◆宝貝の使い方、身の振り方◆
「道徳、掃除しようって気持ちはないのかな?」
荒れ放題の室内を見て普賢はため息と苦笑を浮かべる。
「いや、その、お前来てくれるし、しなくてもいいかな〜なんて……」
目線を逸らしながら道徳真君は早くも逃げ腰。
「どーしていつもそうなのかな?」
いつもは太極府印を手に詰め寄ってくるはずの普賢が、今日に限ってそれをしてこない。
「いっつもボクが掃除するからって……もう怒った!来るたびに掃除して、食器洗って、洗濯して、
片付けものして、御飯作って……道徳は自分のことなんて何にもしてない!!」
何時になく捲し立てられ、道徳真君は声も出せない。
「でも、今日は道徳にちゃんとしてもらうんだ」
「な、何ですか……普賢さんその意味深な笑い方は」
「さぁ〜て、何だと思う?」
普賢はくすくすと笑う。
「清虚道徳真君!!動くなっ!!!」
「いっ!?」
名前を呼ばれると同時に、道徳の身体は自分の意思に反して動けなくなる。
指の一本すらも動かせない状況だ。
「普賢、お前何をした!?」
「叫名棍……望ちゃんに借りてきたの」
叫名棍を片手に普賢は道徳真君の顔を覗き込む。
「しかもこれはヨウゼンが望ちゃん仕様に改良した奴。例えばね……」
叫名棍を口に当てて、普賢は声を放つ。
「道徳、そこの服を畳んで」
「なっ!?何だ!身体が勝手にっ!!」
言うや否や道徳は座り込んで先刻に投げ出した上着を綺麗に畳みだす。
「簡単に言えば命令をきかせる様にしてあるって事」
普賢はにやりと小さく笑う。
「さて……と。何をしてもらおうかなァ」
口元に手を当てて、あれこれと考える。
「よし。じゃあ手始めにたまってるお皿洗ってきて」
言われるままに厨房に姿を消していく。
(なんで俺がこんなことを!!)
元々は自分の邸宅。
恋人が出来てからというもの身の回りのことを放棄して久しい生活だ。
しかもそれに慣れきってしまった。
たまった食器を洗いきって道徳真君は憮然とした表情で普賢の前に姿を現した。
「次はね〜……掃除!」
「待て!!何で俺がっ!!!」
意思とは反して身体は掃除用具一式を持って邸宅を走り回る。
一時間ほどかけて掃除を終えるとすっかり疲れきった表情。
「あとね、もう一個あるんだ」
「何だよ……」
「うちの書庫の整理」
それは道徳真君の中で出来れば避けて通りたい事柄上位三つに入ることだった。
なにしろ普賢の書庫に収められている書物の数は半端ではない。
元々、本を避ける傾向のある彼にとっては書庫は近寄りがたい場所。
書庫の整理と聞くだけであのモクタクでさえもそそくさと下山してしまうのだから。
「この間、上のほうのを取ろうとしたら雪崩が起きちゃって」
「お前の書庫だけは御免だっ!」
「まぁいいや。さ、道徳行くよ」
さくさくと歩きだして、普賢はふいと振り返った。
「どうせなら運んでもらおっかな。道徳、うちまで運んで」
「あ、それなら叫名棍使わなくても全然」
ひょいと膝抱きにして九巧山目指して駆け出していく。
「お前、痩せたか?前よりも軽いぞ」
「そんなことないよ。ちゃんと食べてるし」
岩山を飛びながら、白鶴洞に降り立つ。
(ああ……やっぱ逃げれないか……)
普賢をそっと下ろして、その後ろを付いていく。
研究開発班に属する彼女の蔵書は見事なもので、崑崙でも有数の保持者に上げられる。
その種類も多種多様で兵法から仙丹の作り方、果ては杏仁豆腐のいろはまで枠に囚われない。
その殆どを読み込み、記憶しているというのだ。
「あ、久々にコレ作ってみようかな」
ぱらぱらと頁を捲って普賢は何かを読み始める。
「じゃあ、全部終わったら言ってね」
「本気でコレ全部片付けるのか?」
「うん。ボクはいっつも君の家事一般をやってるからね。それでもまだ足りないくらいだよ。
大体ね、ボクの身にもなってよ。慈航とかから何て言われたと思う?さっさと嫁に行け!だよ。
まるでボクが道徳のお嫁さんみたいな言い方するんだよ!!」
(でも、似たようなモンだろうが……いずれは貰うけれども)
普賢にとっては慈航の言い方が余程気に障ったのか怒り心頭といった様子。
「まぁ、一応まだ正式には貰ってないけど似たようなもんだろ?」
「そういう問題じゃないよ」
「あー、はいはい。ま、近い将来は嫁に来てくれるんだろ?大事にするぞ」
ぎゅっと抱かれて背中を軽く叩かれる。
「ん〜……多分……」
「た、多分!?多分ってなんだよ!?決定事項じゃないのか?」
「だって……道徳だらしないとこあるんだもん……」
見上げてくる大きな瞳。
「ちゃんとする?」
「う……そういわれると……」
すい、と腕が伸びて背中を抱いてくる。
「とりあえず、ここ片付けてね。ボク、あっちでコレ読んでるから」
先ほど取り出した本をかざして普賢はニコニコと笑う。
ぱたん、と扉が閉まって膨大な書物を前に道徳はため息混じりに頭を掻いた。
のんびりと掘り出した冊子を見ながら手際よく材料を混ぜて行く手つき。
籠に盛られた林檎の赤が目に眩しい。
砂糖と蜂蜜を混ぜながら鼻歌交じりにそれを焼き上げた型に塗りつける。
煮詰めた林檎をその上に敷き詰めて焼き上げるべく爐(オーブン)に入れて時間を潰していく。
(美味しくできるといいなぁ……)
甘い匂いが室内にこぼれだす。
「終わったぞ……何なんだあの凄まじい量は……」
「あ、お疲れ様。今お菓子作ってたとこだからちょっと待ってね」
すとんと椅子に座って小さな背中を見つめる。
(林檎の匂い?さっきの本のやつかな?)
普賢が持って行ったのは菓子作りの本。
たまには何か手の込んだものでも作ってやろうとの思いからだった。
(何だかんだ言っても俺って愛されてるよなぁ……これで核融合さえ無ければ文句なしなんだけどな)
甘い匂いに期待を寄せて、ふと目を向ければそこに置いてるのは件の叫名棍。
(こういうところが詰めが甘いんだよな……)
気付かれない様に手を伸ばし、それを懐にしまいこむ。
「久々に作ったから、ちょっと自信が無いけれども」
器に盛られたのは蘋果派(アップルパイ)
とろとろとこぼれそうな焼かれた林檎と焼き色の付いた包み型。
「いや、美味いよ。疲れきった身体には一番嬉しい」
「あはは。ゴメンね。大変だったでしょ?」
「いえいえ。これからのことを思えば全然苦にならないね」
「?」
訝しがる普賢の目の前に道徳は叫名棍をかざす。
「コレ、なーんだ?」
「返してっ!!!」
「絶っっっ対嫌だ。今度は俺がお前に命令する番」
頭上にかざしてしまえば普賢の手では取り戻すことは不可能。
「普賢真人!動くなっ!!!」
びくんと肩が揺れて普賢の動作が止まる。
顎先を手で撫でて道徳は不適に笑った。
「さて……何してもらおっかな〜」
「道徳、怒るよ」
軽く睨んでも何の効果もなし。
「じゃあ、あっち(寝室)行くとするか」
「やだっ!!!」
いくら言っても身体は意思に反するばかり。
希望の方向とはまったく逆へと進むのだ。
寝台に腰掛けて、道徳真君は叫名棍を構える。
「それじゃとりあえず上着から脱いでくか」
「道徳っ!!」
帯に手が掛かり、ぱらりと解いていく。
上着が脱ぎ捨てられて、胸を包むさらしと括れた腰が目を奪う。
「それも取って」
しゅる…と解けて二つの乳房が露になる。
柔らかな曲線で構成された形の良い丸いそれはふるふると揺れて、まるで「おいで」と誘う様。
「んじゃ、次は下穿きも脱いで」
すらりと伸びた脚。
下着一枚だけを身に付けた姿に変わり、恥ずかしそうに頬を染める。
「おいで」
伸ばされた手を取って、寝台に上がりこむ。
「脱がせて」
言われるままに指先は道徳の道衣を落としていく。
「あ……やっ……」
揺れる胸を包むように揉まれて、声が上がる。
「さて、どうしよっかな〜。色々したいことはあるんだけどねぇ……」
顎先に指を伸ばしてそっと引き寄せる。
さわさわと指先で撫で上げるとくすぐったそうに眼を背けられた。
「やだ!止めて」
「決めた。普賢、自分でしてみせて」
「やだっ!!絶対嫌!!」
意思とは裏腹に、指先は身体を滑り落ちていく。
寝台の上に座り込む形で、ゆっくりと自分の身体を愛撫し始める。
