◆運命の日、その前の些細な出来事◆





「お頭!何回言ったらアンタは反省って物を憶えるんだ!!」
ガタイのいいこの船の副船長に攻められているのは赤髪のシャンクス。
海軍が最も欲しがる賞金首。
例え死体であってもその金額は変わらず、生きて捕らえれば倍に上がる。
ストロベリーブロンドに三本の傷。
目深く被った麦藁帽子。
「あーーーー、そのうち憶えるからさ……なっ!」
にこにこと笑う顔は他人の怒りを削がせる不思議な力を持つ。
「アンタみたいな海賊、見たことねぇ……」
「やだぁ、アタシに惚れちゃった?」
「気色悪いこと言うな。アンタが自分のことをアタシなんていうときはろくなことがねぇ」
この女海賊は考えるよりも本能に従う。
欲しいと思った相手はそれが他人の船に乗っていても迷わずに声を掛けるクチだ。
そして、その罠に掛かった男の一人がこの男ベックマン。
「アンタといると眩暈がする」
「そんなに俺ってイイオンナ?」
陸地では温厚でわりとのんびりとした性格だが、海の上ではまるで別人。
サーベルを手にまるで楽しむように自分よりも遥かに大きな男たちを切り捨てていくのだ。
「まったく、面倒な女だ」
咥えていた煙草を取る手。そして軽く吸い込んで顔を顰める。
「やっぱ俺、これは好きにはなれねぇや」
「アンタは甘いもんが好きだからな」
「乙女ですから」
「乙女ってツラか?傷モンだろうが」
走る三本の傷は、逃げずに正面から立ち向かった時に出来たもの。
海賊は背中を見せない。それが彼女の心情。
「おや?さらに傷物にしてくれたくせに」
「騙されたんだ、あれは」




酒場で見た赤毛の女は子供っぽさと仄かな色気の同居した不思議さがあった。
酔わせて潰そうとして、逆に潰された。
頭痛で目が覚めれば、自分の胸で寝息を立てる少女の姿。
(夕べの女か……)
汗で張り付いた赤毛を払うと小さな額。
そして、走る三本の傷。
(……傷……?)
「ん……おはよう……」
目を擦りながら少女は身体を起こして腕を伸ばす。
細い身体の割には大きめの二つの乳房。
よく見ればいたるところに刀傷がある。
「……お前……まさか……」
「ん?どうかしたのか?」
「その傷っっ!!!」
「傷?……ああ、ファンデーション落ちちまったか。まぁいいや。な、俺の船に来いよ」
「赤髪のシャンクスか〜〜〜ッッ!!!」
その声にシャンクスは耳を覆う。
「でかい声上げんなよ。耳が潰れるだろ」
「な、何のつもりだっ!!」
「勧誘」
あっからかんとシャンクスはベックマンの胸を拳で叩いた。
「な、俺と一緒に海賊やろうぜ。絶対楽しいって」
「誰がお前なんかと……」
「酷い……夕べはあんなことして……」
「しおらしくしても騙されんぞ」
「な〜んだ。泣き落としも駄目か。な〜、俺の船に乗れってば〜。一緒に楽しく生きていこうぜ〜」
駄々を捏ねるようにシャンクスが詰め寄る。
顔の傷さえなければ上玉の女だっただろう。
だが、その傷さえもシャンクスの色気を上げるのに一役買っているようにさえ思えた。
「人生は短いんだぜ、楽しく生きようぜ」





