◆真夏の夜は秘密の遊びを◆






些細な事で口論が始まり、つまらないことで大喧嘩。
どちらも折れる性格ではなく、顔も合わせず十日が過ぎた。
(もう十日も経つんだ……)
夏も終わりに近付いて、本当なら二人でゆるりと過ごしたい所。
左側が寂しいこの空間に、ため息が零れた。
(謝りに行こうかな……道徳の好きなもの作って、紫陽洞(あっち)に行ってみよう)
そうと決めたら行動あるのみと、普賢は手際よく料理を作り始める。
豊富に取れた夏野菜は、恋人の好物の一つ。
ありったけの気持ちを込めて、彼の好きな物だけを重箱に詰め込んでいく。
甘辛く煮付けた獅子唐。噴かした芽洋白菜(キャベツ)は葱味噌を掛けて。
榎、椎茸、舞茸、筍。湯で上げた小さな餅に絡ませた鷹の爪。
塩茹でにした西紅柿。仕上げに杏仁豆腐を。
(よし!!これで大丈夫!!)
緋色の麻布で包んで、いざ紫陽洞へ向かおうとした時だった。
(あ……これ……)
椅子の上に置いたままにしていた紙袋。親友と悪戯で買った夜着装束。
どうせなら見せる相手が喜ぶようにと、とびきり可憐な逸品を選んだ。
(これ着たら、機嫌直してくれるかな?)
離れていた時間を埋めるのは、温かな肌と肌。
子脇に抱えて、普賢は紫陽洞へと足を向けた。





扉の前で拳を作るも、叩く勇気がなかなか出ない。
力無くこつんこつんと二度ばかり扉を叩く。
「……ぅい……!!」
「こんにちは。あの…………」
言い終わる前に抱きしめられて、ぎゅっと瞳を閉じる。
「普賢ーーーーーーーっっっ!!!」
腕の中で息が詰まって、空気に溺れるような錯覚を感じて。
「苦し……っ……」
「俺が悪かったぁぁあああああっっ!!!」
「そんなに大声出さなくても聞こえるから離して!!」
「嫌だ!!離したら二度とお前俺んとこ来なくなるだろ!!」
その言葉に、ちく…何かが胸を刺した。
喧嘩別れの瞬間に自分が彼に発してしまったさまざまな言葉たち。
それは言霊となって彼に絡みついてその耳を支配していた。
「……ごめんなさい……」
ぽろぽろと落ちる涙と、それを払う指先。
「あのね、仲直りしたくて……ご飯作ってきたの。あとね、色々……」
「うん……すっげー腹減った。ここ数日まともな飯くってねぇし」
手を取られて、邸宅へと足を踏み入れる。
掃除洗濯には元々無頓着だが、それに輪を掛けたような荒れ具合。
足の踏み場も無い状況に転がる無数の酒瓶。
(うわ……まずは御掃除から始めなきゃ駄目みたい……)
空瓶を一つ拾って、卓上に乗せる。
「道徳はご飯食べて。ボクは部屋を掃除するから」




手際よく料理を並べて箸を握らせる。
まずはたまった皿を洗い上げてその周辺を布巾片手に磨き上げて行く。
空瓶はまとめて竹籠の中へ、食べかけのまま放置された食材はまとめて裏庭の畑に埋めた。
厨房が終れば今度は浴室を走り回る。
溜まった衣類を洗濯宝貝で洗いながら今度は客室へ。
(もー……こんなに全部の部屋散らかさなくたっていいのに)
裏を返せば、どこか彼女の匂いがあるところにいたいという気持ち。
自分の色に変わってしまうたびに、彼は部屋を転々としていたのだ。
「さて……と、あとは寝室だよね……」
意を決して扉を開く。
(うわぁ……やっぱり……)
その光景に思わず片手で顔を覆ってしまう。
脱ぎ散らかした道衣と、乱れきった敷布と上掛け。
零れたであろう老酒と空になった翠色の硝子瓶。
手早く片付けて、塵を纏める。皺だらけの敷布を剥ぎ取って、真新しく清潔なそれ替えた。
二つ並べた枕と、肩脇の飾り棚には切り立ての花を。
(服、まだあった……)
よいしょ、と抱えて手を止める。
(道徳の匂いがする……)
道衣に顔を埋めて、瞳を閉じるだけでその場で抱き締められてるかのような錯覚。
(ボク、道徳の匂いが好きなんだろうな……あったかい匂いなんだもん)
篠籠にそれらを入れて、ばたばたと廊下を走る姿。
ようやく一区切りついて、普賢は道徳の真向かいに座った。
「悪ぃ……そのままにしてた」
「いいよ。ボク、御洗濯も御掃除も好きだから。それに、もうちょっとで全部終るし。
 食べられないのとか無かった?色々詰め込んでみたんだけど」
「無かった。久々にまともな物食って満たされた……なんつーか、至福の一時?」
すい、と手が伸びて頭を撫で擦る。
瞳を閉じて、まるで猫のようにうっとりとした表情を。
「んじゃ、茶は俺が入れますか」
「本当?嬉しいな」
一方に寄り掛かるだけでは駄目になってしまう。
出来ることを出来るほうが、重い物は力のあるほうが。
二人で決めた不文律。
「っと、これだよな……」
彼女がここに来るようになって、随分と室内も様変わりした。
茶器が揃い、さりげなく花が活けられる。
香炉には甘い香りを、寝室には麝香よりも眠りの音色を。
「何個もあるから、わかんなくなんだよな……」
里帰りと称して恋人の親友は、時折崑崙へと戻ってくる。
そのたびに土産と言っては茶葉やら香油やらが増えていくのだ。
それでも、それなりに慣れは生じてくるもので。
どれを選べば嬉しげに笑うのかも、大分わかるようになって来た。
「普賢」
淹れたての甘酸っぱい蘋果茶に、綻ぶ唇。
昔の彼が今の自分の行動を見たら、どんな想いを抱くだろう。
「おいしー……何か、幸せって感じがする」
「そっか。俺もお前のそんな顔見れると嬉しいよ」
ふと、目を逸らせば小脇にある紙袋。
「な、それ何だ?」
「……ん……その……」
「?」
「こういうの着たら、仲直りできるかなって思ったの……」
口篭りながら、呟く姿。それが彼女にとって大声でいいたい物で無い事は明白だ。
何度抱かれても、残る恥じらいの愛しさに変わりなど無く。
「道徳が、喜んでくれればって……」
封を外して、中を覗き込む。
「…………………………」
「道徳?」
「うん、すっげぇ嬉しいな!!お前は俺のことを本当に良くわかってるっ!!」
その言葉に、普賢は男の手から袋を奪い取る。
「!?」
「こんなの着ておねだりされたら、何だってきいちゃうけどな」
「ち、違……!!これ、望ちゃんのほうだ!!ボクのじゃないよ!!」
慌てて背後に隠すも、彼の心に点いてしまった火は消せない。
「さて、んじゃ早速着て貰おっかな」
「ヤダーーーーーーーーーーっっ!!!!」





