◆キャラメルミルクティ◆



「道行、なにしてるの?」
羽衣を手に、道行天尊はふわふわと宙を漂う。
「ここに、小さな湖でも造ろうかと思ってな」
「へえ、涼しくていいね。手伝うよ」
工具宝貝を積んだ箱を開いて、太乙真人は女の傍に立つ。
「折角だから水着とか着たら?乾元山(うち)ならそんな人も来ないし。来ても精々
 道徳達だしね。僕も、君の水着姿が見てみたい」
「しかし、儂はそんなものもっとらんぞ」
「うーん、どうしようか」
指先から生まれた光が、楕円を描く。大まかな形と面積を決めて、道行はそこに術で大穴を開けた。
「儂はここを造るよ。おぬしが好きなのを探してくれ」
「ええっ!?」
工具を手にして、がりがりと周辺を削って行く。
「儂にはそのあたりの良し悪しがわからん」
「そっか。じゃあ、僕が準備するよ」
銀色の金属を纏う身体に相応しいものを、探し出そうと西周行きを決定させる。
事のついでと親友も誘った。
「んじゃ、俺も普賢に水着を……」
「あれ?珍しい。黄竜だよ」
太乙の指が示す先には黄竜真人。のんびりと終南山の庭先で水を撒く姿。
「黄竜!!雲中子は?」
「昼寝してる。うるさくないうちに水でもやろかと思ってな」
仙界一の奇人は、暑さはあまり好まないらしい。
早口でまくし立てる女と、昼行灯を絵に描いたような男。
「道行が湖を作ってるんだ。雲中子にも水着もって乾元山に遊びに来いって言ってくれるかい?」
片手を上げて、了解の意思を示す。
人数が増えればそれだけ賑やかで夏らしい。
「あれ、太公望じゃない?」
「お、本当だ。普賢のとこにでも向かってんじゃないか?」
四不象を駆って、少女は白鶴洞を目指す。
背負った袋には西周自慢の焼き菓子と取れたての花茶。
宰相から貰った思いがけない休日は、気を使う事の無い親友の下で過ごしたい。
何よりも、同じ少女。
「道行の水着、どんなのにしようかな」
「自分の趣味で選べるっていいよなぁ……何が何でも水着になってもらうぜ」





庭先に出した椅子と卓。大きな日傘が柔らかな空間を作り出す。
「おいしー。いいなぁ、周には色んなものがあって」
「厄介事も多いがな」
ぱりぱりと小気味良い音と、指先を舐める赤い舌先。
「四不象もおかわりどうぞ」
「わーい!!御馳走になるっす!!」
蜂蜜をたっぷり入れた甘い花茶。手土産にと旦が持たせたものだった。
「いいなー、ボクも霊獣ほしかったなー」
「代わりになんでもいう事を聞くでかい熊がおるではないか」
自分よりも頭一つ大きな恋人は、親友の言葉を借りれば熊に似ているらしい。
「熊かなぁ……なんだかそう見えちゃうかも」
「ははは。髭でも伸ばさせればますます近付くやもしれんぞ?」
毎朝剃刀をもって鏡の前に立つ姿。
その後姿をぼんやりと見つめるのが、彼女にとっての至福の一つでもある。
「んー……威厳だしたいから伸ばすとか言った事が合ったんだけど、ボクが止めたの」
「ほう」
「だって、髭剃ってるところみれなくなるから」
「……………………」
普賢真人は時折突拍子も無い事を口走る傾向がある。
「おぬし、変わった趣味をもってるのう……」
「そう?だって……こう、ぎゅっとされたときとか……ちょっとあたるくらいには好きなんだけど
 伸びてるのは好きじゃないんだ」
皆まで聞かずとも、彼女がどのように守れられているかは端々から見えてしまう。
近付く男は敵とみなし、力技で蹴散らしていく。
高嶺の花どころか、宝貝後金の上等な箱に守られる花とまで揶揄される有様だ。
「もうちょっと年取ったらいいような気もするけどね。文殊みたいな感じとか」
「それだと飛虎のようなもんじゃな……わしも、天化の髭面は嫌いではないが、
 伸ばすとなったら止めるじゃろうな」
採れたての朝桃を切って、楊枝を挿す。
「そういえば、ヨウゼンが髭を剃っているのはみた事が無いな。発も武吉も毎朝剃ってるのだが」
「ヨウゼン、髭だけじゃなくて体毛薄いんじゃない?」
二人の会話に、四不象は頭を振った。
「御主人も普賢さんも可愛い顔なのに……いっつもこんな話ばっかりっす……」
少女二人が顔を合わせれば、髪飾りから恋人まで多種多様に話は広がる。
ましてやこの二人、相手に不足は無い少女。
「いや、そうでもないぞ。ただ、髭は見た事がないのだ」
「あっても変だと思うけどね」
「似合わんな!!」
笑い声が二つ空に溶けて行く。まだ枯れぬこの花の美しさ。
夏の陽を受けてまっすぐに背を伸ばすから。





