◆仙人様の眠れない夜◆
たわわに実った柿をもぎ取って、愛用の篠籠に詰め込む。
(たまには太乙の所にお裾分けしよう)
前垂を翻して軽やかに岩場を飛んでいく。
秋風は少しだけ冷たいと少女は肩掛けを一枚羽織って。
裾に揺れる飾りにまだ捨てきれぬ人間の欠片。
矢車菊をあしらった模様編みで秋を楽しむ算段だ。
「こんにちは、ナタク」
降り立てばそこにはナタクの姿。
愛弟子の実弟にもあたる少年に、にこりと笑う唇。
「太乙は?」
「道行を直してる」
物珍しそうに普賢を眺める視線に苦笑する。
この少年は他人と触れ合うことが少ないのは周知の事実だった。
存在意義を破壊にのみ求めることを静かに諭す女。
乾元山の問題児を押さえ込んだのは金庭山の女仙人。
「目?」
「腹だ。ぐちゃぐちゃになるのが嫌だって言って……」
良い終わるや否や響き渡る爆発音。
上がる硝煙に咳き込みながら治癒室へと二人は走った。
全身に管を繋がれたまま、瞳を閉じて横たわる姿。
周辺を走り回る緑色の光に感じる仄かな不安。
「おや、普賢」
「どうしたの?大爆発……」
「道行に追加装備(オプション)付けようとしてね……初期起動で爆発しちゃってさ……」
煤だらけの頬を擦って。
「火尖鎗みたいな感じで武器とか掌から出たら格好良いなってさ。神の槍って感じに
作りたくて。あと羽とかから弾幕とか出しちゃって……」
うっとりと語るその姿に少女は二度ばかり首を振った。
どうやら自分たちとは違う次元での喜びを見つけると人は少し狂うらしい。
酔狂妖々その蜘蛛の糸は壺中に於いて一条の光を似せる。
「ナタク、道行のことが好きならあそこの変態を撃ちなさい」
「お前も強いにおいがするな」
「ボクより強い人を紹介してあげる。まずは……道行を守りなさい」
そのあとの騒動など知らないと少女は黙認を決めた。
卓上に柿を置き、ついでだからと薬瓶を一つ持ちだす。
中の丸薬は落ち浮いた藍。選んだのはどことなく彼を想像させるからという単純な理由あった。
青峯山は今日ものんびりと時を刻み、珍しく恋人は結界を敷いて瞑想している。
邪魔はしないようにと読み始めの本をもう一度開いた。
(銀髪だと眼は赤くなる方が多いのか……じゃあボクはちょっとずれてるくらいだね……)
柿を一口、蕩ける甘さに零れる笑み。
(今日は南瓜で何か作ろう。こっちにも植えてあるし。道徳の頭で割れるしね)
未だ陣の解除する気配もなく、読書するには丁度いい。
考え事をするには絶好の気温に少女は思想を巡らせる。
この髪の色を綺麗だと言ってくれたのは彼と親友だった。
忌まわしい日々を捨てて得た永劫たる生命。
死ぬことのないこの身は呪われたと言っても間違いではないだろう。
その呪いは生涯解けることのない甘い魔法。
(お?終わったかな?)
