◆君が好きだと叫んでみようか?◆




「ねぇ、二人とも手を離してくれないかな」
右手は道徳真君。左手は玉鼎真人。
二人の男に手をつかまれて普賢真人はため息をついた。
事あるごとにこの二人は何かとぶつかり合う。
肉体派と知性派。動と静。すべてにおいて正反対な二人である。
「お前が普賢が満足するような会話が出来るとは思えんな」
「満足ってのは頭だけじゃないって知ってるのか?お前こそ」
ばちばちと火花を散らしあう。早い話が普賢の取り合いなのだ。
十二仙でも対極のこの二人。普賢が仙界入りするまではそこそこ上手くやっていた。
お互いに弟子を取り、その育成に力を注いでいた。
「だから、二人とも離して」
「身体ばかり鍛えていてはそのうち脳まで筋肉になるのではないのか?」
「身体なまらせてそのうち脂肪しか残らなくなんじゃないのか?」
収まらない喧騒に普賢は疲れた顔で笑うしかない。
「阿保二人が何をしておる」
「太公望」
「望ちゃん」
間に入り、男二人の手を放させる。
「わしは普賢に入用じゃ。引いてもらえぬか」
少し強い口調で言われ、渋々と二人はその手を引いた。
「入用?」
「これじゃよ」
太公望は長く伸びた自分の髪を掴んで笑った。
「ああ、散髪ね」
「他に頼める相手もおらんからのう。普賢」




銀色に輝く鋏を手に普賢真人は太公望の髪を切っていく。
ばさばさと落ちる黒髪は今までの古い記憶を道連れにしているよう。
腰まであった髪は胸の下のあたりに揃えられ、風を誘う。
「前髪も切るの?」
「うむ。邪魔でかなわん」
慣れた手つきで鋏は髪の上で踊る。
小一時間ほどで切り終わり、太公望は腕を前に伸ばした。
「おかげですっきりした。ありがとう」
「ううん。ボクもどうやってあの二人から逃げようか考えてたし。駄目だったら対極府印を使おうって」
「まぁ、おぬしは道徳と一緒になるつもりなのだろう?」
「今すぐってわけじゃないけれども、多分」
下り坂は緩やかで、少女二人はのんびりと歩く。
「わしも疑問なのだが、おぬしはなぜ道徳を選んだのだ?」
「最初はそんなつもりじゃなかったんだけども……だんだんいいかなって……」
「おぬし、照れると輪まで赤くなるのだな」
「………」
真っ赤になって俯くところ見ると、言い難い事もあるらしい。
太公望もこれに関しては脛に傷のある身。深く追求することは無かった。
「わし的にはおぬしは玉鼎と近い感性のような気もしたが……」
「ボク、髪の長い人があまり好きじゃないんだ」
「………」
「それに、よく笑う人が好き」
「おぬしが幸せであればそれでよいのだ。わしはおぬしが傷つくのを見たくないからのう」
打神鞭を手に太公望は小さな風を作る。
「さて……と、出歯亀の阿保二人を燻り出すとするか。封神台に行きたくなければでてくるのじゃな」
風は幾つもの刃になって隠れていた二人を引きずり出した。
擦り傷を負いながら気まずい顔の道徳真君と玉鼎真人。
「雁首揃えて盗み聞きとは呆れたものだ。道徳、おぬしの弟子に相応しく天化もわしの寝床に夜這いを掛けてくるが。
玉鼎、おぬしの弟子も一晩中寝かせぬようなことをわしにしてくるが……まぁ、そろって師匠がこうならば
仕方ないことか。わしもいい勉強になるのう」
皮肉たっぷりに太公望は言い放つ。
「望ちゃん……」
「おぬしら二人は弟子に何を教えておったのだ?よもや女の抱き方ではなかろうな?」
きつい瞳。
「望ちゃんも苦労してるんだね。ボクなんかこの人だけで手一杯だよ」
「普賢、論点がずれておるとは思わぬか?」
