◆剣士の鳥篭◆








荷物を纏めて宿をでる。
目立つ太極符印は小さく変化させて首飾りの中に隠した。
用心に越したことは無い相手との博打だ。
「よお」
「!!」
馬に乗ろうとしたそのときに、不意に現れる影。
「女一人で旅も危険だろ?」
「ええ……まぁ……」
にこり、と笑って彼は口を開いた。
「お前の護衛してやるよ。その代わりに人探し手伝ってくれないか?多分、俺の探し方が
 悪いんだと思う」
どんなに探しても決して見つからないことを彼女はしっている。
自分が当の本人に他ならないのだから。
「悪い話じゃないだろう?」
「ええ……」
何かのためにと腰に下げた長剣。
それでなくとも彼女に勝てる男はそうそう居ないだろう。
「決まりだな」
「宜しくお願いしますね、仙人様」
あくまで他人を決め込んだならば、彼の違う顔が見れるだろうか?
そんなことを思いながらのこの道行きが不思議でたまらない。
ぽつりぽつりと彼の口からこぼれてくる自分への思い。
(大事にされてるんだろうな……でも……)
隣に居るのに気付いてもらえないこのもどかしさ。
天才と謳われる薬師は完璧を描く。
寝る前に飲む薬も病気だと言い分ければ、彼もそれ以上は言及しない。
ただ一言「女は大変なんだな」と加えるほどで。






二つほど街を越えただろうか。
門は硬く閉ざされて入ることはできない状態に少女はため息をついた。
「あの……何が?」
「霊獣が暴れてるんだよ。おかげでこの有様さ」
お互いに顔を見合わせる。
人間が霊獣を封することは不可能に近い。
「俺がいくのが良いだろうな」
「だと思いますね」
門兵に話をして、彼は手を振りながら街の中へと向かっていった。
「あの、ボクも……いいでしょうか?」
「怪我しねぇようにな、姉ちゃん」
官服を翻して彼を追いかける。
莫邪の宝剣は持ち主の仙気に呼応してその威力を発揮する宝貝だ。
言うなれば道徳真君の精神状態に左右される面が非常に大きい。
(お世辞にいい状態じゃないものね……)
案の定普段ならば一撃でしとめられる水龍相手に防戦を強いられる姿。
宝剣の光がじりじりと歪んでかろうじてその形を留めているに過ぎない。
「うおああああああっっ!!」
寸での所で牙を防いで切りつける。
霊獣の中でも強固な鱗を持つ水龍に対して、火の気が強い道徳真君は相性が良いとは言えない。
その関連さえも普段の彼ならば力で粉砕できる。
乱れた息と、左腕に走る傷。
ぼたぼたと流れる血が大地を赤黒く染め上げた。
先の太公望との一線での傷はまだ癒えてはいないのだ。
(利き手がやられてる……だから……)
急いで鞄を開き、その中の丸薬を噛み砕く。
(間に合って!!お願い!!)
封印していた符印を解き放つ。
水龍の牙が彼を貫こうと襲い掛かり、観念したように男は瞳を閉じた。
「!?」
「下がって!!」
呉鉤剣を手に牙を防ぐ少女の姿。
銀髪に銀眼の恋人がそこに立っている。
「……普賢……」
官服姿の恋人に目を見開く。
今まで数日過ごした文官が捜し求めた当人だったのだ。
探しても決して見つかることの無かった事実。
「じっとしてて!!」
大地を蹴って龍の頭上に剣を突き立てる。
暴れ狂う霊獣の首筋を切りつけようとしたものの、剣先がその硬さに途中で止まってしまった。
(……筋力不足!!だらしないぞ、普賢真人!!)
その瞬間に加わる負荷。
「!!」
莫邪の宝剣が呉鉤剣に重なって、勢い良く切り裂いていく。
「……始末書……やんねーと……」
崩れ落ちる男の身体を受け止めて、抱きしめる。
一番傍に欲しい暖かさ。
(……ごめんなさい……)
安心しきった表情と傷だらけの左腕。
広い背中をただ抱きしめて、その肩で涙を拭った。






