◆大掃除は苦手です◆





書物の雪崩の中から飛び出してくるのは男の手。
「やってられっかーーー!!」
怒号の声を上げたのは道徳真君その人。
窓枠の外に広がる銀世界でさえ忌々しいと思うほど、彼は掃除が苦手だった。
箒で埃を集めるよりも莫邪で吹き飛ばしてしまいたい。
(大体、何で宮の書庫掃除に普賢が駆りだされる必要があるんだ!!)
普段ならば掃除の得意な恋人がそれを簡単にこなしてしまうはずだった。
しかし、十三年に一度の文番に当たってしまったこの年の瀬はそれもかなわない。
文句を言っても仕方がないと、のろのろと片付けを再開する。
(そういや、昔は俺もこういうの一人でやってたんだよな……)
あの青空の下で覚えた恋心。
いくつ重ねて君を思っただろうか。
古くなった書簡を束ねて縛り上げる。
梵書も祭儀書も彼が自分で記したものだった。
まだ仙人としてなりたての頃に綴ってみた兵書。
見つけてしまえばどれも捨てるには思いが深すぎるものばかり。
選別しながら思いを馳せる。
七色に広がるこの空間は本来は秘密の場所だった。




何冊かの表紙を張り替えていく。
摩り下ろした墨の香りは凛とした空気に溶けて、天狗たちを空に呼ぶほど。
清々しい仙気の彼の人が書物を認める滅多な事態を見逃すほど、妖怪妖精は愚鈍ではない。
(んー……?珍しい、文の天摩が飛んでるよ。年の瀬だからかな?)
早めに切り上げて目指すのは青峯山。
舞台裏をのぞく趣味はないと少女は符印を発動させた。
球体の上に手を着いてそのまま体を宙に浮かせる。
防護壁を張りながら目指すその場所。
生まれる七色の星屑は雪と踊りながら仙界に不思議な橋を架けるようで。
(早く会いたいな……でも、寒いっ!!)
耳の先まで凍えそうでもその手が全てを温めてくれるから。
せめて、一番最後の日と最初の日は一緒に過ごしたい。
弓張月さえ隠れてしまうような寒い夜。
(もっと速度あげなきゃ……今日が終わっちゃうっ!!)
音速に並んで走るように。
星屑たちが彼女の軌跡をそっとなぞった。





「師叔!!僕で遊ばないでくださいっ!!」
編み上げた長い髪を引っ張る少女の指先。
「危ないですか……あああああっっ!!」
かき集めた呪符が部屋中を乱舞する。
「……こ、今年中に……今日中に終わらせたいのに……ッ……」
握り拳を作ってがっくりと膝をつく姿。
その中の一枚を拾い上げて少女はそっと唇を寄せた。
たちどころに彼女の持つ小さな壺の中に札たちは飲み込まれていく。
正確には自らが飛びこんでいくというのがいいだろう。
「ヨウゼン」
壺を床に置いて今度はそっと抱きついて。
「一年、お疲れ様じゃ」
「…………はい…………」
道士服ではなく宦官服に身を包んだ青年と、軍師装束の少女。
(あ……いい匂い……橘の……)
眼尻に散らせた光の粉と、頬はほんのりと桃色に。
少し冷たくなった指先で耳に触れればくすぐったいと笑う。
「全部、飲み込まれたな。流石は文殊の壺宙天だ」
「え!?文殊師兄から貰ったんですか?」
「借りてきた。こっそりとな。こうでもせんと札なんぞ集まらんわ!!」
皮布で入口を包んで、ぎゅっと封印紐で縛り上げる。
「ん?ヨウゼン、何で空が七色に光るのだ?」
窓に目を移せば降り注ぐ七色の星屑。
それはとある少女の起こす小さな奇跡と偶然。
(普賢様が銀瑠璃使ってるんだな……だから……余波が雪に映ったんだ……)
けれども真実を告げることだけが正しいとは限らないこの世界。
こんなに浪漫的に偶然とはいえども演出してくれるならば。
運命の尻尾を掴まなければ恋などできない。
「がんばった師叔に一年間のご褒美ですよ、きっと」
「それはおぬしもだろう?本当によく働いてくれた」
切り取って、ただ一瞬だけだとしても。
この時間を止めてしまおう。
「では、僕たちにですね」
恋の予感はこのまま隣に置いてしまおう。
初めて微笑んだときのあの瞬間に聞こえた音が色あせない限り。
「一年の終わりと始まりを、師叔と一緒に迎えるんです。幸せ以外の何でもないですよ」
焦って開いた書物には書かれることのない気持ち。
誰も答えなどくれないこの思い。
凍てついた空から降る銀瑠璃の星々の歌声。
少しだけ寒いからと理由を付けて抱きしめあった、