普賢は少し考えてからつかつかと道徳の前に歩み寄った。
「痛っ!!」
鼻をきゅっと摘む。
「自分がされて嫌なことはしないで」
そして今度は玉鼎の前に。
「!!」
耳を掴んで強く引いた。
「今度そんなことしたら、話しかけてきても無視するから」
普賢にしては珍しく少し強い口調だ。男二人に牽制をかけるには十分。
「行こう、望ちゃん」
二人を残して歩き出す普賢の後を太公望も追いかけた。
残された男二人は顔を見合わせてため息をつくばかり。
普賢真人は理にかなわないことを嫌う。温厚な性格ではあるが頑ななところもあるのだ。
それは重々理解していたはずだが、恋は盲目。
歯止めがきかない心が軋むのだ。


普賢の邸宅で太公望はのんびりと過ごす。
修行時代は幾度と無く訪れて、慣れ親しんだ場所。
「阿保二人が……」
苦々しく笑って、出された茶に口をつける。
「望ちゃんも二人?」
唐突な問いに咳き込む。
「……いや、阿保は四人かのう…まぁ、わしのことはよいのだ」
「困っちゃうよね。もう少し仲良く出来ないのかな……」
二杯目を注ぎながら、普賢真人はため息をついた。
「公主くらい綺麗な人なら取り合ったっていいだろうけれども……ボクなんか」
「おぬしの付加価値は他人が決めるものだ。そう卑下するでない」
「そういえばあの二人には天化とヨウゼンが付いてるんだよね」
「……頭の痛い問題じゃのう……厄介ごとが二倍になる」
重なるため息。
そもそも最初に普賢に目をかけていたのは玉鼎真人。
十二仙入りする前から書庫に篭る普賢に同胞の香りを感じていた。
好みも、思考も似通った部分が多く、専門的な話にも対応できる知識。
柔らかい物腰と温和な性格に心引かれた。
一方の道徳真君は時折普賢の槍の相手をしているうちにその性質を何となく理解するようになった。
理性派に見えるがその実は激情型。
その怯まない瞳に捕らえられた。
何もかもを見透かすような灰白の眼。
「道徳も大人気ないところがあるからね」
惚れてしまえば一直線。元来の性質も手伝ってあれこれとアプローチ。
その度に上手くかわされては落ち込み、また追いかける。
打たれ強さは誰にも負けない。
紆余曲折を経て、その熱意に普賢は落とされたのだ。
ようやく射止めた高嶺の花。容易く手放すわけが無い。
「あれはおぬしのことになると見境が無いからのう」
これに面白くないのは玉鼎真人。
元々根本的に合わなかった二人の仲は更に険悪になる。
「玉鼎も……もうちょっと何とかならないのかな……」
「あれもおぬしのこととなると見境がないからのう……そっくりその気質はヨウゼンに受け継がれておる」
「それもいい迷惑だね」
太公望にだけは本音をこの少女は語る。
「道徳は分かってると思うけど、玉鼎の場合は何かボクに幻想持ってるみたい。困ったなぁ……
そんなに大人しくもないし、温和でもないよ」
それとなく否定しても、一度抱いた理想はなかなか打ち砕くことは出来ない。
その相手があの玉鼎真人ならば殊更だ。
「生傷が絶えんからな、道徳も」
「だって……その……」
「言わんでもいいよ。おぬしの気持ちは分かるつもりだ」
桜色の小さな餅を摘んで口にする。女二人が寄れば話と甘物は尽きることなどない。
「別にね、玉鼎のことが嫌いなわけじゃないんだけどね。ただ……あの長い髪が……」
「鬱陶しいわけだな?」
「うん。無性に切りたくなる。ヨウゼン見ててもそうだけども」
「ヨウゼンか……面白いことを考え付いたぞ」
太公望はにやりと笑う。この場合は大抵が自分とその一部が面白く、周囲にとっては迷惑なことが多い。
