〜〜〜チャイルドプレイ〜〜〜〜


「だからね、一々私に相談するってのはどうなのよ」
俺の愚痴に付き合わされて少しうんざりしている太乙を見ながらため息をつく。
分かってるんだけどね、同期のよしみできいてくれてるってのは。
「直接普賢に聞けばいいじゃないか、そんなこと」
聞けないからこうして相談してるんじゃないか。
「第一、急にどうしてそんなことを思ったのかが分からないね」
まぁ、なんていうか。
たまたま用事があって赤精のところに行ったわけで。
そしてら噂の奥さんの可愛らしさに当てられて……ちょっと憧れたわけでして。
でも、普賢にそんなこといったら核融合という素敵な贈り物を貰うから、いえないでこうしてる。
「だってさ……赤精のとこの紫苑……可愛いんだよ」
「そっちの趣味があったのか…道徳」
「そうじゃなくて、あの甲斐甲斐しさっていうか…あの赤精にだぞ」
太乙はやれやれっていった感じだ。
「普賢だって十分道徳の面倒見てると思うけど?」
「見てもらってると思うけど、なんていうか…こう…」
普賢に不満があるっていうわけじゃないけれども。
「もうちょっと甘えてくれたら……いいなぁって」
普賢はそんなに俺に甘えることはない。
せいぜい何か頼みごとがあるときとか、あとは……何かねだる時。
ちょっと上目で見られて、いいように使われてる気もするけど。
だって、潤んだ目で『お願い……』とか言われれば男ならぐらつくだろ?
切なげに吐息こぼして『嫌……』って言いながらねだられてみろよ。
頬なんか染めて俺に必死になって抱きついて。
耳元でなんか言われれば十二仙なんて立場、忘れるだろ?
「つまりは自分のわがままを満たしたいわけだ」
「そうなるのか?」
「じゃあさ、普賢が何が好きか知ってるかい?」
太乙はにやにやと笑う。なんか少し……気に食わない笑みだな。
「子供だよ、子供」
「はぁ?」
「子供が好きなんだよ。普賢はちっちゃい子とかには優しいだろ?」
子供ねぇ……言ってくれりゃすぐにでも作るんだけど。
いや、作ってるつもりなんだけども、お互い仙人同士だから上手く行かないっていうか。
予定としちゃ今頃ちょっと重そうに腹なんか摩っててもいいはずだったんだけどね。
「だから、一回道徳も子供になればいいってわけだよ」
「どうしろっていうんだよ……」
やっぱ太乙の考えることはわからない。
子供になれって?なんだそれは。
「まぁ、早い話が実験体になって欲しいんだけどね」
「…………」
またか。
この間も妙な薬作って太公望にこっぴどく叱られたばかりだろ。
その前はナタクに殺されかかってだろ、お前。
「効果は三日。三日後にうまく迎えに行くから。存分に普賢に甘えておいで」
渡された丸薬はやけに苦くてきつかったけれども、目が覚めた時、俺は見事に子供になっていた。




「普賢、一寸いい?」
「……太乙、変な薬なら飲まないよ」
あ、やっぱし普賢も同じこと言ってる。そーだよな、いつも俺たちが被害被るんだからさ。
「いや、子供を預かって欲しいんだ」
「子供?」
そういって太乙は俺を普賢の前に差し出した。ぱっと見は五歳児。
普賢が興味ありげに俺を覗き込んでくる。
うわ……こうしてみると唇の形とか滅茶苦茶に綺麗だ……。
道衣から覗く肩とか、下手すればさらし巻いた胸なんかまで見えてるんだけど。
「どうしたのこの子?」
「道徳のとこに弟子入りすることなんだけどね、彼は今下山してるから帰って来るまで頼めないか〜と」
「太乙が見ればいいんじゃないの?」
う、普賢にしては珍しい突っ込みが。
「私は教育は専門外さ。それに……こんな小さい子なら母親が恋しいだろう?」
「そうだよね……じゃあ、道徳が帰ってくるまでね」
「頼んだよ、普賢」
普賢は太乙に手なんか振って、それから俺を見た。
「ねぇ、君の名前は?」
「…えっと…その…」
なんて答えりゃいいんだよ。そこまで考えてなかった。
「その……真……」
嘘じゃない。『清虚道徳真君』それが俺の仙人名だから。
「そう、ボクは普賢真人といいます。よろしくね、真」
そういって普賢は俺と手を繋ぐ。
こうしてみると案外均整の取れた体付き。指とかも細いし、肌の色も凄く白い。
うなじとかも……夜見るのとは全然違って見える。
「困ったお師匠様だね、君を置いてどっかいっちやうなんて」
「あー……うん……」
太乙の言ったことは嘘じゃなかった。普段俺に接するのとはまるで違う。
普段の俺ってもしかしてかなり虐げられてる?
「えーと、俺はなんて呼べばいいの?」
「そうだね、じゃあ……普賢でいいよ」
この三日間、どれだけ違う顔が見れるだろう。
そんなことを考えながら俺と普賢は歩いていた。



