◆隣で眠らせて◆
「降ろして、自分で歩けるからっ!」
抱きかかえられて普賢はばたばたと手足を動かした。
かといって降ろせば大きすぎる道衣を引きずることになり前に進むだけでも一苦労。
時間やら効率を考えればこの方法が一番妥当で的確だ。
「お前って昔からはねっかえりだったのか?」
「酷い……はねっかえりだなんて」
六、七歳ほどの背丈と顔つき。普段見慣れている普賢真人の面影はそこかしこに漂っている。
「ま、子供は子供らしく元気なのが一番だけどな」
「元に戻った時に覚悟は出来てるみたいだね」
太極府印は抱えるだけで精一杯。睨んできても今ひとつ威厳に欠ける。
「白鶴洞(うち)に帰るから、離して」
「子供を一人にするわけにもいかないだろ。だから元に戻るまでは紫陽洞(うち)に居なさい」
手を離せばずるりと下がる道衣を押さえながら普賢は尚もばたばたと動く。
仕方ないと、道徳は自分の肩に掴まるように身体を反転させて小さな背中を抱いた。
「だって、何時元に戻れるか分らないんだよ?」
「だったら尚更だ」
「大丈夫だよ。そんなに心配しないで」
「お前ね、自分の姿を鏡で見てから言いなさい。仙界入りしたての連中はまだきっちり人間の欲を
持ってるって事、忘れてんじゃないのか?子供が好きな連中だっているんだからな……赤精みたいに」
落とされないように、小さな手で普賢は道徳の道衣を掴む。
「あの二人の場合は違うと思うよ。彼女はボクよりも年上だもの」
「と、兎に角だ、戻るまでは俺のとこに居なさい」
ぽふぽふと軽く背中を叩かれて、普賢は小さく頷いた。
居ろというならば居るしかないのだろう。
どちらにしても片意地を張ったところで自分ではどうにも出来ない面もでてくるのは明白だ。
ここは一つ好意に甘えることを選んで損は無い。
「うん。じゃあ、そうさせてもらうよ」
「分ればよろしい」
「なんか変なの。弟子と師匠みたい」
くすくすと笑う声まで少し幼い。
騒動の日々は始まったばかりだった。
子供の身体というものは視点まで違っていて、便利でもあり不便でもあった。
料理一つするにも踏み台を使わなければならないし、書簡を認めるにも机との高さが合わない。
筆を持っても重さに指が縺れる始末。
「あー、もう……」
早めに仕上げてしまいたいものだけを選別して持参したにもかかわらず遅々として進まない。
苛々しながら筆を進めても思うように文字すら操れないのが現状だ。
「普賢、大変そうだな」
にこにことその光景を道徳は見つめる。
「トレーニングはどうしたの?仕事の邪魔しないで」
「手伝ってやろうかと思ったんだが……」
「手伝えることなんて無いよ」
椅子の上に膝立ちでよろよろと普賢は書面を広げて筆を進めた。
子供でも中身はいつもの普賢真人。意地っ張りなところに変わりは無い。
「ふらついてるぞ」
「気のせいだよっ……」
「危なっかしくて見てられん」
抱き上げて、自分の膝の上に座らせる。高さ的には丁度良く書面が見える。
「こうすれば見えるだろ?」
「……うん……ありがと……」
上着の腰の辺りを紐で括って、堕ちないように留めた。
子供服なんてものはお互いに持っていないから、小さめの上着を探し出して当座は凌ぐ事にした。
それでも袖は大分捲くることになったし、不便なことは多い。
「やだ、なんで触るの?」
「ちがっ……危ないから支えてるだけだっ!」
密着するような形と腰を抱える手。
「変なことしないでね」
「するかっ!!何でお前はそーゆー目で俺を見るんだ」
振り返って小首を傾げる。
手を伸ばして頬に触れて、軽く唇を合わせてみた。
「……やっぱりいつもと何か違うね……」
「そ、そうだな……」
普賢は何も無かったかのように筆を進めていく。
(俺……そっちの気もあるんだろうか……駄目人間になっていくような気がする……)
