◆バスルーム大作戦◆







たまには趣向を凝らしての入浴の悪くないと、普賢真人は浴槽に香球を何個か浮かべる。
それは甘い匂いを浴室に広めて、泡を立てて優しく溶けて行った。
薄桃色の泡も相まって中々に甘い演出を。
(たまにはお風呂でお酒でも飲もうかな……楽しいかも)
長風呂と酒をこよなく愛するこの仙人。
くすくすと笑って飾った緑にそっと水を与える。
(お昼からのんびり入るのも悪くないよね……準備しちゃおっかな)
秘蔵の果実酒を連れ込んで泡風呂に身体を沈める。
(たまにはこういうのもいいな……一人でゆっくりしたい時もあるし)
肩まで浸かって指先に付いた泡をそっと吹き飛ばす。
ふわわ…と落ちて新しい泡に。
柔らかい髪に、肌に、淡い色のそれはふわふわと絡みつく。
(別に、道徳のことが嫌とかそういうのじゃないけども……ボクだって一人でゆっくりしたい時だってある)
どこにいても、すぐに自分のことを見つけ出すのに長けた恋人は一人にされるのが好きではない。
指を絡めて手を繋いで、一緒に居るのを好むのだ。
これに対して普賢真人はどちらかと言えば自分の時間を大切にしたいタイプ。
一緒に居るのも嫌ではないのだが、四六時中と度が過ぎれば少しばかり眉を寄せることも。
(もっと、お互い何とかしなきゃだめだよねぇ……)
ぬらりと伸びた脚。
小さな爪にはきらきらと絡みつく光の粉。足と指それぞれに甘い魔法を。
時折戻ってくる親友が悪戯に選んでくれた土産の一つ。
(だって……ああ、でも……)
とぷんと深く身体を沈めて、目を閉じる。
(ボクもわがまま言ってるからなぁ……ちょっとは道徳のわがままも聞かなきゃダメだよね)
触れてくる手も、唇も、大事にしたいと思う。
それでも、過剰に求められれば逃げ腰になってしまう自分が居るのも事実。
追われれば、非が無くとも逃げてしまうのと同じ理由なのだがそれが通じる相手ではない。
(文句はそんなに無いんだけれど、どうしてああもヤキモチ焼きなんだろう)
自分の近付く異性全てを排除しようと、恋人はやっきになって飛び回る。
何人かの弟子を取っている身分でもあるのに、その弟子ですら牽制する始末。
無害と判断されたモクタクは苦笑しながら「師伯のことは皆、分かってますから」と言うだけ。
知れ渡るほど互いの悪名を上げたかと、彼女はため息をつく。
(困るよね……別にどこに行ったりしないのに……)
耳をくすぐる小さな泡。
甘い果実酒は身体に染み渡り、少しだけ優しい気持ちにさせる。
うとうとと目を閉じて、手を伸ばす。
ふわり、ふわり。
指先からこぼれる泡は、重なって消えた。






「普賢〜?」
下山中の天化への用向きは早々に終わらせた。
恋人の顔が見たいと急いで戻ってはみたものの、探せどその姿は見当たらない。
(風呂か?でも、こんな昼から……って前もあったな。昼から夕方まで入っててふやけたとか何とか……)
腕組みして思い出せば、顔がにやけてしまう。
(んじゃあ、お供させてもらいましょうかね)
そろそろと浴室の扉に手を掛ける。
いつもならば鼻歌なんかが聞こえてくるのだが、今日に限ってはそれも無い。
(まさか、風呂場で逆上せたか?)