(さて、あの二人をからかってみるかのう)
「のう、普賢……一つ悪戯をしてみぬか?」
こそこそと耳打ちする声に普賢の口元が笑う。
かつて悪童と称されたこの二人。自分たちが楽しめるならば多少のリスクは進んで飲むほうだ。
声を殺した笑いが二つ。
この先に起こることを想像しては二人は笑い続けていた。





「師叔、何故に僕がこんなことをしなければならないのです?」
憮然とした表情でヨウゼンはため息混じりにそう言った。
太公望がヨウゼンに頼み込んだのは得意の変化で普賢に化けろということ。
そして道徳真君と玉鼎真人をからかって来いということだった。
「ヨウゼン、これ着て行って来て」
渡されたのは胸元が大きく開いた服。腿のあたりから深めのスリットが入り、脚線を美しく見せるつくりだ。
「よくその様な服を持っておったのう」
「やだ、これ雲中子から借りてきたんだよ。ボクが着るわけ無いじゃない。だから絶対釣れるよ」
二人の会話にヨウゼンはこめかみを押さえて頭を振った。
「兎に角、僕はこういうことは好きではありません」
踵を返そうとするヨウゼンの手を普賢が取る。
「……こんなこと、ヨウゼンにしか頼めないんだけど……ダメ?」
潤んだような瞳で見つめられれば心がぐらつく。
(これに師匠は騙されたのか……道徳さまの気持ちが分る気が……)
「ね、お願い。ヨウゼン……わがまま言う子は嫌い?」
(か……確信犯っ!!でも、でも……断われない……っ)
そしてこつんと太公望がヨウゼンの胸に顔を埋める。
「のう……ヨウゼン……わしの頼みでもダメか……?」
少し困ったような顔で太公望が見つめてくる。空いた手で抱き寄せると凭れてくるのが分るほど。
「おぬししか頼れぬのだ……わしの願いを聞いてはくれぬか?」
(師叔……あなたも確信犯の悪魔ですっ……でも、でも……)
『ヨウゼン……』
二人に言い寄られれば断わる理由が見つからない。
この状態で断われると男がいるのならば尊敬に値するだろう。
崑崙の美少女二人。両手に花で誘われれば鉄の心も簡単に蕩けて。
「わかりました。お二人の頼みならば承諾いたしましょう」
二人は嬉しそうに笑う。この先に起こることを想像してだが。
「じゃあ、早速打ち合わせをしよっか」
「そうだのう。それとヨウゼン。普賢の仕草と癖をしかと憶えてくれ。あやつらを一本釣りにするためにもな」
悪童は成長して小悪魔に。いや、そんなに可愛いものではない。
もっと性質の悪い妖女に姿を変えた。
分っていても惑わされ、惹きこまれる。
なによりもそれを楽しんでしまう自分がそこに居るのだ。
「じゃあ、頼んだよ。ヨウゼン」
「わしらは影で見ておるからな。しっかりとやってきてくれ」




四不象を使って二人は道徳真君と玉鼎真人を菩提樹の下に呼び出していた。
(ヨウゼン、うまくやってきてね)
普賢がこそこそと耳打ちする。
普賢真人に姿を変えて先刻に渡された装束に身を包みヨウゼンは大仙二人の様子を窺っていた。
(気が進まないな……でも……)
その顔色を読み込んだのは太公望。
(ヨウゼン、首尾よくあの二人を騙せたら……一晩好きにして構わんぞ)
(師叔!!??本気ですか!!??)
(一泡吹かせてやりたくてのう。頼んだぞ)
そういわれればやる気も起きる。一晩じっくりと楽しめるのならば話は別物だ。
(分かりました。普賢さまになりきっていってまいりますので)
うきうきとした顔でヨウゼンはそ知らぬふりをして歩いていく。
(望ちゃん、ヨウゼンって変わってるよ。玉鼎と同じくらい思い込み激しい?)
