◆どうしようもない僕に天使が降りてきた◆




港町の猥雑さは、優しくて眠りを誘う。
「ルゥ、海賊って何人で出来ると思う?」
「だから俺は海賊なんかやる気ないぞ、シャンクス」
「まず、あた……俺と、ルゥだろ。それから……」
最初は強引な誘いだった。ストロベリーレッドの髪を揺らしながらシャンクスは
「バギーも今頃船を持ってるだろうし」
カーネル船長の船を下りて、シャンクスは真っ先にルゥの所に来たのだ。
「最初だけでもいいよ。話し相手になってくれよ」
腰から下げたサーベルは、下船の際に贈られた品物。
刀傷のある顔で笑う船長は、シャンクスの憧れでもあった。
口癖は「女海賊と呼ぶな。私は海賊だ」の陽気な女。
居並ぶ男たちを纏め上げて、彼女はいつも煙草を燻らせていた。
潮風に揺れる真っ赤な髪は、光を受けて不思議な色に。
軽快に鳴るサンダルの靴音。
小さな海賊の、大きな一歩だった。




たった数年でシャンクスは自分の船を持つことになる。
小さいが頑丈な船だ。
はためく海賊旗は彼女のトレードマークの麦藁帽子。
舳先に座って、サンダルを素足に引っ掛けて。
シャンクスは潮風に身を任せた。
身長150に満たない身体で、サーベルを握る女。
「ルゥ!ヤソップ!!街が見えるぞ!!」
「一々言わなくても分かってる!!」
見張り台から飛び降りてくるのはヤソップ。
この船の狙撃手。
縁日の射撃勝負でシャンクスと一騎打ち。
林檎飴を咥えながらの勝負に負け、この船に乗り込んだ。
行く先々の街で、彼女は仲間を船に乗せる。
いや、皆乗り込んでくるのだ。
「シャーンクス!寄るんだろ?薬が切れそうだ!!お前らが怪我ばっかしてくっからな!!」
斜めに走る刀傷。笑う顔は猫のような船医。
「寄ってもらわねぇと困るだろ。シャンクス、人の倍食うから。ルゥもだけど」
対照的にまるで犬のような目の料理長。
「街が見えてんのに、よらねぇわけなんて見つからないだろ?」
手にした袋にはキャラメルポップコーン。
甘いものとアルコール、そして綺麗なもの。
海賊らしからぬこの女を船長として、一行は幾多の戦いを潜り抜けてきた。
シャンクスの左腕も傷だらけ。
海神の加護を受けてるから、死にはしないといつも笑うのだ。




暖かな雑踏の中、麦藁帽子から覗く赤い襟足。
伸びてしまって少しはねてしまうのが気になるのか、さわさわと指が触れる。
「姉ちゃん、味見していくかい?」
路地裏で店を開く老婆が声をかけて来る。
「ここの名物の干物を焼いたもんさ。どうだい?」
「すっげぇ旨い!買うよ。えーと、そっちのも。ばーちゃんのお勧めのもの入れて」
そちらこちらからシャンクスに掛かる声。
「俺の船、二番目の入り口のところに泊めてあるんだ。そこまで運んでもらえるかな?」
ポケットから取り出した二枚の金貨。
このあたりで金貨に出会うことなど滅多にない。
「俺、シャンクスってんだ。代金はこれで足りるかい?」
老婆の手にそれを握らせる。
「おつりが出るよ」
「じゃあそれでその猫になんかあげて。俺はおいしいもの見つけられたから十分だよ」
膝の上の黒猫を撫でる指。
「姉ちゃん、こっちも見てくれよ」
「俺のところにもいいワインがあるぜ!!」
コックを呼んでその場を上手く切り抜ける。
料理のことは料理のプロに。
シャンクスは適材適所の勘が鋭いのだ。
何食わぬ顔で相手の心の中を覗いてしまう。
そんな不思議な女だった。




