◆いっぱいいっぱい◆






「道徳、前から一度言おうと思ってたんだけども」
自分を組み敷く男を見ながら普賢は口を開く。
「何だ?」
道衣に伸びてくる手。
「掃除位したら?ボク、埃だらけの部屋で抱かれるの……嫌だな……」
「掃除……苦手なんだ」
「……厭きれた人。もしもボクが来なくなったらどうするの?」
掛かる手を払って普賢は身体を起こす。
「そ、それは……」
「今まではちゃんとやってたのに、なんだかボクが道徳を堕落させちゃってるみたいだよ」
青天の霹靂。
誰に何を吹き込まれたのかはわからないが突然に普賢はそんなことを言う。
「ボク、一月くらい玉虚宮に戻る用件があるから、その間は自力で何とかしてね」
「ちょっと待て、俺何も聞いてないぞ」
「どうしてボクが一々あなたの許可を得て行動しなきゃいけないの?」
軽く睨まれて息が詰まる。
(誰だ、余計なことを吹き込んだのはっ!)
乱れた着衣を直して普賢はにこにこと笑う。
柔らかい胸に触れた指先、求められるのは節度ある生活だった。




始めの一週間は何とか過ごせた。
一緒に居ることが当たり前のようになってしまってから生活は一変していたことを痛感させられる。
(俺ってこーゆーの苦手だったんだよな……)
慣れない料理はとりあえず口に入れば良いと味は二の次。
掃除に洗濯と苦手とする分野は日常に付きまとう。
(一月って……俺、死にそう……)
思い起こせば天化が無事に成長したのも普賢の陰の支えがあったからだった。
発育不良にならないようにと逢瀬のたびに何だかんだと渡されていた。
(一人で食っても美味いなんて思えねぇ……)
恋に落ちてしまえば今までの一人の時間は嘘のように溶けてしまってこの有り様。
ため息ばかりが部屋を漂う。
改めて見渡せばそこかしこに恋人の足跡がある。
気付かないうちに少しずつ、増えていったそれらは過ごした日々の証明のようで。
(でも、あいつも意外なとこあるんだよな……結構凶暴だし……泣くわ、怒るわ、見てて飽きないけどさ)
物静かな外見とは裏腹に、普賢はくるくると表情を変える。
(ああ……甘えるのとか苦手っぽいし……もうちょっと頼ってくれたって良いと思うんだけどなぁ……)
ぎこちなく笑っていたのがいつの間にか柔らかい笑みを浮かべるようになった。
未だ少し、不安に翳る瞳を変えることは出来てはいないけれども。
悲しい言葉を聴くことは大分なくなっていた。
「どうした?まるで女房に逃げられた亭主のような面構えじゃのう」
「……太公望……」
「わしの気配にも気付かぬほど傷心か?大仙ともあろうものが情けないのう、道徳」
すとんと真向かいの椅子に座り、太公望は道徳真君を見る。
「茶の一つくらい出さんか」
「人使いの荒い女だな」
ちらりと睨めば太公望は笑いを堪えるのに必死だ。
「その人使いの荒い女におぬしの弟子は惚れとる様じゃがのう」
「天化と俺じゃ趣味が違うからな」
出された紅茶を受け取って太公望は口をつける。
「まぁ、おぬしと一緒に居るようになってからあれも随分と笑うようになった。それはおぬしに感謝しておるよ」
「そうか?」
「泣かせたら承知せんぞ。道徳」
同期でもまったく違うタイプの二人。
まるで光と影のように支えあって、必要とし合っている。
見つめる未来は同じ。二人、離れることなく、まるで恋人のようだった。
「ようやくおぬしに譲り渡しても良いと思い始めたところじゃ。普賢はおぬしには勿体無いわ」
ずけずけとそんなことを言ってくるこの道士。
言葉の割に声は優しく穏やかだ。
普賢同様に本来は他人が傷付くことを良しとしない性格だ。