(まぁな。だがあれの変化は完璧じゃ。さて、見事かかるかのう……大魚二匹)
木陰から見守りながら目で追いかける。手には太乙特製の転写宝貝(カメラ)を構えて。
「道徳、玉鼎」
呼ばれて振り向けばあられもない姿の普賢真人。
思わず息を呑むのがこちらにも伝わってくる。
「ふ、普賢……その……どうしたんだ?」
普段頼み込んでもそんな格好はしてくれないと嘆いていたのは道徳真君。
「だって、喧嘩してるの見たくないから……」
しおらしく俯くと、あやすように手が触れてくる。
「別に私たちは喧嘩をしているわけでは……」
「玉鼎も、もう少し優しくしてくれると……ボク、嬉しいな……」
頬を少し染めて、そんなことを言ってみる。
男二人を翻弄する姿。
「だから、二人が好きそうな格好すれば仲良くしてくれるかなって……」
「俺たち、仲悪くなんて無いぞ……な、玉鼎」
「そ、そうだぞ。私たちは同じ十二仙の仲間だからな」
濡れた瞳で二人をじっと見詰める。
「本当に?」
「ああ、本当だよ。な、玉鼎」
「お前に嘘なんてつくものか」
普賢の姿でヨウゼンは笑う。
「じゃあ、証拠見せて」
「証拠?」
男二人はあれこれと思案する。
「握手とか?」
「ううん、もっと仲良しなところじゃなきゃ嫌……」
切れ込みから覗く腿の白さに目を奪われて、開いた胸元から見える谷間に息を込む。
(二人ともでれでれして……どうしようもないよね)
(あの二人は揃って女の好みが一緒だからのう)
(昔の話は嫌って程太乙から聞いたよ。別に気になるほどでもなかったけどね)
のどかに飴を口にしながら物影からの観察。
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「そうだね……しっかりとした抱擁かわして頬を寄せ合ってくれたら信じられるかも」
「なっ!!??」
「ダメ?」
困った顔の二人を見ながら太公望と普賢は横腹を押さえて笑いを堪えるのに必死だ。
「わ、わかった。それでお前が納得するなら」
「普賢がそうしろというならば、するしかないだろうしな」
笑いながらもその言葉に二人は宝貝を構えて照準を合わせる。
言葉通りに道徳と玉鼎は引きつった笑いで抱き合って頬を嫌そうに寄せる。
その瞬間を狙って太公望はボタンを押した。
(ぎゃはははは!!あの二人本当におぬしに惚れとるのう!)
(やだもー、望ちゃんったら!!ダメ、おっかしー!!)
更に普賢の姿でヨウゼンは無理難題を吹っ掛けていく。
その一部始終を太公望は激写していった。
(さて、仕上げと行くかのう。普賢)
(準備できたよ、望ちゃん)
うふふと笑って普賢は三人の前に姿を現した。
「ふ、普賢!!??二人!!??」
「本物かどうかの見分けも付かないなんてちょっと悲しいかな」
ヨウゼンに手渡したものよりも更に肌の露出した格好。
妲己の義妹の王貴人と同じように胸はただ隠しただけの上着。
下は素足に前垂れとは名ばかりの二枚の布を上部の金具と紐で止めただけのもの。
「あれ、そっちが本物だと思うの?酷いな……ボクのほうが本物なのに」
打ち合わせの通りにヨウゼンは涙をこぼす。
「それに、ボク……あんな格好できないって知ってるクセに……」
その迫真の演技にどちらが本物なのかも分からなくなる。
「夕べ……あんなことまでしたのにボクのこと分からないの?」
木陰で太公望は笑いを堪えるのに必死だった。
(ヨウゼン、おぬしのアドリブは流石じゃのう!!)
少し顔を赤らめると居た堪れなくなったのか道徳真君はそっと彼女を抱き寄せた。
(道徳さま、本物はあっちですよっ!!!気付いてくださいっ!!!)
「ごめん、俺……」
少し冷ややかな目線で普賢は道徳を一瞥する。
「普賢、そんな男見限って私のところに来ないか?」
(師匠!!!なに考えてナンパしてるんですか!!!)