(飲みすぎたかなぁ……ふらふらする……)
賑やかなところが好きな女は、どうしても酒場に来てしまう。
進められるままにグラスを空ければ、覚束ない足元。
「随分と飲んでるようだが、大丈夫か?」
「あんた誰?」
「ジェラキュール・ミホーク」
短く切られた黒髪に、無精髭。少しだけ吊りあがった鷲色の瞳。
「俺、シャンクス」
「ふらついてるぞ、大丈夫か?」
「へーき、へーき。海賊はこれくらいじゃ潰れねぇよ」
肌蹴たシャツから覗く胸の谷間。
カウンターにだらりと沈んで、シャンクスは半分夢の中。
「船はどこだ?送ってやろう」
「ん〜〜……あっち……」
膝抱きにして、店を後にする。小柄な女はまるで猫のような表情で眠っていた。
噂に聞く赤髪のシャンクス。
海軍が相手だろうが一歩も引かず、逆にその船を沈める女。
目印は麦藁帽子にストロベリーレッドの髪。
だが、事実それだけで彼は彼女を見つけることが出来たのだ。
「ミホーク」
「どうした?」
「俺のサーベルは?」
「ここに、あるが?」
ぱちん、と開く瞳に飲み込まれそうになる心。
「世界一の剣豪を目指す、鷹の目のミホーク」
「知ってたのか。赤髪のシャンクス」
「おあいこだな」
すとん、とミホークの腕から抜けてシャンクスはぺたぺたと歩く。
石畳に染みる月の影。
伸びた影二つ、男と女。
「勝負してみる?ミホーク。俺が勝ったら俺の船に乗れ」
「俺が勝ったらどうするつもりだ?」
鞘から抜かれたサーベルは、月光を浴びて輝く。
さながら狩の女神のようにシャンクスは穏やかに笑った。
「さぁな。お前が決めな」
勢い良く地を蹴って、シャンクスの身体が宙を舞う。
体格差、体重、腕の長さ。
どれを考慮してもミホークに勝つには条件は悪すぎる。
それでも、シャンクスは楽しそうに剣を取るのだ。
「いい太刀筋だ」
「師匠譲りなんでね。才能もあるけど……ッ…」
剣が交わる音と、息遣い。
端から見れば本気の斬り合いに見えるだろう。
それでもこの二人はどこか笑っているのだ。
ぎりぎりとぶつかる刃先。
シャンクスはその小さな身体を最大限に使って、男の懐を狙う。
そのたびに振り払われて唇を噛む。
ミホークも間合いを詰めながら女の隙を窺うが、女は予測不能の動きで飛び回る。
勝負など付かないかと思われた。
「!!!!」
派手な音を立てて、細身の剣に走る皹。
(まず……防げねぇ……なら、行くしかないよなっ!)
後ろに下がることのない女はそのまま男に飛び掛っていく。
「そのサーベルで俺が倒せると思うのかっ!?」
「思うわけ……ねぇだろっ!!」
びしびしと鈍い音が耳に入る。
「うりゃあああっっっ!!!」
ばきん!と砕けた刀身。塚を持ったまま残りの刃でシャンクスはミホークに切りかかった。
(まずい、このままでは……っ)
剣が折れれば勝てる見込みなどない。流石のシャンクスでも降参するだろうとミホークは考えていた。
しかし、忘れてはいけない。この女はあの悪名高い赤髪のシャンクスなのだ。
「!!!!」
どうにか身体への直撃を逸らしたものの、左目の眉から頬にかけて刀は走ってしまった。
「…っ痛ぇ……げっ!?なんだこれっ!!」
「すまん!完全に逸らすことが出来なかった」
ポケットから取り出した鏡で己の顔を見てシャンクスは肩を落とす。
派手に走る三本の傷。
「……あ〜あ……嫁の貰い手なくなったらどうしてくれんだよ」
「そのときは俺が貰ってやる」
「はぁ!?」
「逃げずに掛かってくる女などまずいない。世界一の剣豪の花嫁はそれくらい気が強いほうが良い」
あんぐりと口を開けるシャンクスに、つられたのかミホークも笑う。
「でも、俺も海賊王目指すんだけど。海賊女王?語感悪いな」
少し痛むのか顰められる眉。
「引き分けだな、シャンクス」
「あ〜〜あ、いい剣士が手に入ると思ったのにっ」
悔し紛れに足元の石を蹴飛ばす。
「それにしても、派手に出来たな。これ……消えなさそう」
「海賊らしくていいだろう?」
「そうだな。俺が乗った船の船長も刀傷あったし。あの人よりも二本多いから、俺のほうが
 出世できるってことだな」
けらけらと笑って、並んで歩く。
「ミホーク」
「?」
「送ってくれてありがと。あれが俺の船」
小型のガレオン船と、麦藁帽子の海賊旗。
「おやすみ、またね」
潮風で飛ばされないように帽子を押さえながら、シャンクスは駆け出す。
小さくなる影を見送って、ミホークはため息をついた。
(いや、俺の完敗だ。シャンクス)
きらきらと光る海面。
可笑しな女はもう夢の中。
失速しそうな羽根を広げる天使の髪は不思議な赤。
世界はまだまだ面白いと男は笑った。




「お頭〜〜〜、何か色々来たんですけど」
「ん〜〜〜〜?」
歯ブラシを咥えながら甲板へと出る。
「!?なんじゃあ!?」
届けられたのは数百本の真紅の薔薇。
次々に届けられるそれで甲板は真っ赤に染まっていく。
(……あんのアホ……)
その中にあったカードを手に取る。
『近いうちに、また逢える事を願って』と記されていた。
手近にあった花束を抱きしめる。
(近いうちにね……今度はもっと別な場所で、もっとロマンティックにでもお願いしましょうかね)




「なんてこともあったよな、ミホーク」
「………………………」
「まだ俺のこと、嫁にしたい?」
覗き込んでくる大きな瞳。
「なぁ、どうなんだって」
「変わらんが、それがどうかしたのか?」
「…………そうですか」
それからしばらくの間、シャンクスの船は再び花束で埋め尽くされることとなる。
それも極上の真紅の薔薇で。



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1:00 2004/08/04





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