◆chute the moon◆






「なーってば、ケーキは大きいの?」
体の半分を包帯に包まれた女が厨房に顔を出す。
覗く赤毛は一度見たら忘れない色。
「そりゃ、クリスマスだからな。あんたのために全力で作るぜ」
「マジで!!今日、抜糸なんだよね。もう一暴れして豪華なクリスマス目指すぜ」
「抜糸終わるころにゃピーチパイが焼けるぜ、お頭」
手をたたいてはしゃぎたくとも、その手に包帯が巻かれている。
料理長の手が赤髪をくしゃくしゃと撫でる。
走る三本傷も見慣れてきた。
「バニラアイスは?」
「もちろん俺のお手製だ」
「やったぁ!!」
傷は増える一方で、包帯も雪も同じ白だと笑う唇。
軽快な声は海賊には思えないことさえもある。
ブーツごと貫通したナイフを引き抜いて、彼女はそのまま持ち主だった男に返還した。
心臓を一突き、そのまま抉る様にして真横に引いてだが。
「やることねぇから爪磨いたんだ」
光を受けてほんのりと輝く小さな爪達。
サーベルを握るのに邪魔にならないようにと、深爪寸前の短さ。
「そんなに磨いて誰か口説くのか?」
ふいにかかる声に視線をあげれば黒髪の副官。
ライフルを支えにでもするかのようにしてドアにもたれる姿。
「ぴかぴかでいいだろ」
その言葉は嘘ではなく桜色の爪は甘い色香を漂わせる。
飾るものがないほうが不思議なほどに。
「ドクターが探してたぞ。あんた、今日糸を抜くんじゃなかったのか?」
猫でも持つかのように襟首を捕まれる。
「にゃあ」
「かわいくない猫だな」
小脇に抱えなおしてそのままドアを蹴り上げて。
この船でのこの二人の行動はさして問題がない限り何もいわれることがない。
「まだ痛むか?」
無意識に擦る左腕に彼が気付く。
「んー……薬切れると痛ぇ……」
「嫁入り前の娘だ。精々大事にするんだな」
「あ?お前が俺を嫁にすんの?」
予想しなかったお互いの答えに顔を見合わせてしまう。
考えようによっては今だって夫婦に見えなくもない二人だ。
「俺様には結納金高いぜ?」
ぱちん、と人差し指が額を弾いた。
「あんた、自分の資産価値をきちんと計算しておくんだな。そんな物騒で傷だらけの
 女、値段がついたら儲けもんだ」






資産価値というものを考えればこの女はそれなりに高い方だろう。
女海賊としては異例の賞金額の高さ。
小さな体に似合わないサーベルを振り回す赤い死神。
トレードマークの麦わら帽子はそっと彼女に花を添える。
「ドクター、ありがとう」
「これに懲りたら火薬庫で発砲は止めるんだな」
ストロベリーブロンドを撫でる強張った手。
ほんのりと混ざった金色が彼女の瞳を不思議に彩る。
「ドクター、俺って資産価値のある女?」
「どうした急に」
「んー……」
増えるばかりで消えない傷は少しずつ心を侵食していく。
腐食は一度始まれば止めることができ中ら厄介だ。
だから彼女もその心をしっかりと抱いて前だけを見つめるように努める。
それでも、こんな日には小さな悲しいことを考えてしまうのだ。
「高すぎだろうな。お前くらいの海賊になればもう女海賊なんて呼ばれねぇ。海軍総本部
 でも赤髪のシャンクスで通るくらいだ。立派じゃねぇか」
古びた椅子に座ったまま、少しだけ項垂れる姿。
こんな時に彼女に余計なことを吹き込むのは大抵彼女が最も信頼する男と相場は決まっていた。
「クリスマスも近いんだ。そんな湿気た面してちゃコックが泣くぞ。あいつもお前に惚れてこの船に
 乗り込んだんだ。俺もそうだが、みんなお前以外にゃつかねぇぞ」
左足首にだけ残された包帯。
陽に焼けた肌は健康的だが、少しだけ色気には欠けてしまう。
「サンキュ、ドクター」
頬に触れる唇。
長い睫毛とどことなく蠱惑的な虹彩の眼。
傷が無ければ上玉だと言う者もいれば、この傷があるからこそ美しいというものもいる。
シャンクスとはそんな理解の範疇から離れた存在だ。
「痛み止めが欲しい時は言え。左足はまだ取れねぇぞ」
「うん」





