「あなたが寝てる間に……」 景麒が静かに入室してきた時、陽子は軽くまどろんでいたところだった。長椅子に横になり、気持ち良くごろごろとしていた時に来るとは、いつもながら間の悪い麒麟であった。 「……眠ってらっしゃるのですか?」 囁くような呼びかけにも全く応じず、陽子は黙って出方を待つ。 陽子はもちろん眠ってはいなかったが――まどろんでいたのは確かだが――面倒なのでそのまま景麒がどう反応するか見てみることにした。 「お風邪を召されますよ」 景麒は返答がないにも関わらず律儀にそう聞いてくる。 陽子はくすくすと漏れそうになる笑いを必死にこらえた。 「お寒くないですか?」 こいつ、天然なんだろうか……陽子は笑いを噛み殺しつつ考える。寝てる相手に……いや本当は寝てはいないが、少なくとも眠っているように見える相手に、面白い奴だ。 「……襲ってもよろしいですか?」 陽子がその意味を理解するまでたっぷり数秒の間が必要だった。陽子が黙ったままでいると、更に景麒はとんでもない事を言う。 「沈黙は肯定と見なしますが……?」 「見なすな、阿呆!」 慌てて飛び起きながら陽子は力一杯叫ぶ。 「やはり起きていらしたのですね」 そう涼しい顔で言うと、手に持っていた書状を差し出す。 「こちらに御璽を頂きたく……」 「ちょっと待て、御璽云々の前に何か、ちょっと……」 「何で御座いましょう?」 何事も無かったかのように話を進める景麒の顔はどこまでも平静そのものである。 「だから……さっきとんでもない事さらっと言わなかったか、お前。本当に寝てたらどうするつもりだったんだ」 「起きてらっしゃったので問題ありませんが」 「私は、寝てたらどうするつもりだったんだ、という話をしているんだ。というか、それ以前に問題は大有りだ!」 「主上のお好きなように解釈して頂いて構いません」 「私は構うんだ、それじゃ!」 そんな答えでは当然満足できない陽子が再び不満を訴えたので、景麒は思案する。 「そうですね……例えば」 言いながら陽子の背に左手を回すと、残る右手で首筋の後ろを支え、咄嗟に状況が把握できない陽子が言葉を発する前に、唇のほんの僅か横に口付ける。 「な、何をいきなり……」 「唇ではお怒りになるかと」 「質問の答えに全くなっていないんだが。というか、そういう問題でもないんだが……」 そう文句を言いかける陽子に、景麒は今度は外さずに唇にそっと口付けた。 陽子は抵抗するのも忘れて驚愕に目を見開く。 「さっきの私の言葉から……どう考えを巡らせたらこういう行動に行き着くんだ、お前は!」 ようやく唇が外され、息を切らしながら叫ぶ陽子に、景麒は悪びれた様子もなくあっさりと答えた。 「どちらにしてもお怒りになるのなら、同じ事かと思いまして」 「思いまして、じゃない!」 「やはりお怒りには変わりないようですし」 「だから……いや、もう、何がなんだか……」 反論を試みるものの、あまりに色々な事が頭を駆け巡りすぎて陽子はそれ以上続けられない。相変わらず景麒の腕の中にいるという現在の状況も忘れ、陽子は語尾を濁す。 「もう……いいや、怒らないからもう行っていいよ……」 「分かりました」 そう素直に頷いたはいいが、次の瞬間またしても唇を塞がれ、陽子はもう言葉もない。 「だから、何て事するんだ、いきなりお前は……!」 真っ赤になって怒鳴ると、景麒は心底不思議そうな顔をする。 「先程お怒りにならないと仰ったではありませんか」 陽子は余りの事に眩暈がしたが、こうして固まっていても話が進まない上、また何をされるか分かったものではない。 「分かった、もう本当にいいから、御璽は押しておくから、とりあえずもう退出しろ……」 物凄く理不尽なものを感じるものの、仕方なく陽子はそう言って景麒の腕からようやく抜け出し、どうにか下がらせる。 「何だったんだ、本当に……まさか昼間から酔ってたのか……?」 陽子はぺたりと冷たい床に直接座り込み頭を抱えていた。 特に酒の臭いはしなかったが、きっと無味無臭の酒なのだろう。そんなもの聞いたことが無いが、きっとそういう珍しい酒があるのだろう。 陽子は一先ずそう納得する事にし、また溜息を一つつくと御璽を持ち直した。 戻る 03/03/21 いつもやられているので、たまには強気な景麒ということで。 タイトルは同名の洋画から。でもストーリー自体は全く関連がないです。タイトルが何となく…… 04/07/09 片っ端からNOVEL集2の文字サイズを大きくして、おかしな文章も目に付いたところはざっと直しました。ようやくここまで修正の手が届きました。でもまだ直しきれてないところがたくさん…… |