◆命短し、恋せよ乙女◆




「なんでこうも毎日暑いんだよ……」
額の汗をぬぐって道徳はうんざりとした表情だ。
「夏だもの、雪が降ったら大変でしょ?」
取れたての西瓜に包丁を入れて、普賢はそれを彼の前に差し出す。
窓辺ではちりり…と風鈴が潜め声。
「海とか行きたいよなぁ……久しく行ってないけど」
「海?」
「夏って言ったら海とか……川とか。水のあるところだよな。やっぱ」
一人で納得している道徳に普賢は小首を傾げた。
「ね、道徳」
「ん?」
「海って、何?」
彼の住んでいたところは東。彼女の住んでいたところは北の果て。
彼女にしてみれば海というものは道のものであり、境の無い大河だといわれてもぴんとこないらしい。
水浴びは容易に思えるのだが、小波というものは皆目見当もつかない。
「海……見たいなぁ……」
ぽつり、とつぶやく声。
白く滑らかな肌は、日に焼けることなど想像もつかせない色合い。
「行くか?海。黄巾使えばそんなに時間もかからないし」
広がる水平線を、恋人の瞳に映してあげたい気持ち。
「望ちゃんも誘っていい?」
「ってなると天化付きだよな……まぁ、いいか」
思うのは、その肌に絡ませる水着の鮮やかさ。
夏の日差しよりもずっとまぶしい光景。
(こいつの水着姿って……どんな感じなんだろう?)
恋は真夏の暑さに似て、勝手に熱くなってしまう。
それでも、その気持ちを抑えることもできないのもまた恋の魔法なのだから。




「海?」
言葉尻から察するに、太公望もその全容は知らないらしい。
氷菓子(アイス)を口にしながら首を傾げる姿。
「行ってみたいと思わない?」
「面白そうじゃのう。ならばヨウゼンと天化も連れて行くか。荷物持ちにでもな」
けらけらと笑って、太公望は凍った果実をぺろりと舐める。
「ならば道徳、普賢を借りるぞ。こやつの水着はわしが見繕う」
その声にふと笑いが止まる。
(まて……お前の趣味と俺の趣味は違うだろうが!!どうやって決めさせるか……
 それが問題だ。俺が見たいのは脚とか胸とかが……)
ぶつぶつとつぶやく道徳の鼻を普賢の指がきゅっと摘む。
「痛ェっ!!」
「核融合と原子分解、好きなほう選んで」
「男なら見たいって思うだろ!」
「知らないっ!!」
ぎゃあぎゃあと言い合う二人を横目に、太公望は出された氷菓子を平らげる。
(さて……道徳の期待には添えぬがわしが普賢の水着を選ぶとするかのう)
「のう、普賢」
「決めた!だったら真っ当な女からお前の水着を選んでもらう!なら文句は無いな!」
「何その言い方!ボクが異常な女だって言いたいの!?」
「夏は暑いんだよ!ちょっとは薄着になったっていいじゃねーか!」
(馬鹿は…………感染するものなのか?普賢も随分と変わったものだ……)
ぱん!と手を打って二人の間に太公望は入り込む。
「して、道徳。誰に選ばせるのだ?」
「あの子だよ。ケ蝉玉。適任だと思わないか?」
「たしかに、誰よりも女では在るな…………」
こめかみに指を当てて、二度ばかり頭を振った。







「え、水着?いいわよ!あたしが見繕ってあげる」
「普賢の意見は無視していいから。頼んだよ」
話し振りから察するに、二人の仲は悪くは無いらしい。
普賢真人と違い、道徳真君は下山する機会が多いほうだ。
天化と同じくらいの年頃の彼女も、彼にしてみれば弟子のような感覚に近い。
蝉玉からしても道徳真君は兄のような感覚だった。
「色とかも、あたしが決めていいの?」
「似合うようなものであれば。任せるよ」
「まっかせといて!!」
それが面白くないのは普賢真人。
自分が蚊帳の外というのもあるのだが、恋人が他の女と居るのは心中が穏やかではない。
自分が下山するといえばなんだかんだと理由をつける。
それでいてこの光景を見せられて穏やかでいろというほうが無理だろう。
憮然とした表情で、普賢は踵を返す。
「どうしたんだ?」
「離して」
ぱしん、と手を跳ね除けて太公望のほうへと向かう。
(あ……ヤキモチか。可愛いとこあるなぁ……)
気が付けば、口元が綻んでしまう。
「行くわよ、太公望、普賢真人!」
「え!?ちょっと待って!!」
二人を連れ去る姿を見送って、道徳はにこにこと手を振る。
(いやー、楽しみだな。蝉玉の趣味で選んでくるだろうから……)
空は快晴。心も同じ。
ただ一人だけだったが。





連れて来られたのは街中の服屋。
普賢をよそに太公望はあれこれと選んでは鏡の前に立ってみる。
「普賢真人、ちょっと来なさいよ〜」
「あ、や……」
ぐい、と手をとられて普賢は困った顔をした。
「ちょっと測るね〜〜〜あ、いい身体してるんだぁ。道徳真君の努力の結果?」
「ちが……っ!どこ触って……!」
胸や腰を触ってくる手。その柔らかさに背筋に何かが走る。
「止めてよぉ…………っ……」
真っ赤に染まる頬と目尻の涙。
そうではないと分かっていても、反応するようになってしまった身体。
「かっわいそ〜。すっかり開発されちゃってんだね。今度、道徳真君にきっつく言って
 おいてあげるね。まったく〜〜。でも、いいなぁ、ハニーはあたしにそんな風にして
 くれないもん。ちょっとうらやましい」
「でも……こんなの……」
「意外と胸おっきいよね。隠さないで見せたほうがいいわね」
肩口は覗いても、その身体の線は覆い尽くすような道衣。
「太公望もよね。二人ともあたしが選んであげるから!」







三人が出かけてから半日が過ぎた。
その間に顔を合わせた天化とヨウゼンもどうやら同行することに。
「師叔の水着楽しみさ」
「そうだね。太公望師叔の水着姿、きっと綺麗だよね」
「普賢さんの水着もきっと可愛いさ。ねぇ、コーチ」
それぞれが勝手な想像をしては、にやける顔。
「あ、師叔」
駆け寄る天化に、太公望は小さく手を振る。
「師叔、どんな水着買って来たさ?」
「見たいか?」
「見たいです!」
男二人が太公望の手をとる。
「普賢、お前のは?」
「………………………」
後ろに隠した袋を取り上げる。
「ダメ!!絶対に着ないっ!!」
必死に取り返そうと、伸ばしてくる手を牽制して袋の中を覗き込む。
「……………………」
上下に分かれた白のそれは、皆まで見なくても想像できる代物。
「ボクは嫌だって言ったのに、望ちゃんと蝉玉が……」
真っ赤になって俯く顔。耳まで染まる。
「ボク…………」
「分かった。分かったから泣くなって……」
さわさわと頭を撫でて、指先でたまった涙を払う。
(いい友達もったな、俺……蝉玉に感謝しないと)
女二人に、男三人。
それぞれが抱く思いの色はどれも違えて。
「明日、海行こうな。ちゃんと活用しないと」
「ヤダ!絶対に着ない!!」
「明日が楽しみだな〜〜〜」




当の蝉玉は日焼けするのが嫌だと、同行を拒否。
待ち合わせたのは紫陽洞。
参加面子はいつもの四人のはずだった。
「なんで、お前がいるんだよ。玉鼎」
「たまには目にいいものを見ないと、角膜に響くからな」
「誰が見せるか!!」
ぎゃあぎゃあと言い合う二人に普賢はため息を付く。
(玉鼎まで出てきちゃったよ……絶対に着ないんだから)
「普賢!!」
「な、何?」
右と左の手を取られ、困り顔は普賢真人。
「玉鼎の前で水着になるってのは……天化とヨウゼン(こいつら)の前を裸で歩く
 ようなもんだと思え。こいつの手癖の悪さは……」
言い終わる前に、人差し指が道徳真君の唇に触れる。
「そういうこと言わないで。そんなこと言う人なんか嫌いだよ」
そんなことくらいじゃ揺るがないと思う気持ち。
そして、相反するように誰にも触れさせたくないという独占欲。
「玉鼎も、一緒に行こう。みんなで行ったほうが楽しいよね」
「そうだな。その言葉に甘えさせてもらうよ」
「でも、水着は着ないよ」
「勿体無い事を。折角誂えたのだろう?」
男二人、どっちにしても見える下心。
「そんなに見たい?」
「見たい!」
「もちろん」
「おれっちも見たいさ!」
「見たいです!」
「似合っておったがのう。着ないのか?」
自分以外の全員に詰め寄られて、出るのはため息ばかり。
「分かったよ、着るよ」
しぶしぶと承諾はしたものの、本心は避けて通りたい。
ため息ばかりが重なって、花となった。





「師叔……結構、こうしてみると違う感じがするさ」
「よりいっそう輝いてみますね」
身体を覆うのは上下に分かれた黒の水着。肩紐と、二つの布を胸元で繋ぐ金具。
露になった太腿と、そこに絡むのは深く切れ込みの入ったもの。
「師叔、ずっとそーゆーカッコしてるさ」
「日焼けするであろう」
浴巾で身体を覆って、普賢は頑なにそれを取ろうとはしない。
「普賢、覚悟決めてそれ取れ」
「やだ」
その端に指をかけて解こうとしても、手で胸を覆ってさせまいと後ろに下がる姿。
「……………………」
目線だけで玉鼎真人と合図を送り、道徳は普賢の後ろに回った。
「!!」
後ろから羽交い絞めのような体勢で押さえ込む。
「玉鼎!外せ!!」
「了解した」
ぱらり、と落ちる浴巾。
「目の保養に……なるな」
「あー、できれば紫陽洞(うち)で見たかったなー」
太公望と色違いで誂えられた白のそれ。
「イヤだって言ったのに!!!」
くっきりと出来た胸の谷間。すらりとした脚と滑らかな肌。
仙女二人、百花繚乱。
両手に花と決め込みたいが、そうも行かない男の事情。
(玉鼎を……どうやって振り切るかだな。勝負は……)
玉鼎真人とヨウゼンの金霞洞師弟。
道徳真君と天化の紫陽洞師弟。
それに太公望と普賢。
どう札を切っても、揉め事を回避するのは難しい。
(玉鼎誘ったのは、失敗だったかなぁ……)
太公望のほうをちらりと見れば、男二人と砂浜ですっかりと寛いでいる。
楽しむしかないならばと普賢も波打ち際を府印を抱えて歩く。
頭上の太陽と、塩の匂い。
夏はじりじりと心まで焦がしてしまう。



「道徳、海って綺麗だね」
砂の城を作っては、壊す指先。
「中に入らないのか?水中も綺麗だぞ」
「ん…………なんか、怖いもん」
手を取って、そのまま海中へと誘う。
「や!」
「大丈夫だから。ほら。おいで」
抱きかかえられて、海中へと消える二つの身体。
(や……息が…………)
促されて見上げた海面は。
こぼれる光がまるで奇跡のようでさっきまで抱いていた恐怖心など一瞬で消えてしまった。
(綺麗…………)
(怖くないだろ?)
(うん…………)
向かい合わせに抱き合って、砕け散る水泡を見上げた。
輝石を粉にして溶かしたような光景。
「…………っは……」
「綺麗だったろ?」
「うん。ありがとう」
夏の暑さも、潮風の香りも、優しい声も。
少しだけ怖かったはずの水中も。
好きになれそうな気がした。






