◆二人で夢を見る理由◆




「道徳、桜餅作ってみたんだけど」
小さな重箱を手に、普賢は紫陽洞へとやってきた。
「おう、食うぞ」
「ね、何してるの?」
訝しげな表情で首を傾げる。
眼前にあるのは男二人の取っ組み合い。
しかも、崑崙の幹部二人だ。
「玉鼎も、一緒に桜餅食べよ?蓬茶も持ってきたんだよ」
男二人の喧騒など、まるで無かった事のように普賢は茶支度を整えて行く。
掴み合いでは収まらないのか、今度は互いの宝貝を構えて距離を詰め始める。
どちらも剣の使い手。実力に大差は無い。
「ぶっ殺す!!」
「返り討ちにしてくれるわ!!」
庭先に揺り椅子を引っ張り出し、卓の上に茶器を揃える。
緑の香りと、甘色の桜餅。
見上げた桜も今が満開。我が世とばかりに咲き乱れる。
ぼんやりと見上げては、くすくすと笑う唇も。
桜に負けないくらいに、艶やかでどこか淫靡。
「ね、二人ともお茶入ったよ」
聞く耳は持ってはいるものの、聞いている暇が無い。
そうこうしているうちに、湯気はだんだんと薄くなってきた。
「冷めちゃうよ?暖かいうちに飲もうよ」
斬り合いは終る気配がない。
やれやれと頭を振って、普賢はその場をそっと抜け出した。





麒麟崖に座って、脚を投げ出す。
小さな籠だけが今日の同伴者。隣にあるはずの大きな影が無いだけで不安になってしまう。
(ちゃんと、気付いてくれたかなぁ……)
二人で居ることが当たり前になって、それが自分たちを変えてしまった。
ゆびきりをしても、明日が遠く思えて仕方が無いから。
「珍しいですね。普賢真人がここに一人で来るなんて」
ばさり、と白い翼をはためかせるのは白鶴童子。
彼女と同じように、始祖の下で修行を積む者だ。
「ああ、ここは君の指定席だったね」
「いえ、構いませんよ」
「そういうわけにも行かないよ。ボク、そろそろ白鶴洞(うち)に帰ろうと思ってたし」
一人で帰る家路はいつもよりも遠い気がして。
「手持ち無沙汰といった感じですね。どうです、私と勝負してみませんか?」
「君と?」
「貴女も私も、そう大差は無いでしょう?」
太公望を間に挟み、白鶴と普賢の関係は友好的な物とは御世辞にも言えない。
決着をつけるには良い機会だと、普賢は小さく頷いた。
「いいよ、どこで?」
「ここで十分でしょう。こうして……」
ゆっくりと人間形態に、姿が変わっていく。
目を逸らすことなく、普賢は静かにそれを見つめていた。
「その余裕、どこまで持つかな?ボク……」
空気に雷華が飛び、その色を変えた。
「強いよ」
「望むところだ。生意気な子娘の鼻っ柱、叩きおってやる」





衝撃波同士のぶつかり合いは、周りの物全てにその威力を発揮してしまう。
間の悪い事に、二人とも本気の一戦だ。
どちらも手を抜くことなど、ありはしない。
「どうしたの?さっきまでの強気は」
太極符印を自在操り、一種妖艶な笑みを少女は浮かべた。
化学反応系の宝貝は、筋力の少ないものでも攻撃に転じることが出来る。
一見すれば、誰が使っても破壊力は膨大なると予想するだろう。
しかし、その実は術者の計算が一つ外れれば一切機能しなくなるという罠を持つ。
麒麟崖は切立った場所にあり、道士は滅多に来ない。
変わり者と称される白鶴童子が、好んで瞑想をするくらいだ。
「貴女こそ、呼吸が乱れてますよ」
重力を扱う白鶴は、普賢にとって相性が良いとは言えない。
元素を操っても、重力波でそれを打ち消されてしまう。
(うるさい鳥……少し、おとなしくさせなくちゃ……)
青年の回りの空気を氷点下に変えて、檻を作り出す。
「これでは、私を封じる事は無理ですよ」
内側から破って、白鶴は普賢の周辺の重力を倍にしていく。
(目障りな女だ。こいつが居なければ、十二仙を射抜けたやも……)
互いに牽制しあいながらここまで来た。
「破ッッ!!」
誰も居ないのを良いことに、二人の戦いは熱を帯びていくばかり。
乱れた息と、詰まる間合い。
「どうした!!普賢真人!!男に抱かれてただの女成り下がったか!!」
「な……っっ!!」
「意を射たか。淫乱娘が!!」
「…………絶対、許さないっっ!!」







