◆イヴニングスター◆








「聞いてくださいよ、普賢さん」
だらりと両腕を卓上に投げ出して、道徳はげんなりとした表情を浮かべる。
「聞きますよ、道徳師兄」
さわさわと黒髪をなでる細い指先。
疲弊しきった顔の恋人は深くため息をついた。
「玉虚宮行ったんですよ、じーさんに呼び出されたから。んで、色々と説教されまして。
 あげくこんなに始末書をもらってきたんですよ」
「始末書?何かしたの?」
「いえいえ、拙宅の愚弟子が宮でちょっと暴れましてね。ええ、どこぞの天才さまと
 一緒に乱痴気騒ぎだか乱交だか知りませんが、ええ……」
要はとばっちりを受けたのだと彼は言いたいのだ。
そして始末書は道徳真君にとって鬼門となる作業の一つ。
「モクタクはいいよな、調教が行き届いてて」
柿をむきながら楊枝を刺して、恋人の鼻先に。
「教育、ね。はい、どーぞ」
「おう」
そのまま何個か剥きながら始末書の具体策をあれこれと話し合う。
昔から彼は書類が苦手だった。
そんなことを少し思い出してまぶたを軽く閉じる。
秋の落葉美しく、思い出をめぐるには絶好の午後だった。
「天化も今度はヨウゼンを遊び相手にしてるのかな?前はモクタクだったのにねぇ……あの子、
 一ヶ所に留まれないからかな。ここにもたまにしか来ないし。天化はいつも道徳の所に
 来てくれるからうらやましいな」
「太公望にくっついてくるだけだろ。第一俺のとこよりも普賢のとこに寄る方が多いだろ」
疲れきった彼の手に自分のそれを重ねる。
「半分やるから、道徳もがんばろうね」
「お前に始末書は無縁だよな」
「おや?どこぞの愛弟子とボクのモクタクはよく大騒ぎをしてその度にボクも始末書の
 お世話になったけど?それがあったからモクタクにちゃんと言い聞かせたんだもん」
この場合の言い聞かせたは多少の武力行使は已む無しの意味となる。
武力が桁外れの被害を及ぼすことをモクタクは身を以て知ったのだ。
「寒くなる前にボクは何か羽織るもの作りたいんだけどね」
鉤棒を使って糸を華麗に編み合わせ彼女は様々なものを作る。
中には凝った模様のものも多数あるせいか他の仙人が物々交換くるほどだ。
先日も柔白の花編の肩掛けを金庭山の葡萄、山盛り三籠と引き換えにしたばかり。
「ちょっと立って貰っていい?」
「おう」
ぎゅっと抱きしめてくる細い腕に思わず抱きしめ返す。
「違うよ、大きさを測ってるんだから邪魔しないで」
「お前の羽織るものじゃないのか?」
「青峯山の方が寒いでしょ。だから先に道徳のを作るよ」
「そっか、ありがとう」
この小さな背中を守ろうと思ったのはあの夜。
「深緑の糸を作ったんだ。いっつも藍とかばっかりだし……そろそろ離してくれると
 嬉しいんだけども……」
「嫌か?」
「嫌じゃないから困るんだ」
笑って胸に顔を埋める姿にいまだ衰えぬ恋心。
降りてくる夜に昔話も悪くはないと恋人をもう一度抱きしめた。






「道徳師兄、上着が綻びてますよ」
「ん?どっかに引っ掛けたか?」
裾に遊ぶ紫の糸。謁見用の上着はそうそう直せるものではない。
ましてや男所帯ならば尚更だと彼は苦笑した。
解れた刺繍を直せる宝貝など聞いたこともない。
刻まれた銀竜は彼の剣鞘に擬えたものだった。
「困ったな……針なんて千年くらい触ってねぇぞ……」
回廊を歩けば前に小さな人影。
書物を両手で抱えた銀髪の少女の姿。
(お、あれはこの間の……あれも一応に女だよな……)
そっと近付き、肩にぽんと手を置く。
「ひゃんっ!?」
「そんなに驚くことか?普賢」
「何の用ですか?」
少しだけ頬を膨らませれば年相応の少女のよう。
「ああ、実はここ……」
「解れてますね。刺繍だから早めに直さないと酷くなっちゃう……」
