◆ネクロファンタジア◆








「な、ルゥ。どんな旗が良いかな」
甲板に寝転びながら赤毛の女が画用紙に線を引く。
大きな猫目は爛々と輝き黒曜石となる。
「零すなよ」
「なんだっていいさ。あんたが船長だ」
乗組員は航海士を兼ねた幼馴染の狙撃手。
副長となる男はライフルを立てかけてのんびりと釣り糸をたれている。
「ベーック」
「好きにしろ。今夜は焼き魚にしてやるから」
丸めた紙が何個も転がる。
海賊船にとってその旗は重要な意味を持つからだ。
「ジョリーの旗もかっこよかったなぁ。だったらうちのもやっぱりさぁ」
「んじゃ、これでいいだろ」
白い紙に書かれた髑髏。
その上にペンでトレードマークの麦藁帽子を男は書き加えた。
「えー、帽子被った海賊旗なんて見たことない」
サーベルの音はちゃらら、と空気を躍らせて。
あわせるように彼女が口ずさむメロディーが風に乗った。
「んじゃ、口紅でも塗ってやるか?女海賊らしく」
その言葉に首をぶんぶんと振る。
もうじき次の寄港地だ。
そこで船を直すついでに海賊旗をつくってしまいたいというのが彼女の算段だった。
「酒飲みながら考えようかな」
たった三人の小さな海賊団でも、撃破した船の数はそれなりになる。
赤髪のシャンクスと呼ばれる女は正確な動きをサーベルで刻む。
まるでダンスでも踊るかのように、血飛沫を飾りにして。
赤に重なる更なる紅は彼女を一層美しくする。
死神とキスをして女はその瞳を片方だけ閉じるのだ。
「おやすみなさい、いい夢を」と。
永遠の眠りの前に見せる慈悲深い笑みは無慈悲の下に作られる。
事実、シャンクスの相手は全て海へと帰っていったのだから。
「ジョリーロジャーに負けない海賊になるのさ」
それは彼女の口癖の一つ。
まだ幼さの残る横顔に香る潮風と緑。
十九歳の船長は愛用のサーベルを抱いて今日も笑う。






夜の町でシャンクスはいつものように乗組員を探す。
彼女にとって命を分かつ船員選びは大事なものだった。
「お嬢さん、見ない顔だね」
酒場のマスターはカウンターの座る女に視線を投げる。
細見の体を包む漆黒のキャプテンコートは、一種威容ともいえる組み合わせだ。
「しばらくここに拠らせてもらうぜ、マスター」
黒の中に見える金色は、運命を背負うものに多いという。
かつての大海賊ゴールドロジャーがそうだったように。
「あんまり苦い酒飲めないんだ」
「そんな感じだね。ストロベリーブロンドのお嬢さんに似合うもんでも作ろうか。
 常連さんになってもらいたいしね」
「サンキュ。甘いのが良いな。うちの船、まだシェフがいないんだ」
路地裏、石畳、錆びたタラップ。
もうすぐ振りそうな雪の気配は冷たい風となって頬を撫でる。
刃先のかけたサーベルは思い切ってオーダーを。
収める鞘も彼女の神と揃えた色に。
試し斬りもかねて賭博闘技に出て一稼ぎ。
その姿を見てシャンクスの船に乗り込むものも出てきた。
「マスター、こんばんは」
「おや、お嬢さん」
カウンターの右から二番目。そこがシャンクスの指定席だった。
いつものミモザとオレンジネーブル。
気が向けば軽いフルーツをつまみながら流れてくる音楽に耳を傾ける。
それがシャンクスのもう一つの飲み方だった。
「あれ、初めて見る人がいる」
全身黒尽くめの男に、シャンクスは小首を傾げた。
ちらりと眺めてその隣に。
「俺、いっつもこの席なんだ」
「そのようだな」
携えられたサーベルと眼光で彼女は彼の素体を洞察する。
自分と同じタイプか否か。
シャンクスの強さには徹底した正確で精密な洞察力があった。
手の動き、息遣い、利き足。その全てで一瞬のうちに弱点を見抜く。
「シャンクス、俺の名前」
「女なのに俺とは感心しないな」
「わけありなんで。うふん♪」
時間の経過と共ににぎやかになる店内も、彼女は楽しいとグラスに口をつける。
隣の男とは少し会話をする程度で十分だった。
「な、何て名前?」
同じようにゆっくりと飲む彼は静かな語り口調。
「ミホーク」
狙うのはお互い最高峰の栄冠と栄光。
彼は世界一の剣豪を、彼女は海賊王を。
背中合わせ、死神とワルツを踊れば遠くから聞こえるのは執行人のバラード。
夢が破れるときが死ぬときだと。
「お互いもっと強くなんないとな」
「そうだな。お前も少しは甘くない酒が飲めるようになる必要がある」
「この町でコックは見つけた。甘い酒が上手だって言ってた」
あどけなさをコートに隠して、ゆっくりと歩くように。
月に浮かぶ影が綺麗だからこんな夜は血が騒ぐと。
「ジョリーも言ってたなあ。上手に飲むのと上品に飲むのは違うって」
「海賊王か?」
「そうだよ、この麦藁はジョリーの遺産。だから……あたしは俺になる……」
不思議な魅力が彼女の周りに人を引きつける。
酔いつぶれる前に帰ろうとするのを今度は彼が止めた。
「送ってやる。もう少し飲め」
「んー……あんまり長くいると駄目……」






