◆MERRY BERRY SNOW◆
「なぁ、シオ。とーちゃん再婚しようと思うんだ」
夕食のカレーはとーちゃんの手作りす。
もれととーちゃんはかれこれ十二年、二人暮らし。
「あ、相手は誰す?」
「ん?保健のヨキ先生」
もれの学校は中等部と高等部が一緒になってるす。
とーちゃんは高等部の体育の先生をしてて、ヨキ先生は二つの共同の
保健の先生。
とーちゃんと仲が良いのはもれも知ってたし。
時々遊びに来てくれてご飯とかも作ってくれた。
もれがちっちゃい時からよく面倒も見てもらったすよ。
「そんでなー、とーちゃんもヨキ先生もお互いいい年してっから、籍だけ
入れて結婚式はしないってことにしたんだ。シオと三人で写真だけ撮って」
「ヨキ先生がもれのかーちゃんになるす?」
「そ。クリスマス、丁度休みだし。三人で役所行こうな」
「うん!!」
サンタさんはもれにクリスマスプレゼントをくれますた。
一番欲しかったかーちゃんを。
「かーちゃんって呼んでもいいのかな……」
「そうだな。ヨキもお前のことはちっちゃい時から知ってるし、親みたいなもんだからな」
とーちゃんと二人暮しも楽しいけど。
そこに、かーちゃんができればもっと楽しい。
「正月休み使って、どっか行こうな。三人で」
「うん!!」
神様、サンタさん。ありがとう。
今年のクリスマスはもれにとって一番のクリスマスになりそうです。
「アランおはよぉ。寝癖ができてるよ」
「あー……テストの採点でまともに寝てませんからね……」
妻に背中を押されて洗面所へと。
後頭部の爆発もさることながら、寝不足全開のこの顔は如何なものか。
「ねーアランー」
「何ですか?マナ」
私たちは三月に結婚したばかり。今年のクリスマスは二人でのんびりと過ごす事にしている。
「パイズリってなぁに?」
「はい!?」
喉の奥まで歯ブラシを咥え込んで、ごほごほと咳き込んでしまう。
一体どこの誰だ!?
そんなことを私よりも先に教えた輩は!!
「だ、誰からそんなことを……?」
取り繕った笑顔で、妻の頭を撫でる。
「んー、ゴミ出しに行ったらねー。アル先生に『相変わらず胸も身長もちっちぇーなぁ。
そんなんじゃアラン先生にパイズリとかしてやれねーだろ?』って言われたの」
…………そうか。そうですか。あの男ですか。
再婚が決まったからと浮かれまくってるあいつですか。
「アランー?」
「今度教えますよ。今度ね」
「うん。ご飯できたよぉ」
確かに教え子の誕生日に入籍しましたよ。春休み使って盛大に新婚旅行に行きましたよ。
けど、それとこれとは別物です。
「アラン、パンーーーー」
「あ、はい。今行きますから」
アラン・イームズ三十二歳。物理教師。
三年時在学中の教え子と電撃入籍をかました男として校内に名を馳せている。
「松田、二十四日暇か?」
放課後の教室は、煩くて好きじゃない。
じゃあ、なんでわざわざ他のクラスまで来てるかと言えば、俺はこいつに用が在る訳で。
「はい。特に予定は……」
「俺んち来ないか?みたいDVDで見たいのあるって言ってただろ」
「え……あ、うん……」
やけにすっとろいわりに、変なところでこの女は意思が強い。
なんとなく付き合い始めて、なんとなく俺たちは今日に至る。
「あ、私、携帯壊れちゃって」
「俺も機種変しようと思ってた。一緒に行くか?」
「うん。今、荷物持ってくるから」
相変わらず動作がとろい。
よく言えば、焦ることがないってことなんだろうけど。
「レオ君は、どれに変えるつもり?」
「見て決める」
「じゃあ、私も」
長い髪が、冬の風に揺れる。
もうじき雪が降るのか、ここのところ刺す様な寒さが続いてる。
「レオ君」
ふわり。真っ白なマフラーが俺の首に。
「コートも着ないで、寒いでしょう?」
「……馬鹿か。お前が風邪引くだろ」
「じゃあ、こうする」
一本のマフラーで、俺たちは繋がった。
どうして女ってのは無駄に長いマフラーが好きなんだ。
「あったかいね」
「そうだな」
けど、こういうのは嫌いじゃない。