しげしげと見つめる丸い瞳は銀色の光。
少し屈めば細い鎖骨が上着から覗いた。
「俺、縫物なんてできなくてさ……」
「でしょうね。縫物はおろか家事一般ができなさそうですし」
「で、頼めないかと思って」
くすくすと笑う小さな口唇。薄紅の柔らかさは春の面影。
「良いですよ。この本を返してきたら縫いますね」
「じゃあ俺が持つよ。結構な重さもあるだろ?」
「では、お言葉に甘えて」
並べばどこか兄妹のようにも見えて、時折触れる肩口に感じる不可解な感情。
手際よく書物を棚に戻して、駄賃代わりと一冊を腕に抱く。
「まだ読むのか?」
「禁書が戻ってました。ここに通い始めてから一度も見たことのないものです」
すい、と手渡されて軽く目を通す。
書き記されたのは仙術の範囲を超えるものが殆どだった。
失われた四肢を再生させる呪詛、反魂の儀式。
仙人昇格の際に彼も一通りは身に付けたはずのものばかり。
「あっぶねぇ本」
「だから禁書なんでしょうね」
謁見装束の彼はいつもの野性味はどこかへ隠してしまった。
道士服の少女の知らない一面。
「針と糸、持ってます?」
「あるけど使ったことはない」
「でしょうね、うふふ」
彼が几帳面に縫物をする姿を想像して、思わず吹き出してしまう。
似合う似合わないではなく想像するだけでも滑稽だと。
「縫い終わる頃には血だらけですね」
「俺が縫物してる姿なんか気持ち悪くて仕方がないだろう」
横眼が上目に変わって、ぱちんと瞳を閉じた。
「結構素敵だと思いますけど?」
「御世辞は要らない。熊が縫物するようなもんだ」
手際よく縫い上げていく金色の針先をじっと見つめる。
長椅子に座って鼻歌交じり、普賢は簡単にその部分を直してしまった。
事のついでだとほかの箇所も縫い上げる。
「器用なもんだな」
「昔……習ったんですよ。お母様に」
卓台に置かれた紅茶。わずかに甘い香りは彼女を気遣ってのものだった。
無地ではあるが上等な茶器は彼の性分を表しているように。
「終わりました、はい」
「ありがとうな」
針箱を手渡して席を立とうとした時だった。
「そうだ、お前こういうの好きか?」
引き換えに手渡されたのは硝子の瓶。
中には星に擬えた金平糖が所狭しと犇めき合っていた。
燈色は夏蜜柑、薄紅は白桃、夏の色香は緑に閉じ込め実りの秋は陽と成す。
少しだけ瓶を傾ければさらら…と砂のような優しい音色。
「はいっ」
「お礼に。もらったけども俺んとこは弟子も男ばっかりだから。こーいうのは女が
 持った方がきっと物も喜ぶだろうし。秋の夜長の読書には良いだろ?」
「嬉しい……金平糖なんて何年ぶりだろ」
耳を飾るのは紫紺の蝶。
秋の夜長にひららとはためいた。
「本、好きなのか?」
「今まで読んだことなかったから楽しくて。ボク、もっといろんなことを知りたいんです」
新しい世代の道士達はきっと鮮やかに花開くために存在する。
今はそのための準備期間。
「兵書ならあるぞ。それこそ禁書扱いのが」
「本当!?」
一瞬で輝く瞳に彼が苦笑した。
「今度是非!!」
「そうだな」
まだまだおぼつかない足取りで未来を目指して。
望月のころ如月のころと夢を見る。






(昔はこいつもなんかあれだったんだよな……俺、本当にどうしようもなく惚れてんだな……)
仕事の手際良さは相変わらずで彼女は彼の始末書を次々と片付けてしまう。
墨の香りは凛として空気を清廉に変えてしまう。
混ざり合った白樺茶の香りが季節を彼に伝える。
(そーいや、あれあったな……)
ごそごそと革袋を手だけで探れば指先に感じる冷たい感触。
「普賢」
「なぁに?」
「これやるよ」
手渡された硝子瓶には金平糖たち。
目を細めて嬉しそうに少女の手が瓶を受取る。