「少し暗くなってきたね。夕飯にしようか」
普賢は普段俺にするみたいに手際よく料理を作る。
ぼんやりと見てるといい匂いがしてきた。いつもよりも手が込んでないか?
ああ、預かってる立場だからか。それはそれでなんか……悔しい。
「食べられないのってあった?」
「ううん。全部美味しかったよ」
「ありがとう、そういってもらえると嬉しいな」
言ってるだろ、毎日!!なんだよ、この扱いの差は!!
俺がおんなじこと言うとたまにつんとした態度とるだろお前。
「お皿はそこに置いててね」
「あ、うん。ご馳走様」
「いい子だね、真」
俺の頭を優しく撫でてくれる手。あ、なんかいいかも…こういうの。
花なんか飾って、誰か待ってた?
それが俺以外だったら嫌だな……っていうか誰だよ、他に勝手に来ようなんて考えてるやつは。
「ねぇ普賢、この花綺麗だね」
「あ、うん。君の師匠が遊びに来る予定だったんだけどもね……」
やばい。そうだ。俺だ。
よりもよってなんで今日に限って太乙の誘いに乗ったんだ、俺!!
この間の喧嘩の侘びだって入れるつもりだったじゃないか。
それで、ちょっと二人でゆっくり出来たらな…とか考えただろうよ。
「あれでも十二仙だからなにかと忙しいみたいだし」
俺の向かいに座って普賢は俺にも小さな碗を出してくれた。
ちょっと飲んでみると、なんか甘い味がする。
「あれでも?」
気になるだろ。どう思われてるのか。
「単純で、単細胞で、直感で行動するんだ、あの人」
ちょーーーーっと待て!!!普賢、お前俺のことそんな風に見てたのか!!??
確かにそうかもしれないけれども、他に言い様があるだろ。
「武器とか使うのは凄く上手いんだけど、頭使うのは駄目っぽいんだよね」
なんか泣きたくなってきた。俺ってそんなもんなのかよ……。
「いいとこないじゃん……それって」
「でもね、優しいよ。他人のことを思いやってくれる。間違ったことは嫌いだし。
どんなにがんばっても勝てないしね」
「勝てないって?そんなに強いの?」
そりゃ……武道系は自信あるけれど。
「いろんな意味でね。とても強い人だよ」
そんな愛しそうに話すなよ……。
幸せそうな顔して話すんなら、普段の俺の前でもそういう表情(かお)見せてくれよ。
もしかして、そんなこと考えてくれてる?
俺が来ないときは俺のこと考えてくれてる?
「普賢は、俺の師匠のこと、好きなの?」
うわ、なんで耳まで染めてんだよ。俺が聞くといつも『知らない』で済ますだろ。
「うん……好きだよ……」
嬉しいけど、すっごく嬉しいけど……それ、俺の前で言わないだろ。
どうしよう、もう少し問い詰めてみるか。
いつも素直じゃない普賢がどこまで俺のこと思ってくれてるか教えてくれよ。
「どこが好きなの?」
きわめて純粋そうな五歳児の振りして聞いてみる。
「え…その……」
俯きながら、ちょっと目が潤んでる。
あれって、照れてるのを隠す時の癖だ。たまに見ると可愛くて抱きしめたくなる。
「あったかいとこ…かな……」
「いいとこなくても?」
「……ちゃんとしてると結構格好いいとこもあるよ……」
俺って、もしかしなくても愛されてる?自惚れてもいいよな?普賢。
「ごめん、ボクお風呂に入ってくる……」
照れ隠しの時っていつもそうだ。風呂場か書庫に逃げるよな。
「あ、真も一緒に入ろうか」
嘘だろ!?俺が同じ事したときは核融合だったじゃないか。
ちょっと覗いた時もオートで小規模爆発仕込んでただろうが。
これって、子供って……結構得かも。



