「愛玩物」


 艶やかな金の鬣が指の隙間からさらさらと流れる様を、陽子は飽きもせず繰り返し眺めていた。掬っては溢し、撫でては梳く。
 この世で十二しか無いと言う希有な色。燦然と輝く光の象徴。だが彼のそれは、まるで闇の中で月の光だけを浴びて淡く煌めく流水のように柔らかな彩りで、静かに穏やかに染み入るように陽子の心を満たす。
 
 ―――景麒、転変して。
 理由も前触れも無しに突然そんな命令をしても、彼はちょっと眉を寄せただけで黙ってそれに従った。
 
 陽子は獣形の景麒を傍らに侍らせて、その美しい鬣を弄ぶ。
 鬣を梳く指が時折彼のしなやかな首を甘く掻く。彼に悟られぬようにそっと横目で窺ってみれば、陽子の指が彼の雌黄の肢体をくすぐる度にその紫の双眸が細められ、さらに意識して指先を滑らせれば微かに震える彼の熱が伝わってくる。
 彼が人の姿をしている時であれば、とてもこんなふうに触れることはできないし、彼もこれほどおとなしくされるままになってはいないだろう。
 だから陽子は、景麒を転変させて愛でるのだ。
 常日頃、班渠や驃騎や、あるいは騎獣の毛並みを梳いて戯れて見せているから、景麒は、陽子にとっては自分もそんな対象のひとつに過ぎないのだろうと理解していた。
 気紛れに愛でて楽しむだけの、愛玩物。
 それでも構わない、と景麒は思う。麒麟は王の所有物なのだ。それをどのように扱おうとも、王の自由だ。返して言えば、麒麟をそのように扱えるのは王だけだ。
 例え陽子が犬猫を可愛がるのと同じ感覚で自分に触れているのだとしても、数ある愛玩物のひとつに過ぎないとしても、景麒にとっては、それは間違い無く王と麒麟ゆえの行為なのだ。世界中で唯一、彼女にのみ許される―――
 
「ねぇ、景麒‥‥‥人の姿に戻りたい?」
 金の鬣の一房を指に絡めたまま、陽子はふいに問いかける。
「主上のお望みのままに‥‥‥」
 景麒の返答に、僅かに歪んだ微笑を浮かべて。
「‥‥‥じゃあ、このまま可愛がってあげるよ」
 角とふたつの耳の間を「いい子、いい子」と呟きながら撫でてやる。景麒の瞳にちらりと過った何かを見て取って、陽子はくすりと笑みを洩らした。
 そして、景麒の頭を撫でる手をそのまま先に滑らし、額から伸びる二股の角にそっと指先を触れさせた。景麒の身がぴくりと震える。
「嫌か?」
 麒麟の身体でもっとも敏感な場所。力の源であり急所でもある重要かつ繊細な器官。麒麟と言う生き物がそこに触れられるのを厭うものだと承知で、陽子は言う。
「‥‥‥いいえ」
 吐息のようにしめやかに溢れる言葉を受けて、陽子は景麒の角に指を走らせた。金の鬣に埋まった付け根から、すうっと先までなぞり上げ、返す指で二股の谷間に指を掛けてその形状を確かめるように撫で上げた。
「お前は、私のものだから‥‥‥」
 陽子は軽く握るようにした景麒の角の先端にそっと口唇を寄せて囁いた。
「‥‥‥お前の身体の隅から隅まで、ひとつ残らず私のものだよ」
 ふっと一瞬、陽子の口唇が角の先端を掠めて、添えられた手ごと離れる。ぞくりと身を震わせた景麒をにやりと人の悪い笑みで見て、陽子は再び問い掛けた。
「人の姿に戻りたい?」
「‥‥‥主上の‥‥お望みの、ままに‥‥」
 景麒の返答もまた、先と同じで。陽子はほんの少しだけ、不満げに表情を曇らせる。
「‥‥‥お前は、私に触れるのよりも、私に触れられる方が好きなのか?」
 独りごちるように小さく呟かれた言葉に、景麒の瞳が狼狽したように揺れるのを見て、陽子は笑う。
「人の姿になっても、お前が逃げないのなら、こうして可愛がってやるのにな?」
「‥‥‥主上」
 再び鬣を梳くように弄び始めた陽子に、景麒は深く溜息を落す。
 陽子はくすくすと笑いながら、景麒の鬣を梳き、首を撫で、背を擦り、その優美で高貴な獣の肢体を余すとこなく堪能する。
 諦めたように目を閉じ黙ってじっとしている景麒の身体から指先に伝わる熱と、彼の口から時折溢れる吐息の熱が、次第に高くなって行くのに喜悦を覚えながら、陽子は、今しばらくは彼を愛玩物に甘んじさせてやろうと考えた。

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皓月さんよりいただいた陽景小説です。
陽子×景麒、女王様と下僕。←これらの単語を見ただけで萌える私なので、当然激しく悶絶しました……!強い独占欲で麒麟を翻弄している陽子さま、素敵ですv

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