「あ〜〜〜〜、痛ってぇ……玉鼎の性格の悪さは本物だな……」
鏡を見ながら、顎に出来た傷に軟膏を塗る指先。
自分の指よりも、誰かの優しい指先が本当は欲しい。
(それにしても、普賢はどこにいったんだ?茶道具一式持って……)
ぶつぶつと呟きながら傷を擦る。
「道徳さまっっ!!!!」
「!!!!あだだだだっっ!!!何だっっ!!??」
がり、と傷口に爪が勢い良く食い込んで、男は唇を噛んだ。
「なんだ、赤雲じゃないか。どうした?」
「大変です!!早く麒麟崖へ!!」
「そんな断崖絶壁で何かあるのか?」
「普賢様がっっ!!」
男の手を引いて、少女は飛び出していく。
「普賢なら茶道具もってどっかでかけ……」
「白鶴童子と、大喧嘩してるんですっっ!!!」
「はぁ!?お、大喧嘩っっ!?」
たまに癇癪を起こす事はあっても、それを誰かにぶつける事などまずありえない。
精々、自分相手に八つ当たりをするくらいだ。
行き過ぎても、それはそれで受け止められる。
「なんでまた白鶴…………ああ、仲悪いか……」
後から入山し、異例の速さで仙号を得た恋人を、少なからず良く思わない道士連中も
多数崑崙には存在していた。
白鶴童子もその一人。
同じように始祖の下で修行を積んだにも拘らず、少女二人が抜擢された異常事態。
これまでも何度か意見のぶつかり合いはあったのだから。
「居た!!」
目に飛び込んできたのは、青年の上に乗って髪を掴む恋人の姿。
御互いに掴みあってもつれたのだろう。
道衣も髪も砂埃で汚れている。
「お前なんか焼き鳥にしてやるっっ!!!!」
「小娘の分際で生意気なんだよッッ!!!!」
「やーめーろって!!普賢!!」
何とか引き離してみるものの、まだまだ収まらず。
「白鶴の馬鹿!!」
「悪いな、白鶴。あとでちゃんと言っておくから」
宥めすかして、抱き締めても機嫌が直る事は無い。
「何が原因なんだ?普賢」
「……が、って……」
「ん?」
「ボクのこと、淫乱娘って……あと、生意気だとか、あと、あと……」
最後の方は涙声。
これ以上の追求は、傷をむやみに広げるだけ。
「わーった、わーったから。ほら、泣くな」
「…ぅ……え……ッ…」
「可愛い顔が、ぐちゃぐちゃになるぞ?俺はそれでも構わないけどさ」
甘やかすのは自分の役目。そのためにこの腕はあるのだから。
「白鶴も半妖体なってんぞ」
「そこの馬鹿女が核融合なんか起こしたからだっ!!」
その言葉に、男の瞳がかすかに光る。
「良い度胸だな、白鶴童子。俺が相手だ」
どちらも似た者同士が恋に落ちてしまうから、困りもの。
「何にしろ、俺の普賢を泣かせたよな?それは即ち、俺に喧嘩を売ったと見做すぞ」
どっちに喧嘩を売っても、無事である保証は無い。
むしろ、死に至る可能性の方が高いのだから。
「焼き鳥にしてやる!!覚悟しろ!!」
「そこまでじゃ、やめよ。道徳」
腕組みをして、ため息をつく女の姿。
「道行天尊……」
「おぬしも、言葉を選べ。白鶴童子」
後ろ髪を簪で纏め上げ、ふわりと漂わせた湯浴みの香り。
「どうしてこんなところに……」
「麒麟崖から金庭山はすぐじゃ。人が風呂に入ってのんびりしていた所に爆音なんぞ
 聞こえれば、来ぬわけにもいかぬじゃろうが」
「年増は耳が悪いはずなのですがね」
うっかり零れてしまった言葉に、白鶴は口元を押さえた。
しかしながら、道行は眉一つ動かさない。
「ははは……そうよのう婆は耳が悪いからな」
それでも、彼女の外見はどうみても二十歳そこそこ。
下手をすれば十代にも見て取れる。
「白鶴。そこに座れ」
両手に灯る小さな焔。
「焼き鳥にしてくれようぞ!!誰が年増じゃ!!」