「ありがとう。懐かしいな……あなたから最初にもらったのも思い出せば金平糖だったもん」
一粒取り出して齧れば、懐かしい日々が蘇る。
あの頃はこんな未来など想像もできなかった。
今こうして彼が隣に居て瞳を見ていること。
「おいしい」
「道行にもらったんだ。昔からそういうの作るの好きみたいでさ」
「あの時のも?」
「多分」
あの頃よりもずっと凡庸に触れ合うようになった。
抱きしめあうのも口付けも当たり前になったように。
「初心に戻る?」
「ん?」
「上着の解れとかないかーって思って」
今でもこんなに胸が苦しくなる。
その腕で抱きしめられるだけで、やっぱり泣きそうになる。
(ちょっとだらしないところはあるけども……やっぱりこの人じゃなきゃダメなんだろうな……)
弾けて砕ける金平糖はどこか少しだけほろ苦い。
それでもやっぱり甘いと思えてしまう不思議な気持ち。
「庭の栗の木が豊作なんだ。今日は栗御飯にでもしようかとおもって」
二人で手をつないで庭先に出れば歯に感じる冬の手前。
眠りに就く前の季節は一斉に彩りその名を秋という。
「届かない」
「俺の役目だな、それは」
彼女より頭一つ分背の高い彼はいつもその光を示してくれる。
「…………………」
少しだけ背を丸める姿。
「うおっ!?」
手を伸ばして後ろから抱き締める。
「うふふ……あったかーい……」
「あのな、毬が俺を直撃することだったぞ……」
「もうちょっとこうしてても良い?」
その広い背中に感じるやさしさはきっと、彼女に与えられた幸せ。
「いくらでもどうぞ」
「はーい」
やがて降りてくる夜も夕暮れも一人よりも二人がいい。
「んー……」
ちゅ、と頬に触れる唇。
擦り寄せられる頬の柔らかさに零れる笑み。
「甘やかしの帝王になりますか」
「?」
「肩車してやろうか。あけびとかもとるんだろうし」
「うんっ!!」
十五夜の月だけじゃ物足りないように、人生は宴そのもので楽しい。
「道徳の好きなものたくさん作るね」
「おっしゃ!!急ぐぞ!!」
夜に抜け出して月を背に二人で踊ろう。
君とならばこの人生も悪くはない。
(あん時はこんな娘だとは思ってもみなかったけども……)
君と一緒にどこまで行こう。
(俺にはお前が一番みたいだよ、普賢)
籠の中の鳥はしなやかに羽ばたき夜を舞う。
永くいつまでも続いたあの日々を突き破っていつかの空の月を目指すように。
この手を取れば何だってできると信じられる。
「お、師匠ーーーっっ!!」
その声に振り返ればそこには二人の愛弟子の姿。
「コーチ!!普賢さーーーんっっ!!」
肩車姿の二人に駆け寄ってくる。
「賑やかになりそうだね」
「そうだな。たまにはいいな」






手を振り上げてどこまでも。
月夜には思い切り騒ごう。
兎も十五夜だけでは物足りないというのだから。
妖々にして穏やかなるこの季節に。
「柘榴が豊作だから作ったの」
薄紅の甘い柘榴酒を盃に注ぐ。その色香は冬の手前に触れる鮮やかなるもの。
肌蹴た袷は彼を魅惑的に。
「桜とかだったら良かったんだろうけども……」
触れる唇を見つめれば仄かに蘇るあの懐かしい日々。
「枯れ木でも見ようとすれば桜花になるって昔言ってたね。その割にはあまり花のない
 洞府だなって思ってはいたけども」
紫陽花の鮮やかな庭先に、ようやく似合う恋人が得られたと笑えばその鼻先を摘まむ指先。
「何人に同じこと言ったのかな?」
「お前が最後」
頬に触れる手が暖かいから、寒い冬を迎えることもできる。
それはきっと他の誰にも与えられることのない永遠の温かさ。
「金平糖も普賢とだったら食ってもいいけども、そのものはそんなに好きじゃないもんな」
「ね」
「あ?」