扉を開ければ珍しい墨の匂いに唇が綻ぶ。
「道徳ーーー?」
予想外の訪問者に立ち上がれば勢いで硯が吹き飛んで行く。
「うわあああああっっ!!」
「何だかわかんないけど、符印収束!!」
生まれ出る光と星が一瞬で墨と硯を飲み込んでいく。
「掃除増やさないで」
「すいません……昔書いた本を整理してたもんで……もう、書庫掃除は良いのか?」
床に倒れたまま顔だけを上げる恋人に。
「年越しまでお掃除してるなんて、恋愛中の乙女のする事じゃいでしょ?」
「……そうだな……」
「って文殊に追い出されたの。一番良い理由見つけてやったら早く帰れって」
その言葉に、おそらく今頃は書庫で天狗たちと酒盛りをするであろう年長の彼に感謝する。
こんな時こそ何とかしてやろうとしてくれたその気持ち。
「ま……一番良い時間かもな……」
身体を起こして手を繋ぐ。
窓の外が今度は少しだけきれいに見える。
だから恋は不思議だ。
「一年おつかれさま、道徳」
「お前もな」
重なる唇と迎える新しい年。
銀色の世界は相変わらず美しいと思えるように、日々を重ねたい。
この少しだけ止めた時間軸と世界の中で君と過ごす。
抱きよせた運命と小さな肩。
終わりと始まりを閉じ込めて笑い合えればいいと願った。






無音空間に響く互いの心音。
「まっくらだ」
「良いんです。他のものなんていりませんからっ」
拾い上げた銀瑠璃の破片だけが鈍く優しい色を放つ。
思い出の頁を捲って浸るよりも確かな彼女とすごしたい。
空想は偶像で妄想は虚実で。
二人だけの歴史を守る方がずっと建設気だ。
「将来は二人で白澤にでもなりませんか?」
「おぬしには向いてそうだがな。わしには不向きじゃ」
「そんなことないですよ」
肩口に触れる唇。
小さな体を抱きしめて願うのは二人で同じ夢を分かちたいということだけ。
消えていく古い歴史と生まれ出る新しい歴史。
一番大事な人と迎えられる奇跡。
「何で泣いておるのだ」
「だって……師叔と年越しなんて初めてです……」
「泣き虫だのう、おぬしは」
彼の涙を払う小さな指先。
その笑みが曇らぬように願うこんな夜には軌跡を超える大奇跡だって起こり得る。
行きは酔い良い、帰りも酔い良い。
繋ぐ手は鬼をまねた君ならばどこまでもいけるから。








「あ、道徳。あんまり激しく墨、こぼさないでね。収束間に合ったから良かったけども
 床にこぼしたら取れにくいから」
「……はい……」
のんびりと豆を炒りながら少女はそんなことをさらりと言ってのける。
ああ、世の中は美しく回り巡る。
「小豆餅とか、あと筍を貰ったから。美味しいものいっぱい作るよ」
厨房にたつ見慣れた姿が愛しいと思えるのは。
「珍しいな今の時期に筍なんて」
「太乙が遊びで作ったみたい。書庫番みんなにくれたよ」
隣に並べば幸せだと思えるようなことと同じだと。
「どうしたの?」
「いや……恋愛っていいものだな」
少しだけ背伸びして、爪先立ちの少女の姿。
彼の頬に口唇が触れ肩を寄せ合う。
「ね、いいもんだよね。仙人としてはよくないんだけども」
「だな。仙人としては駄目でも……幸せを最優先させてくれ」
「じゃあ、筍剥いて」
「ああ」
「ありがとっ」
椅子の上で小さく光る銀瑠璃高炉。今宵は明かりは少なめして光を楽しもう。
生まれくる新しい息吹を受け止めて降り積もる雪を砕くようなこんな夜。
「おい、焦げるぞ」
「!!」
「ま、たまにそういうところがあった方が俺は良いけどな」
完全無欠などありえないから誰かの手を取りたくなる。
「少し焦げても良い?」
「俺らと同じだろ。仙人なのにこんなことしてんだ。それこそ、真っ黒焦げの豆だな」
抱き寄せれば焦がし香も雅に変わるならば。
この生き方も悪くはないと誰かに囁きたかった。






「いい加減泣きやまんか!!」
「だって……僕にもやっと幸せがきたーーーーっっ!!」
ぐしゃぐしゃになった上着を男の顔に押し当てる。
「まったく。おぬしは本当に見た目と中身が違いすぎる。天才ヨウゼン様が聞いて呆れるわ!!」
ぐしぐしと涙を拭えば、目の前に少女の顔。
彼を壁に押し付けるように手を着いて、片目だけを悪戯気たっぷりに閉じる。
「仕方のない天才様と飲む酒は、悪くはないぞ?」
足りない何かを埋めあって、心の隙間を補い合って。
背中合わせ、螺旋を描くこの世界を走り抜ける。
「感情は飲み込むな。思うままに紡ぐがよい」
「……はい……」
埃だらけの密室が楽園に変わるように、人生はどうなるかなどわからない。
重なる唇と遠くで聞こえる歌声。
ちゅ…と音を立てて離れて視線が絡み合う。
硝子に似た藍玉の瞳。
「何度でも、わしはおぬしの名前を呼ぶよ。ヨウゼン」
閉じ込められた扉を開けて連れ出してくれた少女。
「!!」
不意にきつく抱きしめられて胸に顔を埋める。
「……苦しい……」
「好きなんです。どうしても好きなんです……」
夜空に広がるときめきは星屑に変わった。
「だから、今年もずっと一緒にいましょうね」
永遠に続くように願いを込めて。





得手不得手があればこその人生。
君の隣で笑えればそれでいい。






23:38 2009/01/12







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