普賢に気付かれないように道徳はため息をついた。
なんとか夕食を終えて、いつもならばどうやって普賢を陥落させるか頭を捻るところ。
だが、そういうわけにもいかずお互いが好きなように時間を過ごしていた。
読みかけの本を開いて頁を捲る音が耳をくすぐる。
改めて見れば子供特有の柔らかい線で構成された身体。
まだ、発達しきっていない指先が文字をなぞっていく。
「どうしたの?」
「いや、普賢の子供の頃ってどんな風だったんだろうなって」
「そうだね……槍持ってあちこち兄弟たちと走り回ってたよ。あの頃はこんな風な未来があるなんて
思いもしなかったな……ただ、与えられるだけの日々を甘受してたし……」
太公望と同様に、普賢も一族を失っている身だ。
過去のことは滅多に話そうとはしない。
それでも、身体が戻っているせいなのかその当時のことを懐かしむように少しだけ話した。
「毎日楽しかったよ」
「普賢……」
後ろから抱きしめると、普賢は不思議そうな顔をした。
「どうしたの?」
少しだけ力を込めると指先が同じように触れてくる。
「ごめん……」
「どうして謝るのかな?」
身体は小さくても、ここに居るのは紛れも無く普賢そのもの。
「ボクは今も毎日楽しいよ。誰かさんのおかげでね」
小さな膝が裾から覗く。伸びた脚も、脹脛もほっそりとしていて少しでも力を入れれば折れそうだ。
線の細さは生まれ持ったものらしい。
「なんだか眠くなっちゃった……」
目を擦る手。小さな欠伸を噛み殺して普賢は睡魔と格闘する。
「疲れたろ?」
「ん……ちょっと……」
「よい子につきあって早めに就寝しますかね」
ひょいと抱えて寝室に向かう。早めの入浴も済ませて後は寝るだけ。
「ボク、天化の部屋でいいよ」
「教育上悪いもんが隠されてるから、あの部屋は」
「そんなの掃除した時に全部見つけて望ちゃんに渡しておいたよ」
「……お前って意外と恐いこと平気でするよな……」
「だから……」
「別に何もしないよ。そーゆー趣味は無いから」
心の中で『多分ね』と加えた。
自分の時もそうだったが子供の身体になると体力も子供に戻るらしい。
ぐっすりと眠る姿を観察しているとふつふつと悪戯心がわきあがってくる。
(良く寝てますねぇ……)
くしゃくしゃと柔らかい髪を撫でると安心したような表情。
(んじゃ、ま……早速いただきますかね……)
後ろからそっと抱きしめるような形。そのまま手を夜着の中に忍ばせていく。
ほんのりと膨らみ始めた胸。その先端を軽く擦るように撫でる。
時折小さく指で弾くとぴくんと小さな身体が反応を示す。
(へぇ……子供でも感じるもんなんだ……)
そのまま更に下のほうに手をやって小さな臀部をなで上げる。
「ちょ……何やってるの!?」
「ん。イタズラ」
ぐっと抱き寄せて動きを封じる。
「やめてよ。何考えてるの?」
「お前のこと考えてるよ」
声だけで顔は見えないが、言葉尻が笑っているのが分った。
指先が幼い秘裂をなぞり上げる。
「やだぁっ!やめて!」
「嫌ですよーだ」
首筋に息を掛けると肩が震えるのが分った。
(身体が子供なだけで弱点はそのままか……)
「あ……っ…やだ……っ……」
ちゅっ…と中に沈めて軽く蠢かせる。
「んぅ……は……っん……」
こぼれる吐息に彼は満足そうに笑う。
(それでは……頂きますっ……)
ぱくり。と耳朶を噛んで更に指を沈めていく。狭い肉壁を慣らしながらゆっくりと動かす。
「……痛っ……やめてっ!」
「……痛い?」
「うん……」
涙目で睨む姿。ごそごそと動く手を牽制するように自分の手を重ねてくる。
(もしかして、身体が子供になってることはもしかして、もしかしますかね?)
そのまま指を押しやると身体が強張るのが分かった。
予想は確信に。悪戯心は更に肥大。
(こんなおいしい事……二度は無いよな。太乙、よくやった!お前は俺の親友だよ!!)