ただ、違うのは太公望は必要ならば前線に赴き矢面に立ち、武器を取る。
普賢はどちらかといえば後方支援と援護を中心とした動きに優れている。
光と影のようにどちらが消えても在ることのできない存在。
「わしも、普賢もおぬしの過去の話は十分に知っておるぞ」
「その話は忘れて欲しいんだけど」
「あれはそれでもおぬしが良いらしいぞ。物好きな」
くるくると指先に黒髪を絡めて太公望はため息をつく。
親友が落ちた恋は、自分にとってはまるで失恋のようだった。
大事にしていたものを取られたような気分は、自分の知らない一面を知らしめた。
小さな嫉妬、歯がゆい気持ち。
取り残されたような焦燥感。
繋いだ手を離された時の孤独に似た感情。
「物好きとは失礼な言い方だな」
「まぁ、わしと普賢も趣味が違うからな」
二杯目を要求する手。
「あれは……幸せにならねばならんのだ。責任重大じゃぞ。道徳よ」
「ああ……泣かせないってのは無理だろうけども、普賢が苦しいと思えることからは守る」
「なら、安心して手離せるよ……」
その声はまるで娘を手放す親のようで、そして大事な妹を手渡す姉のようで不思議な優しさに満ちていた。
「そういえば、普賢は何をしに玉虚宮に?」
「知らんのか?仙気を上げるために篭っておる。なんとも不甲斐ない恋人じゃのう」
「何のために仙気の増強なんか……」
「……それくらい自分で考えるが良い。わしはこれから普賢のところに面会に行って来る。残りの日数……
健康的に、健全に過ごすのじゃぞ。発情期のようじゃとあれが嘆いておったからのう」
求めすぎる心に歯止めは利かなくて。
ただ、ため息をつくばかり。



苛々と過ごす日々。
一人で眠る夜がこんなにも長いものだとは思わなかった。
慣れていたはずの孤独も、改めてその腕に抱けば不安に苛まされる。
取れない癖で右向きに腕を伸ばして眠ってしまう。
(だからさ、居ないって分かってるわけだろ)
不貞寝しても、諌めてくれる声がない。
(こんなのだったらまだ喧嘩した時のほうがましだっ……)
長すぎる夜は、普段考えないようなことを考えさせる。
もしも。
もしも、自分が先に彼女を残して逝ったならば、彼女は同じような気持ちになるのだろうか?
先に生まれた者の宿命として、恋人を残して自分は確実に先に逝く。
いつまでも、傍に居て守りたいと思う。
それでも、命は永遠ではないのだ。
(こんな思いはさせたくないよな……)
強がって見せる横顔は、ふいに弱く泣きそうな顔になるから。
本当の気持ちを見せて欲しいと思うのは自分のわがままだと言い聞かせてきた。
答えはいつも同じところを巡るだけ。
(俺……本当にお前に惚れてるんだな……今更ながらに自覚した……)
二人で過ごすことが当たり前になってきてから、忘れてしまっていた感情が溢れてくる。
一人には広すぎると感じるようになったこの空間。
(こんな気持ちで一ヶ月過ごせって言うのかよ……普賢……)
窓の四角に囚われた月。
目を閉じても眠れない夜がただ、そこにあるだけだった。




(久々に一人で眠れる……一日疲れたよぉ……)
寝台に身を投げ出して、目を閉じる。
一日中仙気を上げる修行をしていたせいで心身ともに限界に近い疲労を抱えていた。
四肢を伸ばして、一日を振り返って。
そして、何かが足りないことに気が付いた。
(そっか……道徳に逢ってないんだ……)
どこにいても、恋人はなぜか自分を見つけ出すことが得意でいつも傍に居てくれる。
大きな声で、どこに誰が居ようと自分の名前を呼んで抱きしめてくるのだ。
(いっつも一緒なんだから……たまには離れるのも必要だよね……それに……)