「…ん……ッ……」
両手で包み込むように、丸く柔らかい乳房を揉んでいく。
細い指先が時折乳首を軽く摘む。
他人に見られながらの自慰。それも事もあろうか恋人の目の前で。
それは羞恥心の強い彼女にとっては耐え難いものでもあった。
(……やだ……こんなの……っ……)
どれだけ頭で否定しても、支配された神経は戻らずに、指は身体を熱くさせる。
そのまま腹部を撫でながら、そろそろと下がり濡れ始めた秘部の入口をなぞっていく。
(…どうしよう……っ……)
指先は濡れた内壁を掻き回しながら、奥へ奥へと進む。
「……ぁ……ぅ……ッ…」
殺しきれない声が、本能を刺激する。
きゅっと閉じた瞼。目尻には小さな涙。
「ほら、ちゃんと俺のほう見て」
顎を取られて、渡される命令。
「もっとちゃんと見せて」
「……やぁ……もう、止めて……」
濡れて、甘えた声。
ぬるついたソコを視姦されながら、懇願する瞳。
ちゅ…じゅく……ちゅくっ……
どれだけ否定しても、指は止まることなく自分を攻め立てる。
「!」
ふいに両手をつかまれて抱きしめられる。
ぴちゃ…塞がれる唇に目を閉じて、その背中に手を回す。
舌先を絡めあって、何度も何度も互いのそれを吸い合う。
片手で抱かれ、空いた手は背中を滑り落ちて腰骨をぐっと抱いていくる。
「……っは…ん……」
「そんなに気持ちいい?」
唇を舐められて、肩が竦む。
「……そんなこと……ッ……」
「違うのか?俺にはそんな風には見えないけど?」
軽く睨んでくる瞳。
「…ア!やだっ……!」
「嫌って言葉は、禁止。正直な言葉でイって」
さわさわと耳を撫でる指先。
頬に触れて、じっと見つめられる。
「あ、は……っ!!」
片手はふにゅりとした感触の柔らかい胸を。
空いた手はもう片方の先端をきゅっと摘み上げる。
子供が玩具を弄るようにするすると手は下がっていく。まるで行き場を探すように。
そのまま指先は濡れた内壁を擦り上げて、ちゅく…と浅く出入りを繰り返す。
「あ!んぅッ!!」
「ちゃんと濡れてるのに?しっかりと俺の、咥え込んでるよ?」
ぬるぬると絡まるそれは彼の指を根元まで濡らしていく。
「乗って。自分で挿れてみせて」
耳元に掛けられる吐息。唇が微かに触れるだけで熱くなる身体。
言われるままに手を添えて、ゆっくりと腰を沈めていく。
「ん……ッ!!」
中程まで繋がって、はぁはぁと息がこぼれる。
浮いた汗と、半開きの唇。
「あァ…ぅ……ッ……」
無骨な手が、腰にかかりそのまま一息に奥まで
「!!!」
びくんと仰け反る細身の身体。その手を振り払おうと白い指が震えながら触れてくる。
「あ…っ!!や……ん!」
小さく振られる首。
「ああァンッ!!」
(どうせなら……一回アレをやってみるか)
片手をずらして、仙気を込める。
「……?……」
「いや、どうせなら楽しませてもらおうかと……」
にやりと道徳の唇が笑う。
一瞬の閃光と共に現れたのは数枚の鏡。
「!?」
半泣きの顔。薄く空いた唇が理由を問うかのように小さく震えた。
「長い人生、刺激も大事だろ?たまにはこんな感じなのもいいと思わないか?」
「思わな……!!」
腰を強く抱かれて、上ずる声。
一回一回が重く、子宮を打ち付けてくる。
体中を痺れが回って理性など消えてしまいそう。
途切れがちになる意識を呼び戻すのも、自分の中に居る男の感触。
「ほら、ちゃんと見て」
両手で顔を覆ってぶんぶんと首を振る姿。
「や…ふ……!!…ッ」
「騎乗位ってさ、女に良くって男はそんなんでもないって言うよな」
唇から零れる涎を指先で拭って、そのまま咥えさせる。
ちゅぷ…と吸い付いてくるのを確かめると、口腔を軽くなぞっていく。
「…ぅく……やぁ……」
腰を抱かれるたびに、濡れて曇った音が耳に響く。
どれだけ否定しても、この身体は紛れもなく女なのだ。
「俺が見てるお前の顔……見せたいんだけどなぁ」
両手でその大きな手を取る。
人差し指の先端をちゅっと吸い上げて、とろんとした瞳に見つめられる。
「あ!!ダ……メ…っ!!」