「卑怯以外の何モンでもなかったな」
苦々しく二本目の煙草に火を点ける。
副船長という名のお守り役として彼はいまやこの船の幹部の一人だ。
「ここのクルーはみんなアンタに騙されたクチか?」
「コックと船医は。他は勝手についてきた。ルゥは友達」
ぺたぺたとサンダルを鳴らす音。
夕日はシャンクスの髪と同じ色合いでどこなく郷愁染みている。
「あ〜、そういやさ、俺、お前に言いたいことがあったんだ」
子供のような顔で笑う。
思わずその髪を撫でて、抱き寄せたくなる。
「あんまり強く俺の乳、噛むなよ。歯型取れなくてみっともねぇじゃんか」
がばっとシャツを肌蹴る。乳白色の肌に黒レースのブラジャー。
赤とピンクのフリルで彩られたそれはどうやらシャンクスのお気に入りの一つらしい。
「アンタな、少しは恥じらいって物を持て!!」
「だったら俺にベビードール着てみろとか言うんじゃねーよ、変態」
「誰が変態だっ!!このアバズレっ!!」
「や〜〜〜ん!!!ベンちゃんが虐める〜〜〜〜っ!!」
わざとらしく上げる声にクルーはいつものことだとそれぞれの持ち場を離れようとはしない。
「ま、バギーやミホークよりはお前のほうがまともだよ。あいつらは本物だから」
「……………」
「まったくどこの世界にコスプレ好きの海賊がいるんだって感じだよ」
けらけらと笑う声に頭痛を感じながらベックマンは頭を振る。
シャンクスのクローゼットには何着か理解不能なものがあった。
(あれか!?あのナース服だの、メイド服だの……バギーとやらよ……)
未だ見ぬバギーに心底同情する。
「ミホークはミホークで変な薬とか使うしよ。頭悪くなったらどうしてくれんだか」
世界一の剣豪と恐れられる男の秘密をさらりとこぼす。
(大丈夫だ、それ以上……馬鹿にはならんだろう。いや、元々馬鹿じゃないか……演じて馬鹿にはなってるが)
多分、シャンクスに悪気は無いのだ。
「ま、そんなんだからさ。まだお前の体位はバックが好きとか、立ちバックが好きとかはあんまり苦にならんのよ」
こきこきと首を鳴らして、シャンクスはフィギュアヘッドに腰掛ける。
「ガキさえ出来なきゃ、問題ねぇだろ?まぁ、出来たら出来た。そん時さ」
真っ赤な髪を持つ海の女神は不適に笑うだけ。
「あ〜〜〜っ!!腹減った。飯っ!!」
「ちょっと待て」
ぐっと腕を掴むと、きょとんとした顔でシャンクスはベックマンを見つめた。
「なんかくれんの?」
「……可愛げの無い女だな」
「その可愛げの無い女と毎晩やってるのはどなたさまでしょーねぇ」
ちょこまかと走り回るシャンクスを追いかけるのもまた彼の日常の一つ。
サンダルを引っ掛けながら走る姿はとても三十路手前の女には見えない。
身体をつい繰り上げる筋肉はしなやかで、両手を空に伸ばし前を見る姿。
出会ってから丁度十年。
喧嘩をしながら、文句を言いながらそれでも一緒にいられるのだから性質が悪い。
(まぁ……あれで海軍の賞金首だって言うんだからな……)
赤髪の悪魔の傍に佇む黒髪の悪鬼。
光と影のようだと称されるがそんな綺麗なものでもない。
ただ、相性があったから一緒に居る。
悪目立ちする子供には補佐役が必要だからだ。
「おわっ!?」
「飯にするんだろ?行くぞ」






「なぁ、前から思ってたんだけどよ」
男の腹の上で、揺れる日に焼けた身体。
腰を抱く手がそのまま上がり乳房を弄る。
「……っは……東に……行こうと思う……」
割れた腹筋に手を掛けて、シャンクルは僅かに腰を振る。
その度にふるふると揺れる二つの乳房。
左上から斜めに走る大き目の刀傷が嫌でも目を奪う。
丸を描くようにゆっくりと揉み、時折その先端を摘み上げるとその度に切なげに括れた腰が揺れる。
細い背中も、魅惑的な腿も、なによりも造りの良い顔も。
傷のない箇所などシャンクスには存在しなかった。
「この船の船長はアンタだろ?好きにすりゃあいい」
「〜〜〜〜っ!!」
ぐいぐいと奥まで突かれて仰け反る喉元。
「…あ…ッ……もっと奥まで……ッ…」
ぐい、と足首を掴んで真新しい傷を撫で上げると形の良い眉が歪む。
「避け損ねたか?」
「……逃がしてやろうと思ったら不意打ち喰らってざっくり……」
怒り狂ったシャンクスは相手を斬り付ける。
いや、もっと正確に言うならば肉片にして海に沈めたのだ。
『鮫の餌にでもなれ』薄い唇が淡々と言葉を紡ぐ。
その一瞬だけ見せる、詰めたく淫靡な瞳。
そしていつものようにマントと麦わらを引っ掛けてサンダルでひょこひょこと歩く。
そのときには普段どうりの気楽な表情に戻っているのだ。
「ああ、そうだったな……」
「んんっ!!」
腰を浮かせてギリギリまで引き抜いては奥まで打ち込ませる。
海軍の指名手配の中でも高額の賞金首の女は、そんな素振りなど塵も見せずに男の上で腰を振った。
揺れる赤い髪と、切なげに細められる茶色の瞳。
「……アンタといると感覚が麻痺するな」
体勢を変えて、シャンクスを組み敷く。
奥まで突き入れてギリギリのところまで引き抜いて、更に奥に。
その度に生暖かい女の体はぬるぬると締め付けてくる。
(一体何人が騙されたんだ……この女に……)
シーツの上に咲くのは呪われた赤い華。
厄介なのはその華に魅了されるということ。
「あ!!んぅ……もっと…強くっ……!」
両手を伸ばして男の背を抱く。絡まる脚と、汗の匂い。
揺れる乳房を掴まれて、その先端をちゅぱ…と吸われる。
「…ッ……あ!!」
赤い茂みの中に隠れる濡れた突起を擦り上げると、ぎゅっと締め付けがきつくなっていく。
腰を打ちつけるたびに、じゅる、じゅくっと濡れた音が耳の奥で響く。
舌先が三本の傷を舐め上げると、まるで子供のように彼女は肩を竦めた。
「以外だな、あんたでもそんな反応するなんて」
「……男と居る時くらいは、普通の女で居させて欲しい……なんてね」
天下無敵の女海賊は、屈強の男たちをその細腕で一つで纏め上げる。
実際にシャンクスと寝てこの船に乗り込んだのは自分を含めて三人。
そして未だにこうしているのは自分だけという現状だ。
その身体に惚れたのではなく、その眼に惚れた。
手を伸ばされて、その手を取った。
確約された未来よりも、先の読めないこの家業。
それでも、良いと思えるのはこの女の持つ性質。
簡単な言葉で片付ければカリスマになるのだろうが、そんな言葉では表せないなにかがあった。
「ふ……ッア!!……やめ……ッ!!」
腰を高く突き上げられて、息が詰まる。
ぎりぎりとした僅かな痛みと、内側を擦り付ける熱さ。
その度に二つの乳房がぷるぷると揺れる。
「あ!アアァッ!!!」
形の良い眉が歪んで、背中を爪が走る。
ぎゅっとしがみ付く腕は、賞金首の海賊ではなく、年相応の女のそれだった。





