◆頭痛が愛しいと思える理由。その根源たるもの◆




「随分と気合入れて、普賢さん何作ってるさ?」
厨房に立ち、普賢は次々に料理を盛り付けていく。
「だって、この間……最近まともな飯食ってないって言われたんだよ。
 毎日ご飯作ってるのに。だから、今日はがんばるの」
手際よく中華鍋を振り回す細い手首。
菜切り包丁は一定の間隔で音を刻む。
刻んだ筍を辛味噌で和えて、ごま油で炒める。
椎茸、榎木、季節の食材。
惜しげもなく使い、次から次に皿が埋まる。
「コーチは?」
「お風呂入ってる。出てくる前に全部作り終えるっっ!!」
焼き菓子を仕込み、火をくべて。
あっという間に卓上は料理で埋まっていく。
その鮮やかさをぼんやりと見つめながら天化はため息をついた。
(師叔もこんくらい、俺っちのこと、思ってくれればねぇ……)
愚痴は言っても始まらない。
動ける足があるのだから。
「コーチによろしく言っといてさ、普賢さん」
「ごめんね、ろくに相手もできなくて。あ、待って」
出来上がった料理を紙に包み、小さな籠に閉じ込めて。
「はい。望ちゃんと一緒に食べてね」




(さて……飾りつけはどうしようかな)
クリームを泡立てて、焼きあがったそれに丹念に塗りつける。
(んー……あまったし、ちょっと道徳からかってみようかな)
忍足で寝室へ向かって、すばやく着替える。
砂糖漬けのさくらんぼを一摘み。
甘い甘い赤い果実。
「普賢〜〜〜〜〜?」
「ご飯できたよ、道徳」
薄布を肩紐で繋いだ夜着。胸の形がはっきりと分かり、おいで、と誘う柔らかさ。
濡れた唇はほんのりと染まって、蕩けそうな果実。
鎖骨の下にクリームで描かれた星は、中央に赤い砂糖漬けのさくらんぼ。
「早めに食べてね」
「……………………」
ごくり、息を呑んでその姿を凝視する。
(何か!?アレか!?直球的にお誘いか!!??思いっきり乗るぞ!!)
「なーんてね、お夕飯冷めちゃ……!?道徳っ!?」
がし、と抱きかかえられて連行されたのは寝室。
寝台の上に乗せられて、唇がそこを舐め上げる。
「や!!」
「何で?誘ったろ?」
両手首を片手で押さえて、首筋を甘く噛む。
「やぁんっ!!
「んー……最高の食卓」
「冗談だって、言ったのに……やぁ……」
ぽろぽろと零れる涙は、心を動かす。
「いや、その……な。心だって揺れるだろ、そんな格好で出たらさ……」
「好きなの?」
「好きだよ。格好じゃなくて、お前のことが」
涙を指で払って、さわさわと頭を撫でる。
冬の寒さにかじかむ指が、探すのは確定した心。
どれだけ長い時間を重ねても。
自分だけのものだといえる証明が欲しいのだ。





冬の真ん中は、真白の季節。
選ぶ道服も、冬の装い。
教主主催の園遊会に、二人揃ってのんびりと向かう。
「お酒飲んでもいい?」
「ああ。つぶれない程度になら」
「やだ。そんなに飲めないよ」
白を基調とした礼服には、銀糸の刺繍。彼女にしては珍しい胡蝶の乱舞。
紫紺の長衣に身を包んだ男が、その手を取って。
(普賢潰すってなったら……それこそ宮に在る酒全部出せって勢いだよな……)
恋人の唯一の悪癖は、酒豪であること。
園遊会と聞けばそれだけで瞳が宝石に変わってしまう。
「美味しいお酒、あるかな?」
見上げてくる瞳は、それだけで彼女がこの日をどれだけ心待ちにしていたかを語る。
(だからって、そんなに気合入れて服選んで、爪磨いて、化粧して、髪飾りやら耳飾やら
 選んでさ……普段俺と一緒に居るときにその十分の一でもいいから……)
「道徳?」
胸の内を見透かされてるような気にさせるその大きな瞳。
作り笑いでごまかして、手を繋ぎなおした。





「よぉ、夫婦同伴?相変わらず仲の良いことで」
すでに酔いの回った慈航が、ばしばしと背中を叩く。
「飲みすぎだろ、お前」
「うへ?赤雲もいねぇし、落ち着いて飲め……」
「慈航さま〜〜〜〜〜〜っっ」
飛びついてくる少女に倒されて、慈航が強かに腰を打つ。
「赤雲!?」
「公主さまのお供ですわ!!私、慈航様に会いたくて、会いたくて……あ、道徳様、
 ご機嫌麗しゅう御座います!!」
礼装しても炸裂するその活気。
慈航にぴったりとくっついて、赤雲はその手を離そうとしない。
「赤雲。慈航は酒癖を除けばいい男だと思うぞ。見捨てないでやってくれ」
「はい!!私、行く行くは慈航様と一緒になりますの!!」
「勝手に決めるな!!お前みたいな女御免だ!!」
「慈航さまったら、照れるのはわかりますけど、あんまりおっきな声出さないでくださいね」
すっかり女房気取りの赤雲に笑いながら、辺りを見回す。
中央で行われる少女の剣舞。
それを見ながら仙道はそちらこちらで杯を傾けている。
(さて……普賢はどこに……)
人込みを掻き分けて、恋人を探す。
「……おま……何やって……」
玻璃に移すのももどかしいと、普賢は枡で清酒を飲んでいた。
濡れた唇と、上下する喉。
舌先が満足気に唇をぺろりと舐める。
「黄竜、もう一杯頂戴」
「ああ。あいつの作った酒は美味いからな」
「雲中子って凄いよね。今日これないのが勿体無いよ」
「試作品を散々飲んで二日酔いだからな。俺も早めに切り上げて見舞うよ」
顔色一つ変えずに、二人は酒を飲み干していく。
慈航道人、黄竜真人、普賢真人。
十二仙の中の酒豪三人。
「黄竜、あんまりそいつに飲ませんな。後始末が大変なんだ」
普賢の手から枡を奪い取る。
「や。返して」
「飲みすぎだ。明日、『頭いた〜い。道徳、何とかして〜』とか言ってもしらねぇぞ」
「看病、してくれないの?」
酔いの勢いも手伝ってか、潤んだ瞳の殺傷能力は通常の二割増加。
唇に当てられた細い指先がほんのりと染まって誘う仕草。
「……そ、そんな顔しても……ダメなものはダメだ」
「冷たい男だな。普賢、雲霄洞に来るか?なに、俺にも怖い女が居るからな。
 お前さんには指一本触れないさ。俺は楽しく酒が飲めればそれでいいからな」
人畜無害な男だが、長酒深酒が唯一の欠点。
顔色一つ変えずに杯を開けていく姿は、どこか普賢と似通っている。
(雲霄洞だぁ……!?こっちは連続でお預け食らってんだぞ!!)
どれだけ彼が温厚であると知っていても。
彼が男であることには変わりは無い。
しかし、ここで雲霄洞行きを咎めれば、確実に普賢の機嫌は悪くなる。
「酔っ払って、帰れなくなるだろ?黄竜のとこからじゃ紫陽洞(うち)も白鶴洞も
 遠いしな。黄巾であっちこっち破壊してきたとかなったらそれこそ大事だ」
「じゃあ、道徳も一緒に行こうよ。それならいいでしょう?」
ほろ酔い未満の恋人の誘いは、伝家の宝刀。
「そうだな。久々に俺も道徳とゆっくり話がしたい。まぁ……あれも死ぬほど悪いわけ
 でもないしな」
この穏やかな男の後ろに居るのは、崑崙一の奇才の雲中子。
わけありの女はわけありの男の手を取った。
「さて、行くか。まぁ、飲酒の操縦だが死にはしないだろう」
黄竜の操縦する黄巾力士に乗って。
目指すのは雲霄洞。





