◆運命はかく語りき◆





初めて人を殺したのは十二の終わり。
今もその日のことは忘れもしない。
今、ここに自分が居るのは仲間の血が流れて誰かの命を奪ったから。
天国なんかにいけるなんて思ってはいない。
行ったとしても生暖かいところは肌に馴染まないのは分かっている。
海の女神と死神に愛されたこの躯。
騒がしい地獄だって、良いじゃない。






「お頭!!カモメ便ですぜ!!」
食パンを口に入れながらシャンクスはその封を切る。
「ん〜〜〜〜、んんん〜〜〜ん?」
手についたジャムをぺろりと舐めて、ホットミルクで流し込む。
「どうした?シャン」
「いや……これ見ろよ。あのルフィがついにお尋ね者になったぜ。しかも……一億ベリーだ」
シャンクスはまるで自分の子供のことのように笑う。
赤茶の瞳が優しく細まって、懐かしむように。
「エースもそうだったけど、やっぱ血筋なのかな」
咥え煙草の男も同じような笑み。
「もう十年か……お互いに年取ったよな。すっかり真白になっちまって……」
こめかみに出来た傷に触れる指先。
後ろに縛っていた黒髪は、白銀に変わった。
「色々あったな。色んなものを貰って失くした」
風にひらひらと左の袖が靡く。
「でも、あんたは変わってないな」
「そう?おばさんになったと思わないか?」
「俺もそれを言うならおっさんだ」
額をこつんとあわせてくる。知り合って二十年。彼女は何一つ変わっていない様にも見えるのだ。
三十代後半にしては引き締まった肉体。
傷も増えたがそれさえもシャンクスを美しく見せる宝石になるのだから。
「丁度十年。もう……古傷も痛まないくらいになった」
利き腕は小さな親友のために海にくれてやったとシャンクスは笑った。
その十年間。離れることなく男は女の傍にいた。
「なんかいい酒飲みたくなっちゃった。準備しとけよ」
風に靡くストロベリーブロンド。
首筋には甘い香りを従えて女海賊は小さく微笑んだ。






「シャーンクス!!!!!」
フーシャ村を起点にしてもうじき一年。
彼女にすっかりなついた兄弟がいる。
兄はエース。弟はルフィ。
「ルフィ。ただいま!!ほらお土産」
「サンキュ!!」
飛びついてくるルフィを抱きとめながらシャンクスは辺りを見回す。
いつもならばもう一匹くっついてくるはずだからだ。
「エースは?」
「副船長のとこ行った!!俺は渋い男になるとか訳わかんねぇこといってた。ししし!!」
親指で麦わらを上げてシャンクスはルフィを背負う。
「エースの奴。さては俺よりもベックのほうが好きだな?」
「俺はシャンクスが好きだぞ!!!」
「ありがと。俺もルフィが好きだよ」
きらきらと輝いて、甘い甘いキャンディーのような笑顔。
それは子供心にもどこか見とれてしまうものがあった。
サンダルで駆け出して船に居る男の姿を二人は探す。
まるで親子のようだと誰かが笑った。
それほどに兄弟はシャンクスを慕っていたのだ。
「ベック!」
「お頭、コブ背負ってどうした?」
ヤソップがルフィの額を指でパチンと弾く。
「ベックならエースと桟橋のほうに向かったぜ。釣りでもしてんじゃないのか?竿持ってたしな」
シャンクスは背中のルフィと顔を見合わせる。
「走るぞ!!掴まってろよルフィ!!」
「おう!!!」
風を絡ませて、船を蹴って彼女は高く飛ぶ。
肉体は老いに向かって廊下という過程を経ていくはずなのだがシャンクスはそれに逆らうようにしなやかに飛ぶのだ。
三本傷ははためく髑髏にも。
太陽を背にシャンクスは桟橋目指して駆け出して行った。