揺らめく気配を拾えば背を伸ばしている姿が目に入る。
「普賢」
「瞑想の邪魔しないようにしてたよ。お疲れ様」
すい、と小瓶を彼の前に差し出す。
「何だこれ?」
「太乙の所から持ってきた怪しい薬。飲んでみて」
「俺はみすみす罠に掛かる訳か……死にはしないだろうけども」
訝しがりながらも丸薬を口にして噛み砕く。
思いのほかさわやかな甘さにぱちん、と瞳が開いた。
「普通に美味い」
「どうして食べるかな。ボクだったらそんな得体の知れないもの絶対に食べないよ」
その言葉に道徳はがくりと肩を落とした。
「お前が食えって言ったら俺、食うだろ……俺だって命の危険犯してましてこんなもん
くわねぇよ……酷いこと言うねこの小嬢は……」
迫真の演技に涙まで付けても少女はただ笑うだけ。
「ご飯作ってる間にお風呂でも入ってきたら?」
「へいへい……最後の晩餐に備えますか」
ばりばりと頭を掻きながら浴室に消える背中を見送る。
秋の味覚と戦うべく厨房へと向かおうとした時だった。
「なんじゃこりゃあああああああっっ!!!??」
辺り一帯に響きそうな悲鳴に浴室へと向かう。
それでも走らないのは彼がそう簡単に死ぬようなことはないと知っているからだった。
「蛇でも出た?」
ひょん、と扉から覗く顔。
「蛇だったらまだ良いんだがな。見ろよ、これ」
黒髪から映えるのは獣の耳。ふさふさの尾は狼のそれに似ていた。
「いつから半獣になったの?」
「今だよ。何なんだあの薬は……」
「すごいね、満月見たらもっと凄いことになるのかな?」
「御伽話の読みすぎだ」
あまりにも嬉しそうな恋人の姿を見れば、無碍に叱ることもできない。
「普賢も飲んでみたらどうだ?」
「尻尾できるかな」
「白澤だな、この毛質だと」
病魔を避ける妖怪白澤は滅多なことでは拝めない。
「あれか。風神の万華鏡作ったからか」
麒麟や鳳凰と並ぶ白澤は、彼ですら数回しか目撃したことはない。
見知らぬものを知る喜びを持つ少女の瞳が一層輝いた。
「じゃ、ボクも何かなるのかな!」
「だろうな。白澤じゃないかもしれないが」
良い終わる前に走り出していく。
間違いなく彼女も件の丸薬を噛み砕くだろう。
それもいいと決め込んでのんびりと浴槽に体を沈めた。
程なくしてやってきた少女がうれしげに扉を開く。
「ん?どうした?」
「見て見て!!」
見事な九尾の黄金のそれは、まさしく狐のそれ。
(階位でも負けて、霊獣変化でも負けるんですね……俺の存在価値って……)
けれどもはしゃぐ姿を見ればそれも言えないまま。
「ね、良いでしょ?良いでしょ?」
期待したような兎ではなく遥かなる斜め上を錐揉み旋回したものの、銀髪に黄金の九尾は
完全否定できない美しさ。
手を伸ばして一本を。
「ああ。ふさふさだな」
「ね、良いでしょ?御夕飯できてるからねっ」
刺激のない仙界で、長く生きるにはそれなりの遊びが必要で。
こんなたわいもないことで彼女が喜ぶのならば付き合うのも悪くはない。
(風神の仁徳で遊んだからか、俺が白澤になったのは)
まだ作りかけの万華鏡を仕上げようかとあれこれと考えてみる。
眠れない夜は仙人様も東歌を詠むように。
揚げ豆腐も煮込んだ杏も秋の色香を纏わせて、蓮根は軽く炒めれば胡麻の風合い。
南瓜と小豆がひしめき合えば甘い甘い黄金色。
「狐に上げ豆腐か……くくく……」
それでも気にはならないらしく寧ろ九尾を気に入っているのだから少女は秋空と同じように
完全理解は不能ということ。
「良いでしょ、いっぱいあるんだよ」
「へいへい」
「お酒、清酒にしてみたよ」
盃に浮かべた紅葉に笑えば嬉しそうに唇を付けて。
揺れる尻尾に見え隠れするのはどの思いか?
「ちょっと見せてくれよ」
「いーよー。うふふふふふふふ」
艶やか鮮やか九尾の狐は傾国の美女ににも化けるという。
座り込んであれこれと引っ張れば宵闇更け行く月夜小路。
「道徳」
ちゅ、と重なる唇。
舐めるように舌が触れてそっと離れた。
少女の手が男の上着をゆっくりと剥ぎ取る。
ぺた、と掌が胸板に触れてこぼれるため息。
「ボクもこんな風に引き締まった体になりたいなぁ……」
「俺はおまえは柔らかい方が好きだよ」
柔らかな乳房が外気に触れてぷるん、と揺れる。
「本当?」
