◆星屑に願いを◆






笹の葉摩れは耳に優しく、竹林の賢者は静かに笑うだけ。
流れ行く星に何を願おうか?




「道徳、そんなに早く歩けない!!」
息を切らす少女と、その手をつかんだ男。
彼が彼女を誘ってどうしてもと真夜中に洞府から連れ出した。
夜着姿のまま、今夜は彼女をあの場所に連れて行かなければならない理由があったから。
「急ぐぞ!!」
抱き上げて次々に浮かぶ岩を飛び越えて。
ほほに当たる風に少女はぎゅっと瞳を閉じた。
「ね、どこに行くの?」
振り落とされないように彼にしっかりと捕まって。
見上げてくる瞳に男は小さく笑った。
「楽しみにしてな。お前の好きそうなものだから」








広げたものは星の海図。
天空を写し取ったその美しさに少女はため息をこぼした。
あまたに流れ行く光の粉。
星で描かれた繊細な絵図は何にも変えられない。
「ん?なんだそりゃ」
釣鐘星をたどる指先に男の手が触れて。
その形がはるか昔に自分が見ていたものだということを思い出す。
「綺麗だなぁって。誰が描いたんだろう……ボクもこういうの描けたらいいのにな」
星空の一部を切り取って閉じ込めた。
煌く物が大好きな乙女にとっては心引かれる絵図。
「お前だったら絵心があるから大丈夫だろ」
その言葉に少女は首を振る。
この絵は光を直接に閉じ込めた封印が施されている。
作り手の思いが色合いを通してひしひしと伝わってくるのだ。
一朝一夕でどうにかなるものではない。
「どこにあったんだ?そんなもの」
「書庫を整理してたら、何かの間に紛れてたみたい。でも、本当に素敵……」
この絵図よりも、彼女の笑みのほうがずっと彼に美しく思えて。
ため息さえも惑わす甘い薬に変わってしまう。
愛しさも切なさも閉じ込めて、この星よりもずっと輝ける存在。
素足にきらめく銀色の鎖に模された星屑。
(そういえばもうすぐ流星の季節だな……)
夏服に着替えた恋人はいつもよりもいっそう魅惑的。
二人きりのときだけに見せてくれる姿に心まで踊ってしまう。
「道徳?」
座り込む恋人を後ろから抱きすくめて。
「お星様が好きなんて、お前も女の子だよなぁ」
うなじの甘い匂いに誘われる。
触りたいならばここまでおいで、と。
「普段そんなに男っぽいかな……」
女であることを捨て去ることを由とする仙界で、彼女は今を恋に生きる。
それは誰よりも少女として生を謳歌していて。
「普段から力いっぱい女だと思うぞ」
「そう?」
くるり。振り向いて重なる視線。
銀の瞳が潤んでまるで星のよう。
「本当にそう思う?」
ちゅ…触れるだけの接吻と乾いた唇の感触。
「道徳がいなかったら、ボクはきっとこんな風にはなれなかったのかもね」
君の手が触れるだけで鼓動は早まり、呼吸は苦しくなる。
どれだけ月日を重ねてもそれは変わらない事実。
「今でもどきどきする……ね、どうしてなんだろうね……」
想像していたよりも未来はずっと複雑で愛しいと思えた。
君がそばにいて瞳を見ているこの穏やかな日々。
それでも時折起こる嫉妬は五臓六腑を駆け巡る。
自分以外の誰かが恋人に触れることなど許せない。
「真夏の夜は……」
男の手をとって少女はその指先を口に含む。
ちゅるん、と離れて。
「あなたの手がやけに恋しい。不思議だね」




ただそれだけで満たされる感情と裏腹な欲求。
浮かんだ汗と重なった肌の熱さは夏のそれとは比較にならないほど。
素肌に感じる敷布の冷たさが心地よい。
焚かれた匂いは麝香のそれ。
まだ欲情は冷め遣らぬと。
二つ並んだ白磁の茶器。
月光を受けて淡く光を放つ。
それよりも艶かしく輝くは少女の柔肌。
男の腕の中で今が桜花と咲き乱れる。