傷を隠すように選んだ編上げのレッドブーツ。
腰のところで止められたカーゴパンツがその括れを綺麗に見せた。
闇夜に散る白い雪。
聞こえる波音に何を思うのか。
「よく、気付いたな」
その声に、にぃ、と笑った唇。
「この船は俺のだ。気付かなかったら本物の馬鹿だ」
男のマントの裾を握る指先。普段の彼女からは見れない柔らかな殺気を纏って。
殺し合える関係は、互いに同じ強さを持たなければ築けない。
貴重な相手は無くしたくないと彼女は視線を重ねた。
「お前、海軍でとんでもないことになってるぞ」
「え?」
首を傾げる姿。彼女は世間のことに執着は少ない。
「七部海の一人として、お前に会いに来てみたんだが」
「そういうものに無頓着だと思ってたのに」
指先が頬に触れて、傷をそっとなぞる。
彼女の顔に消えることのない三本傷を刻んだ張本人。
「あったら便利だろう。こうして、堂々とお前に会える」
「そんな詰まんないことのために?」
「詰まらんかどうかは俺が決めればいい。お前の横にいつも居る男を黙らせるにも丁度良いかと
 思っただけだ。あの小うるさい海軍の白犬もな」
その言葉に思わず吹き出す。
「おっかしー。あははは……でも、本当に何しに来たのさ?」
「もうすぐクリスマスだろう?プレゼントの一つでも渡してやろうかと思ってな」
彼には不釣り合いな飾りの小さな箱。
いかにも女が好みそうなそれを彼は一体どんな顔で頼んだろうか。
そんなことを考えればおかしくて、でも笑うことはできなくて。
「ありがと。空けてもいい?」
包みを開けていく姿にミホークが呟く。
「もう、痛まないか?」
「ああ。これ?元々ティーチにちょっと付けられてたんだけども……うん、深くなったくらいで
 あんまり気にしてない。痛くはないから気にすんな」
いくら海賊でも女の顔に傷は残したくはなかった。
それでも真剣に向かう相手に手を抜くことはそれこそ、この女の逆鱗に触れること。
「知らない男の名前だな」
「元気だと良いんだけども」
単身で白ひげの船に乗り込んだ女の小さな冒険。
ロジャーの意思を継ぐ者だと彼女は白ひげにその名を告げに行ったのだ。
小さな体に抱いたサーベル、見覚えのある麦わら帽子。
「あ……すげー綺麗……」
耳飾りは戦闘に邪魔になる。ペンダントのチェーンは切れてしまう。
左手の中指に納まって外れることのないように作られた銀色の指輪。
光に翳せばどことなく不思議な色にシャンクスは目を煌めかせた。
「ありがとっ、ミホーク」
あの時に感じた夜の音は、傷を癒すには十分だった。
降りてくる夜がこの上なく似合う男と、太陽を味方につけた女。
「クリスマスはどうしてんの?一人なら、俺の船に来たら良いのに」
「それはあの男が許さないだろう?」
視線を向ければライフルを手にドアに凭れる男の姿。
「そんなこともないと思うよ。この船、俺のだもん」
どれだけ無邪気に笑っても彼女は海賊だ。
敵船と見做せば相手がどんなものだろうと壊滅させる。
正義は必要ない、ほしかったら奪うまで。
純粋に本能だけを求めれば海賊とはこれほどまでに適したものはないといえるだろう。
「何人の男を沈めてきたんだかな、この手は」
「それ、あの人にも言われた」
「あの人?」
「エドワード・ニューゲート。おじいさまって呼べって言われてる」
「白ひげと本当に接触してたのか?お前……」
花束を手に乗り込んだ女に振り返らない男たちはいない。
「これからも沈めるよ」
夜に溶けることのない赫は、船を守る光に似ている。
「ベック、クリスマスにこいつも一緒に居ても問題ないだろ?」
「大有りだ。七部海の一人が海賊船に居ること自体が異常だ」
「そうなの?よくわかんねぇ」
友好な関係を築くことは不可能な二人の男。
女を間にして交わされる視線の応酬に、シャンクスが小さくくしゃみをした。
「いいじゃん。待ってるから来いよ」
「船長からの直々の誘いは断れないな」
ぱちん、と手を打ちあう。
忌々しげに男は女を引き寄せた。
「またね。待ってるから」
「ああ」
夜に溶けていくその姿。
鷹の眼と呼ばれる彼とシャンクスは奇妙な取り合わせだった。