まぁ、風呂場でも色々と発見はあったわけで。
例えば、右腕から洗う事とか。湯船に香油入れたりしてるとか。
背中の線が綺麗で、括れた腰がやけに色っぽくて。
それで俺の髪とかも優しく洗ってくれて……。
だから、それ、普段の俺にもしてくれよ。なんで駄目なわけ。
照れとかそんなんだったら余すことなく全部見せてもらってるんだけどなぁ。
「ちゃんと肩まで浸かって」
湯気の中だと、違った顔に見える。
あ、あれってこの間俺が付けたやつだ。まだ、残ってる。
あの時は結構燃えたんだよな。包丁で指切って、その指咥えてるの見たらなんか、こう…来たって言うか。
「普賢、これどうしたの?」
子供だったら聞いても怒んないだろ?核融合とかされる危険はないし。
「え、あ、その……」
胸のところにまだ残ってる噛痕を指先でちょっと押す。
もしかして、やばいかな。
「…んっ……」
あ、違った意味でやばい。もしかして、もしかする?
「虫?」
「そ、そう。虫に刺されたの」
作り笑い。今度は少し加減しよう。あれだけ残ってるって事は普賢も痛かったはずだ。
反省します。確かに単細胞で直感型です。
子供には本当に優しい。
多分、普賢本来の性格なんだろう。
再度反省。嫉妬に狂ってる自分が恥ずかしいです。



のぼせる前に風呂から出て、やっぱし普賢はすごくよく面倒見てくれて。
ああ、だからそれをやって欲しいわけ。
窓開けてぼんやり空なんか見て少し熱い身体を冷ます。
「どうぞ」
小さな皿に盛られたのは甘い氷菓子。
同じものを普賢も手に持ってる。
「ありがとう」
なんだろう、なんの果物だ?甘いけども、すっきりした甘さ。
俺、こういうの結構好きなんだよ。
「どうかな?」
「うん、美味しい」
「良かった。今度作ってあげようかな」
それって、それって、俺だよな?俺以外は認めない。
ぽふぽふと頭を撫でる手。
お互い結構意地張ってるところ、あるよな。
自分でもどうしようもないくらいにはまってる事は自覚してます。
その笑顔に惚れてます。自覚してます。独占欲の塊。
自分がこんなに嫉妬深かったなんて気付かなかった。
「風邪引かないうちに寝たほうがいいよ」
「うん」
寝かしつけてくれるのはまるで母親のようで、昔自分が子供だったころのことを思い出した。
もう、母は居ない。ずっと昔に土に還った。
子供になると体力もそうなるのか俺はそのままうとうととしてたらしい。
目を覚ました時、普賢はまだ窓のところに居た。
寝巻きの胸元が少しはだけて、妙に色っぽい。
肩肘ついて、少し開けた窓から空を見て、そしてため息をついた。
そんなに思い悩んだ表情しないでくれ。
見てるこっちが苦しくなる。
「普賢?」
「…ああ、起きちゃったの?」
「どうしたの?何考えてたの?」
普賢は『なんでもないよ』って笑った。でも、そんな表情してなんでもないわけが無い。
なんでだよ。俺ってそんなに頼りない?
「寒いでしょ。もう寝ようか」
あの時誓ったはずなのに。もう、泣かせないと。
何が十二仙だ。惚れた女一人守れないなんて。
「普賢、もし俺が大人になったら俺のお嫁さんになってくれる?」
普賢はちょっと吃驚した顔で、それから俺の頭に手を置いて笑った。
「ごめんね。それは無理かも」
「どうして?」
「あのね……」
屈んで俺の耳元で普賢が言った言葉を俺は生涯忘れることは無いだろう。
だって『ボク、多分違う人のお嫁さんになるかもしれないから』だぞ!!
それって、それって、俺だよな?
俺以外居ないよな?
まさか、玉鼎とか言わないよな、普賢。あいつのことちょっと苦手って言ったじゃないか。
ああ、今すぐ抱きしめたいけど……子供の身体じゃどうにもならない。
伸ばせない手は、あまりも小さくて。
「真が立派な道士になる頃、きっと良い子が仙界いりしてると思うよ」
頬を撫でる手はあったかくて、笑う目は、優しい。
「風邪引いちゃうから、寝ようか」
包まれるみたいに、普賢に抱かれて眠る予定だったんだけども……寝れるわけが無い。
心臓はばくばくいってるし、かなり挙動不審かも。
なんといいますか、既に熟睡してる普賢は自分の胸に俺を抱いてるわけで。
結果的に俺はその胸に顔を埋めてるという。
いい匂いと、小さな寝息。
ちょっと開いた唇とか……やばい。落ち着け、俺!!!
今欲情したって何にも出来ないだろうが。
普通だったら絶対味わえないある一種極楽な環境。
いつもは俺の胸で寝てるから。こんな風に抱かれるってのはまず無い。
上目で見ると、長い睫が目立つ。形のいい鼻とか。
考えてもどうにもならない。
いいや、寝よう……寝れるのかなぁ……俺。