「しっかし、女物ってのはなんでこんなにちっちぇーんだろうな」
「道徳、それ……水着っていうよりも殆ど紐じゃないのか?選ぶのはいいけど、
 普賢がそれを着るかどうか考えた方が良いと思うよ」
人差し指に引っ掛けられたそれは、水着とは名ばかりのもの。
申し訳程度に布地が張られて、組紐で止めるものだった。
「お前だって似たようなもんじゃねーか」
彼が手にしていたのは上下に別れる緋色のそれ。
しかしながら、恋人の身体に纏わせるには、少々小さめに思える。
「小さめの方が、何かといいことだってあるんだよ!!」
魅惑的な身体は、出来ることなら誰にも見せたくは無い。
そして、どうせ見せるならば自慢したいのが男の性。
「白とかじゃなくて、黒とかそういうもいいなぁって俺は思うんだけどさ」
「なんか、可愛い色とか好きそうだもんね。普賢」
「それはそれで良いんだけど、たまには趣向を変えるのも人生には必要だろ?」
男二人での長居はできない場所だけに、手早にすませてしまいたい。
目的の物を買い込んで、二人は表に出た。
腕に抱える袋の中には、目的の物が入っている。
「もうそろそろ、水張ってるころかな」
「行動力あるもんな、道行」
崑崙から外に出る事が滅多に無い仙女は、頼れば何かと面倒を見る姐御肌。
夏の暑さにこじつけて、皆で大騒ぎをしたいのが本音だろう。
「何か美味しいお菓子とか御土産にしようかな」
小さく愛らしい物を好む彼女の為に。
細工の施された甘い砂糖菓子を。
硝子瓶の中でくすくすと笑う数多の星たち。
「女はみんなそういうの好きだよな。普賢も色々持ってるし」
「贈り甲斐があっていいよね。喜ぶ顔って、凄く可愛いしね」
素足に似合う鞋(サンダル)と爪を彩る修指甲(マニキュア)を。
髪に絡ませる甘めの組紐と、夏を封じた耳飾。
「そろそろ、戻るか」
「そうだね」
男二人で並んで歩くよりは、やっぱり恋人を連れて歩きたい。
「あっれ、コーチと太乙さんさ。なにやってるさ?」
「天化」
「今から崑崙に戻るところなんだ。道行が湖を造ったからね。そこで着れる様に水着を
 買いにきてたところなんだ」
この二人が揃っているという事は、普賢真人と道行天尊の水着である事に間違いは無い。
「俺っちも行くさ!!」
「残念だったな。黄巾の定員は二人までなんだよ」
指先で額を突かれて、天化は道徳を睨んだ。
「コーチと太乙さんばっか、ずるいさ!!」
「ずるいっていわれても、自分の恋人に何を着せようとそれは僕らの自由だもの」
最もな言葉でも、天化は引き下がらない。
「太公望に着て貰えば?天化、君が自分で選んでさ」
「でも、俺っち師叔の尺寸(サイズ)知らないさ」
その言葉に今度は二人が後退りをする。
「お……お前、そんなことも知らねーのか!?」
「天化、君……本当に知らないの!?」
二人の声にうんうんと頷くしか出来ない。
「コーチも太乙さんも、知ってるさ?」
この二人にこんな質問をする事ほど、愚の骨頂は無いだろう。
「当然だろ。ほくろの数まで全部知ってるぞ」
「そんな常識を聞くなんてね。道徳、君ちゃんと天化君に勉強とかさせたのかい?」
「それなりにはな。お、そろそろ行かないと。天化、そーいうことだからな」
ばたばたと走り去る後姿。程なくして飛び立つ黄巾力士。
(ちっくしょー……何が何でも崑崙(あっち)にいってやるさ!!)
必要なのは、的確な判断力と一人の青年の力。
速やかに実行するべく、天化は西岐城へと走り出した。