勢い良く扉を開ければ転がる数本の酒瓶。
甘い香りに混じった酒気。
見れば泡風呂の中で真っ赤な顔で上機嫌の普賢の姿。
浮かべた花弁とほんのりと染まった肩口が視界を奪う。
「……真昼間から、風呂場で酒飲むなよ、お前……」
いつもは諌められる側の道徳真君が珍しくため息をついた。
普賢真人は自他共に認める酒好きの仙人だ。
入山当時から鍛えたお陰で滅多なことでは酔いつぶれない。
それは彼にとっては若干不都合なことでもあるのだが。
その代わりに、酔ってしまえば仮面が取れたかのように大胆な行動に出ることも。
これは彼にとっては好都合極まりないのだが。
「えへへ……美味しいよぉ?道徳も呑む?」
けらけらと笑って細い口のそれに絡む唇。
(今日はどの普賢だ?こいつが酔うと良いか悪いか二つしかないんだよな)
す…と伸びてくる手。
「入る?」
とろんとした瞳がおいでと誘う。
「入る。もちろん」
頬に手を当てて、ちゅっと唇を重ねる。
ほんの少しだけ熱い唇は甘い味がした。






細い背中にふんわりとした泡を絡ませて、小首を傾げる姿。
(やっぱこーいう事も、長い人生を過ごすには大事だ。うん)
悪戯に泡を掬って、自分の髪に乗せる指先。
その手を取って、人差し指をぺろり、と舐め上げた。
「なぁに?」
「昼間っからお前とこんな風に出来るってのは……幸せだな〜って」
ぎゅっと首に抱きついてくる細い腕。
(だから、普段からこれくらい可愛いと……いや、文句は言うまい。酒の力でも何でも使えるものは使った方がいい)
後ろから抱きしめて、そのまま手を丸い乳房に。
「やだ、ダメ……」
その先端を悪戯にきゅっと摘む。
「あ!やんっ!!」
両手でやんわりと揉みながら、首筋に唇を当てる。舌先でそのままつ…と耳までなぞり上げて、耳朶を甘く含む。
「こらっ!!折角いい気分でお酒飲めたのに」
「こんな日も高いうちから酒飲むなよな。まったく。お前の唯一の悪癖だ」
くすくすと笑う唇。
「いつもは逆なのにね。変なの」
身体を反転させて、甘えるように鼻先に触れる唇。
「泡だらけってのも、たまには良いかもな」
するりと滑る手。
肩に手を掛けさせて、そのまま腰を撫で上げる。
するりと首に手が回り、頬を擦りよせてくすくすと笑う。
「道徳も飲む?今日のは凄く美味しいよ。元始様の所からこっそり持ってきたやつだから」
「飲ませてくれるのか?」
片手で普賢の腰を抱いて、淵に置いてあった盆から小さな徳利を取る。
鼻先に掛かるのは緑に近い匂い。
「ほら」
「……?道徳は飲まないの?」
丸い瞳が覗き込んでくる。
「飲むよ。お前が飲ませてくれるんだろ?口移しで」
言われて一瞬で耳まで真っ赤に染め上げる。まるで火でも着いたかのように。
(そんなに赤くなるほどのことか……?)
それならば全裸に泡だらけで戯れる今のこの状態のほうが余程普通の人間ならば頬を染めるだろうと彼は思う。
褥の中に居るよりも、ずっと視覚的。
確立から見れば滅多に拝めない光景でもある。
そもそも、普賢が自分を浴室に入れることなど殆ど無い。
「飲ませて、な?」
首筋を舐め上げると、身を捩る嬌態。
「一回くらいいいだろ?」
「一回だけだよ?本当に」
徳利を受け取って液体を口に含む。
男の頬に手を当てて、そっと唇を重ねてこぼさない様に移していく。
腰に回していた手を薄い背中に移動させて、そのままぐっと引き寄せた。
「!」
離れられないように抱きこんで、自分の腰を跨がせるような格好に。
「あ!!やだぁ……」
「な、もう一口。良い酒は、良い器で飲むと美味さが増すって本当だよな」
「一回だけって……」
「あれ全部で一回だろ?ほら、早く」