「何考えてんだ!!あんた!!」
「呑み仲間が一人増えるくらいいいじゃん」
くるくると廻りながら踊る姿。
重心が左足に掛かった瞬間に走る痛み。
「おい、大丈夫か?」
唯一ヶ所だけ残された包帯に向けられる視線。
ナイフの貫通したそこは二重に縫い上げたと船医がボヤいのを思い出す。
「……あんたはいつも無鉄砲だな」
歩くのも辛そうだと抱き上げる。
誰よりも勘が鋭い女は、彼よりも早く男の存在に気付いたほどだ。
「資産価値に入るの?勘の良さって」
何気ない一言を気にするとは思わなかったとは言い切れない関係。
公私共に補佐に回る男は己の失言に小さくため息を吐いた。
「そうだな。あんたの簡単な価値は賞金額に出てるな」
「傷だらけの女でも高値になるのかな?死体でも」
「死体?あんたは死なないだろうが。俺たちがいるんだ」
この船の乗組員はみな、彼女を本当に愛している。
その形が何であれ愛であることに変わりはなく確かなことだった。
「クリスマスにはでかいケーキがでるくらいに、愛されてるだろ」
「……うん……ってぇ……」
「まだ治ってないんだ。少しはおとなしくしてるんだな」
小さく光る指輪。
「クリスマスプレゼントってのは、当日にやるから面白味があるんだ」
それ以上を追求するのはやめようと、女は眼を閉じた。
「鎮痛剤飲んで早く寝るんだな」
「んー……こんな脚じゃお前の相手もできやしないし、そうする」
「…………ま、クリスマスを少しくらい楽しみにしてろ。激しい酒盛りになりそうだ」
少しだけ身体を上げて頬に唇を押しあてる。
意外な行動に呆けた彼と、にこりと笑う彼女。
「プレゼント期待してろよ。だって俺、船長だもん」
亡くした楽園を思うように、傷跡は痛みを確かめるために存在する。
「あの星になりたいとか思うか?」
男の言葉に女は首を振った。
それは願うものではなく、掴むものだと。
「あの星を、あの月を撃ち落とす」
常識と運命を蹴りあげて、太陽さえも手に入れるように。
「あー、いってぇ……」
「朝まで待つんだな。コックが高笑いしながらあんたの好物を作ってくれるさ」
「そーする」
「……そら、あんたために空まで演出し始めたぞ」
ちらつく雪が掌に落ちて、静かに溶けた。
(そっか……ジョリーはこんな綺麗な日に生まれたんだ……)
偉大なる海賊王は神と同じ日に生を受けた。
東の国の少女が抱いた憧憬は今もまだ変わることはない。
太陽の光を飲み込んだその真っ赤な髪をなびかせてどこまでも船を走らせる。
「そういうロマンティックなことは、女口説く特に使うもんだぜ」
「あんたを口説いてるんだがな」
「……っばっかじゃねーの……」
耳の先まで赤く染まれば、それは寒さのせいだと呟く。
「ま、たまにはいいかもしんないけどさ。脚が痛くなかったらなぁ……」
螺旋を描く白い風花。
黒い海に溶けて季節を刻んだ。





「で、お前は何をくれるの?」
「あの月だろ?あんたがダーツの的にしたいのは」
「御名答。流石は俺の片腕だ」





それは冬のある日のお話。
狙った月はすまし顔で燦然と輝いてくれる。
蹴りあげるように見上げて思うはあの日。
郷愁などという言葉では片付けたくない感情のなれの果て。
サーベルを背にして一人でカップを空ける。
グラスよりも気取らずに過ごせるように。
終わる幼年期と別天地への出港。
「お、ぼちぼち新年♪」
年代物の懐中時計に刻まれたのは彼女ではない名前。
生涯忘れないその名を抱いて迎えるは新しき息吹。
三本の針が重なって、鏡面に触れる唇。
息が止まる様なキスは彼とだけ交わせればいい。
「ジョリー、まだそばには行けないや」
動き出す時計の針は彼女の心臓と連動するかのよう。
そんな夜に生まれる小さな歌。
「おかしらー!!宴会始まってますぜ!!」
「おーう!!今いくぜーーーっっ!!」
篝火幻燈、揺れる焔。
酸漿に似たその赤は心臓に近い。
巡る影は常世と空蝉。
「さて、宴会、宴会っと!!」







12:36 2009/01/04


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