「景姫」(抵抗と嫉妬編) ※いまだに無駄な抵抗を続けている景麒。 姫に嫉妬する女官達。というお話です。 あからさまな敵意ではないが、どうにも居心地が悪い。 ごくごく簡単に言えば単なる嫉妬だ。しかしなぜ麒である自分が、女性であるはずの王を巡って女官達に嫉妬されなければならないのだろう。 赤楽という元号もすっかり馴染んだとある一日の王の気紛れから、景麒はまた一つ新たな悩みの種を抱えることとなった。 女官達いわく、王たる陽子の寵愛を景麒が独占しているかららしい。王命で極秘扱いになっている為、辛うじて後宮の件は漏れていないが、字の件で女官達の嫉妬心に一気に火がついたのだ。最初のうちは笑っていた女官達だが、陽子の寵愛(女官達にはそう見えるらしい)の深さに、彼女達は焦りだしたようだった。この国で二番目に身分が高く尊いとされる麒麟なので、はっきりと敵意を剥き出しにされる訳ではないが、最近の女官達の嫉妬に塗れた目や時折漏れる悔しそうな歯ぎしりから察するに、どうもそういうことらしかった。 我が国の国主は女王であると景麒は記憶しているが、そのはずだが、女官達にはそのような性別上の障害など取るに足りないことのようだった。普段男装で女性の香りが乏しい陽子とはいえ顔の造作自体は整っている。簡素な官服に身を包むその姿は少年の美だが、時折見せる柔らかな笑みは、少女の美だ。だから同性の官吏に嫉妬されるのならまだ分かるのだが、なぜ女官に? 慶の王宮、いや慶の民には、景麒の知らない側面がまだまだ多くありそうだった。 春の訪れが待ち遠しいある寒い朝、景麒の顔は上述の理由により沈んだままだった。 「浮かない顔だな、景姫」 無邪気な顔と声、女官達が歓声をあげるのも無理は無い凛々しい女王は――あえて女王と強調したい――今日も朝からはちきれんばかりの笑みを浮かべていた。 「原因は主上です、お分かりですか」 仁の獣である景麒は、普通ならまず口にしない個人的な恨み言を漏らした。 「分かっている」 重々しく何度も頷く陽子だったが、本当に理解しているのか怪しいものだと景麒は不敬にも思う。 「お分かりなら、お考えを改めて頂きたい」 「大丈夫だ、私は常に熟考し、景姫のことをちゃんと考えてる。景姫が抱えている問題もちゃんと理解しているつもりだ。心配するな」 景麒は胡乱な目を陽子に向けた。麒麟としての、臣下としての忠誠心は王を固く信じていたが、生き物としての本能は景麒にこう告げていた。王としての陽子ならともかく、陽子自身の気紛れは非常に危険であると。 「そんな目で見るなよ。大丈夫、景姫以外の寵姫を作って後宮に入れたりしないから! 景姫は安心してこのまま暮らしてればいいよ」 「……誰が寵姫ですか」 「誰って、『いけない悪代官』に無理矢理後宮に入れられた姫に決まってるじゃないか。いいか、こういったことには役割分担が大切なんだ。私は王様だから姫にいけないことをする役。景姫は姫だからいけないことをされるお姫さま役。これ以外に何かあるか? ないだろう。だからこの件については何の問題もない」 「……あります」 景麒の抗議は黙殺された。 「その他の問題といったら……特に思いつかないなあ。だって、字自体は景姫にぴったりだからこれも同じく問題なんてないし。後宮の件は極秘だからこっそり遊べば誰にも分からないから何の問題もないし……やっぱり私の計画は完璧だ」 あまりに自信たっぷりに陽子が語るので、根が素直な麒麟である景麒はうっかり頷きそうになったが、慌てて頭を振り我に返る。今日こそは、今日こそは断固として抗議しなければならない。 「女官達に……」 「女官達に?」 促す陽子に、景麒はやっとのことで続ける。 「……女官達に嫉妬されるので困るのです」 「嫉妬だなんて大袈裟だな。第一、私は女なのに。本当に私が臣下に好かれてるとしたら嬉しいし、いいことじゃないか、違うか? それに、王が麒麟を大切にするのは当たり前だろう。字だって、大抵の麒麟は付けて貰ってる。景姫の考えすぎだよ」 この場でこの台詞だけを聞いたなら陽子のいうことももっともなのだが。景麒は鈍痛を訴えるこめかみをさすった。 「そ、そうではなくて……いえその通りなのですが、それ以前の根本的なところに途方もなく大きな問題が多々ありま――」 景麒のもっとも苦手とする『無体を働く王への抗議』が成功することは、後にも先にもないのであった。 「ストップ。止まれ。もうおしまい。今この時点をもって、今日の王と麒麟の私的かつ真面目な話し合いは終了した。これより後、私は姫にいけないことをする悪い王様役になるから、景姫も一緒に遊ぶように」 「そ、そんなご無体な……」 どこかで聞いた台詞だ、そういえば今自分が発したこの言葉から全ての災難がはじまったような気がする。景麒は今更ながら思い当たるが、口から出てしまったものはどうにもならないし、『お約束の台詞』に大喜びしている陽子をどうにかすることもできなかった。景麒は気付いていないが――というより認めたくないのだが、傍から見れば確かに陽子のいう通り、悪代官ならぬ悪王様と姫という役割分担としては適材適所であった。 陽子が景麒を『景姫』と呼ぶ時の官吏達の何ともいえない表情を受け流す術を景麒は覚えた。笑いを噛み殺しているのが半分、呆れているのが半分、必死に神妙な顔を保とうとする官吏の努力を、仁の獣は評価した。陽子に仕えていると、様々な技能と耐性が身につく。しかしそのほとんどが国政とは関係がない。 まだ春は遠い。朝にもなれば王宮の庭は霜で真っ白になる。冷え込みの強いある夜、景麒の住まう後宮の一室に当たり前のように忍んでくる王の姿があった。 「実はな、最近女官達がやけにあれこれ世話を焼いてくるんだ。私はそういうのは苦手だから今日も逃げてきた。やっぱり後宮を残しておいて正解だった。景姫がいるから遊ぶ相手にも不自由しないしな」 「……主上、昼間の私の話は記憶から消えたのですか」 無礼だが、どうせ聞いてくれはしない。案の定、陽子は景麒の嫌味など痛くも痒くもないようだった。 「さっきも、今日は冷えるから暖めると女官が言い張ってきかないんだ。でも、いくら同性とはいえ添い寝をしてもらうのって慣れてないから、嫌なんだよね。だから景姫に夜這いでもしかけて遊ぼうかなと思って。そういうことだから、昼間の悪代官な王様と姫の続きをやる」 女官の添い寝が嫌だという陽子の言い分は理解できるが、異性であるはずの麒への深夜の訪問には何の抵抗もないとはどういうことだろう。無駄だと知りつつもこの疑問を陽子にぶつけてみたが、 「景麒は姫だからいいんだ」 答えにならない答えが返ってきただけだった。 陽子が『悪代官ごっこ』に飽きてくれる日が来ることを、後宮の片隅でひっそりと祈る景麒だった。だが仮にそんな日が来たとしても、また陽子は新たな遊びを考えだすだろう。 まだまだ景麒の儚い抵抗は続くのであった。 06/01/18 陽景祭TOP ←前へ 次へ→ 景姫の続きです。 景麒はまだ陽子の愛情表現に慣れてないようです。 今日も景麒はがんばってます。王である陽子の愛情を受けて幸せ一杯のはずなのになぜか浮かない顔をしている景麒。世の中不思議で一杯です。 |