冬の寒さのせいにして、手を繋いで。
俺たちは並んで歩く。
「ね、雪……降るのかな……」
「だろうな、冬だしな」
「……うん……」
街中に流れるクリスマスソングが耳を支配する。
「クリスマス、雪が降るといいね……」
きゅ、と少しだけ絡まる指先。
「そうだな。多分……降るんだろうな」
同じように返して、俺たちは前に進んだ。
「ヨキ〜〜〜〜〜っっ、コーヒー入れて♪」
騒がしい放課後を抜け出して、俺は保健室直行。
白衣の美女のお迎えだぜ?いかない理由が見つからない。
しかも、もうじき俺の嫁さんになるし。
「ここは、お前の家じゃない。何度言えば分かるんだ」
「だって、ヨキに会いたいからさ」
砂糖もミルクも一個づつ。
これは俺たち二人の共通点。
「シオにもさ、昨日いったんだけど。やっぱ喜んでた。片親生活長かったしな」
「そうか。良かった」
居心地のいい空間で、恋人と過ごすってのは何にも代えられない。
「やっぱりここに居ましたか。アル先生」
カラカラと戸が開いて、入って聞いたのはうちの学校きっての犯罪者……じゃねぇ、
有名人の物理教師。
丸眼鏡にちっこい背丈。
チビメガネとか言われてっけど、切れるとやばい系なんだよなぁ。
「何かあったか?アラン先生」
「朝っぱらからうちの妻にとんでもないことを吹き込んでくれましたね」
妻?あー、今年卒業したマナフのことか。
そーいや、俺、何か言ったっけ?あ。あれか。パイズリのことか。
「あの後、出勤までしつこく聞かれたんですよ。どーして、あなたはいつもそうなんです!!!。大体再婚が決まって嬉しいのは分かるが、それで他所の家に波風立てるとはどーいう了見だってんだ!!!」
やべぇ。メガネ君本気で怒ってるよー。軽いジョークかましただけなのに。
「まぁまぁ。じっくり教えてやればいいだけだろ?あ、でもマナフおっぱいちっちぇー……」
「それのどこが悪い!!むしろいいじゃないか!!」
こいつ、貧乳派?俺はどっちかってとおっきいほうが好きなんだけどなぁ。
そうこういってるうちに、だんだんと目の色がやばくなってきてる。
「な、落ち着けって。もうじきクリスマスだしさ。奥さんと一緒に朝から晩までセッ……」
「お前と一緒にするなーーーーーーっっ!!!」
やばい、まずい。マジで危険。
変に強いんだよ、こいつ、こーいう時。
逃げ惑う俺の目の前に飛び込んできたのは……げ、カーフ。
お前、何しに来たんだよ。
「ずいぶんと騒がしいな。馬鹿が二匹か」
お前が一番馬鹿だろうよ。カーフ。よく日本史の教師になれたなーって思うぜ。
「単細胞に、ロリコン教師か。どうしようもないな」
その声に、メガネ君がカーフに目線を向ける。
「誰が、ロリコン教師だと?」
「お前」
うわー。言っちゃったよ。それは禁句だろう。
ちゃんと十八まで待ったんだから、察してやれよ。男なら。
「変態と、ロリコンなら同好だろう?仲良くしたらどうだ?」
変態?それって俺のことか。
「だ……誰がロリコンだぁあああ!!!!」
掴みあいと乱闘。
耳に入ったのはヨキの、殺気を押し殺した声。
「私の保健室で……騒ぐな、馬鹿共が!!!!!」
三人纏めて放り出されて。
強かに腰を打っても許せるのはもうじきクリスマスだから。
耳鳴りもジングルベル。
「とーちゃん、クリスマスツリーだしたっすよ」
「おー。夕方ヨキも来るって言ってたしな」
とーちゃんと二人で飾り付けをして、もれたちはヨキ先生を待ってるす。
台所で鼻歌交じりにとーちゃんは夕ご飯を作って。
もれはその手伝い。
「あ、誰かきたすよ、とーちゃん」
「うお?」
玄関の扉を開いて。
「こんばんわ。シオ」
「ヨキ先生!!」
「おー?早かったな。寒いだろ、入れ入れ」
そのとき見た、とーちゃんの嬉しそうな笑顔と。
ヨキ先生の優しい笑顔は。
もれにとってわすれられないものになりました。
「シオ、ケーキだよ」
「ありがとす」
もれのほっぺたを触ってくる柔らかい手。
でも、どうやって『かーちゃん』って呼んだらいいすか?