ぎゅっと自分で自分を抱きしめる。
(一緒に居ると……いつもするじゃない……)
抱かれるのが嫌なわけではないが、身体がついて行けない事もしばしば。
朝が来ても絡まったままなどあたりまえになりつつあった。
(嫌じゃないけどさ……触られれば気持ち良いけど……でも……)
あの手が、声が、口唇が、何もかもを奪って溶かしていく。
(それだけじゃなくて、もっと沢山話したいことだってあるんだよ……)
枕を抱きしめて、顔を埋める。
見慣れた手が視界に入らないだけで、不安になるこの気持ち。
持て余したまま、普賢は目を閉じた。





「普賢!」
「望ちゃん。帰ってたの?」
「道徳に会って来たぞ。あやつ、まるで女房に逃げられた亭主のよう顔をしておった。相当寂しいらしいぞ」
太公望は事細かに道徳真君の様子を普賢に話す。
寂しいのはお互い様で、なんとなく安堵してしまう自分がここに居る。
(道徳も色々考えてくれてるのかな……)
離れてみて分かることも、山のように出てきて。
考え事をしながら眠る癖さえ生まれていた。
「あと半月か?」
「うん。守られっぱなしは嫌だからね。それに、ボクだって一応十二仙だもの。強くならなきゃ」
「建前はわしの前では要らぬぞ、普賢」
「ボクがあの人を守る。それくらいの強さが欲しかったからここに戻ってきた」
まっすぐに見つめてくる瞳がこの二人は同じだった。
求める強さの方向性は違っても、どこかで何かが重なる。
絡まった糸を手繰り寄せながら、偶然に、必然に出会ったとさえ思えるように。
「おぬしら二人は似て無いようで似ておるのう。それに……」
「?」
「そうものろけられると聞いてるこっちがこそばゆいわ」
「の、のろけてなんてっ……」
耳まで真っ赤に染まって普賢は太公望の肩を掴む。
「自覚無しか。さぞ回りもこそばゆい気持ちじゃったろうな。まぁ、おぬしよりもあっちのほうが
のろけ方は酷いがな。餡蜜に糖衣を掛けてさらに蜂蜜を垂らした様な……」
「もう言わなくていいよぉ……」
段々と小さくなる声に太公望は笑いが止まらない。
恋愛は当人同士が本気であればあるほどに、まわりからみれば滑稽で場合によっては傍迷惑な物。
このふたりがまさにそうだった。
「おぬしは十分に強いぞ、普賢」
「もう……望ちゃんまで同じ事言うんだから」
「わしも道徳も似たようなものじゃろう。まぁ、わしよりもあれの優先順位を上げてやれ」
親友と恋人。どちらも自分にとっては等しく大事なもの。
どちらかを選べなどということは無理な選択だった。
「望ちゃんも、道徳も、どっちも大事だよ」
「普賢。わしはいい。おぬしと十分長い時間を過ごした。おぬしのことはおぬしよりも良く知っておるつもりだ。
それに……離れたところでわしらの仲が変わることなど無かろう?だから、わしに掛ける分を今度は道徳に掛けてやれ。
あそこまでおぬしのことを思う男はそうそうおらんぞ」
「ん……分かってるけども……」
「いずれ、あれと一緒になるならばもっと大事にしてやれ」
太公望は笑いを抑えながらそんなことを言う。
「まぁ、おぬしが幸せならばそれで良いのだよ」
手を振りながら太公望は回路の奥へと消えて行く。
(どっちも大事だよ……選ぶなんて……)
どちらも「好き」で「大切」ということに変わりは無い。
だからこそ、選ぶことなど出来なかった。




普賢が玉虚宮に戻ってから三週間目の朝。
瞑想をしながら時間を潰すことにも慣れてきた。
肉体の強化も良いが、仙気を上げることも大事な修行の一つだ。
道徳真君の場合は筋力系の修行は厭わないが瞑想や書を解く事は避けて通る傾向が強い。