恋心甘く尻尾も揺れる夜。
ちょこんと座った裸の少女に付属する尻尾と狐耳。
(前は猫だったな……あれも相当にやばいと思ったけども、俺……九尾の狐でも
普賢だったらイケる口なんだな……)
骨抜きとは正しくこの事。
「うん、お酒も美味しい」
普段ならば拝めないような光景も、その異形が面白くもあでやかにしてくれる。
肌に落ちる酒滴。
「ひゃぅ!!」
後ろから抱きすくめられて首筋を噛む唇に肩が竦む。
「尻尾がなぁ……ふさふさなのはいいんだがくすぐったいな、ははは」
乳房を揉み抱く指先がその先端を軽く捻る。
舌先が耳の裏を舐めあげれば切なげに尾が揺れた。
「輪っかはどこに行ったんだ?」
指先が降りて、じんわりと濡れる入口に触れる。
「取り外しできるよ、あれ」
悪戯気に笑う唇を塞いで呼吸を分け合う。
入り込んでくる舌がまるで別の生き物のように蠢き合って。
「いつもつけ……っ!!」
ぬるぬると指が二本入り込んで抉るように動き出す。
内壁を擦るたびに溢れ出す愛液を絡ませて親指が肉芽を押し上げた。
「や、あンっ!!」
床に手を付いて腰を少し浮かせれば、揺れる尻尾が誘い出す。
「やー……ダメ……」
「何で?」
吐息交じりに体を離せば、彼の指を濡らす体液が月光を帯びる。
そのままにじり寄って勃ち上がった肉棒に手をかけた。
さする様に両手で包んで、じっと見上げてくる銀眼。
「たまには、ボクがしようかと」
薄い唇が先端を銜え込む。
じゅぷじゅくと唇が上下する音が神経を侵していく。
ねっとりとした舌先が雁首をなぞってそのまま浮き出た脈を辿る。
(あんまり好きじゃないけど……道徳がうれしいなら良いよ……)
ぐ…と乳房を寄せて太茎を挟み込む。
覗く亀頭に舌を這わせて乳房で揉むようにすれば内側でびくびくと動くのが分かった。
(狐だからか?俺はありがたいけども……無理してんじゃないのかな……)
乳房の弾力よりも、彼女の表情が本能を直撃する。
「んじゃあ……乗って……」
肉棒に手を添えてゆっくりと腰を下ろして行く。
「……んぅ……」
根元まで銜え込んで甘い声が漏れる。
恍惚とした表情に加わる狐耳と九尾。
「やぁんっ」
一本を引っ張ればびくんと震える括れた腰。
さわさわと根元を擽れば膣内の締め付けがきつくなっていく。
「ここ、感じんのか?」
少しだけ強く尻尾を引っ張ればきゅん、と肉棒に絡む襞。
とろとろと溢れ出る愛液が内腿を濡らす。
「ふぁ……ん……」
「そんじゃ動いて頂きますか」
胸板に手をついて腰を上下させる。
眼前でたぷんたぷんと揺れる乳房。
ふるる、と誘う乳首に吸いつけば悲鳴交じりの嬌声が上がった。
「きゃ…ふ…ッ…!!……」
下から乳房を強めに揉めば、吸いつきそうな肌が心地よい。
「やあ……尻尾だめぇ……」
根元を扱くようにして強めに掴めば蕩けた視線が飛んでくる。
じゅぷじゅくと注入音が耳に響いてもっとと強請るように。
「!!」
肉棒を咥えた膣口に指を割り込ませる。
弓なりに反る肢体と呻きに似た声。
言葉を発することももどかしいほどに体は純粋に快楽を甘受してしまう。
「あ!!や、アアっんっぅ!!」
「本当に普賢は俺の好みに育ったな、はは」
ひくつく肉芽を摘み上げれば締め付けも嬌声も一際大きくなる。
「あんまでかい声出すと……誰か来ちまうかもな」
「ひゃ…んんっっ!!あ、や…ぅん!!」
下から突き上げられれば逃すまいとうねる身体。
全身が甘く火照って汗がそれに色を加えた。
「あ……っは……」
零れる声を手で抑え込む。
じんじんと熱くひくつく膣口二は隙間なく打ち込まれた肉芯。
一度引き抜いて後ろから抱えるようにして繋ぎ直す。
揺れる尾を噛む唇と少女の喘ぎ声。
指先は休むことなく硬く熟れた肉芽を攻め続ける。
掠めるように摘まむように、追い込むためのその愛撫。
力の抜け切った脚を開かせて突き上げていく。
「あ、あ……きゃあんんんっっ!!」
崩れる体をしっかりと抱いて白濁を膣内に吐き出す。
収まりきれない混ざり合った体液が敷布に零れた。
「どーうーとーくー」
裸のまま覆いかぶさって彼の獣耳を引っ張る指先。
「んっ」
「どうした?狐だと発情期真っ盛りになるのか?」
「尻尾たくさんだとあったくていいよね。いつまでこのお薬効くかな」