「鮮やかな色だな」
指先に接吻してその色合いに彼は眼を細めた。
藍と深紫は混ざり合い、金色の光の粉が星屑の様に空を描く。
「道徳のこと考えたら、こんな色になったの」
肩越しに見える未来をあれこれと想像して。
思い描いて作り出した色を彼はどう思うだろうか?
「俺ってこんな感じなのか?」
抱き寄せればその背の細さ。
灰白の髪に触れる唇に少女は瞳を閉じた。
「上手く言えないけども……」
夜空に広がる星の黄砂のような美しさ。
それが彼に似ていると最後に光の粉を塗した。
「道徳は太陽に似てると思う。だから、光を」
太陽に恋をした。
彼は優しく時に眩しい希望の光。
「いっぱい、ありがとう。大好き」
銀色の瞳に宿るその光。
彼にとっては彼女こそがただ一条の光明。
笹の葉が風に擦れ合う音。
夏の香りは肌で感じられるほどに近いから。
「ずっとずっと一緒にいてね」
祈るような願いは彼が最初なのか彼女がそうなのか。
歪な記憶では区別など付きようもない。
もしかしたらそんなことすら必要なく、ただそこにあるという奇跡にすがったのだろうか。
「嫌だつっても離さねぇぞ」
「嫌だなんて言わないもん」
その唇がささやく己の名前。
捨て去った感情を呼び覚まして恋に再び身を投じさせた。
「どこにいても、気持ちは傍にいるもの」
その声はどこにいても答えを導いてくれる。
ほしいものは君と未来だけ。
喧嘩をしても言い合いをしても離れられない。
「もっとたくさん道徳のことを知っていきたいな」
これから重ねる日々を思うだけで幸せになれる。
いつかしか二人の間にもうひとつの命がはぐぐまれることを信じて。
この空間に二人きり。
「熱くて死にそう……変な感じ……」
恋して焦がれてこの身を焼き尽くしそうな情熱。
「俺のほうがさきにやられそうだ」
「一緒に灰になれたら素敵なのにね」
抱きしめあってひとつになれないことを少しだけ嘆く。
けれども、そんなことすらうれしいと思える。
真夏の少し手前の夜は人肌のような暖かさ。
一人で眠りにはわずかに寂しい。




広がり行く一面の星空。
あの絵図と同じ光景がそこに広がり少女は感嘆の声を上げた。
「見てな、もう少しだから」
彼が指折り数えると同時に始まる流星群。
その光の幻影幻想にただただため息ばかりがこぼれた。
「素敵…………こんなのはじめて見た…………」
夏草が足首をくすぐり、風が頬を撫でる。
手を伸ばしてその光を掬おうとする無意識の動き。
指先に乗せた小さな輝石に普賢は恋人のほうを見やった。
「これ…………」
「なんだろうな。流れ星がひとつ普賢に落っこちてきたのかもしれないぞ」
きっと、彼はこの日のために宝石を探してくれたのだろう。
星の輝きにも勝るのは彼の思い。
「流れ星、捕まえられたか?」
「…………星はね。ボクは…………」
そっと重なる柔らかな手。
「あなたに掴まえられた」