二人で腰掛けて、のんびりと釣り糸を垂らす。
咥え煙草で器用に餌をつけながら沈んで行く針を目線が追う。
「なぁ、ベック」
「ん?」
「俺も大人になったら海賊になりたいんだ。あんたみたいな渋い男に!!」
褒められれば悪気はしない。
兄のエースは男に良くなついていた。
弟よりも三つ上のせいか、大人扱いして欲しいという願望で女海賊よりも寡黙な男に憧れるのだ。
男から見てもこの船の副船長は惚れ惚れする。
冷静な判断力、知性、才能。
どれをとってもシャンクスの配下に居るのが不思議だと頭を捻るものもいる。
「なんでベックはシャンクスと一緒に居るのさ。自分の船を持ちたいとか思わないのか?」
エースの呟きは若いクルーの呟き。
破天荒な船長を補佐する副船長なくしては、この船は機能しないと皆、口を揃えるのだ。
「シャンと一緒に居る理由か……困ったな」
二本目に火を点ける。
吐き出される煙は大人の証拠のようで少年は羨望の眼差しでそれを見つめた。
「まぁ、飽きないからだろうな」
「ふ〜〜〜ん。だってもっと美人はいるだろ?マキノさんとか」
「シャンクスは美人だぞ。あれのよさが分からんうちはお前もまだ子供だな」
「あんな傷だらけの女、美人じゃねー!!」
エースの額を軽く親指で押して、男は小さく笑う。
子供は自分の好きなものを虐めてしまう。
それはエースにも当てはまった。
小さな恋心はちょっと屈折しているが、確かにシャンクスに向けられているのを男は知っていたのだ。
「ベ〜〜〜〜〜ック!!!俺のエースを返せっ!!!」
「そうだ返せ〜〜〜〜!!!」
げらげらと笑いながら突進してくる二人の姿。
「騒がしいのがきたな。まぁ、海賊になるならあれくらい豪気になれ。そのほうが良いぞ」
太陽は頭上に。笑い声は何時も隣に。
顔の傷さえなければシャンクスが海賊だとは誰も思わないかも知れなかった。




村に初めて船がやってきた日、村人はみなどんな凶悪な男が出てくるのかと怯えていた程だ。
タラップを先頭で降りてきたのは細身の女。
黒のキャプテンコートに身を包み、頭にはなぜか麦藁帽子。
笑う顔には三本の傷。
猫のような目で彼女は笑みを浮かべた。
「はじめまして。私はこの船の船長のシャンクスという者。しばらくこの村に滞在させていただきたく
 許可のお願いを」
「しかし、海賊などこの村に来たことなど……」
口篭る村長にシャンクスは帽子を取って深々と頭を下げる。
「村の人に危害は加えさせません。なにかありましたら即刻その首は刎ねて晒し首にいたしましょう」
「……………」
「海賊は約束を守ります。暴れるのは海の上だけ。陸に上がるのは休息を欲する時です」
真摯な眼差し。
「海の女神と、海賊旗にかけて」
礼節をわきまえた女海賊に村長はシャンクスの船に許可を出した。
その言葉どおりに時折現れる山賊や海賊紛いの連中をシャンクスたちは追い払う。
陸ではのんびりと過ごしたいのは皆同じで、積極的に村の行事に参加したりもしていた。
船長のシャンクスは気さくで子供たちにも慕われた。
こぞって男も女もシャンクスのような海賊になる!と言い出すほどに。
その度にシャンクスは笑ってこう言うのだ。
「海賊になるには女を捨てなきゃなれないぞ。だからアタシは俺になるんだ」と。
行きつけの酒場のマスターは同じ年の女。
彼女とグラスを空けながら小さな愚痴と冒険録を話すのが彼女の日課。
そんな不思議な女を頭にしているこの船は、おおよそ海賊には思えない男たちばかり。
皆、それぞれに人生の花を咲かせていたのだ。
「ルフィ、エース、こんなこと知ってるか?」
シャンクスは流れ着いた枝を拾って砂に文字を書く。
「X・i・a・n・x。俺の名前。シャンクス」
「うん。それがどうかしたのか?」
「名前の中に同じ文字が二つ入ってると大物になれるって話さ」
シャンクスは別な名前を書き記す。
それは伝説なった海賊王、ジョリー・ロジャーの名前だった。
「海賊王って言われた男もそうだった」
「じゃあ!!俺もなれるか!!俺も二個入ってるぞ!!」
嬉しそうにルフィが目を輝かせる。
「なれるかもな。ま、その前に俺のほうがなるだろうけど」
ぐしぐしと頭を撫でてくる優しい手。
それを面白くなく見ていたのが兄のエースだった。
「べっつに、迷信なんか信じねぇモン」
強がって膨らむ頬。
「ジンクスはあれが勝手に作ってる。安心しろ、俺にもそれは当てはまらん」
「そっか。俺もカッコいい海賊になるんだ!!」
エースの頭を撫でる男の手。
遠目に見れば家族にも見える四人だった。
「今日は船に泊まっていけ。皆お前等に逢えるのを楽しみにしてたんだから」
陸に家族を残したものは、この兄弟にそれを重ねる。
船のクルー全員が二人を愛していた。
村人が二人を大事にしてきたように、彼らも二人を大事にしていたのだから。





