◆Darling Darling◆





「道徳、これ食べてもいい?」
小皿の上に置かれた果実を摘んで、普賢は口にする。
「あー……さっき太乙が置いてったやつだ」
「そうなんだ。いただきます」
一つ、二つ、消えていく果実。
(あんな甘ったるいもん、よく食えるよなぁ……)
ぺろり、と平らげて浮かべる満足げな笑み。
「美味かったか?」
「おう。腹の足しにはなったな」
「!?普賢っ!?」
「んだよ、スポーツ馬鹿。俺の顔になんか付いてんのかぁ?」
ほんの少しだけつりあがった瞳。
けれども、姿形は恋人である普賢真人に変わりは無い。
「お、おまっ!!今なんてっっ!?」
「熱血馬鹿の方がよかったか?このエロ仙人が。毎晩毎晩よくも飽きずに来るもんだぜ。
 吐き出される言葉に、何が何だか分からない状況。
「普賢!!お前俺のことそんな風に思ってたのかっ!?」
「他にどう思えってんだよ。このタコ」
普段の言葉とはまったく違うそれに、飲み込まれていく。
「ぼーっとしてないで茶くらい入れろ」
「は、はい……」
慣れない手つきで茶器を揃え、彼女の好む茶葉を選ぶ。
ふわり、と甘い匂いはあの笑顔を思い出させてしまうから。
「まぁ、温度は丁度だな。突っ立ってないで菓子位持ってこい。気の効かねぇ
 男だな。脳味噌まで筋肉でできてんのかぁ?」
項垂れる後ろ姿。
普段の彼女が見たならば心配気に覗き込むだろう。
後ろから抱きしめて、『どうしたの?』と声を掛けて。
あれこれとかいがいしく世話を焼いてくれる。
「こ、これでいいでしょか普賢さん……」
「お、いいもんあんじゃねーかよ」
飴菓子を口にする姿も、満足気な表情も何一つ変わらないのにこの異質な空気。
(太乙……!!今度あったらお前は莫邪で一刀斬だ!!)
それでも、指先に付いた欠片を舐める仕草に。
どきん、と心が揺れてしまう。
(普賢〜〜〜〜〜〜どうしたっていんだよ!?アレがお前の本音なのか!?)
満腹になったのか、普賢は半分夢の中。
椅子に凭れて、だらりと手が落ちている。
そっと上掛けをかけて、手を直す。
(お前、俺のこと愛してないのか?俺はお前のこと愛してんだぞ)
恋はどうなっても恋のまま。
早くこの悪夢が終わればいいとため息をついた。