「普賢〜〜〜〜っっ!!」
紙袋を振りまわして、土煙を上げながら走ってくる姿。
「……なんだか、汗臭そうなのが走ってきたのう」
「そう?じゃあ、御風呂の準備しなきゃ」
のんびりと立ち上がって、邸宅の方へと足を向ける。
「普賢!!」
「そんなに大きな声出さなくても聞こえるよ」
「道行が、太乙のところに湖造ったんだ。泳ぎに来いって」
額の汗を指先で払って、普賢はくすくすと笑った。
「そう。水着探さなきゃ。どこにしまったかな……」
「買ってきた!!ここにあるっ!!」
その言葉に普賢の表情が一瞬で凍りつく。
その言葉を額面通りに受け取れば、彼の心の赴くままに買ってきたという事になる。
「ぜ……絶対に嫌!!!!」
二人のやり取りに、太公望は声を上げて大笑い。傍らの霊獣は庭に転がって笑う始末。
「うはははは、着てやるがよい!!普賢!!」
「望ちゃん!!」
必死に腰に抱きつく恋人を、少女は振り払おうと躍起になる。
笑いすぎで引きつった横腹を押さえて、冷えた花茶を口にしたときだった。
「師叔〜〜〜〜っっ!!!!」
同じように土煙を上げながら走ってくる姿。
その姿に、少女は手にしていた桃をぼとり、と落とした。
「水着買ってきたさっ!!これっ!!」
「師叔!!尺寸(サイズ)も完璧ですから!!」
二人に手をしっかりと握られ、太公望の表情が凍る。
「……なぜ、完璧だと言い切れるのだ?」
「はいっ!!僕が師叔に変化して測ったので間違いありません」
その一言で、少女の顔が引きつる。
「ははは……そうか、そうか…………こんの変態がぁぁぁああああっっ!!!!」
「離してって言ってるでしょう〜〜〜〜っっ!!!」
炸裂する打神鞭と爆発を起す太極符印。
時間は正午きっかりの事だった。