ケーキをテーブルの上に置いて、台所に並ぶとーちゃんと先生を見る。
これが、当たり前の風景になるんすね。
「シオ、どうかしたのかい?」
「あ……と……その、ヨキ先生……」
「ん?」
「一回だけ、いいすか……?」
もれの背中を抱いてくれる優しい手。
「……かーちゃん……」
「いい子だね……これから、ずっと……そう呼んでいいんだよ、シオ」
とーちゃんと、かーちゃんと、もれの三人。
今日からは三人になれました。
「あれぇ?松田ちゃんだ」
大きな箱を抱えて、私を呼ぶ声。
「マナ先輩」
「誰か待ってるの?雪降るから早めに帰ったほうがいいよぉ」
ファー付きのピンクのコートと耳当て。
ふわふわの耳宛を外して、私の手に握らせてくる。
「待ってるんなら、これあげるよ。あたし、近いから大丈夫」
バイバイ、と手を振って小さな背中は人込みの中に消えてしまった。
イルミネーションは綺麗だけど、一人で見るのは少し寂しい。
吐く息が白いのは、雪の代わり。
「悪ぃ。遅くなった」
「レオ君」
「そこでアシャにケーキ買わされてさ。美味いから帰って……おい、どうした?
泣くなよ。ケーキ嫌いだったか?」
「ううん……大好き……」
レオ君の手が涙を払って。
額に小さなキスをくれた。
「風邪引く前に、いこーぜ」
「……うん……」
レオ君の家は、ここからずっと遠いところにある。
だから、通学のためにアパートを借りている。
学校とバイトの往復で、本当は時間なんてないはずなのに。
今日と、明日は空けてくれた。
「なぁ」
「?」
「その……泊まってくか?俺、一人だし……」
サンタさん、どうか私に。
クリスマスプレゼントは、勇気をください。
「いや、でも……あれか……」
「泊まっていっても良い?」
一番好きな人と、一緒に居たいから……。
「雪、見よーぜ……一緒に」
「うん」
手を繋いで歩いて。
レオ君が連れてきてくれたのは、広場の大きなツリーの前だった。
数えきれないほどの電飾と、賑やかな音楽。
「もうちょっとだな」
「え?」
「あそこ、見てな」
レオ君の指が、ツリーの一番先を指す。
そして―――――白銀の星が、そこに輝いた。
「……綺麗……」
「バイトに行くとき、いつもここ通るんだ。この時間に点くってわかってさ」
こんなに綺麗なクリスマスツリーは、きっとこの先も見つからない。
「レオ……く…」
ゆっくりと唇が近付いて。
触れるだけのキス。
それは、私たちにとって最初のキスだった。
「やっぱ、冷たくなってんな。急ぐか。俺んちエアコンな……松田!?」
ぽろぽろと零れる涙。
「ご、ごめ……」
「ううん。違うの……」
最初のキスは、冷たい唇。
なのに、凄く温かかった。
「ほら」
腕を絡めてさっきよりもずっと近くに。
「あ……雪……」
「風邪引かないうちに、行こうぜ」
「うん」
「シオ、クリスマスプレゼント。とーちゃんと……かーちゃんから」
それは、ヨキ先生の名前が書いてあった『婚姻届』ってやつでした。
もれの名前と、とーちゃんの名前。
そして、ヨキ先生の名前。
もれにかーちゃんができた日。
サンタさんなんて、居ないって思ってたけど。
プレゼント、届きますた。
「こっちが本物な。役所行ったらそのままディズニーシー」
「うは!!」
「親子、三人でね。シオ」
「アランー、ケーキ切って」
さて、この指輪をどのタイミングで渡すか。
そればかりがぐるぐると回ってしまう。
「あのねー、あたしからもプレゼントなのー」
ベタでもいいから、自分をプレゼント……とか。まぁ、夫婦なんであれですが。
「じゃーん。可愛い?」
首に巻かれたリボンと、ケープのしたにはベビードール。
つくづく、期待を裏切らない妻を貰って良かった。
「マナっっ!!」
「やーーー、ケーキーーー」
クリスマスだから、今日はいつもよりも大事にしよう。
君が、次に日も笑顔で居てくれるように。
「寒くないか?」
「うん…………」
二人で毛布に包まって、窓越しに降りしきる雪を見た。
一緒に、夜を越えて、朝を迎える。
それが、こんなに素敵なことだなんて知らなかった。
「これ……やるよ」
レオ君がくれた小さな箱。
綺麗な包装紙に、雪の結晶の描かれたリボン。
「開けても、いい?」
「開けなきゃ、意味ねーだろ」
中に入ってたのは、小さな指輪。
前に二人で行ったお店の硝子の箱に入っていたもの。
もしかして、これのためにバイト増やしたの?
絶対無理、って言ってたのに。
「嬉しい……ありがと……」
「俺も、お前から大事なもん貰ったから」
初めての朝帰りは、真由たちとカラオケに行ったことにしてもらってる。
明日、雪が積もってたら、二人で一緒にその上に足跡をつけよう。
「大好き……」
「……ん……」
街中に溢れるすべての光。
今宵この雪と共に、すべての恋人たちに降り注がんことを――――。
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