「おかしくないって、可愛いぞ。普賢」
「だって……」
半分ぐずる恋人を宥めて額に軽く唇を当てる。
「太公望らしいっちゃ、らしいけどな」
光沢のある黒を基調とした緊腰衣(コルセット)とは名ばかりの夜着。
乳房を覆う布地など無く、横側を編み上げる組紐が妖しげだ。
吊帯には小さな宝石。彼女の肌の細かさをいっそう高めてくれる。
黒の下着など滅多なことでは付けない恋人。
降って沸いたこの好機を逃すわけには行かない。
「恥かしいよ……こういうの……」
「似合うぞ、普賢。たまにはこーいうのも良いな」
贅沢に褶邊(フリル)や花邊(レース)をあしらって、肌に絡みつく。
細い腕に絡まる装飾具と、反するようにほんのりと染め上げられた爪。
寝台の上、向かい合って座るものの俯いたままの普賢と困り顔の男。
「あ!」
抱き寄せて、肩口に顔を埋める。
「可愛いのにな、何が嫌なんだ?」
剥き出しの乳房を揉み抱いて、その先端に触れる唇。
挟みこむようにして乳首を吸い上げると、ふるん…と肩が震えた。
「……ァん……」
嬲る様に舌先が蠢けば、頭を抱く手に力が入る。
静かに敷布に倒して、喉元に小さな痣を残した。
「ァ!!」
背中を抱いて、そのまま口唇を下げていく。
「ちょっと待って……これ……脱ぐから……」
下着にかかる指を払って男はにこやかに笑った。
「着たままするからいいんだろ?それに……ここ、開くし」
そこを押し開くと、愛液がとろり…とこぼれる。
(望ちゃんの……望ちゃんの馬鹿ーーーーっっ!!なんでこんなの選んでるのーーーっっ!!)
入り込む指が、内側を刺激する。その度にくちゅくちゅと響く淫音に、ぎゅっと唇を噛んだ。
裂け目に沿って空いた口に、銜え込ませた指。
上ずった声と、誘うように腰が震えた。
「んー……邪魔か?」
「ぅん……」
邪魔かどうかで判別するなら、張り付く布地は御世辞にも心地よいとは言え無い。
ゆっくりと下着を剥ぎ取れば、絡まった愛液が糸を引いた。
「!」
身体を押さえつけて、手早に首輪を取り付ける。
「嫌!!」
「ちょっとだけ。動かないで居て欲しいだけだから」
秘部に触れる冷たい何か。それが小さな刃だと言う事を理解するまでに時間は掛からなかった。
「元々薄いし、夏だしさ。無くてもいいよな?」
「か……勝手ないい分つけないで!!」
「一回だけ。一回だけでいいから!!」
「嫌って言ってるでしょーーーっっ!!」
動きが不自由ながらにも、男を蹴り上げる。
その足首をとって、指先に舌を這わせた。
「!!」
指先を唇で嬲るたびに、こぼれる甘い声。舌先が這い回るその感触が神経を侵食して行く。
「…ふ…ぁ……!!……ッ…」
踝を噛んで、向脛に手を掛けて唇でなぞり上げる。
そのたびにびくびくと震える小さな肩と、はぁはぁと漏れる吐息。
「や……んん!!」
「足、好きだろ?こうされんの」
濡れた唇が誘うように開いて、蕩けた瞳がぼんやりと男を見上げた。
熱帯夜は、心も身体も存分に発情させる匂いがする。
乳房を掴まれて、先端を執拗に吸い嬲られて。
糸の切れた人形のようにただされるがまま。
いや、愛させるための愛玩人形のほうが余程正しいのかもしれない。
ちゅ…重なる唇が離れれば追うように手が伸びてしまう。
「…ん……ぅ……」
絡ませた舌先と口腔を犯されるたびに腰がじんじんと熱くなる。
「そんな可愛い顔されると、もっと色々つけたくなるよな」
「……え……?……」
ぼんやりと疼く体を抱き締めている間に、目の前に転がされた様々な玩具。
大きな銀の鈴が付いた首輪を手にして、普賢の細い首にそれをつけた。
「ははは。猫みたいだな」
「……馬鹿……」
「遊ぶんなら、楽しくて気持ちいい方がいいだろ?」
その言葉に、挑戦的な視線で少女は恋人を見上げた。
「自信無いんだ。何かに頼らなきゃ」
「言ってくれるね」
「だって、そうでしょう?」
仕掛けたのか、仕掛けられたのか。誘い罠は何重にも。
「これ、使ってみるか」
男根を模したそれには、雁首周辺に大小の疣がびっりしと見て取れる。
しかし、彼女もこの程度では動じる事は無い。
慣れとはかくも恐ろしいもの。この身体を自分以上に作りあげた恋人。
「あとな、これ」
掌の上でうねうねと動くそれは、蛭の様な形。
その不気味な動きと粘着面から聞こえてくる音に普賢は首を振った。
「や……ヤダ!!そんなのいや!!」
薄桃色の粘液を柔らかな乳房に、腹部に、ひくつく陰唇に塗りたくって行く。
「ひ…ぅ……!…」
掌が触れるだけでそこが熱を持つ。そのたびに子宮の奥から生まれる疼き。
尖って敏感になった乳首に、それを這わせる。
「ふぁ…ン!!あ、あ……んっ!!」
ちゅくちゅくと吸い上げるようにそれが蠢く。
「ここに、つけたら……どうなるかな?」
震える小さな突起を指で押し上げると、普賢の表情が変わった。
「や…ぁん!!んあ……ぅ…ッ!…」
「でも、気持ちいいと思うぞ?」
「…や……そんな……の……」
びくびくと揺れる腰と、扇情的な瞳の色に心の何かが音を立てた。
目の前に差し出された獲物を、余す事無く飲み込みたいという欲求。
「俺が見たいから。お前が泣くところを」
小さな丸薬を銜えて、それを噛み砕く。口移しで飲み込ませて指先でその唇を閉じさせた。
喉を落ちて、内側で弾ける何か。
「俺も飲むから。そのほうがずっとずっと楽しいだろ?」
緊腰衣を剥ぎ取って、片足を肩に掛けて膝を折る。
「!!!!」
剥き出しになった突起に、蛭を這わせる。ねっとりとした動きと強めの刺激が理性を砕く。
唇の端からこぼれる涎と響く喘ぎ声。
「ふぁ……あああああっっ!!」
汗ばんでぬるつく身体は、本能のままに絡ませれば良いだけ。
淫具に粘液を絡ませて、後穴に当てる。
「きゃ…ぅんっ!!」
ぐぐ…と入り込んで、それは内側を容赦なく犯して行く。
「ああああっっ!!ひ……!!あ!!」
根元に付いた薄紫の獣の尾。腰が振られるたびにまるで本物の尻尾のようにそれが揺れた。
とろりとろりと敷布に滴り落ちる愛液。
それでも、一番触れて欲しい所には指先さえも掠めてくれない。
「あ、ン!!」
耳朶を噛まれて、耳に吹きかけられる熱い息。
「…っは……あ……ッ…」
「どうして欲しいか、ちゃんと言って?」
鼻先に触れる唇に、目を閉じる。
もてあました身体の疼きと、暴走しそうな心の行方。
「……道徳の……ここに……」
おずおずと男の手を取って、己の秘所に導く。
「ここに?」
這いこむ指先に、びくんと身体が大きく震えた。
「……ここに…挿入れて……」
反り勃ったそれが、ゆっくりと膣内を抉るように奥へと進む。
ただそれだけで意識が蕩けそうになる。
「ぅあ……んんっっ!!」
ぎゅっとしがみついて、腰をすり付けるように脚を絡ませた。
ただ重なって繋がっているだけで感じる安定と充実感。
「動かないほうが、好きか?」
「いっぱい……動いて…ッ…」
指を銜えて、声を殺す様が本能を刺激する。愛欲も色欲も捨て去って得たはずの悟りなど
どこかに二人で揃えて隠してしまった。
「ああああっっ!!!」
獣染みた喘ぎと、重なる乳房と胸板。
抱き締め合って何度も何度も突き上げて、悲鳴にも似た嬌声を堪能した。
ごりごりと薄膜を隔てて犯されるのには、なれる事などなく。
羽蟲に似た音が内側で唸るたびに何度も「許して」と叫んだ。
「あ、ああっっ!!!やー……ッ!!」
全身を同時に愛撫されならがの注入に、何度も何度も絶頂をむかえる。
ただの肉塊になってこのまま溶けてしまいたいと、うわ言のように繰り返した。
夏の夜の遊びは、より一層熱くなってしまうから性質が悪い。
「ああああああっっ!!!」
終らないこの夢に、ただただ溺れるしか出来なかった。
舌先を何度も吸い合って、喉下を噛まれるたびにしがみつく。
「…ん、ぁア!!」
腰を抱く手が下がって、後ろに銜えこませた淫具をより奥まで差し込む。
「…く……あ……!!…」
ぽろぽろとこぼれる涙と、甘い声だけが生まれる。
「気持ち……良いか?普賢……」
「……い……あ!!…ぅ…」
小さな頭を押さえつけて、何度も何度も接吻を繰り返した。
熱く火照った肌を冷ます薬などどこにもないから。
「…んん!!ふ…ァ…っ!」
ぐちゅぐちゅと絡まった体液が、腿を濡らして伝い落ちる。
何度目か分からない絶頂に吹き飛ぶ意識。
腕の中で瞳を閉じる姿が、投げ出された四肢が、震える唇がまだこの身体を離させようとはしない
「…ぅ……」
肉棒を引き抜くけば一緒に体液がごぽり…とこぼれだす。
「もうちょっと……俺と遊べるか?」
抱き上げて、膝の上に座らせる形を取る。
首輪と鈴。そして伸びた長い尻尾。
「……あ…!!」
乳首と淫芯に張り付いていた蛭を弾き飛ばす。
ほんのりと赤くなったそこを、今度は男の舌が入念に舐め嬲り始める。
細い背中を抱いて、僅かばかり浮いた肋に触れる唇。
「…道徳……ッ…」
「泣いてても綺麗な顔なんだな、お前……」
星さえも無いこの夜。発狂するには十分な条件。
絡まったままの身体で、呼吸を分け合った。