「へえ、立派なものだね。これならかなりの人数が泳げそうだ」
完成した湖を見ながら、雲中子は二人に目線を向けた。
いわれた通りに水着持参で黄竜真人と乾元山へと来たのが先頃。
「お前の水着姿なんざ、千年以上一緒にいるが初めて見るぞ」
「そうね。着る機会も無かったから」
豊満な胸を強調するような上下に別れた水着。
黒髪が映える様に、煌く糸を織り込んだ赤を選んだ。
「まぁ、それなりに見れるもんだな」
「もっとちゃんと褒めなさいよ」
ふわふわといつものように羽衣をまとって、水辺に降り立つ。
生身との継ぎ目を隠すように絲帯(リボン)が巻かれている。
一般的な形ではあるものの、身体の線をくっきりと露にする緋色の布地。
刺激的な胸の谷間と、年齢を感じさせない肌の艶に目を奪われる。
「太乙、儂には少し小さくないか?」
「そんなことないよ」
「それに、背中が開きすぎていて落ち着かぬ」
首の後ろの結び目には、控え目に光る光玉。
「気のせいだよ、道行。とっても似合うよ」
人の世の事などには無頓着な女は、男に言い包められてしまう。
籠一杯の桃を抱いて、ただ小首を傾げた。
「あ、道徳達も来たよ」
「ほう」
「……なんか、一戦あったみたいだね……」
腫れた頬を擦る男と、頬を膨らませたまま紙袋を抱いた少女。
その隣には同じように頬に手形をつけた二人の男と、剥れ顔の周国軍師。
「太公望、普賢。どうじゃ?儂が造った」
「すごーい……これ、道行が一人で造ったの?」
頷く女と、顔を見合わせる二人の少女。
「望ちゃん、泳ご?」
「うむ」
手首を水に浸せば、指先から感じる心地よい冷たさ。
「さて、仕上げに掛かるかのう」
ふわりと宙に漂って、女は湖目掛けて仙桃を数個投げ入れる。
「!!」
「酒の池も、たまには良かろう?」
一口飲んで、その味を確かめる。喉を落ち行く清酒の甘さ。
「着替えて来るが良い二人とも。その馬鹿共も許してやれ」
道行天尊にそうまで言われれば、いつまでも臍を曲げたままではいられない。
二人の背中を見送りながら、三人はふと水辺の女達に目を向けた。
「なんだ、雲中子も来たのか」
「暑いからね。それに、酒の海で溺れるのも悪く無いじゃない」
ゆさゆさと揺れる豊満な乳房に、天化とヨウゼンはたじろいだ。
太公望はどちらかと言えば、中性的な身体つきだ。
細身の筋肉と、柔らか曲線が織り成す美しさ。
「雲中子さんも、道行さんも良い身体してるさ……」
「目のやり場に……困りますね……」
相反するように、他の男三人は水後姿の女達を見ても眉一つ動かさない。
「コ、コーチはなんとも思わないさ?」
「普賢も乳はでかいから、見慣れてる」
仙桃をそのまま齧りながら、長椅子に寝そべる女の身体。
程なくして、浮き輪を抱えた少女二人が現れた。
「どうだ?そんなに悪くも無いだろ?」
薄桃色の上下に別れた水着は、敢えて恋人の好みに合わせたもの。
小さな臍とくびれた腰。その下には布地を繋ぎ合わせる結び目が。
背中で軽く捻った箇所を、金具が留める。
丸く柔らかい二つの乳房の形と、谷間がはっきりと浮かぶ作りの上部。
「うん……でも……」
「いいから、おいで」
まごついている恋人の手を取って、水の中へと連れ出す。
「普賢さんも……良い身体してるさー……」
ごくり、と生唾を飲み込んで今度は太公望に目線を向けた。
真白の上下に別れた水着。結び目を解けば、裸体が露になってしまうその造り。
伸びた脚と、腿に絡まる絲帯の愛らしさ。
「師叔!!」
「やっべ、師叔の方が上さ!!」
太公望が自分でならばまず選ばないであろう、白の水着。
身体の線はおろか、下手をすれば秘裂の線まで見えてしまいそう。
些か大きさに欠けるが形の良い張りのある乳房。
「おぬしら、よりにもよってこんなものを選びよって……」
恥かしげに片手で顔を覆って、首を二度ばかり振る。
「と、とにかく泳ぐさ!!師叔!!」
「そうですよ!!」
両手を取られて、水の中へと滑りこむ。文字通りの酒の海は、心地よい酔いをくれた。
仙桃の酒は悪酔いする事が無い。朝になれば体内で水に戻るからだ。
「たまにはこういうのも、悪く無いね」
精悍な男のからだに手をおいて、雲中子はちらりと黄竜を見上げた。
「何だ?」
「もうちょっと、こっちに来なさいよ」
腕に感じる乳房の柔らかさ。まだまだ子供には負けないと言わんばかりの肉体美。
「……雲中子さんって、あーしてると違う人みたいさ」
「昔、どっかの阿保な道士があいつに手出そうとして黄竜に袋叩きにされったのも
 あったなぁ……俺ならそんな危険なことはしねぇけど」
硝子の器に入った甘い色見の氷菓子。
「普賢、食うか?」
それを、卓上に置いて男は恋人を手招いた。
「うん。食べ……!!」
ぱらり、と解ける首の後ろの結び目。
つんと上向きの二つの丸い乳房が露になる。
「う……っわ……」
「だーーーーーっっ!!!見せてたまるかぁぁああっっ!!!!」
両手で後ろから乳房を鷲掴みして、覆い隠す。
「嫌ぁあああっっ!!!」
胸を隠しながら、頬に入る痛恨の一発に男は水中に倒れこんだ。
「……騒々しいのう……おぬしら、そんなに乳恋しいのか?」
半分とろんとした瞳の仙女は、天化とヨウゼンの前でくすくすと笑う。
無造作に纏められた巻き毛と、うなじの魅惑的な線。
「あ……は、はい……」
「母がおらぬと恋しいものかのう……」
ぱちん、と金具を外す音。
「ほれ」
「!!!!!」
酔いの力も加わって、半裸の身体が目に飛び込む。
「ど、道行さん……最っっ高ーーーーっっ!!!」
「こんな麗しい光景を目に出来るとは思いませんでした!!道行師伯!!」
背後で静かに金蛟剪を構える青年と、打神鞭を握り締める少女。
「害虫駆除、してもいい?」
「わしも手伝おうぞ、太乙」
炸裂する熱波と暴風。
「若いって、いいわねぇ」
「まだ俺らもそんなに年でもないだろう?」
「そーね。たまにはこんな日もいいわよね」
ただ、のどかに時間を感受する男女と、その周辺の阿鼻叫喚。
昼下がりの小さな出来事だった。




「ナタク、身体を洗うぞ」
少年を小脇に抱えて、道行は水辺に降り立つ。
浴槽よりも余程洗いやすいのか、陽の高いうちは湖でナタクの相手をすることもしばしば。
「なんなんだ、このでかい水溜りは」
「儂が造った。楽しかろ?」
わしわしと髪を洗って、水を掛ける。流石のナタクも道行には敵わないのかされるがまま。
「道行、桃食べないかい?」
男の申し出に女は首を振った。
「桃と酒はしばらくやめる」
「そうだね、そのほうがいいかもしれない」
酔った挙句の大失態は、大仙としてあるまじきもの。
まだ少し痛む頭を押さえて、彼女は空を仰いだ。




夏の暑さはまだまだ終らず。
この気持ちもまだ治まらないまま―――――。





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22:38 2005/09/17



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