その夜以来、彼は同じ席で彼女を待つようになった。
願いは同じ二人の話は夢ではなくて未来を描く。
「あんまりミホークと居たくないな」
「なぜだ?」
「勧誘したくなる」
決して彼は彼女の船には乗らない。
だから彼女も彼を誘わないのだ。
左目に走る一本の刀傷は、正面切って逃げない証。
「な、ミホーク。俺と勝負しない?」
「ん?」
「あと三日くらいなんだ。ここにいるの」
船の修理もクルーの勧誘ももう僅か。
腕のいいコックは海軍に嫌気がさしたと女の手をとった。
「ミホークといつあえるかわかんないからさ」
取って置きのサーベルの一番最初の相手は、強ければ強いほど綺麗な光が生まれる。
その剣はこの先も彼女の命をつなぐのだから。
「御代はコインいっこ」
金貨を一枚、青年の手に握らせる。
触れた指先が魔法のようにほんのり熱く感じた。
「手抜きは要らない。俺が死んでも別にいい」
その言葉には彼女は絶対に死なないという意思が込められていた。
「この剣のためにさ」
目の前に突き出されたサーベルに、強き者の血を。
「祝福は要らない」
海賊が髑髏を背負うのは呪われた人生を歩むからだと。
その旗には命を懸けて、仲間と共に突き進む。
一本道の剣を一人で歩む彼とは相容れないはずなのに。
「強いやつのほうが良いんだ」
「なら、相手になろう」