(望ちゃん、どこいったんだろう?)
素足に鞋(サンダル)を引っ掛けて、砂浜を親友を探して歩く姿。
太陽はじりじりと、身体と心を焦がしてしまう。
甘く溶けて、夜を誘うにはまだ少し早すぎるけれど。
「普賢さん、どうしたさ?」
「望ちゃん探してるんだけども……」
困ったように天化は笑う。
「どうしたの?」
「ん〜〜〜、師叔は……あっちで玉鼎さんとヨウゼンさんとよろしくやってるさ」
少しだけ赤くなる顔。その言葉の意味を解してしまうから。
(師叔みたいに慣れてないからさねぇ……この人……)
足元に居た小さな蟹を掬って、普賢の手に。
「蟹さね、普賢さん」
「そうだね。可愛い」
「普賢さんも可愛い。師叔も、普賢さんも水着似合ってる」
それでも、落ち着かないのか困った表情を浮かべては口元を手で押さえる。
「続きは、どうしたんだ?天化」
莫邪を首筋に突きつけて、静かに道徳が問う。
「俺も、普賢の水着は凄く気に入ってるけどな」
「いや、コーチ……そのっ……!!」
「ちょうどいい、みっちり鍛えてやるからこっちに来い」
ずるずると引きずられていく天化に、ひららと振られる手。
(早く着替えたいよ……肌とかひりひりするし……)
少し熱を持ったのは、肌だけじゃなくて。
(道徳も、結構綺麗な身体してるよね……ボクも、もうちょっとだけ何とかなればいいのに)
痛感してしてしまうのは、己の身体の貧弱さ。ことに水着などではそれが丸分かりになる。
あと少し、身長があったなら。あと少し、胸があったなら。
ないもの強請りだけで日が暮れてしまう。
(水につかって……反省しようかな。強請ってもどうにもならないもの)
命の生まれてきた場所は、包み込むように全てを受け入れてくれる。
その柔らかさと、心地よさ。
(ああ……こんな風になれたらいいのに……)
この水の中に溺れることの心地よさは、恋に溺れうことに何処か似ていて。
ただ、沈まずには居られなくなる。
たとえ、それが命を失うことだとしても。
人は溺れることを選んでしまうから。




「肌、ひりひりするみたい」
どうにか太公望たちをつれて戻り、天化も纏めて金霞洞においてきた。
そしていざ口説こうと思えば、肝心の普賢は日焼けで少しばかり辛いらしい。
「あー、焼けてるな。こりゃ痛いよな……」
「道徳も焼けてる」
額に触れる指先。夏の暑さは身体の奥の方まで熱くしてしまう困り物。
「頭帯(ヘアバンド)、なくてもいいかも」
黒髪と、少し焼けた肌。
「ん。熱持ってんな……遊びすぎたか?今日は早めに寝たほうがいい」
夜着越しに見えるのは、少し赤く火照った肌とうっすらと付いた水着の名残。
「…………うん、そうする。ごめんね」
「……俺も、一緒に寝ようかな……」
「?」
夜着のまま、抱きしめあって眠る夜はいつもよりも不思議と甘くて。
肌の痛みなど引いてしまうような気がした。
であったころは、こんな風になるとは互いに考えてもみなかった。
「最初、道徳ってもっと怖い人だと思ってた」
「怖い?」
「うん……もっと、厳しい人なんだろうなって」
眠たげに閉じる瞼に、触れる唇。
応えるように男の背を抱く腕。
「でも、一緒に居たら違ってて…………」
途切れがちになる声と、聞こえてくる寝息。
「……今度は二人だけで、海行こうな。俺の住んでたところとか、お前の住んでたところとか
 一緒に見て、歩いて……いっぱい笑おう……」
くしゃ、と柔らかい髪に触れる手。
(俺だって、お前に持った初見は全然違うもんだったぞ?)
追いかけて、追いかけて。ようやく手にしたはずなのに。
どういうわけか敵も味方も入り乱れての大迷惑。
(開発し甲斐のある子だってのは……墓まで持っていくか)
夢も重ねられるくらいの関係になっても、秘密は秘密。
(ああ、でも……墓も一緒だからばれてとっちめられんだろうな……それはそれでいいか)
明日が晴れたなら、またあの海へ行こう。
生まれた街の風景を、あなたにも見せたいから。





おやすみなさい、良い夢を――――――――。



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0:38 2004/08/07





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