「え?あの果物?ああ、あれね〜ナタクに食べさせようと思ったんだけど帰って
 こないからさ。忘れてたよ」
どうやら口が悪くなったのは副作用で、本音を吐かせるためのものであることは
確からしい。
しかしながら、あの辛辣な言葉が本音であるとは信じたくないのが彼の本音だ。
「どうやったら直んだよ」
「知らないよ。ナタクに食べさせるものは実験た…!!」
最後まで言い終わらないうちに拳が頬に鮮やかに入る。
そのままばたん、と倒れて太乙真人は動かなくなった。
「やべぇ……手加減すんの忘れた……」
「まぁ、よい。儂が何とかしようぞ」
ふわふわと浮かぶ仙女。
道徳の肩に手を置いて、けらけらと笑う。
「いざ参るか。紫陽洞に」
「へいへい」
紫陽洞では未だに眠りから覚めずに、普賢は身動き一つしない。
その額に指先を当てて、道行は瞳を閉じる。
「覚!!」
ぱちり、と開く灰白の瞳。
「お目覚めか?普賢」
「おお!!道行、元気だったか?」
軽快な声。
「道徳、何もこのままでも不便は無いのでは?」
「不便ありまくりだ!!!!」
「んだよ、オメーは単に俺とやりたいだけなんだろ?エロ仙人が」
「こんなの俺の普賢じゃないっっ!!」
「お前、なんか夢見すぎてんじゃねーの?筋肉馬鹿」
さめざめとする姿を見ては、どうにかするしかないと道行はため息をつく。
「時に、お前の普賢とはどんな感じなのじゃ?」
「俺のこと好きで、俺の世話焼くのが好きで、昼も夜も可愛くて……」
「もういいわ。たわけが」
「…………あんな暴言吐くような女じゃないんだ〜〜〜〜〜〜〜っっっ」
「普賢よ」
「ん?」
「焼きたての月餅はどうじゃ?」
「おお!!もちろん食うぜ!!」
全て平らげるのを見届けて、道行は紫陽洞を後にした。
小一時間もすれば目が覚めて、効力も消える。
太乙の失態ならば、半分くらいはどうにかする義務があるからと加えて。
「ん……あれ?」
「ふ、普賢さん……?」
「道徳?どうしたの?変な顔して」
「ふ、普賢〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!」
抱きついてくる男の背を撫でて、くすくすと笑う。
「なぁに?急にどうしたの?」
「俺はお前が好きだ〜〜〜〜〜〜っっっ!!!ずっとそのままでいてくれ〜〜〜っっ!!」
「??????」
困った顔で、小首を傾げる。
「変なの?お腹でも痛いの?」
「普賢〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」
「苦しいよ……どうしたの?」
「いいんだ!!俺はお前のことを愛してるんだっっ!!!!」
「そんなおっきな声で言わなくてもいいから!!!」
耳まで真っ赤に染めて、普賢は首を振る。
「好きなんだ!!!!!普賢〜〜〜〜っっ!!!」
「いい加減にしなさいっっ!!」




南瓜を甘く煮詰めながら、普賢は隣に座る男を横目で見る。
ご丁寧に椅子までもって来ての行動には、ため息が出るばかり。
「邪魔だよ」
「だって、またおかしなこと口走ったら……」
鍋を移して、じっと男の目を見つめる。
「よいしょ」
男のの膝の上に座って、その手を自分の腹に当てさせた。
「困ったお父様だね。変なことばっかり言ってるよ」
「は?」
「なーんてね。そういえたらいいんだけど」
掌をそっとずらして、左胸に当てる。
とくん、とくん、と伝わってくる柔らかな心音。
「ね、もしもそうなったらどう呼んで?欲しい?お父さん?お父様?父上?」
夢のような甘い言葉。
いつの日かここにもうひとつの命が降ってくる事を祈って。
重ねた想いは十重二十重。
織り成す糸で作り上げた鮮やかな一枚布。
「……とーちゃん、でいい……女は生まれてこなそうだから」
「女の子だったらどうする?」
「……お父様、かな……」
「自分で言って、照れてる」
「そ……それは……」
「お父様」
くすくすと笑って、見上げてくる小さな顔。
「もうちょっとしっかりしねぇと、見限られっぞ?」
「!?」
「なーんてね。御夕飯の続きつくろーっと」
離れ行く体温でも、その残り香は腕の中で残像を作り上げてくれる。
(確信犯め……そのうちとっちめてやるからな)
中身がぎっしりと詰まった硝子の小箱のように。
君の言葉はそれだけで心を揺り動かす。
その声はどんな呪文でも叶わない魔法を持つから。
(女の子だったら……)
恋人はやがて妻となる。その脇に在って欲しいちいさな姿。
(いいなぁ……男だったら間違いなく取りあいだ。多分、俺に似るんだろうな……
 燃燈みたいにならなきゃいいんだけどさ……)
夢を夢で終わらせないためにも。
もっと、もっと経験と時間が必要な二人。
誰かを愛するためと、愛し続けるためには。
努力が、必要なのだから。
「甘くないほうがいい?」
焼き林檎をつくる、とわらう唇。
「いや、甘いほうが良いな。今日は」
とびきり甘い林檎でも。
君との日々の甘さに勝てるものは無いから。





言葉よりも大切なもの。
それは君がくれるたったひとつの『真実』ということ。




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18:49 2005/01/11


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