二人の様子に本物の普賢も笑いを堪えるのに必死だった。
ちらりと後ろ向くと太公望が笑って見つめ返してくる。
「おぬしら本物がどちらかも分からぬようじゃのう」
つかつかと進み、太公望はにやりと笑みを浮かべた。
「ヨウゼンの変化は完璧じゃ。おぬしらが本当に普賢を思うならば見分けくらい造作も無いことだろうて」
目の前に居るのはどちらも普賢。
「もしも、間違えたならばどうしてくれる?普賢よ」
それに先に答えたのは右の普賢。
「そうだね。核融合……くらいは覚悟してもらおうかな」
そして左の普賢も。
「まさか、三日は放置させてもらうよ」
男二人は二人の普賢を見つめて顔を見合わせる。
「太公望、俺はどっちが本物か分かったよ」
「ほう……」
道徳は左の普賢の手を取り、自分の方に強く抱き寄せる。
「何を根拠に?」
顎を取ってじっと見つめてくる。
「なぁ、普段は俺が頼んだってそんな格好はしてくれないよな?まぁ、服なんて脱がせるためにあるんだから
それはそれでいいと出来るけど。俺としちゃ服よりももっと違うところで楽しませて貰えればそれで
いいってのはあるし。だからさ、XXXXXXXXXな感じでXXXXXXXXXとかさせてもらえれば
十分だし。XXXXXXXってのも捨てがたいけれども、俺の好みとしてはXXXXXとか……」
「どうしてこんなところでそんな事言うの!!!!」
拳で手加減無く顎を殴り上げて普賢は肩を震わせた。
「そんな事考えてたの!!??最低!!!!」
「ほら、本物だろ」
痛そうに顎を摩りながら彼は普賢の方を指した。
「あ……」
「世界を狙えるいい一発だよ、普賢」
「これは珍しく一本取られたのう。まあ、わしは面白いものが取れたから良いが」
珍しく騙しあいに負けたのが悔しいのか普賢はぷいっとあらぬほうを見た。
「あのな、本来怒るのは俺のほうなんだぞ」
「知らない。頭の中桃色なんじゃないの?道徳も玉鼎も。昔は随分と二人とも派手だったみたいだしね」
「普賢、誤解の無いように言っておくが私は愛を持って接していたぞ」
「ほう、数の上では自分の勝ちだと散々自慢してくださったのはどこの洞府の御方でしたかねぇ?」
睨みあいながらばちばちと火花を飛ばす。
「道徳、玉鼎」
腕組みをして、普賢が二人を一瞥する。
「ボク、望ちゃんと一緒に下山するから。しばらく顔見せないでね」




事のついでと道行も誘い、三人は仲良く西岐へと降り立つ。
旦には崑崙からの援軍と伝えて二人に部屋を割ってもらった。
それでなくてもこの城には仙道の住まう部屋が多く点在している。
「太公望、戻ってたのか?って、そちらのお二人は?」
発が普賢と道行を交互に見る。
「普賢真人に道行天尊。共に十二仙のものじゃよ、発」
「ってことは仙道か。崑崙の仙女ってのは美人が多いんだな……」
発の知りうるところでは雷震子の師匠である雲中子。
それに太公望を加えても花は増すばかり。
その四人が一堂に会しているという一種極楽的な状態に発は笑顔を隠せなかった。
「よろしく、普賢ちゃん、道行ちゃん」
「よろしくね、えーと……」
「発でいいよ。太公望の友達なら尚更だ」
しげしげと仙女二人を見つめる。
(こんな可愛い子隠し玉にしたのか……しかも十二仙ってあの二人もじゃねぇか)
あの二人とは道徳真君と太乙真人。
天化とナタクの師匠二人はこの二人のことは微塵も話題には出さなかった。
(見せたくないほどのお宝ってことか)
「発、一つ言っておくが儂は五千を越しておるぞ。普賢もじきに百にもなろうて。妙な気は
起こさぬ方がおぬしのためじゃぞ」
「ご、五千年越してるって!?全然見えねぇって。道行ちゃんなんか絶対旦よりも下に見えるって!!」
第四子の旦は年齢以上に見られる。
「普賢ちゃんだって百近いって信じられねぇよ」
「望ちゃんもそうだよ、発」
普賢はさらさらと続ける。
「雲中子もだよね。仙人になると千才とか普通に居るからどうも思わないけれども……」
「アイツもかよ。仙人ってスゲェんだな」
それでも目の前に並ぶ花はどれも一級品でとびきり上等なものばかり。
王の側室として全員手元に並べたいほどだった。
「太公望〜〜〜って、道行!?なんでここに!!??」
設計図片手に現れたのは太乙真人。
「暇つぶしに」
「それはいいんだけれども、キミ、防護服は?」
「おぬしのところにあった簡易型をこの下に着てきた。見るか?」
赤の長衣の下、開発途中の防護服を纏って道行は笑う。
(よりによって武王(女好き)に見つかるなんて……不覚!!)