「ちょっと、なに嬉しそうな顔してるの?」
「いえいえ、そんな事は……あだだだだっ!!!」
力いっぱい耳を引っ張られる。
「もうヤダ!玉鼎のところにでも置いてもらうから!」
その言葉に体勢を変えて組み敷く。
「それだけは絶対駄目だ。なんで玉鼎なんだよ」
「だって道徳はこーいう事するじゃない!」
「俺の前であいつの名前は出すな!」
少し強い声に普賢の顔が俯く。
「ごめんなさい……」
(やばい……こんな事言うつもりじゃなかったんだけどな……)
額にちゅっと唇を落として宥めるように抱きしめる。
「喧嘩したい訳じゃないんだ。ごめん。ただ、お前の口からあいつの名前が出ると……別に玉鼎と
なんかあったわけじゃないけども、その……」
普賢を取り合ってなんとか勝利を収めても、不安はいつも付き纏う。
柔らかい身体に溺れてもこの腕の中をすり抜けて消えてしまいそうで。
「子供でもいいの?」
「あー……お前だからいい……」
(だって、俺多分そっちの気は無いはず……)
「ダメ。ちょっとは節度ってものを持って」
「……俺、どーしようも無いよな……」
小さな身体は抱きしめれば腕の中に納まってしまう。いつもよりもずっと幼い声が耳の奥に染み込んで離れない。
「毎日ちょっとずつ戻っていくって言ってたし……」
「そうだな。続きは明日ってとこか……痛ぇ!!」
力一杯耳を引っ張られる。
「馬鹿……」
上目で軽く睨んでくる姿に、いつもの顔が重なっては消える。
はだけた上着を直して普賢はあらぬほうを向いて目を閉じた。
「何怒ってんだよ」
「知らない。眠いから、オヤスミ」
「あー……悪戯したのは悪かったからさ、機嫌直してくれよ」
抱き寄せようとする手をぱしんと払いのけられる。
(ちょっと……調子に乗りすぎたかな……)
背中合わせで眠るのは初めての経験で、傍に居るのにまるで離れ離れの気持ちで一杯になる。
見る夢も違えて、さっきまで感じていた体温が恋しい。
少しだけ痛む胸を抱えて眠る夜はいつもよりも長く感じてじりじりと首を柔らかく絞める様。
夜半の月だけがただ、見つめていた。
翌日も当然のように避けられて気まずい空気だけが流れていた。
結局普賢の機嫌は直らずに口も聞いてもらえない有り様だ。
「道徳コーチ、お久しぶりです」
「おー、どうした?珍しいな」
天化以前にも何人もの道士を育て上げてきた。時折顔を出しに来るものも珍しくは無い。
「新弟子、ですか?随分と小さい子を……」
「あー、いやあれは……」
てくてくと道士の傍に駆け寄り、普賢は道衣の裾を掴む。
「コーチがね、ボクのこと苛めるの。夜とか、いやらしいことするの……」
少し潤んだ目で見つめ上げると居た堪れなくなったのか道士は普賢の頭を優しく撫でてくる。
「コーチ、こんな年端も行かない子に御無体を……第一コーチには普賢様がいらっしゃるじゃないですか。
こんなことが知れたらどうなるかはコーチが一番ご存知でしょう?」
隠してもいずれは知れることだと、弟子たちに二人の関係は告げてあった。
崑崙に居る限りはどうやっても知れ渡ることになるのだ。
ならば先に話してしまえば、気持ちも楽というもの。
「悪い御方では無いんだけどね。あまり酷い時は九功山にいらっしゃる普賢真人様を訪ねてごらん。
きっと力になってくれるから」
にこにこと笑う道士。普賢の小さな手に立ち寄るついでにと持参した土産を手渡して来た道を戻っていく。
軽く手を振りながら見送って包みを広げれば、中からは見事な葡萄が何房か姿を現した。
「お前ね、これ以上俺の立場を悪くしてどうするつもりなんだ」
「別に。悪戯するほうが悪いよ、コーチ?」
葡萄を摘んで口にする。はじける甘さに目を閉じてもう一つ。
「まぁ、昔は本気で弟子に貰おうかとは思ってたけども」
「良かったね。それこそ不道徳の極みになるところだったじゃない。名前に反するよ?」
