日常に戻る準備 「い っ せ い さ く じ ょ」 メールを削除しました。 こんな簡単な言葉とともに、臨也さんからのメールが全て消えた。 臨也さんのアドレスは消したし、此方の番号も変えた。 引越しも済ませたし、なにより僕に興味を失った臨也さんが探し出すことなどないだろうけれど。 けれど徹底的に臨也さんの存在を消し去りたかった。 付き合った理由はなんとなくだった割りには、別れた理由は結構深刻だった。 浮気、というのとも全く違う。 そう…本当に彼は『飽きる』のだ。 付き合った当初はまだ折原臨也という存在をよく分かっていなかったから、彼の真の恐ろしさを知らなかった。 彼は異常な程愛を注いで、彼なしで居られなくなった途端に飽きてしまう。 きっとそうなるまでの課程が楽しいのだろう。 気がついた頃には、すでに臨也さんは別の対象に興味が向いていた。 最初はメールが返ってこなくなった。 でもまだ会えたから特に気にしなかった。 次に会う機会が減った。 でもきっと仕事が忙しいのだろうと思い込もうとしていた。 次に会ってる最中に特定の誰かにメールしたり電話したりしはじめた。 あぁ、違うものに興味が移行したんだなと気がついた。 だって僕と付き合う時と同じような行動をしてる臨也さん。 縋りついて愛をこう? ふとそんなことを考えて、これじゃぁ臨也さんの嫌いなタイプのすることだと気がついた。 それか、臨也さんの信者たちと同じ行動かもしれないと恐怖した。 そこまで気がついて結局どうすることも出来ない自分に愕然とした。 ならあとはいっそのこと僕から興味が全て失せる前に、さっさとその場を後にすればいいんだと思いつく。 …そう、思いついた。 だからいつも通り笑って愛を囁いて口付けてくる臨也さんに此方も、笑って愛を囁いて口付けをした。 勿論、引越しがすぐにできるわけないから、引越しが決まるまでは「お付き合い」を続けていたわけだけど。 「別れましょう」は言わなかった。 そういえばお付き合いだってなんとなくで始まったんだと気がついたから。 よくよく考えてみれば、臨也さんは「愛してる」とは言わなかったんだ。 よく似た「愛の言葉」は囁いてくれていたけれど。 『帝人君はさぁ…俺のこと愛してる?』 とはきいてきたくせに、僕のことを愛してるとはいってくれなかったよなぁ…っていうか、いつも快感で誤魔化されていたというか。 うん、きっとそう。 『ねぇねぇ帝人君、君さ、何を考えてるの?』 そういう臨也さんだって何を考えてるかなんて教えてくれなかったくせに、やたら僕のことはききたがってたっけ。 『帝人君は変ってるよね。絶対に求めないんだ』 求めないの意味が分からなかった。 与えられるものだけで僕には十分だったし、そしてそれ以上求める必要もなかった。 一体僕は臨也さんに何を求めればよかったんだろう。 求めていたら何か変っていたのだろうか。 何も変らなかったんだろうか。 「そういえば…チャットのメンバーに挨拶できなかったなぁ…」 心残りがあるとすれば、それだけだろうか。 とくに正臣とはあそこでしか会えないというのに、勿体無いことをした。 けれど今更顔をだすのもためらわれる。 もう臨也さんの関心は僕にないのに、彼の領域に入っていいものだろうか。 逆に入っても何も感じないのだろうか。 「少なくとも、今は無理だよねぇ…」 ぼんやりと天井を見上げる。 変質者がでて怖いと両親に告げたおかげで、前よりいい立地条件の場所に住めるようになった。 天井も心なしか綺麗だ。 勿論、家に負担をかけるわけにはいかないからバイトも始めるわけだけれど。 学校自体は流石に変われないから行きつづけるけど、そういえばここに越してくることが決まった日には臨也さんは恒例だった学校まで迎えに来てくれるのもやめていたことにきがついていた。 臨也さんはそうやって一体何人の人を切り捨てて切り捨てて切り捨ててあそこまで孤独に生きてきたのだろう。 そして切り捨てられた僕のような人間たちは、一体どのくらい居るのだろう。 なんだか意外と多いような気がして、一人じゃないのだと心から安堵した。 さて、明日からはまた日常が戻ってくる。 戻 201005/23 如月修羅 |