少し寝不足で雨の音で目が覚める。
出された朝食を平らげて昨日のように普賢を観察することにした。
相変わらず何か難しそうな本を読みながら一人で何か考えている。
ああ、そうだ。物理学が専門で、時折心理学とか哲学も研究してるんだった。
俺みたいに身体だけで十二仙入りしたわけじゃないんだよな。
「雨だね」
少し顔を上げて、普賢は俺を見た。
「そうだね」
雨は好きじゃない。トレーニングが限定されてくる。
「ボク、雨は好きなんだ」
「どうして?」
雨なんてうっとしいばかりだろ。
「だって、雨がふったらここに来る人がいるから」
雨の日は一緒に過ごすことが多い。時間を持て余すなら、同じ空間に居たいから。
なぁ……それをこの姿じゃない俺に言って欲しいって思うのは、我侭なのか?
言葉で聞きたいんだ。
「師匠?」
「うん。雨の日くらいしか一緒に居れないけれどね」
そっか……一日雨の時はそういや一緒に居られる。
いつもそんな風に待っててくれたのか?
四六時中一緒に居ることは立場上無理だってお互い知ってるけれども。
お前を不安にさせないための何かを考えるよ。
頬を濡らす涙の冷たさは、忘れていいから。
「きっと師匠も普賢のことが大好きだと思うよ」
「ああ、そうかもね。あの人あれで倍率高いらしいから」
ちょっと待て!!それはなんだ、どーゆー意味だ!!!???
お、俺が倍率高いって何なんだ!!??
出所はどこなんだよ、普賢。
「倍率って?」
「たまに下山するでしょ、女官とか結構よってくるらしくて…望ちゃんに、
あ、望ちゃんていうのはボクの友達なんだけどね」」
太公望……余計なことを。
確かに寄ってはくるけれども殆どが物珍しさかそれか不老不死目的だろ。
「ボクも下山してみようかな……久しぶりに」
駄目だ。絶対に。それだけは。
なんで飢えたケダモノの中に極上の肉を投げ込むようなことしなきゃなんねーんだよ。
「望ちゃんと話したいこともあるしね」
太公望を呼びつけよう。普賢の下山だけは断固阻止する。
第一お前が下山するほうが野郎共が寄って来るっつーの!!
ああ、駄目だ。反省も空しく嫉妬心が……。
と、兎も角だ、下山だけは勘弁してください。



一日の大半を書庫で過ごして、気が向けば書を認めたりして普賢は過ごしているらしい。
その合間に俺の相手をしてくれたり、簡単な学問を教授してくれたり…少し頭が良くなった様な気がする。
この数日で知らない顔を随分と見た。
俺は結構普賢を傷つけてたのかもしれない。
不貞腐れた顔とか、拗ねるのは照れ隠しであって俺のことを嫌に思ってるわけではないし。
俺が来ないときも俺のことを考えてくれてるのはよく分かった。
一体俺はお前の何を見てきたんだろう。
喧嘩もたまにはいいスパイスになる。そうだろ?
核融合だけは勘弁して欲しいが。
そうやって残りの時間を過ごしていたところに太乙が来た。
「普賢」
「あ、太乙。どうかしたの?」
「その子を帰して来ようかと思って。もう少し母親の近くにおいてあげたほうがいい気がするんだよね」
太乙は俺の手を取る。
「道徳のところの門下でしょ?あの人に言わなくていいの?」
「さっき連絡はつけたよ。そのほうがいいって。そろそろ戻ってくるころだと思うよ」
普賢は少し屈んで、俺の頭を撫でる。
「もう少し大きくなったら、また遊びにおいで」
「うん」
すぐに行くから。
一人にはしないから!!
見送られながら俺たちは太乙の研究室(ラボ)に戻った。
時計を見ながら数えていくと時間切れなのか元の身体に。
「どうだった?楽しかったかい?」
「まぁ、色々と思うことはあったよ」
「妙にすっきりした顔してるのがなんかむかつくね」
「俺、普賢のとこ行ってくるから」
後ろでなんだかんだと言う太乙を振り切って、足早に向かう。
待たせたくないんだ。
あんな顔して待っててくれるって知ってしまったんだから。
「普賢!!」
肩で息をして。
「ああ、お帰り。そんなに急いでどうしたの?」
「そ、そのだな…子供を作らないか?」
普賢の表情が固まる。
しまった……もっとその前に言うことがあっただろうが!!!
確か前置詞とかそんな言葉が。
「……それはこんなに日が高いうちから使う言葉なのかな?」
うっとりするような微笑。
ああ、その顔に惚れてます。
でも、その顔の後って……。
「!!!!!!!!」
結果、言葉足らずの俺は核融合を食らいまして痛い目にあいました。
誤解を解くのに時間を要しました。



結局惚れてるのは俺ってこと。
いや、相思相愛って言ってもいいよな。




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