◆キャラメルミルクティおかわり◆




「しっかしあっちーさね……こんだけ暑いと死ねって言われる気がするさ……」
うだるような暑さのなか、少女は普段と変わらずに道服を纏う。
前垂れを抑えながら回廊を歩くその姿。
「師叔!!」
歩くだけでも汗が浮き出るような温度。
それでも全身を覆い隠すような道衣を脱ぐことを良しとしない。
肌をあらわにする趣味はないとつぶやく唇。
「暑くないさ?そんな格好で」
「慣れればそうでもないよ。それに……」
少女の唇が笑う。
「この仕事片付けたら休暇をもらう。しばらく崑崙に避暑に行くのだ。道行たちと
 湖で遊ぶのじゃ。水着も準備したし、夕刻には向こうに戻る」
「おれっちも一緒にいくさ!!」
太公望の水着姿などめったなことで見れるものではない。
そしてその場には確実に普賢真人も同席することは必至だ。
この好機を見逃すのは男としては断じてできない。
「ならば荷物を纏めておくのだな。早めに出れそうならばそうしたいのだ」
天化の頬にちゅ、と唇を当てて少女は踵を返す。
彼女がどれほどこの休暇を楽しみしているかが伺えた。
(あんな師叔久々さぁ……すっげー嬉しそう……)
以前の彼女が白の水着が目にまぶしかった。
(あん時はヨウゼンさんと二人で選んだんだっけ……師叔、可愛かったさねぇ……)
思い出せばにやけて煙草さえも落ちてしまう。
手早に荷物をまとめて軍師殿に足を向ける。
「おや、天化君」
「ああ、ヨウゼンさん」
目的は同じだといわんばかりにぶつかり合う視線。
しっかりと準備された荷物がそれを如実に語る。
互いに宝貝を取り出して一触即発。
それを制したのは凛とした少女の声。
「馬鹿モンが。帰るぞ、おぬしら」




金庭山では道行天尊がのんびりと湖に水張っては遊んでいる。
明日は道士たちが何人か来ると聞いて早めに準備を始めたのだ。
「しっしょー、水着なるんすか?」
弟子の声に小さく頷いて温度調節のために氷のようなものを投入する。
遊びで作った宝貝は水の色を鮮やかな青に変えた。
「おぬしもどうじゃ?」
「いや、俺はちょっと出かけてきます。太乙真人さんと変に戦うのもいやなんで」
日差しで少しだけ焼けた仙女の肌はやけに艶かしくて扇情的だ。
普段人前に肌など晒さないからなおのこと余計に劣情を刺激する。
「さて、干し芋でも取り込むか……?」
響き渡る怒号に女は視線を本山へと移す。
見れば一角から煙が上がっている。
(おおかた天化かヨウゼンが太公望に何かしよったか……せわしない)
出来上がった干し芋をかじりながら女はふわり、と羽衣を纏う。
「道行ーーーーーっっ!!」
走りよってくる男の姿に干し芋を飲みこむ。
「君の水着を準備したよ。ほら」
差し出される袋を受け取って女はぽつり、とこぼした。
「水着と布切れは違うぞ、太乙真人」
「今回はちゃんとしてるよ。深緑のきれいなやつ。君の髪にも映える」
「ならいいが……」
「あ、韋護。元気だったんだね、そろそろ旅にでも行くころかな?」
下手に残れば命が危うい。
青年はそそくさと金庭山を出て何処かへいってしまった。
「忙しないのう……ゆっくりしていけばいいものを」
「邪魔者もいないし、さ、これ着てみて」




玉虚宮の一室で起こった騒動に仙道たちはざわめきを隠しきれない。
天才道士と誉れ高いヨウゼンと武成王の子息の一騎打ち。
寝台に腰掛けたまま、原因となった少女は足を組んでそれを見守る。
「おぬしら、わしの部屋の修繕はきちんとするのだぞ」
何事もないかのように書をとって頁を捲る。
「普賢真人さまにお願いして何とか止めてもら……あ、普賢真人様!!」
道士たちが一斉に礼を取ろうとするのを少女は制する。
こちらものんきに綿菓子をかじりながらの観戦だ。
「面倒なことはしたくないんだ。暑いしね」
「まったくだ。汗かくのは夜だけで十分だっての」
「道徳、天化をおとなしくさせてね。ボクはヨウゼンを」
愛弟子を羽交い絞めにする男の脇で少女は青年の腕をひねり上げる。
騒動の元を黙らせるのも手っ取り早く暑さを撤去することになるのだ。
要は暑苦しいのがいやだということを普賢は行動でしめした。
「みんな、持ち場に帰って大丈夫だよ。教主監視下でその一番弟子に不埒な行動をとるような
 愚者はさすがにいないと思うから。もしもいたならばその場合はちょんぎってその辺に
 捨てるか雲中子に送りつけるかするから安心していいよ」
菩薩のような笑みを浮かべながらも、手にした符印には『愚者撲滅』の文字。
さすがの普賢もこの猛暑の中の騒動にはいささか機嫌を悪くしたらしい。
「望ちゃん、かき氷作るけど来ない?」
「行きたいがそこの屍を何とかせねばならんだろう」
転がる二人に向けられる視線はそれでも優しげで。
彼女だって彼らを嫌っているわけではないと感じさせるから。
「ほれ、おきろおぬしら。普賢がかき氷を馳走してくれるぞ」
ぴくりとも動かない二人の頬に降る唇。
黒髪が熱風に揺れて甘い芳香を漂わせた。
「ん……コーチ、普賢さん」
「道徳様に普賢様も」
「かき氷つくるけど、よかったら来ない?」




真夏の暑さのせいにして普段よりも大胆にすごそう。
うなじの後れ毛が誘うならば簡単に乗ってしまえるように。
短く切られた少女が二人手を差し伸べる。
甘えたいならここまでおいで、と。