腫れ上がった左腕の痛みで目が覚める。
(……九功山か……?)
見慣れた風景に安心して、視線を移せば恋人の姿。
「……普賢……」
「浮気者」
それでも、言葉とは裏腹に涙目の銀眼。
「……大嘘つきが……」
「気付かなかったくせに。馬鹿」
確かめるように伸びる手をそっと掴む。
「ああ、本当に普賢なんだな……」
綻ぶ唇と耳に響く低く優しい声。
彼が本当に自分を大切にしてくれていることは十分に確かめられた。
「どこに行こうとしてたんだよ」
「お父様とお母様に逢いに行くつもりだったの」
「……そっか……うん……」
「左腕、痛くない?薬作って塗ったんだけども……」
「ああ……もう平気だ……」
それでも疲労の色は濃くて、彼は再び眠りについてしまった。
理由などもうどうでもよくて、ただ傍に居たかった。
たった数日でも彼と過ごしたもうひとつの生活はとても大切な経験。
ゆっくりと回復していく恋人の隣に彼女はずっと居ることを選んだ。
「食べれる?」
「ん。飯食えるって良いな。普賢もいるし」
「まだ御粥だけどね。はい、口開けて。あーん」
「ん」
甲斐甲斐しく世話を焼く姿は仙界では見慣れたものになった。
「誰か来たかな?どうぞ、開いてますから」
ばたばたと複数の足音に少女はくすくすと笑う。
「馬鹿男はやっぱりここか。迷惑男が」
「…………………」
太公望の言葉に道徳がむすっとした表情になる。
「迷惑男?」
「おぬし恋しさに狂いよって。この色惚けが」
「もしかして、利き腕やったの望ちゃん?」
道徳真君に傷を負わせるとなればそれなりの相手に限られてくる。
相手が太公望ならばその智謀でそれは可能だった。
「わしはここじゃ」
詰襟の道服をくい、と下げる。
首にしっかりと残る指の跡に普賢の眉間に深い皺が寄った。
「……道徳……」
「太公望も散々おれを化け物扱いしたぞ」
「化け物を化け物といって何が悪い」
ぎゃあぎゃあと言い合う二人にこぼれるため息。
小さく笑うヨウゼンが普賢にそっと耳打ちした。
「道徳様、本気でしたよ」
「だろうね。隣にいても気付かなかったくらいだから」
寝台の上で取っ組み合いをする二人を横目で見る。
「でも、僕にも道徳様の気持ちがわかるんです。狂おしいほど誰かを愛するって……」
「そうだね。でも、首絞めるのはいただけないな」
つかつかと歩み寄って、恋人の頬を軽く抓る細い指。
「あだだだだだだだだっっ!!」
「怪我してるんだから大人しく寝てなさい」
「そうじゃ。嫁の言うことは素直に聞くがいいぞ」
笑い声が四つ、白鶴洞に響きわたる。
当たり前の日常が一番に幸せなのだとたまに忘れてしまう。
思い出せば一番大切なものなどわかりきってるのに。
「嫁ねぇ……まだお嫁さんじゃないよ」
「事実婚」
「何か言った?」
「……いいえ……何も……」
何度でも君の名前を呼んで、確かめたいことがまだまだありすぎるから。
きっと恋は永遠に終わることが無いのだろう。
三千世界でたった一人出会えた恋人。
君を思えばこの世界の光は絶えない。
「望ちゃん、心配してきてくれたんだね」
「化け物扱いされたけどな」
二人を見送って、まだ小さく彼は呟く。
「嫉妬は自重します」
「ボクも、自重します」
こつん、と触れ合う額二つ。
抱きしめあうことも口付けも、当たり前だと思っていた。
それがこんなにも愛しい物だと知る。
腕の傷よりも痛かった君の気持ち。
「なあ」
「なぁに?」
「接吻(キス)しても良いか?」
ちゅ、と少女の唇が彼のそれに触れた。
「……んじゃ、今度俺から」
両手で小さな顔を包んで、甘い甘い接吻を繰り返す。
細い身体を抱きしめて視線を重ねた。
「すっげ幸せ……」
いつも傍で笑っていられるように、二人で努力をしよう。
あなたのすぐ傍に居られるように。
「……いってぇ……はは……」
笑い声に少女が首を傾げる。
「いってぇけど……普賢がちゃんと俺のとこにいる……」
「浮気者」
「してねぇよ。俺、お前一人で手一杯だ」
「馬鹿」
「確かに馬鹿だな。はは……」
どれだけ遠回りをしても、迷っても、悩んでも。
泣いても、叫んでも、狂っても。
結局君が好きでした、それがたった一つの本当の気持ち。
遠慮せずに抱きしめあって傍迷惑と言われるくらいに恋してしまうから。






その後、霊獣の件で二人がこってりと始祖に絞られたのはまた別のお話。
そして、かれが始末書の山で息絶えかけたのもまた別のお話。






1:59 2008/06/20

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル