◆大好き◆




「見て、積もってるよ」
吐く息の白さ。
それよりもずっとずっと真白な雪に恋人は嬉しそうに手を伸ばす。
その指先に触れては、はかなく溶け行く結晶。
(雪くらいでそんなに嬉しいもんですかねぇ……)
素肌に感じる寒さ。
(風邪引きますよー、お嬢さん)
窓を閉める気配は一行に無く、声ははしゃいだまま。
手を伸ばしてそっと閉じる。
「どうして閉じるのかな?」
「風邪引くだろ。遊ぶんなら日が昇って、服着てからにしろ」
「んー……」
上掛けを引き寄せて、なにやら不満顔。
「身体、冷たくなってる。嬉しいのは分かるが、風邪なんか引いてる余裕無いだろ?」
「…………………」
いつもよりも、厳しい口調にしゅんとする姿。
じわじわと目尻に涙が溜まっていく。
(うわわわわ……そういうつもりじゃないんだよ……)
一粒涙が落ちるのをきっかけに、感情が一気に決壊する。
「分かったよ!!白鶴洞(うち)に帰る!!道徳なんか知らない!!」
すばやく服を着こんで、引き止める間もなく普賢の姿は消えてしまった。
残り香と、ぬくもりが彼女がここにいたことを彼に伝えてくれる。
(あー……またやっちゃいました……どうして、俺らってこうなんでしょう……)
滅多なことでは普賢は癇癪を起こすことは無い。
ただ、雪に関しては普通よりもその敷居が随分と低くなっているようで。
初雪にも、名残雪にも。
嬉しそうに手を伸ばすのだ。
(大体だな……あいつもわけのわかんないこだわり持ってんのが悪いんだよ)
そうは言ってみるものの、眺めの良い左側に戸惑いを憶えてしまう。
隣に居ることが当然になって。
自惚れは思わぬところで頬を打つ。
真夜中より少しだけ過ぎたこの時間の長さ。
持て余して、ため息でどこまでも沈んでいけそうだった。





「普賢さま?」
真夜中過ぎに一人きり、青い夜道を進み行く影。
「ヨウゼン、どうしたのこんな時間に」
「雪で御足が濡れてます。よかったら」
差し出された手を取って、哮天犬の背に。
「ありがとう」
覗く肩先が僅かに震えて。
それを抱きしめたいと思うのは、男の本能。
「喧嘩でもなさいましたか?」
「そんなところだよ」
九功山目指して、哮天犬はひた走る。
真白な雪は、ぱららと肩を濡らしていく。
「風邪を召されたら大変です。お使いください」
ふわりと、包み込む肩当。
それでも、なれたものとは違う匂い。
「ありがとう。ヨウゼン」
「いえ……これくらい……」
「よかったら、お茶でも飲んでいかない?」
外は冷え切って。
けれども、心と体はもっと冷え切ってしまって。
優しい人は優しさに飢えてしまうから。
偽善を作って、自分を保とうとする。
「じゃあ、少しだけいただきます」
「どうぞ」
白鶴洞に足を踏み入れるのは、久しぶりのこと。
かといって、頻繁に訪れるわけでもない。
白鶴洞に入るには難所を越えねばならないのだ。
そう、道徳真君と言う名の難所を。
「哮天犬には、こっちね」
皿に盛った果実を差し出すと、鼻先を埋めてもくもくと齧りだす。
「可愛いよね。大きな生き物、好きなんだ」
「ああ、道徳様も大きな生き物ですしね」
「……そんなんじゃないよ。哮天犬みたいな……四不像とか。霊獣とか好きなんだ」
「じゃあ、僕に乗り換えますか?」
美貌の道士は、にこやかに笑みを浮かべる。
「どうして?望ちゃんがいるでしょう?」
「師叔もたくさん恋人がいますからね。なら、僕がそうしたところで責められる
 こともありませんから」
二杯目を注いで、普賢は首を傾げた。
「ボク、君の浮気相手になる予定は無いよ」
「浮気だなんて……酷い言い草だ」
「違うの?」
「本気ですよ。師叔にも普賢さまにも。何時だって」
小さく首を振って、普賢はその言葉を否定した。
根無し草でも、いつかは大地が恋しくなるからだ。
「ボクは、そんな余裕ないよ」
「じゃあ……この姿なら愛せますか?」
その姿がゆっくりと歪んで。
見慣れた恋人の姿に変わっていく。
「普賢」
「止めて」
伸びてくる手。
それを払うほど、心は平静ではいられなかった。
「普賢……」
「違うのに……君じゃないってわかってるのに」
手を取って、そっと頬に。
「わかってるはずなのにね……どうしてなのかな……」
「どうかしたのか?」
「ううん。ただ、あなたと雪が見たかっただけ。最初の雪は……一番好きな人と見たい
 の。次の初雪まで一緒に居られるようにって、願いを掛けて」
悪戯心は、恋になる。
「今年の雪も綺麗だね。日が昇ったら兎を作るよ。風邪を引かないようにあったかい
 格好するから良いでしょう?あなたが心配しなくてもいいように」
切々と募るのは。
降りしきる雪なのか、彼女の思いなのか。
抱きしめて、ちいさな額に接吻をして、ゆっくりと唇を下ろしていく。
そっと背に回る手が、同意の証。
「ちょっと待てーーーーーーーーっっっ!!!!」
「……道徳……」
「何で俺が二人もいるんだ!?って、ヨウゼンか!?」
莫邪を振り回して、二人を引き離す。
妙な胸騒ぎがして白鶴洞まで来てみればこの状況。
普賢を後ろに回して、向かい合わせで自分を睨む。
「一番良いところで、邪魔されてしまいましたね」
「とっとと帰れ!!」
「また、きますね。普賢さま」
「二度とくるな!!!!」




「道徳、風邪引くよ。もう、やめて」
本降りになった雪は、切なさを打ち消して自然の厳しさを具現する。
その中で男は黙々と作業を続けた。
「ね?」
「お前は温かいところにいろ。俺にだって自尊心(プライド)くらいあんだよ」
いくつかの塊を作り出して、それを繋ぎ合わせる。
鑚心釘で形を削りながらひたすらその工程を繰り返していく。
「ごめんなさい……」
「わかってんなら、引っ込んでろ」
振り向いてもくれないのは。
彼が怒りが本物であるから。
「……道徳……」
「風邪引くから、部屋帰って寝ろ。熱出しても看病なんかしてやらないからな」
型に積もる雪。
手を伸ばすこともできずに、ぎゅっと指を握るだけ。
言われたように、ただ部屋で待つしかできない。
(……嫌われちゃったかな……)
身体は温まっても、心は冷たいまま。
悴む指が求めるものは、見慣れたはずのその手なのに。
今は、それが酷く遠いから。
(……どうしたらいいのかな……)
ぽろぽろとこぼれる涙。
払ってくれる指がここに無いことの不安。
一人で眠ることが、こんなにも寂しいことだと知らしめる夜。
手が、声が、ぬくもりが。
触れられないことの苦しさを抱きしめて、ただひたすら夜が明けてくれることを祈った。





雪の眩しさで目が覚めて、外に飛び出す。
銀の光は、朝の贈り物。
「……凄い……」
並んだのは大小さまざまなうさぎ達。
「よぉ。お目覚めか?」
鼻先も、頬も冷え切って。
駆け出して飛び出して、力いっぱい抱きつく。
「うお!!危ないだろ!!普賢っっ!!」
「大好きっっ!!道徳が大好きっっ!!」
「……気が合うな。俺もだよ……」
もつれるように、雪に倒れこんで抱きしめあう。
確かめられることの嬉しさと安堵感。
「ごめんね、ごめんね……っ……」
ぽふぽふと頭を撫でる大きな手。
「冷たくなってる……すぐに温かいもの作るから!!」
「いーよ、寒くない。普賢がここにいる」
居並ぶ兎は、細部まで作りこまれまるで芸術品のよう。
その中の一匹は人参を咥えて悪戯気に片目を閉じる姿。
それは、恋人を模倣した彼なりの気持ちだった。
一番最初に作り上げたそれを中心にして、残りを仕上げて。
「兎好きなんだろ?」
「……大好き……」
「よかった」
抱き起こして、冷たくなった鼻先にちゅ…と触れる唇。
「冷たくなってんな」
「道徳のほうが、冷えてるよ」
手元の雪を集めて、最後の仕上げ。
出来上がった小さな小さな雪兎。
松葉の耳に、南天の目。
自然界の色が織り成す可憐な産物。
「ほら、最後の一匹」
「風邪……ひいちゃう……」
「ん……そうだな。そろそろ寒くなってきた」




ありったけの思いの詰まった料理は、無くなると同時に差し出される。
休む間もなく厨房と居間を行き来する姿が愛しくてたまらない。
「一杯食べてね、何でも作るから」
その言葉通りに、普賢の手は止まらない。
そして、傍らにはあの小さな兎が鎮座している。
(すげぇな……そこまで兎がすきなのか……ちょっと妬けるかも……)
箸を付けながら、ぼんやりと見つめる。
兎は太極府印に守られて、形を崩すことなく普賢の傍にいるのだ。
「兎、そんなに好きか?」
ちゅ、と頬に唇が軽く触れる。
「大好き」
「そりゃ、良かった」
「好き……大好き……」




甘い香油よりも、きらめく星空よりも、君が大好き。
一番大事な気持ちだから。
これ以上に大事なことは、そうそう無いよ。
君は、特別な人だから―――――――。





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0:48 2004/11/20

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