「痛っ!!」
傷口に触れる綿には、たっぷりと消毒液が染み込ませてある。
それが傷をなぞるたびに普賢は小さな悲鳴を上げた。
「髪引っつかんで、ぼろぼろになるような喧嘩するなよ」
「だって……白鶴が悪いんだよ?道徳のこと筋肉馬鹿とかいうし、脳味噌空っぽとか
 あと、単細胞とか単純とか……」
「わかったわかった。今日の晩飯は焼き鳥だ。鶴だって食おうと思えば食えるからな」
ぼきり、と指を鳴らして男は苦笑を噛み殺した。
「たしかに、ちょっとはそうだけど、白鶴が道徳のこと悪く言うのはダメ。昔から
 あーいう性格なんだもん。だから……」
「何気にお前も俺のこと酷く言ってないか?」
傷口に包帯を巻きつけて、きゅっと結び目をつくる。
「わかんないよ。そんなの……ただ、誰かに言われるのは嫌なの」
「んー……そういうのは、嬉しい」
額に触れる唇に、思わず閉じてしまう灰白の瞳。
その続きを少なからず期待してしまうから。
「あんまり、周りから見て丸分かりってのも良くないかもな。しばらく……
 禁欲してもしてみるか」
「え…………?」
「暫く俺も修行積みます。毎晩してると、やっぱ問題あるのかもしれないし」
子供でもあやすかのように、ゆっくりと頭を撫で擦る手。
ただ、ぼんやりとその指を見つめていた。




夜着をきたまま、二人で眠る事など考えたことも無かった。
それでも、隣で感じる息遣いはいつもと変わらないもの。
「道徳?」
「……どうした?寝れないのか?」
「……んー……ぅん……」
ぴったりと身体を寄せて、胸に顔を埋める。
「寝れないのかもしれない……」
「そっか、気が合うな。俺もだよ」
寝室を二人で抜け出して、月明かりを頼りに進み行く。
銀の砂を塗した様な夜空と、足下に絡まる夜露。
「大丈夫か?ほら」
差し出された手を取って、少しだけ高くなった丘を目指す。
着の身着のまま夜着のまま。
「ありがと」
「いいえ、当然のことですから」
一分の光さえあれば、どこに居ても恋人を探すことが出来る。
本人が嫌がるその銀の髪も、自分から見れば美しいと誇れるのだから。
「ここで良いかな」
おいで、と座らせてその肩を抱く。
頬をなでる風に、竦めばより近くに抱いてくれる。
「星、綺麗だな」
「うん」
指先から知る事の出来る温かさに、目を閉じる。
「道徳、ボクのこと嫌いになった?」
「何で?」
「だって、暫く触らないって……」
男の手を取って、自分の左胸に当てさせる。
「………………………」
「こんな風にしたくせに。もう、ボクの事要らなくなった?」
心変わりがあるならば、全てを知りたいなんて思わない。
君がくれた光と影だけは、誰にも渡さないから。
別れは多分にして、唐突に来るものだろう。
「俺が禁欲宣言するのが、そんなに不思議か?」
「うん」
「あー……もう、お前は本当に可愛いなぁ」
ぎゅっと抱き締められて、同じように広い背中を抱き締める。
「朝まで俺に付きあって、寝不足一杯の顔で目の下に隈作って、会う奴会う奴みーんなに
 痩せた?とか言われてんのをみるとさ、その原因は俺ですよって叫びたくなるわけですよ」
満たされるのは身体も心も。君が愛しくて叶わないから。
激昂してまで自分を守ろうとしてくれたその姿勢だけで、全てが蕩けてしまう。
「でもな、その反面疲れさせちゃってるなって思ってた。俺も一応、仙人だからさ。
 本来は愛欲は捨てて当然なんだけど……そのなぁ……」
心音が重なって、余計にその速度が上がっていく。
「目の前に、『どうぞ』って可愛いのを出されたら何もしないで居られるわけがないって
 いうか……あー……」
今までの時間は、無駄じゃないと言って欲しい。
使い古された言葉でも、陳腐でも構わないから。
たった一言、欲しいだけ。
「俺の負けです。先に惚れちゃってるから」
「ううん。多分、好きになったのはボクの方が先」
どれだけ身体を重ねても、見つめあうだけで頬が染まってしまう。
「普賢、俺たちっていつも同じ事で喧嘩するよな?」
「…………うん」
「けどな、それって別に悪い事でもないと思うんだ。それが、繰り返しでも」
指きりをして離れても、一秒後でも苦しく思える事。
追いかけて、抱き締めたいのに自尊心が邪魔をしてそれが出来ない。
しおらしく可愛らしい女にはなれそうにもない。
「な、俺のこと好きか?」
「……大好き……」
手首をそっと掴んで、指先に唇を押し当てる。
爪にちゅ、接吻して舌がそれを舐め上げた。
普段、自分が彼にそうするように唇がゆっくりと動く。
「じゃあ、愛してる?」
「…………………………」
「なんで、そこで黙るんだ?」
『好き』と言う事は出来ても、その先の言葉を口にする勇気が出ない。
「言えない?」
「……だって……」
「だって?」
こつん、と額が触れ合う。結局、子供なのは自分。
愛情を強請ってばかりで、返すことすら出来ていないのだから。
「だって…………」
「簡単な言葉で構わない。普賢の言葉で良いんだ」
言葉は喉で止まって、声にならない。
この想いを、伝えたいのに。
「焦らなくて、いいから」
乾いた声と、涙だけがぼろぼろと零れてくる。
「……て……ら……」
「うん……」
小さな、小さな声。
確かに聞こえた愛の言葉。
「ボクも……道徳のこと、愛してるから……」
「ちゃんと言えた。よく、頑張りました」
真っ赤な顔で抱き付けば、その拍子に夜着の袷がばらり…と解ける。
「や……」
慌てて胸元を隠して、直そうとする姿。
繰り返すことで、より強くなる関係をきっと『絆』と呼ぶのだろう。
この流れる季節の中で立ち止まって、空に手を伸ばす。
その指先に灯る光を、共有できることが幸福の定義の一つ。
理詰めでも感情でも無く、ただ思うということ。
「風邪、引くだろ?帰るか」
「うん」
悩んで迷って傷ついて、それでも愛しいと思えるからこそ。
恋は、優しく性質が悪い。
「夏までは、もうちょっとかかりそうだな」
「そうだね。また、蛍とか見たいね」
最大多数の幸福よりも、最小限の温かな気持ちを優先したい。
「いつかは、三人でこうやって歩けるのかもしれないし」
流れ星を追いかけて、どこまでも行けるように。
君が教えてくれた感情の意味を、今度は与える事が出来るように。





