見て欲しくない。
僕以外、誰も。
嫉妬
僕は君を守るために居るんだ。
「……イクシア」
そう言えば、君は困ったように微笑む。
「イクシア」
それ以外の言葉を知らないように、君は僕の名前だけを呼ぶ。
そっと僕の髪に触れる指先。
「アルス…」
その指先を手に取り、引き寄せれば何の抵抗もなく腕の中に収まる。
「………唄ってるみたいだ」
「………何がだ?」
ぎゅっと瞳を閉じたアルスがそう呟いた。
問い返しても、アルスは何も答えず。
さわさわと、草木がたてる音だけが辺りを満たした。
「イクシアの、音」
「…音?」
ぎゅっとアルスが僕の身体を抱き締め、耳元で囁いた。
白い指先が頬を撫でる。
「心臓の、ね」
「……」
こんなゆっくりとした時間を過ごすのは久しぶりで。
いつも実験ばかりしていたから。
「アルス」
「唄ってるみたいだ」
「……」
もう一度囁き、アルスが力無く微笑む。
「いつまでやれば終わるんだろうな」
そっと、消え入りそうな声で呟く。
「……っ」
……僕にはよく分からないけれど。
アルスは今ひとつ踏み切れないらしく。
感情というものが僕にはよく分からないから……多分一生アルスが悩むことを分かり合える日は来ないだろうと、思う。
でも。
はっきり言えるのは。
「あと、少しだ…」
なだめるように耳元で囁く。
「あと少し…」
怖がらせないように。
優しく。
「イクシア…」
「大丈夫、僕を信じて」
腕の中に存在に、優しく呟く。
大切だから。
僕という存在に、理由を与えてくれたのは君だけだから。
大切なんだ。
「信じて?」
もう一度囁けば、アルスが微笑む。
「……うん」
「アルス」
「うん…」
この存在が愛おしい。
アルス以外は何もいらないとさえ思う。
アルスを守るためならば、この命を投げ出しても構わない。
だから。
だから…。
君が他の人を見るのが許せない。
僕だけを見つめていて欲しいのに。
優しく、強い君は……。
他の人を見つめ、微笑み。
その力をふるう。
そんな君が好きだけど。
でも、そんな君が嫌いで。
守りたい。
全てから。
ずっと、自分だけものなら良いのに。
時代が赦さないけれど、赦されることなら。
誰にも君を渡さないし、ずっと閉じこめておくのに。
誰も君を見ないように。
誰も君を傷つけないように。
君が誰も見ないように。
大切に。
………………大切に。
「アルス」
「……なに?」
ぐっと顔を引き寄せ、口付ければ、やはり嫌がることもせず。
だからといって受け入れるわけでもなく。
アルスがどういうつもりなのか分からない。
拒まれないから良いように解釈して、今日も君を抱く。
「イクシア…」
草の上に押し倒し、何をするわけでもなくアルスを見つめる。
欲に潤んだ瞳も。
微かに震える唇も。
愛おしい。
じりじりと胸を焦がす独占欲。
誰にもこんなアルスを見せたくない。
「……」
その気持ちに突き動かされるように身体をかがめる。
「アルス」
耳元で囁けば、ぐっと引き寄せられて。
近くなる鼓動。
このまま一つなってしまえばいい。
そうすれば。
彼は自分だけのもの。
「誰にも、君を渡したくないんだ」
「イクシア」
「守るよ、君を」
「……イクシア」
「全てのものから」
「……」
「だから」
だから。
「僕だけを見て、僕だけを愛して…」
震える腕できつくアルスを抱き寄せると、アルスがそっと僕の背に腕を回す。
でも決定的な言葉を言ってはくれず。
いつものように、無言のままただ、抱き締めてくれる。
きっと。
満たされることなどないだろう。
この僕の身勝手な独占欲も。
嫉妬の気持ちも。
満たされない。
一生。
いっそのこのまま僕自身の手で壊してしまえば全て上手くいくのだろうか?
アルスはきっと選べない。
だから、いっそのこと僕自身の手で。
「アルス……」
泣きそうな声で呟いた言葉に、アルスが僕を引き寄せ口付けた。
「君は……彼女が好きなのか?」
「………っ」
僕以外を見る瞳。
僕以外の存在を、一番に考える。
「違うのなら、迷うことなどないだろう?」
僕のその言葉にはじかれたように見開かれた瞳に、何の感情も現れていないだろう瞳を向ける。いつの日か、こんな日が来るだろうと思っていたけれど。
それは……よりによってこんな状況で来てしまって。
失いたくない。
盗られたくない。
なんで。
なんで…後から来たものに、奪われなくちゃ、いけないんだ…っ!
「アルス」
「………っ」
何も言わず、拳をふるわすアルスのその指先をとる。
「アルス」
もう一度囁けば、小さく………本当に小さく頷いた。
「いい子だ」
そのまま抱き寄せ、口付ければ逃れようと身体を逃がす。
それが気にくわなくて。
やはり、気持ちが自分にないことが分かってしまって。
余計に。
余計に……。
「……っぁ」
がりっと唇を噛めば、嫌がるように首を振る。
きつく顎を掴み、深く深く舌を絡める。
「つ…」
絡めた途端舌を噛まれて、血の味に眉をしかめた。
それでも、はなしてなんかやらずに。
なおさら深くする口付け。
「イクシア…っ」
非難するアルスを無視し、そのまま身体に這わす手の動きを激しくする。
僕の与える快感を覚えているアルスが、逃れることなど出来るわけなく。
悔しそうにしながらも、快感に瞳が潤み始める。
思い出せばいい。
この身体が、僕によって慣らされたのだと。
僕以外が、触れてはならないのだと。
あんな、あとから来た者にアルスを盗られるなんて。
……渡したくない。
僕には、アルスしか居ないのに。
居場所を取り上げようとする彼女が、憎らしく。
…………アルスの気持ちを捕らえた、彼女が羨ましく。
どんなに頑張っても、自分は手に入れられなかったのに。
彼女より、長くいた僕ではダメで。
何がいけなかったのか。
とか冷静に突き止めようとする心と。
そんなものを押し流すドロドロしたこの歪んだ気持ちも。
どちらも、自分の気持ちで。
よりによって。
その言葉がぐるぐる頭の中を駆けめぐる。
「アルス…っ」
一度、アルスの内に欲を吐き出し…けれどそれだけで治まるわけもなく。
そのまま内にとどまったままゆるゆると動けば、快感を煽られるのか身をよじる。
確かに身体は自分の思い通りになるのに。
快感に歪む瞳も。
感極まったときにこぼす声も。
すべて自分の望むままになるのに。
本当に欲しいものは、彼女が手に入れてしまった。
もう、僕には手に入らない……。
本当に欲しかったもの。
「アルミネ……」
彼女が、全て。
どうして。
どうして、手に入らなかったのだろう?
「彼女を祖体にする」
「………………………」
何も言わないアルスに、冷ややかな笑みを零した。
手に入らないのなら。
すべてを壊してしまおう。
………彼らを道連れに。
この身を焦がす感情は、きっと嫉妬と独占欲。
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2014.6/24 再録 如月修羅
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