「あんた、本当に嫌な女だな」
「ん?もう一回する?お前も体力あるね」
うつ伏せになり、枕を抱く姿。
傷が隠れれば十分なくらいに穏やかな顔つきだ。
背中、肩甲骨、肩口。
新旧織り交ぜてシャンクスの身体には傷がある。
「十分な傷モンだ、あんた」
「傷のない海賊なんて見たことないね。海賊なんて奪ってなんぼの商売だろ?」
見上げてくる少し大きめの瞳。
「生き残るには、強くなきゃ無理だろ?弱ければ鮫の餌になる」
「そうだな」
さらさらと指の隙間を流れる赤い髪。
「だから、あたしは俺になる。女海賊じゃなくて、海賊だ」
この船は真っ赤な髪の女神に守られ、東に航路を取る。
昇る太陽を見るために。
「立派だな」
「ええ、船長ですから」
にししと笑う顔は手配書とはまるで別人。
この二つの顔に魅せられて、今もこうしてここに居るのだ。
二人してけらけらと笑いあう。
この瞬間だけは海賊は休業中。
「敵襲〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」
けたたましく船内を走る新入りの足音と、叫び声。
「ありゃ、呼び出しかかっちゃった」
のろのろと身体を起こして下着を身に付けていく。
手際よくシャツを着こめば、はだけた胸元から覗くのは立派な谷間。
サッシュに締め付けられた括れたウエストにいつもどおりに引っかけたサンダル。
ただ違うのはその小さめの身体を覆う漆黒のマント。
金の留め具が小さく光る彼女の正装。
腰に下げたサーベルがちゃら…と声を上げる。
「さて、行きますか」
同じように着替え終わった男の手を取って、シャンクスはいつものように笑う。
「忘れ物だ」
ぽふ、と被せられたのは愛用の麦わら帽子。
「ありがと、さ、行こう」
「ああ」
眼深く被った麦わら帽子。
フィギュアヘッドに立ってシャンクスは麦わらを取り、軽く頭を下げる。
「何だそれは?」
「ご挨拶。アタクシ、育ちがいいものですから」
「そりゃあ初耳だ」
長銃を手にベックマンは咥え煙草で前方を見る。
相手にとって不足はない。
誰が相手であろうとひくことはしない。
それがこの赤髪海賊団なのだから。



左手にサーベルを持ち、彼女は飄々と男たちを斬り倒していく。
海軍ですら恐れるその左腕。
そして、彼女の左腕の時間が止まるのはこれよりもほんの少しだけ後の出来事。
それは運命の日のほんの手前。
些細な出来事。






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