元ネタは「政治的に正しいおとぎ話」シリーズ (ジェームズ・フィン・ガーナー著)です。 ※ちょっと殺伐としているかもしれません。 ほのぼのした童話でないと駄目な方は駄目かも。 ただの洒落なので軽く流しておいて下さい…… 昔日記に連載? していたものですが、ついでなのでまとめてUPしてみました。 「景麒ヘンゼルと陽子グレーテル」 昔々あるところに、景麒ヘンゼルと陽子グレーテルという兄妹が緑豊かな土地に住んでいました。兄妹の父親は最近妻と別居したばかりでした。 父親は前妻の連れ子である景麒ヘンゼルと、最近別居した妻との間の子供陽子グレーテルを責任ある大人として必死に育てていました。 その後法廷で離婚が成立しましたが、その際の慰謝料は膨大なものでした。このままでは父親と兄妹が生活していけません。父親は精神安定剤を常用するようになりました。しかし当然それだけでは問題は解決しません。 父親は自分の精神分析医に相談しましたが、やはり具体的な解決策は得られませんでした。父親は木材燃料提供者(木こり)という自分の仕事に誇りを持っていましたが、親子三人で暮らしていくには厳しい経済状況でした。何か副業をしようにも、親子が住んでいる地区は経済の中心からとても離れた場所にありました。都会の喧騒を逃れて緑豊かな土地に移り住んだ事を父親は初めて後悔しました。 銀行からお金を借りようにも、この不景気です。無担保で貸してくれる銀行などありませんでした。 父親は、子供達を大自然の真ん中に置き去りにするという選択肢を考えざるを得ませんでした。子供達を森に置き去りにするような父親ですが、前妻の連れ子である景麒ヘンゼルだけ捨てるような不平等な真似はしません。実の娘陽子グレーテルも一緒に置き去りにする事に決めました。 しかし、几帳面な父親が毎日つけている日記を兄妹はこっそり盗み見ていましたので、この計画をいち早く察知していました。 もちろんいくら家族といえどこれはプライバシーの侵害です。 しかし、家の経済状況が芳しくない事を兄妹は知っていましたので、自分達の身を守る為にあえて自らの信念に反する行動を取ったのです。 兄妹は然るべき機関に保護を申し出る事も考えましたが、話し合いの結果成り行きに任せる事にしました。 それから何日か経ち、いよいよ父親が恐ろしい計画を実行に移す日がやってきました。父親は食品添加物など一切含まれていない健康的なお弁当を兄妹の為に用意しました。それから森の奥深くまで兄妹を連れて行き、置き去りにしました。 「どうやら本当に置き去りにされたようだな」 陽子グレーテルは、戸籍上の兄である景麒ヘンゼルに言いました。 「そのようですね」 景麒ヘンゼルは、うっそうとした森を見回しながら答えました。 兄妹は型にはまった伝統的観念に囚われてはいませんでした。陽子グレーテルは自分というものをしっかり持っていましたし、それは景麒ヘンゼルも同じでした。そんな二人でしたので、陽子グレーテルは女らしい振る舞いや話し方などにはこだわりませんでしたし、景麒ヘンゼルも古くからの固定観念に基づいたいわゆる「男らしさ」を追求しなければならないなどという義務感などは持っていませんでした。 「帰り道も分からないし、これからどうしようか」 「大丈夫です、帰り道が分かるように、ここまでの道のり全てにシュガーレスの健康的な焼き菓子をちぎって落としておきましたから」 二人は早速来た道を戻ろうとしましたが、目印に落としてきた焼き菓子は政府による支配を嫌ってさすらいを続けている共同体のメンバーがすでに拾い集めた後でした。 完全に道に迷ってしまった兄妹は、まずヘルシーなお弁当を食べて英気を養う事にしました。それから森の奥深くを彷徨い歩きました。しかし人の手など全く入っていない自然で健康的な状態の森には道などありません。次第にお腹が空いて来た兄妹は、微かに漂う甘い香りに誘われるまま歩き続けました。やがて森の中にぽっかりと空いた空間に辿りつきました。そこには何と、お菓子でできた小さな家がありました。壁はウェハウス、窓枠はチョコレート、扉はクッキー、煙突は飴で出来ています。 兄妹はびっくりしてそのお菓子の家を見つめました。 