「大丈夫か?」
ぼんやりと開く瞳が、男を見上げる。
手を伸ばして頬に触れようとすれば、その指先に小さな接吻が。
「……うん……」
伏せられた銀色の睫と、まだ汗の引かない身体。
治まらない鼓動に、ため息がこぼれた。
「いつもね、どうしてこんなことされても貴方と一緒にいたんだろうって思うの」
恋人の要求は、時折度を越してしまう。
普通の少女なら、絶縁を叩きつけて逃げ出したとしても不思議で無い事さえも。
「意地悪されても、ちょっと痛い事されても……道徳は、ボクが悲しむ事はしない」
枕を抱き閉めて、灰白の視線がちら…と見上げる。
「だから、一緒にいられる」
殺し文句はいつだって彼女から。胸に甘い一撃必殺。
「おいで」
首輪を外して、赤く擦れてしまったそこに何度も何度も口付けた。
傷を消したいと、願うように。
「ゃん……くすぐったい……」
両手で頬を包んで、喉仏に甘い接吻を。
「あんまりこういうこと、しないでね」
「自重します……」
「反省した?」
「すっげぇしました」
「よろしい」
この手の暖かさも、強さも、何もかもを愛しいと思えるから。
二人で笑って一緒に過ごせる。
おはようとおやすみを、掛け合える事も。喧嘩をしてまた手を繋げることも。
重ねた時間がくれた優しい魔法。
「少し寝とけ。その……明日辛いとおもうから……」
「……うん、明日は道徳を酷使するからいいんだけどね……」
「おい!!酷使って!!」
「おやすみ……」
聞こえてくる寝息と、小さなため息。
「俺、お前に連敗中なのな。ま、一生勝てないんだろうけど」
窓の外、夜鳴き鳥が飛び立つ音。
朝の足音に耳を塞いで、ただ目を閉じた。