願いはいつもかなわないからと星を見上げていたのに。
君が隣にいてくれるだけ不安など砂糖が溶けていくように消えてしまう。
ため息も甘い色合い。
魔法の青い夜に。
「道徳、はい」
相変わらず片手で体を支えて瞑想をする恋人の前に出したのは一振りの美しい刀。
青白く光るその刀身と刻まれた彼の名前。
「どうしたんだ、これ」
「赤精に教えてもらったの。飾り程度にしかならないと思うけれども、ボクもあなたに
 何か送りたくて……いつもありがとう、道徳」
絶えず隣に居られるように。
誇り高き無銘の刀のように光を受けるのはその少女。
「呉鉤剣とは勝手が違うからちょっといびつかもしれないけども……」
少しだけ赤くなる頬。
いまだ二人で居れば恋の真っ只中に落ちてしまう。
空気に溺れるように手を伸ばして、捕まえた星の軌跡。
「銀星砂か……鍛え上げれば妖精にも成れるぞ」
「そうなの?」
「あちらの十天君にはいるだろうな。刀身を基にする者が」
そんなことをつぶやく彼の横顔を見つめられるこの位置。
愛なんてうその塊だと誰かがささやくけれども。
「お前の目の色も同じように綺麗だな。星をそのまま閉じ込めたみたいだ」
忌み嫌われたこの瞳の銀を、綺麗だといってくれる人。
涙は暖かく、嬉しいときも流れるものだと教えてくれた。
恋しい名前は彼が人間であることを捨て去って得たもの。
偽物でも愛しくて苦しくて胸が痛くなる。
夜も眠れないようなこの感情を与えてくれた。
「綺麗?」
「ああ。星って感じがする」
この先の数えくれないほどの時間を重ねあってどう過ごそう?
彼の手の中で生まれる光の蝶。
遊び心を忘れぬ仙人は時折地上に向けて小さな悪戯を。
今頃蝶は名も知れぬ恋人たちの距離を縮めているだろう。
眠れない真夏の夜は人も仙道も同じように恋に狂う。
「おいで」
手を取られて彼の膝の上に。
頬に触れる大きな手に瞳を閉じる。
「こんなに手ぇ真っ赤になるまで鋼打ってたのか?気持ちだけで俺は十分だぞ」
慣れない作業は彼女の指を静かに侵蝕して傷ませた。
「まったくこのお姫様は。本当にありがとうな」
重なる唇の甘さは変わることがなくて。
「たまには俺が晩飯でも作るか」
「ええええええええええええええええっっ!?」
「これでも自炊歴は長かったからな。慈航の飯よりは美味いぞ」
ここは天国ではないけれど、きっとどこよりも幸せな空間。
君と行くならば地獄さえも薔薇色だろう。
縛り付ける鎖の重さは愛と似ているから厄介で滑稽。
深みにはまったのは彼か彼女か。
知る由もなく知る必要も無いと男は世界を振り切った。




並んだ太刀を見つめて細まる鷲色の瞳。
守り刀は女を模る事が多い。
剣士と一体になるためのそれを彼女が知っていたとは考えにくい。
(まぁ……深い意味はないんだろうけどな……)
輝くその刀身にそっと刻み付ける恋人の名前。
離れて眠る彼女に送る銀色の蝶。
寂しくないように、不安がらないように。
夜が過去を連れ去っても、陽炎の鐘が鳴り響いても。
棺に入ることさえも許されない自分たちでも、生きていく意味を見つけることを忘れることは
できないままに過ごすこの夜。
闇に溶ける優しさは星という名前だと知った。
その一粒が自分の腕の中に舞い降りたこの幸せ。
どんな顔をしながら彼女は剣を作り上げたのだろうか。
それを考えるだけでも顔がにやけてしまう。
勝気な瞳は今も変わらないけれども、自分にしかわからない柔らかな光が宿った。
それが己が生み出させたものだと自惚れたって、こんな夜なら許されるだろう。
ため息さえも蕩けて青に変わるこんな真夜中。
(ほら、行って来い)
色とりどりの蝶たちが次々に恋人の下へと向かう。
手紙の代わりに舞い飛ぶ光の蝶。
緑の蝶が闇を染めていく。
(喧嘩しても馬鹿やっても……お前がいてくれるから俺は……)
夢はまた夢、現との境目。
(また明日逢えるからいいか……)
言いかけた言葉をとめるのは空を掴むことに似ている。
この思いが届きますようにと願いを込めて。




この胸の奥にある思いをどう伝えようか?
明日君に逢えるのを心待ちにしながら。




18:36 2007/08/13



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