大騒ぎしながらの夕食を終えて、投げ込むように二人を浴室に押し込む。
寝かしつけて自由になる頃には夜中に近かった。
「疲れた〜〜〜。久々にチビたちの相手すると身体にくる〜〜〜」
ぺたぺたと甲板を歩いて自分の指定席のフィギュアヘッドにちょこんと座る。
まだ少し濡れた髪を夜風に泳がせる姿。
「ご苦労だったな。お袋さん」
「ほえ?」
「あの二人はあんたの子供みたいだからな」
男の口から煙草を抜いて、静かにそれを口にする。
「んじゃあお前がパパだろうな。あはははっ」
ほんのりと香るワインの甘さ。
「酔ってるだろ」
「ん〜〜〜〜。寂しがりのパパのためにサービスしようかと思ってェ」
首に回される腕。
その腕を外して、手の甲に甘いキス。
シャツを脱がせれば日に焼けたしなやか肢体と二つの乳房が目に眩しい。
背後に背負った満月さえも、彼女の引き立て役になるほどに。
「…あ……」
滑る唇に震える肩。
腰を抱くように回された腕。
ちゅ…と触れては離れるのがもどかしいのか、女は男の頭を抱く。
「痛ぇ……ちょっと待てっ!!」
乳房の傷をなぞる舌先。その頂の小さな乳首をかり…と噛まれてシャンクスは小さく頭を振った。
真新しい傷は先日の航海で一戦交えた時にできたもの。
「や……あんっ!!」
括れた腰と、なだらかな腹部を撫で上げられて思わず声が上がる。
七部のパンツに手を掛けて、脱がせようとすれば促すように腰が浮く。
「…ん……あぁ…!!……ッ…」
節くれて無骨な指がゆっくりと入り込む。
濡れた指先が出入りするたびに、ふるふると揺れる丸く甘い乳房。
ぴちゃ…と舌先が濡れた突起を舐め上げていく。
「っは……んんっ!!!」
唇が吸い付き、口腔で嬲られる。
舌先が小突くように攻め上げたかと思えば、焦らすようにちろちろと這う。
追い詰められる感覚に背筋にぞくり、としたものが走り抜けた。
「……っ…焦らすな……さっさと来いよ……っ」
腰を抱えられてヘッドに背を押し付けるようにして男は女に身体を繋げて行く。
「あ!ああッ!!」
男の腰を掴むようにして、自分の身体を支える。
ぎりぎりまで引き抜いたかと思えば、最奥まで貫かれる感覚に声も、体液も零れっ放しに。
絡みつくような脚を掴んで、重なる胸。
「……ん……っふ……」
深くあわせた唇と吸いあった舌先の甘さ。
肌に感じるのは潮風の冷たさと男の熱さだけ。
「……良い身体だな……あんた」
「心が、綺麗だから……かな?」
「嘘付け。遊び人が」
ぐ…と強く突き上げられて小さな頭が震える。
「あ、あああっ!!!んぅ…ッ!!」
絡み合った身体は離れるのが嫌だといわんばかりに男を締め上げていく。
「あ!!ああああッッ!!!」
びくんと仰け反る身体を押さえつけて、男は尚も女を貫く。
これだけでは終わらせないと言う代わりに。
一度目覚めれば落ちるのは簡単だから。
「や、ああんッ!!!」
小さな尻をぎゅっと抱かれて、根元まで咥え込ませる。
繋がった部分がじりじりと熱く、神経がそこに集中しているかのように過敏になっていた。
「……!!!あ、やめ…ッ!!!」
尻を掴んでいた指がゆっくりとその奥の窄まりに入り込む。
十分に濡れた入口からの淫水で、そこは男の指を容易に受け入れられるようになっていた。
「そっち……!!!やだ…って…!!」
腰の動きにあわせて指は奥まで入り込む。
同じように動かされて、前後を同時犯される感覚にはぁはぁと荒い息だけが耳に響いた。
「好きだろ?こっちも」
「…好きだ…けど……!!ここじゃ……や…だ…ァ!!」
くっと折られる指と突き上げてくる動きが加速する。
「あ!!!!ああああッッ!!!」
重なる唇を受け止めて、女は男の吐き出した熱を余すことなくその身体に受け入れた。





(すっげぇもん見ちまった……)
物陰から二人の交わりを見ていた小さな影。弟はぐっすりと寝付いて身動きすらしない。
喉が渇いたと目を覚まして、厨房で水を飲んだついでに夜風に当たろうと甲板に出てきた。
始めは二人の会話を盗み聞きしてやろうと耳を欹てていた。
それがそのうちに動くに動けない状況になり、目を離せない状態になった。
年上の友達の家出見せてもらった本で、なんとなく男と女がそうなることは理解はしていたものの現場を見るのは初めて。
まして彼の両親はもういないのだから。
(副船長が言ってたシャンクスは美人だって……このことなのかな……)
子供ながらに彼女の痴態は官能的で動悸が早くなっている。
何度も一緒に風呂に入っているはずなのに、そのときには感じなかった女の艶かしさ。
月光に晒された肌は本で見たものよりもずっと綺麗だった。
(副船長みたいになったら……シャンクス、俺のお嫁さんになってくれっかなぁ……)
恋敵は簡単には打ち負かせない男。
それでも海賊ならば奪ってみせろとおそらく男は笑うのだ。
(絶対に俺も海賊になってやる!!!)
小さな恋は少年の未来を朧気に導く。
同じように海の女神に愛されなさいと。