擦り寄せてくる頬の柔らかさは冬を乗り切れそう。
遠くで聞こえる梟の声。
「ね、これ十二仙で使ったらどうなるのかな?ボクの他にも狐出るかな?」
その言葉に少し考えて小さく答える。
面白いことはやらない筈がない。
「面白そうだな」
「あと、望ちゃんたち」
「お前だったらそこの面子は外さないもんな」
「そうだ!!今から持っていこうっ!!」
今にも飛び出しそうな恋人を抱きしめてその場にとどまらせる。
まだ悟りきれないこの甘さ。
「どっちにしてもまずは服を着ろ。朝まで待つんだな」
「やーだー!!」
狐特有の自我の強さも相まって、恋人は我儘を平気で言い放つ。
ならばと一枚、符を描いてぺたりと貼ればたちどころに静かになった。
「お?白澤だからか俺の呪符で普賢を封じられるな」
「きゅぅん……」
「秋の夜長に騒ぐのも悪くないな。でも朝まで待ちなさい」
「モクタクこっちに来てないかな。来てる気がする」
がばっと飛び起きて彼の上着を拾い上げる。
自分が着れば丈が長くなるのは承知で、尻尾も合わせれば大きさが丁度良いとした。
(脚が見えるのは良いけども、秋風は冷たいからな……)
手を取ってぐい、と引き寄せる。
こんな月夜は天狗だって酒盛りをするように、仙人様も眠れない。
「朝まで待ちなさい」
「一晩で解けちゃうかもしれないもん」
獣耳を軽くつまめばきゅん、と身を竦める姿。
「太乙の薬ならそう簡単に効き目は消えないだろ?」
「多分」
「何回も飲まされる俺が保障する。朝になったら手伝うから」
寝かしてつけて、ふ…とこぼれる笑み。
崑崙に来てからこの少女が我儘を言ったのはどれほどあっただろうか。
おそらくは数えて足りるほど。
命があればいいと過酷な修行も耐え抜き、素食もあるだけ有難いと呟く姿。
(我儘くらい言いなさい、俺が全部聞くから)
こんな風にゆっくりと寝顔を見つめるのも久しぶりだと思える。
当たり前のように抱きしめ会う関係は、それに甘んじてはいけないものだった。
薄く開いた唇に指先が触れる。
ただ愛おしいと思えるこの気持ちを忘れてはいけない。
(可愛いよなぁ……だから俺は駄目仙人なんだろうな……)
寝息を聞けるようになるまでにどれだけの時間を費やしただろう。
それでもそれは彼の歴史の中ではほんの些細なことだった。
それなのにどうしてこんなに苦しんだのだろう。
押し込めていた人間としての感情の箍を外すことは大仙として有るまじき行為だったのに。
止められないこの心はともすれば恋人を壊してしまう。
(お前の悪戯には付き合うよ。俺の最後の女だから)
やたらまじめな夜にはなぜだか泣きそうになる。
途切れながら続くこの幸せはきっと生涯最後に誰かが与えてくれたもの。
「道徳?」
「寝てなさい」
「やだ」
ぎゅっと腕にしがみ付いてくる幸せそうな笑みを見れば。
「んじゃ、月見でもしてようぜ」
ただ少しでも甘やかしてやりたいと思ってしまう。
「うん。一緒に居れるときは寝たくないの……」
こんな風に甘えることも少ないからこそ。
「そうだな。仙人だって眠れない夜くらいある」
この時間を大切にして、望むような夢を見させてやりたいと思うこの気持ちは傲慢なのだろうか。
「道徳の尻尾、ふさふさ」
「お前ほどじゃないぞ」
「明日が楽しみだなー……みんなどんなふうになるかな?」
「俺みたいに罠に進んで掛かるのはあと玉鼎くらいしか思いつかねぇな」
「え?そのままなんてやらないよ。加工するもん。楽しみだな」
「狐は悪知恵働くからな。ま、一枚俺も噛むから同罪か」
煙草に火を点ければ自分にもと求める指先。
一つの灯を二つに分かち合って燻らせる紫煙。
「お前の喫煙姿は何度見ても違和感があるな」
じっと見上げてくる銀眼に宿る月狂の光。
「健康健全を建前にする清虚道徳真君こそ、煙草なんてもっての外じゃないの?」
意味深に投げかけられる視線を受けて、唇がにぃ、と笑う。
「悪い子にはお仕置きだよな、普賢」
同じ煙草の味ならば苦痛に思うこともない。
その唇が甘いのは誰のせいなのだろう。
「お仕置きしても良いの?道徳に」
「俺かよ。ま、されてもいいけどな」
更け行くは眠れない夜。
もとい眠らない夜。
15:57 2008/10/28