はらり、はらりと雪が舞っている。
月明かりの下、雲もないのに雪が…。
月光雪神楽
吐く息は白く。
月へと伸ばした指先はどこまでも白くまっすぐ月を捉えようと動く。
「春華…舞って見せてよ」
勘太郎そう言って笑い、剣を差し出す。
勘太郎自身は扇を手に取り、己の隣にと立つ。
己の返答を待たずして、勝手に勘太郎が扇を持つ…右手を高くゆっくりと月にと向かって差し出した。
その扇の上に雪が舞い落ちる。
まるでその雪を受け取るかのように扇が宙を舞う。
ひらり。
ひらり。
白い雪の合間を縫うように、赤い扇が宙を彷徨う。
突き動かされるように剣を持つ手が宙を切った。
己はまるで雪を切るかのように。
所作ひとつひとつがまるで空気のように。
申し合わせたように型に嵌る。
するりと己の脇をよぎる勘太郎の髪が胸元を擽る。
ゆっくりとした動きはどれも最後はぴしりと型に嵌り、無駄がない。
ちらりと首を傾け此方を見る勘太郎の艶っぽい表情に、剣を持つ手が震えた。
勘太郎は神楽をきっと舞ったことがあるのだろう。
神に捧げるあの舞を、舞ったことがあるのだろう。
ひとつひとつが神にと捧げるために作られた動き、願い、内容。
指の先まで勘太郎が心を込めていることがひしひしと伝わってくる。
伸ばした指先はどこまでもまっすぐで、ぴくりとも動かず月を指している。
勘太郎に合わせるように、剣を月にと向け下から切りつけるような動作をすれば、勘太郎がうっすらと微笑んだ。
雪の中…どれだけ舞っていただろう。
胸元に扇を寄せた勘太郎が微笑んだ。
それは雪の中…まるで幻のようで。
胸のうちに沸き起こる…形容しがたい感情。
剣を勘太郎の持つ扇に舞の続きのような所作で、流れるように…きりつけた。
「春華」
はらりと扇が二つに切れ、地面にと落ちる。
落ちていくその破片を見つめ、己のしたことに気付く。
「春華」
「勘太郎…」
勘太郎が困ったように微笑み、剣を持つ手にとゆっくりと白い指先を乗せる。
やはり長時間外にいたからか…勘太郎の指先はとてつもなく冷たい。
これで…よく扇を落とさず演じていたものだ。
「楽しかったよ、ありがとう」
「……勘太郎」
興奮は冷めやらない。
舞いに囚われたかのように…流されるまま勘太郎に口付けた。
勘太郎の爪先が力なく地面をえぐる。
かなり力強く引き寄せているためか、勘太郎が苦しそうに息を吐いた。
「春華、苦しい…」
「っ…すまない!」
慌てて勘太郎を引き寄せる腕から力を抜けば、勘太郎がほっとしたように息を吐いた、
握り締めた腰には、己の爪あとがくっきりと勘太郎の白い肌を彩ってしまっている。
「大丈夫か?」
「…平気」
にこりと笑い…地面を抉っていた指先が己の前に差し出される。
土が付いたその指先を舐め上げてやれば、くすぐったげに勘太郎が笑う。
深く深く沈めた己自身は、勘太郎の身のうちで包み込まれ…。
そして、抱き寄せられる。内も外も勘太郎と言う存在に、包み込まれる。
「春華…寒いよ」
ぽつりと肩口で呟かれたその言葉にはっとする。
今も…まだ雪が散らついているのに。
…どうしようかと少し迷い、苦笑をもらす。
漆黒の羽が空気を揺らす。
「……春華」
嬉しそうに笑い、己の翼にと手を触れる勘太郎をきつく抱き寄せる。
深くなった繋がりにはっと小さく息を漏らす。
…その吐息さえ奪い去りたくて。
先ほど見た勘太郎を思い出す。
美しく…妖艶で、何者かに連れ去れるかと…。
そうだ。
あのときの形容しがたい感情は、恐怖、だ。
誰に連れ去られると言うのか…。
漆黒の翼で勘太郎を隠し、吐息さえも奪い去るかのように口付けて。
こんなに近くにいるのに…オレたちは。
「こんな状況で考えこと?春華…ぁっ…」
自然、膝の上に抱き上げるような体勢なっていたせいか、ほっておかれた勘太郎が自ら動きだす。
途端高まる熱。
溶かされる思考。
勘太郎と言う存在に毒される。
それすら快感に成り代わると言うのだから、もう己も末期だろう。
手荒に勘太郎の首筋に噛み付いて、今だけはオノレノモノだという証を残そう。
「っ…ぁ」
「……………」
「もっと…もっと近くに…」
「勘太郎…」
「好きだよ、春華ぁ…っ」
甘い甘い声音が脳を支配する。
暖かな、温もり。
あぁ、愛してるよ、勘太郎。
はらり。
はらり。
雪が舞う。
乱れた服装のまま勘太郎が月に向かって手を差し伸べた。
「勘太郎」
「……気持ち良い」
まだ熱が冷めないのだろう。
ゆらりと立ち上がる。
慌てて勘太郎を引き寄せようと立ち上がったが…動けなかった。
剣を手に、勘太郎が微笑む。
月明かりの下…雪が舞い。
雪を切るように勘太郎の剣を持つ手が動き、赤い唇から詩が毀れる。
「覚えていてね」
「……………」
「大丈夫、ボクは春華のものだよ」
「………」
「誰かのモノになるぐらいならば…」
持っていた剣を高々と上げ、流れる動作でそのまま地面に突き立てる。
「ソレ、を殺して春華の元に還るよ」
ふわりと微笑み。
「あぁそうだな」
神に捧げる舞を舞いながら、お前は…。
それ以上言葉に出来ず、両手を広げ微笑む。
「…どこにいても還ってこれるな?」
「キミは長生きだからね」
抱き寄せた温もりは、きっと…いつの日か消え失せるだろう。
お互いに来世まで自分のオモイで拘束したくはないと願っているから。
けれど。
「目立つもんねぇ…春華は」
「お前もな」
「何それーっ!!」
再び会えたその時は。
またお前と共に神に捧げし音楽を舞おう。
戻
神楽は読んで字のごとく神に捧げる音楽のことです。
舞について調べる時間がなかったので、深いことは突っ込みなしでお願い致します。
ただ、剣を持つ神楽→春日の舞辺りかなと。ひょっとしたら天狗の舞かも。あれ?どっちだ??
2006.1/5 如月修羅
|