「コーチも普賢さんも師叔もあーしてると普通の人さ」
普段のかしこまった道衣など脱ぎ捨てて、少女は肌もあらわに薄着姿。
首に絡まる銀連鎖の星と髪に踊る流麗たる光。
太極符印で空気中の水分を凍りに変えて器用に少女は器へと盛り上げていく。
冷やされた果実を切り分けながら黒髪の少女は男二人に視線を移した。
「どうかしたのか?」
鮮やかな緋色の上着は胸の半分までの丈。
前垂れから覗く太腿のまぶしさ。
「はい、どーぞ」
いつまでも子供のままではいられないと、蛹はやがて蝶になる。
羽化する直前のもろさを抱いて少女は夏草を掻き分け進み行く。
「明日は金庭山に集合だね。道行も楽しみにしてるし」
「ほかに誰来るのさ?普賢さん」
「ほかの十二仙もくるよ」
たまには仙道を止めて人に戻って。
こんな風にすごすのも悪くはないから。
眩しい緑の中で過ぎていくこの身も心も熱くなる季節。
少しくらい過激に迫っても許される。
「普賢さん、水着どんな感じさ?」
「ボク?望ちゃんとおそろいだけど。ね、望ちゃん」
「!!」
その言葉に男三人の視線が一瞬で色めきたつ。
「色違いじゃが、同じだな」
「ね、ふふ」
居並ぶ乙女十七歳、花さえも霞むその艶やかさ。
「明日見せてあげる、道徳もね」
「お、おう……」
意味深な視線は二人きりのときにその解読を伝えればいい。
桜桃を咥える唇を今すぐ奪ってしまいたい感情。
それを恋人はわかっているから余計に火をつける。
「おぬしらも今日はそれぞれに戻れ。そのほうがよかろうて」
しかし太公望の私室は半壊状態。とても休めるものではない。
「望ちゃん、久々に一緒に寝ない?」
「道徳はどうするのだ?」
「それぞれに戻ればいいじゃない。ボク、望ちゃんと一緒がいいなぁ」
ここで心の広さを見せなければ恋人は最低三日は口を聞かないだろう。
手土産に何か持たせるくらいの度量は恋を維持するには必要。
「んじゃ、俺はたまに天化と飲むか。普賢だって太公望と酒飲みたいだろうし」
「道徳様、お邪魔でなかったら僕も参加させていただいてもいいですか?師匠は外出中
 なんです」
たまに男だけで飲むのも悪くないと快諾して拳を突き合わせる。
少しだけ傾き始めた太陽が笑う。
まだまだやまない熱波の中で。






冷酒を口にしながら話すのはそれぞれの女の話。
細工の美しい波璃は普賢真人が紫陽洞に置いていったもの。
「道徳様、前から気になってたんですが普賢様とはどういういきさつで付き合い始めたのですか?」
酔いの力も相まって遠慮などすでになくなっている。
空になった瓶が転がり足りないとまだまだ煽る三人の姿。
「いや……いろいろとあってな……」
「その色々をしっかりじっくり詳しく聞きたいのさ!!」
すでに顔は真っ赤になった天化が師父の背をばしばしと叩く。
「んー……なんつか、気の強いとこかな。御前試合してさ、最初相手が女だって知らんで
 俺も行って……んで、やっぱ女の子だしちょっと手、抜いたらさ即効でばれて」
あの日、射抜いたのはその銀の瞳の光。
「馬鹿にすんなっていわれた。それだな、きっかけって」
「俺っちだったらその場で女認定はがすさ」
「僕もですね。しとやかなほうが好きなので」
二人の言葉に男は声をあげて笑う。
こんな風に笑う彼を見たのはどれくらいぶりだろうと、天化は目を丸くした。
「ははははははは!!太公望にしとやかさなんぞないだろう!!」
言葉よりももっと簡単な気持ち。
「普賢もしとやかじゃないけどな。剣振り回しながら追いかけてくるぞ」
「普賢さん……んなことまでするさ?」
「それも含めて愛情だろうな!!いいんだ、俺はあいつに惚れてるから」
強がりも意地もまとめて抱きしめて、彼女を守ると決めた。
ただ守られるだけの女にはなりたくないと少女は強さを求めた。
「惚れた女の核融合のひとつや二つ、受け止めてみせらぁ!!」
恋は彼を一人の男に戻した。
少しだけ年上の兄のような笑い方。
「すっげー、普通死ぬさ!!」
「道徳様は鋼の肉体ですからね」
どこか寂しげなのに勝気な瞳の君に恋をした。
「へっへっへ……包容力は負けねぇぞ。俺ぁあいつで最後の女って決めたんだ」
「ぼ、僕だって師叔で最後にしますよ!!」
「おれっちだってそうさ!!」
煙草に火をつけて、立ち上る煙に笑う唇。
「お前らは太公望を独占できねぇもんな。俺ぁ、あいつ独り占めできるからな!!」
珍しくヨウゼンまでもが煙草に手を伸ばす。
彼の師匠ではこういう話はまずできない。
「愛し合ってんだよ、俺と普賢は」
「それは否定できませんね。僕はほんとーに道徳様と女性の趣味がかぶらなくてよかったと思いますよ!!」
「俺っちもさぁ。普賢さんは昔からしってっけども、なーんか違ってたんだよなぁ」
更け行く夜に重なる話。
諌めてくれる恋人の指は今夜、親友と。
「ヨウゼン、お前まだ酔ってないな?飲め飲め!!」
「そーっさ!!飲むさぁ!!」
「うわ、これ以上は無理……!!」





夏の夜にはたまには羽目をはずしてしまおう。
流星がさらって消えてしまうから。




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