その日も良く晴れていた。
山賊がルフィに愚行を働きシャンクスは容赦なく彼らを切り捨てた。
友達を侮辱することだけは許さないと呟いて。
「ルフィ!!!」
自分に纏わりつくはずの小さな影を探して彼女は走り回る。
「お頭!!あそこ!!」
見れば波間に覗く顔。
悪戯に食べてしまった悪魔の実で、ルフィは浮くことのでき無い身体になっていた。
桟橋を蹴って勢い良く飛び込む。
沈みかけた小さな身体を抱きしめて彼女は安堵の笑みを浮かべた。
「シャンクス!!!」
「!!!」
一瞬の出来事だった。
友を庇うためにかざした左腕は瞬時に主によって喰いちぎられた。
「消えろ」
それは今まで聴いたことのなかった彼女の声。
赤い死神と恐れられる海賊の声だった。
「シャンクス!!!」
「もう、恐くないぞ。大丈夫だ」
残った片腕で彼女は少年を優しく抱きしめる。
「だって……腕が……ッッ!!!」
泣きじゃくるルフィの頭を撫でる手。
「一本あれば十分だ。お前の頭をなでることも出来る。それに……」
涙でぐしょぐしょに成った顔が見上げてくる。
「友達を守れたんだ。腕の一本くらい、安いもんだ」
それは嘘偽りもない、彼女の心からの言葉。
紛れもない真実だった。




それから一月後、船は村を離れることとなる。
荷造りに追われるクルーを赤髪の船長はのんびりと見つめていた。
「本当に行っちゃうのか?シャンクス」
「ああ……長く居過ぎた。ここにはもう来ないかもな」
じんわりとこぼれそうになる涙。
ぎゅっと唇を噛んでルフィは頭を振った。
「俺……海賊王になる!!!絶対に!!!シャンクスより凄ぇ海賊になるっ!!!」
叫びににも似た声にシャンクスの顔が綻ぶ。
「そっか……海賊王か……」
それは昔の自分によく似ていて、どこか懐かしさすら感じるほど。
同じように一人の男に憧れてシャンクスもこの海に飛び出したのだから。
「じゃあ、これやるよ。いつか立派な海賊になって俺のところに返しに来い」
小さな頭にはまだ余る麦藁帽子。
結ばれたリボンは彼女を示すようなストロベリーレッド。
「約束だぞ」
「絶対に返しに行く!!海賊王になってシャンクスを嫁にするんだっっ!!!」
予告と告白にシャンクスは大きく目を見開く。
(どこまで俺に似てるんだよ……お前……)
けらけらと笑ってシャンクスはルフィの目線にあわせて屈んだ。
そして、掠めるようなキスをその小さな唇に贈ったのだ。
「続きはお前が海賊王になれたらな。いい男になってもう一度プロポーズしに来い!!!」
「分かった!!!!」
小さな約束。
兄弟の初恋は、彼らの未来を決めた。
同じように海に飛び出し、船を持つ。
彼女を追いかけるように。






手配書のルフィは自分の麦わらを被って豪快に笑っている。
その顔を指でなぞってシャンクスは懐かしげに目を細めた。
「ベック……俺、変わった?」
「いや。全然変わらんな」
「そっか。あ、お前うかうかしてらんねぇぞ?俺、二人からプロポーズされてっから!!」
十年前、兄と弟両方から貰った気持ちは今もこの胸の中に大事にしまってある。
手配書でしか見れないが、二人とも宣言した通りにいい男の道を歩んでいた。
「案外エースなんか、かっこよくなってるかもなぁ。お前に似てるから」
「ん?何か言ったか?」
「なーーーんにも。腹減ったなって」
大きく伸びをしてシャンクスは手配書を大事そうに仕舞い込む。
「いつかこの海のどこかで、また会える……そうだろ?」
「死ななきゃな」
「死んだらそれまでの器だったってことだ。海賊王になるならちょっとやそっとじゃ死ねないさ」
十年の月日は少年を男に変え、女の名を世界中に知らしめた。
いまや赤髪のシャンクスとその傍らに佇む男の名を知らない海賊はいない。
自らが海の女神となって船を率いる女は、同じように手配書の中で微笑むのだ。
「早く、逢いに来いよ……エース、ルフィ……」
今も、この海のどこかに彼らはいる。
あの日の誓いを胸に抱いたまま。



波間に漂う光のように。
運命はかく、語りき彼らの夢を―――――――。






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2:33 2004/01/21





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