ぱさ、と葡萄を手渡す。昨日よりも少しだけ伸びた背丈は彼の腰の辺りまで。
まだまだ、頼りなく小さな身体だ。
「府印は使えないし、本棚には届かないし、筆は重いし、苛々する」
頬を膨らます仕草は子供そのまま。
書棚の中に目当てのものを見つけても取るだけで重労働。
仕方なく、抱き上げてもらって取り出す始末。
(ボクにだって自尊心くらいあるんだけどな)
「どうした?」
「いいよね、道徳は。身長だってあるし、力だってあるし」
「まぁ、そりゃ……」
「今から鍛えれば少しは体力つくよね。頑張ろうかな」
毎日少しずつ戻るのならば、鍛錬の仕方によっては元の身体になった時にそれなりの効果が出るはずだ。
仙人にしては少しばかり細い自分の身体はあまり好きにはなれない。
「いい!鍛えなくていいから!!」
「えー!?だって、体力つけろっていつも言うじゃない」
「それとこれとは別だ!体力はつけてもいいけど筋肉はつけなくていい!!」
「そんなに大きな声で言わなくても良いじゃない」
頬を膨らませる姿が、やけに可愛く見えてしまう。
(第一余計に筋肉なんかつけられたら抱き心地が良くないっつーの……柔らかいほうがいい)
あれこれと押し問答している位置に日は暮れて、長い長い夜の時間。
昼間の葡萄の残りを口にしながら普賢はうらうらと本を。
道徳はその姿を観察していた。
「道徳って、格闘技もやってるんだよね?今度教えて」
「ああ、いいけども急にどうしたんだ」
ぱたんと本を閉じて、普賢は道徳真君の膝にちょこんと座る。
「ん、非力とか言われるの、嫌だから……」
(か、可愛いっ……駄目仙人でもなんでもいい!可愛いもんは可愛いんだよ!!)
後ろからぎゅっと抱きしめる。
「やだ、苦しい」
「お前って可愛いよなぁ」
「どうしたの?急に」
頬をすり寄せて額に、耳に、頬に、唇を降らせる。
「痛いよ、髭伸びてるっ!!」
「ん〜……子供もいいかもなぁ。お前に似てる子なら可愛がれる自信がある……」
ごそごそと手を上着の中に忍ばせていく。
「こら!どこ触ってるのっ!!」
「あー……小言も結構良いかも……駄目仙人でも似非仙人でもなんでもいいや……」
「道徳!」
「俺さ……なんでこうもお前に惚れてるんでしょ……なんかねぇ……自分でも分かっちゃいるんだけども
止まらないわけですよ……ましてやねぇ、玉鼎なんかに取られるのはもっと嫌だったわけで……」
肩口に触れる唇。
見えないはずの表情(かお)が見える気がした。
「気難しいし、きついし、拗ねるし……可愛げないし、太極府印は痛ぇし、構ってくれないし……」
「ちょっ……」
「でも、俺、お前じゃなきゃ駄目なんだよ……」
珍しく気弱な声。
「……………」
「何とか言えよ……」
その寂しい魂を抱きしめたいのに。
この身体は小さすぎて何も出来ない。
「早く元に戻ってくれよ……このままじゃ本当に犯罪者になっちまうだろ……」
「犯罪者?」
小さな乳房に掛かる指。
「ダメ!!何考えてるの!!」
首筋を舐められて体が竦む。
「駄目?」
いつもよりも気弱な声と目。
「……ダメだけど……ダメじゃないよ……」
「どっちだよ、それ」
少しだけ、上向きの声にほっとする自分が居る。
「だって……子供の身体じゃ何も出来ないよ?だから……もうちょっとだけ待って」
貴方をこの腕の中に抱きしめるだけの器がまだ整っていないから。
時折酷く弱るその瞳をどうにかして暖めたいと思うのです。
この指も、腕も、何もかもが、まだ幼すぎて。
日差しは良好で、暖かく穏やか。
小さな身体を抱きしめるように道徳真君はのんびりと目を閉じていた。
「あったかくて気持ちいいよな……」
その黒髪を撫でる指先。
「うん……いい天気だよね」
「俺、こーいうの好き……小煩いのは居ないし、邪魔しに来る奴もいないし……」