「案外早く撃沈したな」
道徳真君の腕の中で、寝息をたてる少女。
額に張り付いた髪を払って、そっと抱えなおす。
「少しきつめのを勧めたからな。甘いから、女の好む味ではあるが……まぁ、次の日はな」
頭痛を訴えるから、介護してやれと男は加えた。
「お前もきつい酒飲んでんのな」
「それくらしないと、寝れない女があいてだからな」
「うはははは。それは納得できる答えだ」
男二人でのんびりと杯を開けて。
それぞれの女を肴に酔いをとりこむ。
「お前に雲中子って取り合わせが、俺にはわからないけどなぁ。やっぱ、なんかいいとこ
 あったわけか?」
「酷い言い草だな。俺から見れば普賢がお前を選んだほうが分からんぞ。よっぽど
 玉鼎のほうが馬が合うだろうに」
たまには本音を交わして、道士時代に戻ろう。
この雪が降る間だけでも。
「そうか?至極妥当だろ」
「そういうことにしておいてやるよ」
言えないことも、言いたいことも、この雪がすべて覆ってくれる。
「あれも優しい女だ。たまに拗ねるがな。それも含めて愛しいと思うぞ」
「俺、何回も殺されかかってるんだけどさ」
「機嫌を損なうことをしたんだろう?普段はうるさいが、煩わしくはないからな」
「人間できてねぇと、あーいう女には付き合えないんだろうけど」
ぐっすりと眠る普賢の髪を撫でる指先。
「俺にはこいつが丁度良いよ。喧嘩しながらこの先も一緒に生きていく」
「俺もだな。何だかんだいいながらあいつと所帯もたされそうな気がする」
「いい親父になれるぞ、黄竜」
喉を潤す液体はまだまだ尽きない。
唇は乾く間もなく、濡れたまま。
「趣味って人それぞれだもんな」
「まぁ、俺個人としては……道行みたいなのが良いと思ってたんだが、そうでなくとも
 良いみたいだ」
「は!?お前、趣味が逆だぞ。雲中子と道行って言ったら……やっぱ、俺、お前が
 わかんねー!!共通点っていったら気が強いことだけだろ。あとは何だ?俺、太乙とも
 女の趣味は合わないからなんともいえないっていうか……」
「昔の話だ。背丈の小さな女が好きでな。けど、俺にはあれで丁度良いんだ。色んな意味でな」
恋の花咲く、仙界は。
季節は冬でも常春の心。
記す言葉は恋愛譚。
正せば、根源は男と女なのだから。
「お前も普賢をもうすこし丁寧に扱ってやれ。終南山によく来るぞ」
「あー……手加減したいんだけど、なんつーかねぇ」
口篭って、苦笑いを甘い果実酒で飲み下す。
「聞いても良いか?」
「何だ?」
「おたくら、何回?」
「そうだな。ニ、三回だな」
普通ならばできない会話も、今日だけは誰にも言わずにここで交わそう。
「俺もそんなとこ。年食ったのかな……それ以上いきたくても身体がついてこねぇ」
「どこもそんなところだろ。お互い……苦労症だな」
「だな」
「飲めよ、道徳」
「おう。雪見酒でたまにはこんなのも良いもんだな、黄竜」
少年は青年を経て、やがて一人の男になる。
同じように進む少女の手を取って、女として咲かせる事ができるのならば。
多分、それが至上の喜び。






氷嚢を変える指先。その爪はほんのりと薄紅に色付く。
「それで、飲みすぎたわけ?」
「……言葉もでません、すいません」
ずきずきと痛むこめかみに、そっと触れる薄い唇。
目が覚めれば男二の潰れた姿。
どうにか雲中子に連絡を取り、黄竜は終南山へ。
やっとの思いで紫陽洞まで道徳真君を運び込んだというのにこの有様。
「無駄に重いんだから。そんな人なんか、知らないよ」
「無駄に思いなんて言わなくたっていいだろ……ッ……」
「頭痛いんでしょ?ゆっくり寝てて。それに……無駄に重いなんて思ってないよ。
 ここまでつれてくるのが大変だっただけ。ごめんね」
寝台に腰掛けて、額を撫でてくるその手を取って唇を当てる。
「あったま……痛ぇ……」
「鎮痛剤作るね。美味しいもの……お粥とかの方がいいかな」
こつん、と触れる小さな額。
(あ……睫、長いな……唇の形とかも綺麗だ……)
「甘いものとか、食べれそう?」
「甘すぎなきゃ、大丈夫だと思う」
とたとたと消えていく小さな足音。
小さな盆には硝子の杯。
凍った果実を細かく砕いて、その上に温かい蜜がかけられて。
きららと星のように輝く。
「クリームとかだと、またいやらしい事されちゃうからね」
「な、誤解だ!!いやらしいって何てこというんだ!!」
頭を押さえて顔を顰める恋人の背中を摩って、やさしく叩く。
ぽふぽふと手が触れるたびに、痛みが薄れていくような感覚が生まれてくる。
「しばらく、禁酒しなさい。ね?」
年の瀬は何だかんだの酒宴の乱舞。
断る理由を探すほうが困難だというのに。
年が明ければ年始の園遊会。
酒を断てと言う方が、無理がある。
「それだけは……」
「頭痛いって言っても、ボク、何もしてあげられないもの」
「いい、ここに居てくれればいい。酒宴にはお前も一緒に行けばいいだけの話だ」
「それで二人で潰れたらどうしようもないでしょ」
この暮れ行く季節の中で、君の笑顔に触れられることと。
君が当たり前の日々を非日常に変えてくれるから。
毎日を飽きることなく過ごしていける。
この時間の止まった仙界で、目まぐるしく色彩を放つ君と出会えたことは。
形にできないけれども、何よりも幸せなことだから。
「あと三日だけ、紫陽洞(ここ)に泊まってもいい?」
「あー……ずっとでもいい。早く嫁においで」
「新しい年の一番最初に、道徳の顔が見たいから」
行き交う日々の美しさ。
灰色の景色を変えるのは灰白の瞳。
「禁酒するか……あと三日だけでも」
酔いどれの瞳なんかで、君を見つめるわけにはいかないから。
一番最初に、君を抱きしめたい。
「気合で頭痛なんか……ッ……」
「無理しちゃダメだよ。大人しく寝てて。ね?」



何よりも甘い君の笑顔。
一番最初に、この目に入れたいから。





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22:13 2004/12/28




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