小さな器に盛られた氷の果実。口中で蕩けては笑みを誘う。
「夏日には、一番嬉しいよな、こーいうのが」
「そう?御代わりあるから一杯食べてね」
肩紐にくしゅくしゅと絡まる薄布と、屈めば覗く腰の括れ。
(うん、短い裾っていいよな。せっかく綺麗な脚してんだから)
それでも、視線が気になるのか後ろを押さえる。
「隠すこともないだろ?」
「ちょっと位、秘密があったほうが人生は楽しいんでしょ?」
人生を楽しく過ごすために、最大限の努力をしよう。
砂の中の輝石のように、君に出会えたのだから。
運命は必然ではなく、偶然が折り重なって出来るもの。
だから、今夜も同じ夢が見れる。
「なんで、今日に限って短いんだ?」
「ちゃんと有言実行してるから。どこまで持つのかなーって思って」
「そろそろそれも、限界に近いんだよな……」
空になった皿に、違う色の氷菓子。
まるで重ねてきた四季のように、それは音色を奏でくれる。
十重二十重に思いを綴って、二人で夢を見れるのならば。
喧嘩も良い味付けになるのだから。
「頑張ってね、戀人(ダーリン)」
けらけらと笑って、庭先に向かう。太極符印を使って作り出す霧雨の妙。
たまには雨も良いと、傘を持って追いかける。
「なぁに?どうしたの?」
灰白の髪が濡れて、上等な銀糸に変わってくすくすと笑う。
「傘があったほうが良いだろう?」
「あははは。そうだね、ありがとう」
この傘は魔法を持つ。
小さな小さなこの傘の下は、世界で一番小さな二人だけの空間。
演出には霧雨。文句のつけようが無いこの恋模様。
「普賢さん、俺の根性にそろそろ認定証ください」
「どうしようかな。最近、ぐっすり眠る事の喜びを知っちゃったからなぁ」
「くっついて寝るほうが、絶対良いと思うぞ。な?」
「んー?毎日一緒にくっついて寝てるよ?」
「夏だし、暑いし、汗かくし、寝巻きなんて邪魔だろ?」
「道徳って、熊みたいってヨウゼンに言われたんだけど、違うね」
霧の中にかすかな虹。
「犬みたい。尻尾がみえるもん」
「犬でもなんでもいいけどな……熊って何なんだ?」
「おっきいからだって。熊も可愛いけれどもね」
差し詰め少女は猛獣使い。視線一つで男を操る。
「道徳、お手」
「おい!!」
「冗談だよ」
不意に触れる柔らかい唇に、身体が硬直する。
「夜も暑いのかな……?」
「熱帯夜だな、俺の予報は」
「そう、じゃあ太極符印(これ)で涼しくしなきゃ」
「それで、冷ませる程度の熱さじゃないけど?」
今はこの小さな空間で、二人だけで過ごそう。
この傘の魔法に、かかってしまえるように。





雨上がりの午後は幸せ色の空。
夏の手前の夢の続き。





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23:06 2005/05/20

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