この場合は小煩いのは何かと探りを入れてくる愛弟子の天化。
邪魔しに来るのは同期で親友の太乙真人を指す。
しかし、天化は同じように幼児化した太公望を抱えて四不象と共に西岐へ。
太乙真人も同様に幼児化した道行天尊を自分の洞府に。
道徳真君にしてみれば一切の外敵の無いこの上なき好条件なのだ。
「もうちょっとお前が成長してくれれば文句無しなんだが……」
幼い胸に顔を埋めながらそんなことまで言い出す始末。
大仙も今だけはただの男でありたいと抱きしめてくる。
「モクタクは滅多に帰ってこない子だから……」
それはそれで寂しいと普賢は呟いた。
この二人の思想は似通っているようでまったく違うことが多い。
「面倒なことは全部捨ててこうやってたいってのは間違いか?」
「そうは思うけれども立場を考えるとね」
道徳の頭を抱いて、普賢はその額に唇を落とす。
「普賢、お前ってさ、俺に好きとかそういう言葉、言ってくれないよな」
柔らかい胸はまだ少し物足りないが、温かく甘い香り。
頬をすり寄せてまるで子供のよう。
「安売りしないタイプだから」
「俺だってたまには聞きたい」
小さな背中を抱きしめて、たまにはわがままを通したい。
「どうしていつもボクらは何だかんだ忙しいんだろ」
「まったくだ。どう考えても俺らの邪魔してるとしか思えん」
そのまま手は下がって小さな臀部に。
さわさわと動く指に普賢は道徳の鼻を摘んだ。
「痛っ!!」
「どこ触ってるの!」
「だってこうしてたら触りたくもなるだろ!」
「節操無し」
そういいながらも普賢は道徳の頭を抱いた。
夕食もとり終えてのんびりと二人で過ごす。
「道徳」
「ん?」
「お風呂入るけど、一緒に入る?」
持っていた本をばさばさと落とす。
(ちょっと待て!それは俺の忍耐力を試すためのテストか!?それとも何かの罠か!?)
「あ、でも別に無理強いは……」
「入る。入らせていただきます」
胸の鼓動を抑えながら少しだけ距離を詰める。
(熱いんだかなんだか解かんなくなってきた……だから確かにあれも普賢だけども……子供だし……)
こんな時に限って理性がやけに頭を擡げてくる。
ぶつぶつと呟きながら背中を向けていると、おもむろに感じる柔らかい感触。
「道徳、何ぶつぶつ言ってるの?」
ぺったりと背中に抱きついて普賢はうふふと笑う。
(だからそれは何の罠なんだっ!!)
ふにゅふにゅとした二つの胸が当たる感触は否が応でも本能を直撃。
「……普賢、誘ってるのか?」
「ううん。どうして?」
(てっ……天然ですかっ!?生殺しですかっ!?)
離れようとはせずに、普賢はますますぴったりと抱きついてくる。
「……あのな、俺が今どんな気持ちでお前の仕掛けてる罠に嵌らないように耐えてるか分かるか?」
抱きついている手を取って、そのまま下げていく。
「……何考えてるの?」
「男としちゃあ至極当然の反応だっ!大体こんな状態で何もするなって方が無理だっつーの!!」
「じゃあいつも言ってる根性って奴を今、見せてよ」
「お前は鬼か!?俺だって我慢できることと出来ないことくらいあるんだよ!」
体勢を変えて、少しだけ膨らみ出した乳房を掴む。
(やっぱもうちょっと成長してくれたほうが、俺の好みではあるよな……)
まだ、子供の領域を抜けない身体は巧妙な罠の様。
両手で柔らかく、ゆっくりと揉み抱く。
小さな乳首を時折きゅっと摘むと肩が震えるのが見える。
(身体だけ、子供なんだよな……中身は普賢のままなんだ……)
そう考えれば先ほどの罪悪感など消えてしまう。
「よ〜し、この際お兄ちゃんが色んなことを教えちゃおう」
抱き上げ、浴巾(バスタオル)で包んでそのまま寝室の扉を蹴り上げる。
(天化は下山中、太乙は道行、雲中子は黄竜のところ……今夜の俺には恐いものは無い!!)