「景麒ヘンゼル、お菓子で出来た家があるよ。こんなの初めて見たな」 「雨が降ったらどうするのでしょうね」 兄妹はまじまじとそのお菓子の家をしばらく眺めていましたが、辺り一面に漂う甘い香りにとうとう耐え切れなくなりました。 「景麒ヘンゼル、お腹も空いた事だしあのお菓子の家をちょっとだけかじってみようよ」 「ですが、食品添加物が使われていたらどうするのですか?遺伝子組み換えがなされた穀物が使われているかもしれませんし。それに、勝手に人のお家を食べてはいけませんよ」 景麒ヘンゼルは妹の陽子グレーテルを止めましたが、お腹が空いているのは確かです。景麒ヘンゼルは悩みました。悩みながらふと顔を上げると、陽子グレーテルが窓枠のチョコレートをかじっているところでした。 「陽子グレーテル、そうやって後先考えずに行動するのは良くありませんと前々から言っているでしょう」 しかし景麒ヘンゼルもとてもお腹が空いていたので、とうとう陽子グレーテルと一緒にそのお菓子の家を食べ始めました。 兄妹が夢中でお菓子の家を食べていると、突然クッキーの扉が開きました。中から出てきたのは、黒い法衣に黒い帽子を被ったおばあさんでした。兄妹は驚いてかじるのを止めました。 「やれやれ、隙間風がひどいと思ったら、私の家が食べられているとは!」 景麒はヘンゼルは驚きながらも、一先ず文明人らしく謝罪する事にしました。 「貴方のお家を勝手に食べてしまって申し訳ありません。私達はとてもお腹が空いていたんです。あの、貴方のお家を食べておきながらこんな事をお聞きするのは気が引けるのですが、貴方のお家には食品添加物は使われていますか?もしくは、防腐剤などの好ましくないものが」 景麒ヘンゼルは気になっていた事も思い切って一緒に聞いてみました。何しろ、自分と陽子グレーテルの健康がかかっているのですから。 「私の家はどこをとっても健康そのものの、天然で無添加の素材しか使ってないから安心おし」 兄妹はほっとしました。 陽子グレーテルは生来の率直さでおばあさんは生物学上何に属するのか聞きました。おばあさんは自分は人類だが魔女科に属すると答えました。おばあさんは、何故こんな山奥に子供達だけでいるのか訊ねました。 「私達、家の経済状況が芳しくなかったので、森に置き去りにされたんです。家への目印に落としておいた焼き菓子も、どこかの共同体のメンバーが食べてしまったんです」 景麒ヘンゼルは説明しました。 森の魔女はそれを聞いて子供達を中に入れてあげる事にしました。壁や窓枠は兄妹がかじってしまったので、あちこちから隙間風が入ってきます。お腹が膨れて冷静になった今、兄妹はそれを申し訳なく思いました。 兄妹は誤った固定観念、先入観などは極力持たないようにしてはいましたが、どうしても魔女の事が気になってきました。 「あの、貴方は子供を食べるんですか?」 景麒ヘンゼルは訊ねました。 魔女は、自分は菜食主義を通しているので肉類は食べないと答えました。彼女は現在森で進行しているある計画の為とても忙しいのだそうです。 兄妹はその計画に興味を持ちました。 何でも、最近この森にも開発の手が伸びてきているので、魔女をはじめとするこの森で暮らしている人々、動物が団結して開発業者を追い返す計画を立てているのだそうです。 森での生活を余儀なくされた兄妹にとっても、それは重大な問題でした。 「私は争いごとは好みませんが、状況が状況なので致し方ありません」 景麒ヘンゼルは言いました。 「どうしても開発を止めないというなら、私も不本意だが戦うしかないな」 陽子グレーテルも愛刀である水禺刀を撫でながら言いました。 こうして利害関係も一致し、兄妹も一緒に開発業者と戦う事となりました。 業者は、無償で空気を浄化し自らの役目を果たしている木々を切り倒そうとしていました。兄妹は業者の仮設テントに忍び込んで開発計画に乗っ取った工事が事細かに記録されているコンピューターのデータを消去したり、近隣の環境保護団体に匿名で手紙を出したりしました。 しかし、忘れてはならないのは、彼らは金に目が眩んでいるという事です。業者は懲りずに何度もやって来ました。 業者はかつて兄妹が住んでいた家を買い上げ、どんどん森の奥へ開発の手を伸ばしました。