そして、その逆が普賢真人。
(だからなんであいつのことしか頭に浮かばないんだよ、俺)
寝ても、覚めても思うのは同じこと。
(残り七日……)
莫邪を手にして己の心と向かい合う。斬るべきものは迷い。
言い聞かせながら、再度目を閉じる。
(ああ。本当にどうしようもないな……俺……仙人失格……)
溺れてしまえば、甘い日々の誘惑。
触れてしまえば手離せなくなる。
嫉妬も含めて知らなかった自分の感情を自覚させられた。
眠れない夜を数えて過ごすこと。
一人、堕ちる夜の夢は慣れていた筈なのに違和感ばかりが残る。
その違和感が『寂しさ』と気付くのにそう時間は掛からなかった。
触れてしまえば、一人の夜は嘘になってしまう。
(もっとちゃんと……あいつの話も聞かないとな……)
柔らかい肌は触れるたびに、自分が未だに現役の男であることを証明させる。
これが本来の仙道のあるべき生活だと言い聞かせても。
覚えてしまった暖かさは消せない。
(確かに、たまには離れるのもいいのかもしれない)
空を切り、己と向き合う。影は光があるからこそ陰として成り得ることが出来る。
(でもそれは……一緒に居られることが前提とされるからだろ)
求めるのは身体。
求めるのは心。
どちらも切り離すことは出来ない。
奇麗事の嘘ならば、醜悪でも真実のほうがいい。
手を伸ばして、抱きしめて、愛の言葉を告げて。
(ただ、二人で居られればそれでいいんだ……本当は)
その唇に触れて居たい。
(心も、身体も、全部愛しいってのは奇麗事じゃなくて……)
ため息を切り裂く様に、宝剣を振りかざす。
(我儘だって分かってるけど、ちょっと凶暴なところも込みで好きなんだよ……)
ぱらぱらと零れる光の粉は、今の自分の心を表すように脆い。
残り七日。
時計の秒針が進むのさえも遅く感じた。





目を閉じて、何もない独居の中で自分の心と向かい合う。
孤独には慣れていた。そうやって生きていくことが自分の持った運命だと信じていたから。
剣を握ることを嫌だと思ったことはない。
生きるためには誰かの犠牲が必要だからだ。
生と死。
この二つは存在するもの全てに平等に与えられたもの。
その命を全うするも、途中で捨て去るも関係なく、始まりと終わりだけは分け隔てない。
(明日で終わり……ちょっとは仙気が上がったとは思うけど……)
ずきずきと痛む四肢を投げ出して目を閉じる。
(力だけじゃないんだよね。付随して心が強くなきゃ意味がないんだ)
年齢に追いつくことが出来ないのならば、せめて見る世界だけは同じ高さになりたい。
(ねぇ……それでもきっとボクはあなたには勝てない。悔しいな……)
どれだけ高く飛んでも、裏を押さえてもその腕の中に抱きとめられてしまう。
動きを読むのは経験の成せる業。
理屈をどれだけ並べても、一度の経験に勝るものはないのだ。
それが嫌で前々から何とかしたいと切に思っていた。
離れて分かることも、知ることも、全てが自分の糧になる。
(もっと……優しくならなきゃ駄目だよね。我儘をぶつけ合うだけじゃ……)
抱きしめた枕は、昔懐かしい思い出の匂い。
それでも、自分を安心させるそれではないから。
一人で見る夢は、いつも二人の夢。
疲れた身体を抱きしめて、崩れるように眠りに堕ちた。




着慣れた道衣ではなく、正装をして謁見の間に足を踏み入れる。
白の長衣に緋色の肩当。
深々と一礼をして、顔を上げる。
「見違えたのう。良い顔じゃ」
「恐れ入ります」
言葉少なく、彼女は静かに退室していく。
一月前とは格段に仙気が違っていた。
その手ごたえは彼女自身が一番に感じている。
「よお」
「……どうしたの?こんなところまで」
見慣れたはずだったその姿も、久々に見ればどことなく違った風に見える。
「その……向かえに」
「あはは。どうしたの?泣きそうな顔してる」
ぎゅっと抱きしめてくる腕と、懐かしい匂いに目を閉じた。
何もかもを預けられる、安心感。
「俺から言ってもいいか?」
「………………」
「逢いたかった。ずっと、お前のこと考えてた」
低く、耳に沈む声。
「ボクも、同じこと考えてた……」
ふいに零れる涙。
「泣くなよ」
「泣かせないで……よ……」
離れていることが一番恐かった。忘れられことでもなく、嫌われることでもなしに。
それを知ってしまったことが。
こうして感じられるはずの体温が、匂いが、何もかもがそこにないことの恐怖。
恋はこんなにも自分を弱くした。
感情を抑制できないほどに。





「……っは……」
寝台の上で、抱き合って唇を重ねあう。
離れるのが嫌だと、すぐにまた触れ合って舌先を絡めあった。
ぴちゃ…離れ際に繋がった糸を指先で断ち切って互いの服を落としていく。
「あ、やだ……っ…」
晒しを解かれてあらわになった胸。
二つの丸い乳房を確かめるようにやんわりと揉みながらそっと唇を当てる。
「凄ぇ……懐かしいとか思えてさ……」
ちゅぷ…と舌先が離れて、乳房に小さな痣を残す。
唇が触れるたびにそれは増えて、身体を熱くしていく。
「…あ……ん、ぅ……」
優しく組み敷かれて、甘く唇が塞がれる。
角度を変えるときにだけ許される呼吸、互いの背を抱き合って暖かさを求めた。
「……傷だらけだ、何してたんだ?」
鎖骨、肩口、いたるところに細かい傷の走った身体。
「あ!や、やんッ!!」
乳房を斜めに走る傷を舌がゆっくりとなぞっていく。
逃げようとする腰を抱いて、その柔らかい腹部を甘く噛み上げる。
「んんッ!!あ、あんっ!!」
腰骨を軽く噛むと、びくりと腰は跳ねて。
力なく抵抗しようとする手が頭を弱々しく押しのけようとする。
「嫌?」
「……ううん……なんか、恐い……」
慣れていたはずの行為も、どこか戸惑ってしまう自分が居る。
「……俺もだよ、加減が分からなくなりそうだ……」
唇は感触を確かめながらそろそろと下がっていく。
「アあっッ!!」
くちゅ、と指先で濡れた入口を押し広げて零れた体液を舐め上げる。
時折じゅる、と吸い上げるとその度に奥からとろとろとそれは止め処なく溢れて。
「!!」
濡れてひくついた突起を唇全体を使って吸い上げると、一際大きく腰が跳ねる。
逃げられないようにしっかりと細腰を抱いて、今度は掠めるように舌先でなぞった。
「んぅ……あ、あ…は……ッ…!」
ちろちろと焦らすように舐められ、そこを中心にでもしたかの様に全身が熱くなる。
「や、やぁ……道…徳…っ…」
ぢゅっ…と強く吸われ、甲高く甘い声が喉の奥から零れていく。
(や……恐いよ……っ…)
入口を摩るように撫でる指先が、ゆっくりと内側に沈んでいく。
ぬるりとした半透明の体液を絡めながら、傷つけないように奥を目指す。
「あ、あ!やっ!やんっ!!」
小さく首を振って、自分を何とか保とうとする。
「!!!」
ぐ…と押し上げられて、くちゅくちゅと濡れた音が耳を支配していく。
次第に増やされる指が与える刺激に身体はただ翻弄されて、忠実に反応してしまう。
「……普賢、こっち見て」
言われて目線を彼のほうに向ける。
「まだ、恐いか?」
「……ううん……恐くないよ……」
額に降る甘い接吻は、合えなかった時間を埋める魔法のようにさえ思えて。
膝を折って左右に開かせて、ゆっくりと身体をつなげていく。
「ぁ……!……は……」
肌を重ねることでしか得られない安定。
恋人の体温が、鼓動が、汗の匂いが、その全てが。
不安と痛みを取り去り、与える。
「……ずっと、お前の事……考えてた……」
腰を抱いていた手はすっと背に回されて、そのまま小さな頭を掻き抱く。
「お前とこうやって、一緒に居られることが当たり前だって思ってた……」
ず、と突き上げられて小さな悲鳴が上がる。
その声を消すように重なる唇がやけに熱くて……ただ、その広い背中を抱くしか出来なかった。
それさえも出来なかった日々が、一瞬で溶けていくようでぎゅっと力を入れる。
「成されてる時には……ッ……気付かないんだ……多分」
「……好き……なんだ……!…て……気が…ッ……付いた…の…!」
はぁはぁと甘い声と吐息だけが室内を支配する。
「大……好き……ッ…!」
白い喉元に接吻して、深く、深く、繋ぎ止める。
「あ、あんっ!!……ッ…!!」
「ちゃんと……掴まって……」
ぷるんと揺れる胸をぎゅっと掴まれて息が上がっていく。
指先がその先端を甘く捻り上げる度嬌声がこぼれた。
(……結構、やばいかも……きつ……)
しがみ付いてくる手が、背を走る爪が、その痛みさえも愛しくて。
(なぁ、離れてなんて……やってけないよな……普賢……)
腰骨に手を沿わせて強く抱き寄せる。
最奥まで強く突き上げられて、細い腕に力が篭った。
「あ、ああァッッ!!!」
「――――――ッ!」
一際強い締め付けに、ぎゅっと唇を噛んで意識を保つ。
(まだ……もう少し、繋がってたいんだ……)
崩れ落ちる身体を抱きしめて、何度も互いの唇を噛みあう。
失速と落下は絡まったままだから快楽と付随できる。
「あ、や……っん……」
顎先を舐められて、肩が竦む。
押し返そうとする手をつかまれて、ちゅ…と唇が触れる。
爪、関節、一つ一つを確かめるように唇が辿っていく。
「一緒に居るとさ、それが当たり前だって思うようになってた。随分と、自惚れてたんだな……俺。
 お前が居なくなる事なんて考えても無かった。冗談では言ってたけど……本気で考えたことなんてなかったよ」
掌に降る接吻は、誓いにも似て涙がこぼれそうになる。
嫉妬も、喧嘩も、何一つ意味のないことなどなかったのだから。
「傍で、笑ってくれるっていうのが……こんなに幸せだったなんてな……」
少し照れたような笑みも。
自分を抱くこの腕も。
「あ……ん!!」
ずい、と腰を進められて甘い痺れが全身を支配し始める。
「…ッ!!あ、ダ…ダメ……っ…!!」
忘れていた感覚が目覚めたかのように、身体は男の動きを逃すまいと絡みつく。
逆らえ切れない本能は、暖かな感情が混ざることによって形が変わる。
おそらくそれを古の人は『恋』と名付けたのだろう。
心が添えられることで変わると、その文字を生み出したように。
「……く……ぅん!……あ!!」
少しだけ身体を曲げさせて、その細い腰を強く抱き寄せる。
深々と貫かれて上がるのは涙声の嬌声と、吐息だけ。
敷布に触れるのは小さな頭を肩口が僅かばかり。
「…は……ぁ!!あ!!や、や…ぁ…!」
薄く開いた唇を割って指を銜えさせる。
(やっぱ……可愛いよな……こーゆーの見せてもらえるってのは……)
指先に絡んでくる小さな舌先。
引き抜いて、濡れた突起を擦り上げる。
「!!!」
ぬるぬるとして暖かな感触と、一層きつくなる肉の感触がじわじわと意識を侵食していく。
「…ふ……あ!…道……徳…っ…!」
自分の名前を呼ぶその声すらなかった空間。
