昔からそのぬいぐるみがないと眠れなかったんだ。こっちに来てからはそれどころじゃなかったから平気だったけど、こうして国も落ち着いてくると、どうしても思い出してしまう訳だ」 と言われても蓬莱の事など景麒には当然分からない。 蓬莱の事でなくとも、何故か意思の疎通がままならないのはいつもの事だが…… 「そして私は一度思い出して考え出すと、どうしても気になって気になって仕方がなくなって眠れなくなるタイプなんだ」 「それは……大変ですね」 「そう、大変なんだ。という訳で、お前が責任を取れ」 「な、何故そうなるのですか……?それに責任と言われましても私にはどうにも……」 話がさっぱり見えず困惑する景麒に、陽子は畳み掛けるように続ける。 「鈍い奴だな。私はそのキリンのぬいぐるみが欲しい。ないと眠れない。だけど取りには戻れない。そしてお前がもしもっと上手く立ち回って追手もかわして契約の時ちゃんと説明してくれてれば、私は絶対にあのキリンのぬいぐるみを蓬莱から持ってきたはずだ。これらの事から、今私の手元にあのキリンのぬいぐるみがないのは全てお前のせいだという結論に達した」 よく考えなくても無茶な理論のはずなのに、何故か説得力がある……よくもまあこれだけすらすらと出てくるものだ、さすがは王だ、と景麒は妙な所に感心しながら王のいつもの無茶な言いがかりを聞いていた。 「だが無い物は仕方がない。だから、代わりのもので我慢する事にした」 「そうですか……私にそれを用意しろと仰るのですね」 「まあそういう事だが、正確に言うとそれはすでにこの場にあるんだ」 「……一体、何を仰りたいのですか」 景麒の不安を他所に話はどんどん進んでいく。 「だから、お前だ」 「……私、と申しますと?」 雲行きが怪しくなってきた……恐らく、考えるまでもなく何かとんでもない事を言い出すおつもりだ…… 表情にこそ出ないものの、景麒は間違いなく的中するであろう予感を感じていた。 「お前は低体温だ」 「そ、そうでしょうか」 そう景麒が弱腰で聞き返した次の瞬間勢いよく陽子に飛びつかれ、倒れそうになるのを何とか堪える。 「やっぱり低体温だ。抱きつくと涼しい。やっぱりお前は抱き心地がいいし、名前も同じキリンでぴったりだ。そういう訳だから、今日からお前が私の抱き枕になれ。それで万事解決だ」 「抱き、まくら……ですか……?」 陽子を抱きとめながら景麒は考えた。何だか体温が上がった気がするのは……気のせいではないのだろう。 しかし出てくる言葉は到底主の気を変える事など不可能なものばかりだった。 「だ、駄目です、とんでもない……!」 「私は寝る時はお前の事をぬいぐるみだと思って抱っこするから。お前もちゃんと抱き枕らしく小言だとか嫌味は言うなよ。じゃあ、話がまとまった所で早速今夜から一緒に寝ような。男……いや、麒らしく責任を取れ」 「ですから、駄目です、その様な事いけません。それ以前に話もまとまっておりません……」 ほとんど諦めの境地に入ってはいるものの、それでも景麒は一応弱々しく反論してみる。 「そんなに景麒は私の抱き枕になるのが嫌なのか?という事はもしかして私が嫌いなのか?この先ずっと不眠で苦しめと言いたいんだな?」 「違います……」 しばらく王と麒麟の、圧倒的に王が有利なやり取りは深夜まで続いたが、結局最後はいつも通り王の実力行使により幕を閉じた。 戻る 03/06/06 今回は抱き枕でした。 いつものように陽子の強引な理論が展開されてしまいました。 |