兄妹の父親は二束三文の価値しかなかったはずの土地が予想以上に高く売れ大喜びでした。そして、かつて自分が森に置き去りにした兄妹の事を思い出し、森の奥へと探しに行きました。しばらく行くと、明らかに建売ではない個性的なお菓子の家を発見しました。 すっかり大きくなった景麒ヘンゼルと陽子グレーテルが魔女と一緒に住んでいるのを見て、父親は驚きながらもかつて自分が犯した罪に対する許しを請いました。 しかし、兄妹にとってそんな事はもはやどうでもいい事です。 兄妹はすでに新しい生活形態を見つけ、それに順応しているところだったのですから。父親の庇護下に置かれるより、こちらの方がより生産的で充実していました。 「貴方に対してマイナスの感情は持っていませんのでご安心下さい。 そういう非生産的な事は好きではないのです。私達はここで満ち足りた生活を送っています」 景麒ヘンゼルはそう父親に言いました。 「私達はここで魔女や共同体の人々、人間以外の動物と共に健康的に暮らしているから心配には及ばない」 陽子グレーテルもそうきっぱりと言いました。 兄妹の決意が固いことを悟り、父親は兄妹を連れ戻すのを諦める事にしました。そして、森で豊かな精神を育みながら生活している姿に感銘を受けた父親は、気球で世界一周をライフワークにしようと唐突に思い立ちました。 早速翌朝兄妹に別れを告げると意気揚々と旅立っていきました。 「それにしても業者はやはり手強いですね。これからどうしましょうか?」 景麒ヘンゼルは業者から失敬してきた工事の日程表を見ながら言いました。 「方法はある。ちょっと邪道だけど大事の前の小事だ」 陽子グレーテルは自らの計画を話し始めました。 兄妹は計画を煮詰めると、業者上層部の汚職問題や幹部の愛人問題を徹底的に調べ上げました。それから証拠を固めて業者に郵送してあげました。業者は兄妹に平和的解決をしたいと申し出てきました。 「私には中々の好条件に思えるのですが、陽子グレーテルはどうですか?」 「業者もようやく誰を相手にしているのか分かったようだな」 景麒ヘンゼルと陽子グレーテルは業者の提示した条件を充分に吟味した後、それを受け入れました。 こうして、豊かな森の平和は守られました。 表向きは森の皆と集めた署名が効いたという事になっています。 それから業者が平和的解決を申し出た際に森に寄付した莫大な資金を使い、業者が切り倒した木々の跡地に植林を始めました。 しばらく作業は順調に進みましたが、新たなる問題が発生しました。その莫大なお金を巡って、固く結束して森の平和を守ってきたはずの仲間達が争いを始めたのです。 兄妹はがっかりしました。 「景麒ヘンゼル、もうここで私達が求める暮らしをするのは無理みたいだな」 陽子グレーテルは荷物を纏めながら言いました。 「無農薬野菜で作ったサンドイッチをお弁当に作りましたので、これを持って新天地を目指しましょう」 景麒ヘンゼルもここでの生活に見切りをつけていました。 兄妹はスイス銀行に自分達の口座を開き、自分達がなした功績に相応しいだけのお金を振り込みました。全てをお膳立てしたのは景麒ヘンゼルと陽子グレーテルでしたので、業者からのお金を操作する事など造作もない事でした。 都心に出てみると、兄妹が和解した業者はどこかの環境保護団体から訴えられていて存続の危機に陥っているようでした。地域住民からも苦情の声が多数上がっているようなので、もうあの業者も長くはないだろうと兄妹は思いました。兄妹は、実に上手いタイミングで業者から和解金を貰っていたのです。 兄妹はその後も放浪を続けました。 どこに行っても完璧なものなどありませんでしたが、兄妹はこうした放浪生活に満足していました。 素晴らしく健康的で争いのない土地もありました。 しかしその場所に長くいると、決して表には出ない本心が見え隠れしてきてとても面白いのです。 景麒ヘンゼルと陽子グレーテルは、こうしてあらゆる土地や生き物を観察しながら楽しく暮らしました。 おしまい 2004年春頃(4〜5月くらい)に書いたものです。 戻る 一応慶主従サイトなので慶主従で。 変な話ですがジョークなので気にしないで下さい! |