斬り合いよりも叩き付けるような剣を主とする女は退くことをしない。
それは彼女のこの先の道筋にもよく似ていた。
通すべき仁を以ってして人を制す。
たった一人、女海賊として手配書の最高額を飾ることになるのだ。
剣の腕は彼のほうが明らかに上だろう。
しかし、彼女の闘争本能は力の差など粉砕してしまう。
「うっひゃー!!さすがはこのシャンクスさまのためのサーベル!!」
斬り合いながら目を輝かせる女など前代未聞だろう。
鷹の眼のミホークと呼ばれるようになる男も、たった一人しか知らないままになる。
「いい剣だな。軽い割りに破壊力が大きい」
「でも、まずはお前から一本貰わないとっ!!」
吐く息も白く冬の序章。
残像すら見えるその剣をかわしながらシャンクスは男の懐を狙っていく。
闇夜に響く心地よい金属音。
殺し合いは互いに殺せる同じ力があってこその関係。
「そこだぁっ!!」
彼女のサーベルをかわして斬りつけても、それは空気を美しく裂くだけ。
戦女神の名を冠したそのサーベルはこの先も彼女とともにすごす事となる。
逆さまの十字架は神への反逆。
月を背にしたその姿はまるで炎でも抱いたかのような鮮やかな赤髪。
左手を振りかざして運命ごと斬りつけるように大地を蹴る。
「その腕……貰った!!」
「くれてやるわけにはいかぬ!!」
鮮やかに男の剣が十字を描く。
その動きはさすがの彼女でも読み取ることのできない速度。
「!!」
彼の左腕を斬りつけた彼女の剣。
「シャンクス!!」
左目を掌で押さえたまま彼女はその場に蹲った。
逃げることは決してしない。自分が逃げればクルーは即、死に直結してしまう。
「っへ……やーった……良いおまじないに……」
「視力を失う。医者に行くぞ」
「やだ。海賊だから医者は診てくれないよ」
白いシャツに染みていく赤い滴。
それすら彼女を飾ってしまう呪われたその御身。
その血が触れて。
恋に落ちる音がした。
「おい!!藪医者!!」
「随分な物言いだな。俺はもうこの街から引き揚げるところだ」
ドクターバッグを背負った男の姿。
「ドクター……傷薬ちょうだい……」
細い声が室内に響く。
「痛いのは良いからさ……血だらけで帰ったらベックに叱られんだ……」
ミホークから奪うようにして医者は女をベッドへと横たえた。
綺麗に裂かれた瞼は、どう縫合しても傷跡は確実に残ってしまう。
「縫うぞ」
「うん……」
いくら海賊とは言え、女の顔に傷を残すのはどうかとミホークは眉を顰めた。
ためらわずに答えるのはそうしなければ生きてこれなかった彼女の人生を覗かせるようで。
「明日、海に出れる?」
「馬鹿言うんじゃねぇよ。一週間はここに居ろ」
「だって、ドクター……行っちゃうんだろ?」
皮膚を通る針の感触。
斬りつけられるのにも似たその感覚は静かに彼女を落ちつけせて行く。
「ドクター」
「何だ?」
「これからも俺、怪我するかな?」
「ああ。俺くらいの医者じゃなきゃ治せねぇけがばっかするだろうよ」
「……そっか……」
一言も痛みなど漏らさずに、女はただされるがままに。
「ドクター、お願いがあるんだ」
「言ってみろ」
仕上げに消毒液を浸したガーゼを張り付ける。
「うちの船に乗ってよ。あんたみたいな医者が欲しいんだ」
「お前……海賊か?」
「うん」
差し出される左手。
「偉大なるジョリー・ロジャーの意思を受け継いだ。この麦わらは彼の遺品」
頬を撫でる冷たい風。
「世界一の海賊王になる。だから、世界一の名医が欲しいんだ、ドクター」
赤髪海賊団はその後、歴史に名を残す強さとなる。
すべてのクルーに愛された女海賊は手配書の中でも豪気に笑うのだ。
「ああ、良いだろう。この俺がお前の船医になってやる!!」
「やったあ……いててて……涙が染みるっ……」
「馬鹿が!!」
「怪我したら、世界一の名医を捕まえられた。俺ってなんて幸せ者なんでしょ」
ぐしゃぐしゃと赤髪を撫でる男の手に笑う唇。
「ミホークのおまじないも手に入ったし。すげーなあ……未来の海賊王と大剣豪、世界一の
 名医が今ここに揃ってんだよ」
彼女は普通の海賊とはどこか違っていた。
殺戮も略奪も一様の美学に則って動くように。
紅茶に入れたジャムは彼女の髪と同じアプリコット。
銀色のティースプーンに触れた唇が酸漿のように赤く輝いた。






「うん、見事に傷もんだ」
骨付き肉を頬張りながらそんなことを言うルゥの腹に拳を打ち込む。
「ドクター、ぼろい船だがじきに新品にしてみせる」
副長の言葉に船医は大声で笑った。
「新品じゃものたりねぇだろ。この女の船だ」
「おっきい船にする。世界一の医者とコックを抱えたんだ。養わなきゃ」
親指を立てて片眼を瞑る女と湧き上がる歓声。
「抜糸したら出港だ」
わやわやと騒ぎ立てる室内。
不意に開いたドアには全身黒尽くめの男の姿。
「誰だ、あんた?」
喉元に突き付けられた銃口に眉一つ動かさないその姿勢。
「その女を傷物にした男だ」
つかつかと進んで女の手に麻袋を握らせる。
「食い物?」
「違う」
「見ても良い?」
引き揚げればそれは一枚の海賊旗。
漆黒に刻まれた髑髏の左目には、三本傷が走っている。
「俺はお前の船には乗れないからな」
「ははっ!!すげー!!見ろよみんな!!これぞ俺らの海賊旗!!」
この先も彼女は賑やかに海を駆ける。
その海賊旗を降ろすことなくどこまでも。