仰け反った喉元。鎖骨に流れる汗。腿に沈む指先。
突き上げられるたびに、小さな波が身体を揺さぶる。
「あ!!アンッ!!」
「見ろよ、ちゃんと。自分がどんな顔して俺に乗っかってんのか」
恐る恐る自分たちを囲む数枚の鏡を見る。
ほんのりと染まった肌。喘ぎながら男にしがみ付いて腰を振る己の痴態。
ぷるんと揺れる乳房は吸い付かれるのを待っている様。
何よりも、濡れて光るそこ。
(……こんなの……やだよぉ……)
耳まで真っ赤に染めて、ぼろぼろと零れる涙。
(やば……っ……泣かせちまった……)
自分の上で小さく震える普賢をあやすように抱き寄せる。
「…や……」
「……だから、その……俺が見せたかったのは…お前がそういう顔で誘ってるってので……」
掌に接吻してくる小さな唇。それを受けながら、片手で再度強く腰を引き寄せる。
「ああッ!!」
もどかしげに揺れて誘ってくる乳房を掴む。
「凄く、可愛いって言いたかったんだよ」
「くぅ……ん!!」
じゅる、ぢゅく…濡れた音と肌が触れ合う音が交差する。
打ちつけられる感触と、ずきずきとした痺れ。
甘い痛みが子供を宿すことのない行為を正当化するように身体を駆け巡る。
「…ひ……ぅ!!!あ!」
崩れそうな意識を身体を必死に支えて、振り切れそうな理性の箸を掴む。
ぬるりとした感触が内腿をとろとろと汚す。
「あ!あああァァっ!!!」
きつく腰をつかまれて最後まで握っていた理性を手放し、力の抜けきった躰を男に預ける。
「まだ、終わってないのは……分かるよな?」
「…ぅ……」
自分の中で男はまだ脈打っているのは否応無しに感じてしまう。
「だから、もうちょっと付き合って……」
乾いた唇が二つ、優しく触れ合った。
肌寒さに目を覚まして、普賢は隣で眠る道徳の顔を見つめる。
(ろくなこと考えないんだから)
きゅっと鼻を摘むと息苦しそうに乱れる呼吸。
(それよりも……あった!)
床に転がる叫名棍をとって自分の枕の裏に隠す。
武器さえ押さえてしまえば、勝てない相手ではない。
「……何だよ、起きたのか?」
「道徳の寝顔をちゃんと見ておこうかと思って」
「??ふ〜ん……まぁ、いいけどな」
同じように身を起こして、道徳は普賢を抱き寄せた。
「随分と機嫌いいね」
「そりゃあ、ねぇ。それに……」
「?」
「俺、途中から叫名棍使わなかったけど?誰かさんには良い資質があるみたいで」
にやにやと笑うのを見ながら、ぎゅっと頬を摘む。
「痛ってぇ!!」
「最低」
「いいじゃないか、普賢だって楽しんだろ?」
「………………」
むすっとした表情で普賢は道徳を睨みつける。
「恐い顔するなよ。折角可愛い顔してるのに」
ぎゅっと抱きしめながら柔らかい胸と胸の間に顔を埋める。
(こういうのを幸せっていうんでしょうねぇ……気持ちいいし……)
頬をすり寄せるのを半ばあきれながら道徳の頭を抱く細い腕。
「道徳」
「ん?」
「動くなっ!!!」
「げっ!!」
ぺちん、と頭を軽く叩かれ道徳真君は恐る恐る普賢真人を見上げた。
「本っっ当にろくでもないことしか考えないんだから!!」
腕組みをして厭きれた様な表情。
それでも唇が笑っているのは嫌いじゃないと伝えてくる。
「どうしよっかな〜。その格好のまま青峯山一周とか面白いかな〜」
白々しく吐かれる台詞。
「すまん!!俺が悪かった!!調子に乗りすぎたのは謝る!!!」
「どうしよっかな〜〜」
顎に指を当て、普賢は考えた振りをする。
悪戯な恋人にほんの少しだけ意地の悪いことをするのもまた一興と。
「俺が悪かった!!普賢!!」
「ん〜〜〜〜〜」
騙しあい合戦の軍配の行方は霞の中の月だけが笑ってみていた。
翌日、再度書庫の整理をさせられて道徳は己の詰めの甘さを呪っていた。
叫名棍は再び持ち主である太公望の元に返された。
汗だくでぐったりとしている道徳を太極府印で冷やしながら笑う普賢の姿が目撃されたという。
『宝貝の使い方には十分注意しましょう』
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