どさりと寝台に降ろすと、浴巾を取り払う。
「やだ!!」
「は〜い、いい子にしようね〜」
にこにこと笑いながら、道徳は普賢に覆いかぶさる。
見慣れた身体よりもずっと幼く、小さい身体。
丸と柔らかされ構成された、未完成の器。
「んっ!」
普段されるように、乳首を舐め上げられて上ずる声。
「あ、やだッ……」
幼い声が、かえって悪戯心を刺激する。
そのまま指先で摘んで軽く歯を立てていく。
舌先はそのままそろそろと下がり、柔らかい腹部にちゅっと噛み跡を付けていく。
小さく窪んだ臍を舐め上げて、膝を折らせる。
「やん!!」
細い脹脛から、足首に。
まだ固定しきっていない骨をなぞって小さな指へ。
爪を舐め上げて、一本ずつ唇を降らせていく。
「……生まれつき、足が弱点なのかもな、お前」
「そ、そんなこと……」
恥ずかしげに閉じた膝を開かせて、視点を下げていく。
微かな膨らみが女であることを証明するかのように誘ってくる。
幼い秘裂を舌先でなぞり上げて、唇を這わせていく。
ぴちゃ…濡れた音が上がり始め、それに呼応するように下は内部へと入り込む。
「あ!や…!!…ッ…」
じゅる…と吸い上げられ逃げようとする腰をしっかりと抱きしめる。
片手だけでも十分押さえられるほどの身体。
それなのに、抱く前から自分を知っている不可思議な身体。
「!!!」
唇が離れてその上の小さな膨らみに吸い付く。
「ああんッ!!!や、止めて…ッ!!」
びくつく身体と、壊れそうな膝を押さえつけてそこをじっくりと攻め上げる。
舌先で転がして、唇で吸い上げ、何度も何度も甘く噛み上げていく。
「あ!ンンっ!!!や、あ、アアっ!!!」
一際大きな震えと共に、だらりと力が抜けていく。
とろとろと零れてくる半透明の愛液を掬って指に絡め、鳴らすように入口を摩り始める。
「…………?」
唇の端から涎が零れ、顎を伝う。
「あー……そんな顔しない。それにお前も勉強するのは好きだろ?」
「……やぁ……道徳……」
(駄目人間でも何でもいいです。俺は普賢であれば子供でも無問題な男なんです。ああもう、罪悪感が何だ!!
倫理が何だ!!可愛いんだから仕方ないだろうが!!)
不安気に潤む瞳。瞼にそっと唇を当てて小さな頭を掻き抱く。
「……痛いの……や……」
(ゴメン……痛いのだけはどうすることも出来ない……その代わり、思いっきり優しくするから。
いくらでも甘えさせてやるから勘弁してくれ……)
子供にするように、よしよし、と頭をくしゃくしゃと撫でる。
「ちゃんと掴まって、ほら」
手を取って自分の首に回させて、しがみ付くように促す。
腰を浮かせて、軽く先端を押し当てるとそれだけで身体が強張るのが伝わってくる。
「いい子だから、力抜いて……そう……」
折られた脚は降伏を示すかのよう。
ゆっくりと沈んでくるそれの熱さ。
腰骨が悲鳴を上げるように軋む。
「や!!やだ!!止めてッ!!」
異物の進入を拒むかのように入口は狭く、きつく締め上げてくる。
(……ッ……結構、きっつ……)
強張ってびくつく身体を抱きしめて、そっと進めていく。
その度にうねりが道徳を締め上げてくる。
「…ぅ……ぁ……!……」
ぎゅっとしがみ付いてくる手と、ぼろぼろと零れる涙。
(痛いよなぁ……どう考えたって……)
それをとり払いたくて、何度も何度も唇を重ねては抱きしめる。
深々と貫かれて、何とか受け入れようとしてくれるのが伝わってくるから。
「やっぱ……痛い……?」
「……うん……ッ…」
胸も、脚も、腕も、指も。
「でも……平気…じゃないけど……大丈夫…だから…ッ……」
涙と汗でくしゃくしゃの顔も。
「ね……?」
どうにかして作った笑みで頬をすり寄せて。
「もうちょっとだけ、我慢してくれ……」
ずい…と打ち付けられて、上がりそうになる悲鳴を喉の奥で噛み殺す。
まるで直接子宮を石で打たれるかのように重い痛み。
小さな腰がぎりぎりと軋み、全神経が一点に集中して全て痛覚に直結しているような錯覚さえ覚え始めた。
(……ッ…もう……やだ……死にそう……っ…)
自分を押さえる手を取ってその指を咥える。
そうすることくらいでしか言葉を殺す術が見つからなかった。
(……でも…なんで…こんなにあったかいんだろ……)
痛みとは裏腹に、心だけは至福に満ちていて。
(…嫌だけど、嫌じゃないよ……)
受け止めるには、この身体は小さすぎて。
心だけが先走ってしまう。
「あ、ぅ……ッ…!……」
響くのは殺した悲鳴と荒い息。
押さえつけて、加速する気持ちと熱をその器に注ぎ込む。
「や!あ!!!」
貫かれたまま、崩れる小さな身体。
それは糸の切れた人形のようだった。
(ちょっと……飛ばしすぎました……反省しますっ……)
ぐったりとして疲れきった顔で眠る姿。
そっと細い腰に触れるとまだ痛むのか眉が顰められる。
(本気で反省しますっ!!核融合でも何でも覚悟するから!!)