「紅葉は裏も表も見せて枯れ行くって、覚えてる?」
夜着姿の少女を抱き寄せて、その銀眼を覗き込んだ。
「俺の本か?」
散り行く秋葉を見ながら彼はそんなことを最初の項に書き記した。
しかしながら彼の兵書は禁書扱いとなってしまう。
的確すぎる殺戮法は殺業を禁忌とする仙界にはあってはならないものだったからだ。
「浪漫主義者(ロマンティック)な人だと思ったよ」
「中身があれだけどな」
「おかげで師兄連中から逃げ通すことができたけどね。あ……」
言いかけて口を噤む。
「どうした?」
「書いた人からは逃げられなかったな」
君とこうしていられることが至上の喜びとなる。
「酔ってるだろ、お前」
「えへへへへへへ……酔ってないよ?」
「襲うぞ」
「良いよ」
火照った肌を冷ますは秋風。素肌に纏った布地が乳房の輪郭をあらわにして。
誘惑は故意よりも無意識が一番甘く性質が悪い。
「ん……」
入り込んだ手が柔らかな乳房を掴む。
括れた腰に絡まる夜着を剥ぎ取れば、仄かな寒さに少女の肌が震えた。
「風邪ひかれたら俺のせいか?」
「うん」
少女の唇が額に触れれば、そのまま抱き寄せて。
「紅葉でも楽しむか。真夜中でもそれなには綺麗だろ」
「外行くの?」
「んにゃ。ちょっとばかり気持の良い膝枕してもらえりゃ……」
長椅子に腰をおろせば、少女の腿の上に乗せられる青年の頭。
手掛けに脚を乗せてのんびりと笑うは至福と。
「あー……でももっとあれがあったらなぁ……」
さわさわと黒髪を撫でる細い指。
「風神の仁徳?」
「そうそう。万華鏡とか綺麗だし、そういうの好きだろ?」
「作ってくれるの?」
「任せなさい。材料揃えてとっておきのを作りましょう!!」
指先がくるり、と動く。
薄明かり真夜中、天井からふわりと降りてくる光が落葉を描いた。
「風神捕まえるまではこれで我慢してもらうってことで」
落葉落日、いつだって人の世は儚い。
気がつけば一人ぼっちになってしまうこの世界で、君の手を取った。
それは捧げられた犠牲の上に成り立つ恋だったのかもしれない。
それでも君が幸せを望むのならばどんなことだってできると誓った。
「風神の万華鏡?ボク作ろうかな」
「あれは男が女に贈るもんだ。こう見えても万華鏡作るの上手いんだぞ」
「昔、誰に作ったのかな?」
「…………………………」
「どうして目を逸らすのかな?」
「結構長く生きてるんで……これからも長く生きる予定なんですけども、お前と」
空の上の眠れない夜をどうやって過ごそう。
果てない物語は読み解くよりも刻むほうが良い。
「別に怒ってなんかないよ。その頃にはボク、生まれてないもん……」
過去は寂しそうにするから、余計に話したくは無いと思ってしまう。
だから未来を思ってもっともっと側にいたいと願うだけ。
「ただ、あなたの昔話に存在できないからちょっと妬いただけ。どうやっても無理
 だって知ってるのに。あーもう……どうにもならないのは嫌なのに」
「……誰にも真似出来ない様な万華鏡作ってみせるから」
「うん……」
その瞳が曇らないように悲しまないようにできるのならば。
この星空も満月も手に入れてみせよう。
君が笑ってくれるならばこの世界すべてを敵に回しても何の苦も無い。
ただ君だけが味方でいてくれるならば。
「もっと作って。さっきの紅葉」
「おう」
郷愁に浸るのも二人であればこそ。
「ボクも恋に効くお札作ろうっと」
「あー?」
「うかうかしてると誰かに狙われちゃう」
仙人様の眠れない夜は、愛しき四季に囲まれる。
雲の上の騒がしい日々に。






18:25 2008/10/23

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