(お前が、こうやって俺の名前を呼んでくれる……それって凄く幸せなことだったんだよな)
頭を押さえるようにして重ねた唇。
たった一枚の粘膜を隔てることのもどかしさ。
繋がりきれない悔しさ。
交わることで知った肌の暖かさ。
何一つ欠けていいものも、無駄なものもない。
「あああっッ!!!」
「……ッ!……普賢……っ…」
きつく抱きしめあって、目を閉じて。
二人で堕ちていける感覚にただ、その身体を預けた。





(久々だと……やっぱし歯止めが利かなくなるな……反省物だ)
眠る普賢の頭をそっと撫でて、道徳は苦笑交じりにため息をついた。
自分の腕を枕に眠る姿。
隣にその姿がなくても、腕を伸ばして眠る癖は抜けることはなかった。
いつもよりも眺めの良い空いた空間がどうしようもなく寂しく、自分の気持ちを改めて知る事となる。
「……眠らないの?」
「今、寝たら……お前がどっかまた家出しそうな気がして」
くすくすと笑う声。
「やだ……そんなこと考えてたんだ」
ぴったりと寄り添えば、柔らかい胸の感触に息が詰まる。
「我儘言い合うだけじゃダメだよね……ボクも色々考えたよ……」
お互いの気持ちをぶつけ合うだけではやってはいけない。
「好き」と気持ちだけでは、いつかは全てが壊れてしまう。
誰かを愛するためには、それ相応の努力が必要なのだから。
ただ、その努力も、苦労も、厭うことはない。
それだけの時間は共有してきた。
「もっと、道徳を大事にしなきゃ……って」
指を絡めて、手を繋ぐ。
「好き……いっぱい、いっぱい、大好き」
音もなく、降りしきる雪。
季節が変わるように愛を育ててきた。
冬は別れの季節ではなく、誰かを愛するための準備期間。
「我儘ばっかり言ってごめんね」
ぎゅっと抱きついてくる身体と、重なる鼓動。
「掃除も、ちゃんとしてたみたいだしね」
「あー……うん……」
「温かいのは、身体だけじゃないんだ……きっと」
言葉に出さなければ気持ちなんてものは伝わらない。
目で見て分かるなどとは只の奇麗事。
綺麗な嘘も必要だけれど、過酷な真実だって不可欠だ。
長い人生を幸せに過ごすためには甘い言葉だって大切なもの。
「……人を好きになるって、凄いことだね……」
すり寄せてくる頬は、甘く柔らかい。
「……雪、降ってるんだな……」
「……え……?」
身体を起こして窓のほうを見る。
窓枠に括られた雪は、まるで白い光が降ってくるように見えた。
「綺麗……」
曇った硝子に手を当てて、そっと窓を開ける。
「この先も、ずっとこうやって色んな季節を見て行こうね……」
小さな身体を後ろから抱きしめて、耳元でそっと囁く。
「ああ……長い長い日々を一緒に生きて行こうな……」
掌で溶ける雪は泡沫の夢。
人が夢を見ればそれは儚く消えてしまう。
人が幸せを望めば倖になってしまう。
そうならないように、最大限の努力をしよう。
「風邪引くぞ」
「あ、風邪引いたら道徳がちゃんと御飯作ってたか調べられるね」
「勘弁してくれ……あれが半年続いたら俺、餓死するぞ」
静かに窓を閉めて、離れないように肌を合わせる。
全てを悟りきるほどまだ老いてはいない二人。
遅い朝が来るまで何度も離れていた時間を取り戻すように求め合って。
明日という日に呼ばれてもその声は無視を決め込んだ。
ただ、二人で居られればそれで良い。
それだけが真実だった。





目が覚めて見る景色は銀世界ではなく、愛しい君の寝顔。
その当たり前の風景を、抱きしめられる幸せを、ずっと離さないと決めた。




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