「この船も手狭になったなぁ」
バナナの皮を剥きながら赤髪の女はそんなことを呟く。
「ドクター、次の港で必要なもんとかある?」
「馬鹿につける薬だな」
「やあだ、そんなに褒めないで」
フィギュアヘッドに腰かけて、クルーたちの動きをのんびりと見守る。
その傍らに静かに黒髪の男が立った。
「郵便カモメであんたにだ」
「誰だろ」
手紙を読みながら女は目を丸くした。
「ベック」
「何だ」
「プロポーズされちゃったよ」
「はぁ!?」
赤髪のシャンクスはいまや五千万ベリーの賞金首だ。
その若さでは異例の高額はそれだけ海軍が彼女を危険視しているという事実。
生きて連行すれば倍額、死体でも提示された金額を手中にできるあれば彼女の首を狙う
命知らずの男たちは後を絶たない。
「ミホークも俺に惚れてんのか。なんでだ?」
「知るか!!」
「嫁に行っても良い?」
「結婚したいのか?」
「ううん。なんとなく」
青すぎる青に溶けていくような秋空。
肌寒いと薄手のコートを纏って女は首を傾げた。
「ミホークが世界一の剣豪になってて、俺が海賊王になってたら考えなくもないんだけども」
「………………………」
いらいらと煙草に火を点けてベックマンは女の頭に手を乗せて顔を近づけた。
「いいか。あんたはこの船の船長だ。そこんところを考えて行動しろ」
「……………」
そのまま今度は女が顔を近づけて、ちゅ…と触れるだけのキスをした。
「ま、今はこれだけ貰っておこう」
タイガーアイの指輪は彼の小さな皮肉。
猫なんてものじゃなく、丸呑みできる虎だろうと伝えてくる。
「ベック」
伸ばされた手を男が取る。
「お腹空いた」
「シェフがあんたのためにチェリーパイ焼いてたな」
「あれが欲しい。アプリコットジャム」
「並んでたな、テーブルに」
魂に形があるならば、きっと彼女は花と成すだろう。
「やっぱ、俺はこの船に必要なんだねえ」
「船長無しで、船は動かねぇだろ」
「次の港でブーツとコート、あとグローブ。新しいキャプテンコートは頼んであるし、
 んー……きらきらした王冠が欲しいな、海賊王って感じに」
たった一年で船は驚くほどに大きくなった。
クルーはみな、女海賊に心底惚れて付いてきた男たちばかり。
「ん?もう一匹郵便カモメが来た」
手紙を受取って今度は大声で笑う。
「ちょ……これ……ひゃはははははは!!」
蝋印は海軍のそれ。
「スモーカーにもプロポーズされちゃった。どうしましょ」
「モテモテで大変だな」
「しばらく焦らしていろいろ巻き上げよう、あいつらから」
「悪女だな」
「その方が好みだろ?」
小さな背中に負うのは希望と太陽。
「そうだな」
「だろ?」
指輪にキスをして女は意味深に笑った。
「分かった。次の船は富豪を狙う」
「さっすが!!レッドダイヤモンド欲しい!!」
ダイヤの中に刻まれた十字の焔。
古の王族が掛けたといわれる曰くつきのペンダント。
「俺たちは死神に嫌われてるからな。なにしろ、あんたが居る」
風が頬を撫でる。
「寒いっ!!あったかいパイ食べてくる!!」
「ああ」
「お前も来るんだろ。ほら」
絶えず彼女は彼を従える。
その手を引いて道を示すのはいつも彼女だった。
それは光にも似ていてこの船の男たちは離れることなど考えもしない。
今日も船は海を掛ける。
掲げられた海賊旗とともに。









17:45 2008/11/15

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