上掛けから覗く小さな足首が目に痛い。
(頼むから、嫌わないでくれ……っ……)
暴走したのは自分。無理強いしたのもまた、自分。
汗で額に張り付いた噛みを静かに払って、頭を撫でる。
この身体が自分と出会ったころのようになるにはもう少しだけ時間が必要だった。
それでも、同じように愛して止まないのだ。
(殆ど病気だろ……俺……)
自己嫌悪は愛情と何時だって隣り合わせだから、ふとしたきっかけで顔を出してくる。
それを打ち消してくれる優しい声の主は、少しだけ苦しそうな顔でまだ眠っているのだから。
(でも、普賢もちょっと悪い……可愛いから……ってそれも勝手な理由か……)
まだ、夜は長く朝の足音は聞こえてこない。
それぞれの思いは胸の内だけに。
四角の枠の外、欠けた月だけが素知らぬ顔で見つめていた。
「……?…普賢……?」
のろのろと身体を起こして、隣に居るはずの恋人の姿を探す。
寝乱れた跡が敷布にはまだ残っている。
(見限られましたか……?)
頭を抱えて、出て来るのは自嘲的な笑みだけ。
「あ、起きたの?おはよ」
「……普賢……」
「気持ち悪かったからお風呂入ってたの。どうしたの?」
よいしょ、と寝台に上って顔を覗き込んでくる。
「よ、良かった……てっきり怒って白鶴洞(向こう)に帰ったかと思った……っ……」
ぎゅっと抱きしめると胸を押し返される。
「痛い!!!!諸悪の根源!!ちょっとは遠慮しなさいっ!!」
「すいません……反省します……」
「朝起きたら腰は痛いし、重いし、おなかはずきずき言うし……なのに横で幸せそうに道徳は寝てるし……怒る気も失せちゃったよ」
腕組みをしてじろりと睨んでくるものの、口調は穏やか。
「しばらくお預け!!」
「それは勘弁してくれっ!!絶対に無理っ!!」
「少しは仙人らしい生活しなさい!」
「あだだだだだっ!!」
力いっぱい耳を引っ張られて上がる悲鳴。
そのまま耳元で小さな声で囁かれる。
(元に戻ったら、好きなだけしてもいいから……)
離れ際、ちゅっと唇が耳朶に触れた。
呆然とする道徳を尻目に普賢はさっさと着替え始める。
(おい……それも結構な反則技だぞ……)
「今日一日、ボクは何もしないから。あちこち痛くてそれどころじゃないし」
上着に袖を通して、いつもよりも緩めに腰帯を締めていく。
「顔洗って髭剃ったら、片付けとかやっておいてね。ボク、寝直すから」
ぱたん、と扉の閉まる音。
(俺ってば結局完敗でしかも連敗中……)
零れてくる笑いを抑えることができなくて、どうしてもにやけてしまう。
(でも、愛されてるわけね……結局のところ)
昇った太陽はいつもと同じように暖かく光を降り注ぐ。
今日も、今日とて、恋は回ってる。
そして、普賢が元の姿に戻れたのはそれから七日後のこと。
その間の騒動はまた別のお話。
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