「後で確かめさせてもらうよ。楽しみは取っておいた方がいいからね」
じろりと太乙は発を睨んだ。
(なるほど。道行ちゃんは太乙のお手つきってわけか……じゃあ普賢ちゃんは……)
ばたばたと回廊を走る音。
「太公望!!」
「うるさいよ、そこの人」
ばちん、と対極府印を投げつける。
見事に道徳の顔面に当たり彼は痛そうに顔を摩った。
「普賢、頼むから崑崙に帰ってくれ。ここは危険人物が多すぎる」
ぎゅっと手を取って訴えても。
「あなたが一番危険でしょ。何言ってるの」
普賢は取り合おうとしない。
(普賢ちゃんは道徳の方か。まぁ、道行ちゃん落とすよりは分がありそうだな。喧嘩中みたいだし)
すっと普賢を引き寄せて発はにこやかに笑う。
「普賢ちゃん、折角だから街でも行ってみねぇ?案内するからさ」
「そうしようかな。楽しそうだし」
「待て!!普賢!!話くらい聞いてくれ!!太公望!!お前が妙なことをするから!!」
桃に口をつけながら太公望はきょとんとした顔をする。
「わしが?単なる暇つぶしにヨウゼンに乗ってもらっただけじゃ」
「どっちにしろ、普賢をここに置くのは絶対駄目だ!!」
「それは普賢が決めることだ。普賢はおぬしの所有物ではないはずだぞ」
しゃくり、と齧りながら太公望はのほほんと笑った。
(あ、悪童二人……この悪ガキ共が!!!)
「おお、そうじゃ折角だから道徳、発に武術の指導でもしてくれぬか?おぬしも槍を使うであろう?」
普賢の方をちらりと太公望は見やった。
「構わないが、人間相手に指導するのは……」
「太乙が遊びで一時的に人間に戻る妙薬を作っておったはず。それを使えばよい」
それは一時的に肉体を人間の状態に戻す一種の逆行薬。
「負けたら普賢ちゃんは俺が貰っちゃおうかな」
「俺に勝てると思うなよ……武王姫発……」
太公望から小瓶を取ると道徳は一気に煽った。喉が少し焼ける感覚に眉を寄せるがこれといって異変はないように思えた。
だが、仙気を出すことができないあたりやはり一時的に人間の身体になっているのだろう。
「発に槍を指南したのは天化じゃ。即ち、おぬしの型と同じだということじゃのう」
「なるほどな。どっちにしても負けることは無いから」
ぽきぽきと指を鳴らす。どちらにしても普賢の前で醜態をさらすわけには行かない。
それは男の意地。
「発、あんな人に負けちゃ駄目だよ」
「任せて普賢ちゃん。終わったらデートしようね」
その言葉に道徳は苛立ちを隠せない。恋人は悪戯に自分の心を弄ぶ。
発は嬉しそうに手を振っていそいそと闘技場に向かう。
苦々しく唇を噛みながら道徳真君もその後に続いた。



向かい合えば同じような年頃の二人。互いを見据えて間合いを詰めていく。
仙骨を押さえたとしても鍛え上げた身体は変わらない。
鉄製の重圧な槍を彼は軽々と操り武王に振り下ろす。
「!!」
十二仙に名を連ねているのは伊達ではない。そうとばかりに彼の槍は容赦なく発に降り、防戦に徹するしかなかった。
「コーチ、結構マジさね」
「普賢が掛かっておるからのう」
暢気に桃をかじりながら太公望は二人の打ち合いを見つける。
「ああやってみれば道徳も発も変わらぬ年じゃて。のう、普賢」
「あれじゃ発……勝てないよ。道徳も大人気ないんだから」
太公望の手から小瓶を取って普賢もそれを一息に飲み干す。
「普賢!?」
「ボクも加勢してくる。あれじゃ発がかわいそう」
発の傍に駆け寄って頭上の太公望から渡された槍を構えて道徳真君を見据える。
「発、加勢するよ。二人ならどうにかなるかもしれないから」
「普賢ちゃん……」
相手が二人でも彼の能力が上なことには変わりは無い。発の槍を叩き折って同様に普賢の槍を弾き飛ばす。
嫉妬はある一種強さの原動と成り得る。
その言葉を思い出しながら太公望は階下の三人に停止命令を出した。











         もうこいつら二人はいいや。




         街に出かけた二人を追いかけてみる。



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