「道徳、喉渇いた」
書簡をめくりながら、少女は筆先を滑らせていく。
傍らに置いた太極符印は、室温を彼女の好むように変えている。
「お腹空いた。何か果物とか食べたい」
「へいへい」
冷えた烏龍茶と、採れたての桃に刃を入れて皮を剥く。
普段は彼女がしてくれることを、逆に彼がしているのだ。
「今度あんなことしたら、本気で殺すよ?」
「……すいませんでした」
明け方近く、ようやく身体が離れたまでは憶えていた。
けれども、次に気が付いたときに飛び込んできたのは誰かの話し声。
それが恋人と親友であることを理解するまでそう時間は掛からなかった。
発熱した普賢を心配していた所に、太公望がふらりと来訪しうっかりと道徳は
夕べの事を話してしまったのだ。
飛び起きて否定する事も出来ずに、ただ真っ赤になって上掛けの中で狸寝入り。
「望ちゃんに余計な事言わないで」
「でも、太公望だって似たようなもんだろ」
「道徳」
席を立って、つかつかと歩み寄る。
胸倉を片手で掴んで、顔を近づけて普賢は囁いた。
「今度やったら禁極殺か膝地獄喰らわせるから」
「……すんませんでした……」
「反省の色が見えるまで、当分お預け!!」
ちゅ、と音を立てて唇が重なる。
「……おかわり、いるか?」
「……飲む……」
「ん」
意地を張っても、無視をしても。
「普賢、こっち来て見ろよ」
「なぁに?」
結局は君が居るからこそ、この過ぎ行く日々が愛しく楽しい。
「ほら、でっかい蝸牛」
「……きゃああああああ!!!!!」
「え、普賢これ嫌いだったか?前に、可愛いって言って……あ!!」
殻を外せば、蝸牛は蛭に似ている。その形に彼女が嫌悪感を抱いてもなんら不思議は無いのだ。
「う……ぇ……ッ…」
泣き出す恋人を、枝葉を捨てて抱き締める。
宥めて慰めて何度も愛して。
「ごめんごめん、俺が悪かったから」
「もう……やだぁ……」




夏の夜の夢は二人でみよう。
その続きを楽しむために。





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23:08 2005/09/03

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