自分が準備した徳利は自分用に誂えたもの。
量はまだまだ残っている算段だ。
それでも飲ませなければ拗ねるのは目に見えている。
仕方ないとばかりに、彼女は酒を口に含んだ。
「……んっ……」
何度かそうやって口移しで飲ませていく。
つつ…と指先が下がって、湯を絡ませて内側へと入り込む。
「あ!んっ!!」
「続けて」
唇が重なるたびに、指先は内壁を擦り上げて、押し上げてくる。
浮きがちになる腰を片手で諌められて、逃げられないように背中を抱かれた。
「あ、んぅ……!!」
切なげな吐息が耳に掛かる。
力の抜けた身体を支えるように、首にしがみ付く。
内側で掻き回す様に踊る指。
こぼれだした滑る体液。
「!!」
ずるり…指の滑る感触。入れ替わりに入り込んでくる熱杭。
胸板と乳房が重なり合う。
「ああッ!!」
「良い酒飲むと、気持ちよくなるよな」
腰骨と括れに手を回して、ぐい、と引き寄せて。
耳元にこぼれる嬌声と甘い息。
突き上げられるたびに揺れる胸と細腰。
「…っは……ん!……」
動きにあわせるように絡む柔肉と重なる腰使い。
(たまには良い目に合わないと……核融合いっぱい食らってんだからさ……)
「きゃ……ぅん!!あんッ…!!」
(こんな風に鳴いてもらうと、虐めたくなるんだよな……俺……)
腰に置いた手をそろそろと下げていく。
「あ……ダメ…ッ!」
その言葉は無視して、窄まりに指を咥え込ませる。
「ああッ!!や、やぁ……ッ…」
ぎゅっと目を閉じて、身を捩る姿。
「この間は、一本だったから……今日はもうちょっと……」
「馬鹿……ッ…」
内側で擦りあう感触は、脊髄まで甘く痺れさせるから。
背中を抱いた指先。爪がちりりと走る。
胸がぴったりとくっついて、深く唇を重ねあう。
吸い合って、舐めあって、舌を絡ませて再度重ねて。
抱かれた腰も、息が掛かる首筋も、唇の触れる耳元も、熱くて甘くて泣きそうなくらいに。
「…ぅ……あ!!…道徳……ッ…!!」
しがみ付くたびに、くわえ込んだ指先がじんじんと奥を攻め上げる。
(やだ……恐いよ…ッ……どうにかなりそう……)
心とは裏腹に、身体は加速して熱くなっていく。
膝の下に腕を入れてぐっと引き寄せれば甘えるように頬に唇が触れた。
ちゅっ…と啄ばむように鼻筋に降る口唇。
(どうして……ボク、変になってるよ……)
脚を絡ませて、より深く繋がれる様に。本能に従順になることを身体は選んだ。
「あ!!ダメッ!!!」
親指と人差し指が熟れた肉芽を摘み上げる。
強弱を付けて時折くい、と押し上げてはやんわりと擦り上げていく。
(色気あるよな……特にこういう顔って……)
忍ばせた指を増やして、ぐ…と蠢かせればその度にきゅんと柔肉が絡む。
仰け反る細い背中。
「ん、あ!!……く…ぅ…!……」
肌を包む泡がより一層、普賢を淫猥に彩る。
(お風呂でこんなこと……ダメなのに……)
それでも口に出来るのは抑えきれない喘ぎ声と、吐息だけ。
一人だけのために仕上げられた身体。
「やぁ……そっち…ダメ……ぇ……」
涙声でたどたどしく綴られる言葉。
「何で?気持ちいいんだろ?」
ふるふると小さく横に触れる頭。
認めてしまえば、何かを失ってしまいそうだから。
辛うじて細い糸一本でそれを繋ぎ止めているのだから。
「そんな……こ…!……ッ!!」
薄皮と粘膜越しに感じる動きと質量。
「そんなこと?」
「…な……あんっ!!」
強く腰を抱かれて、ずん…と突き上げられる。
涙交じりの懇願は見ない振りをして、『もっと深く』と誘った身体に従う。
唇を噛みあって、舌を絡ませ合ってただの獣に戻って絡み合う。
「ああっ!!や、やぁ…!!」
ぎゅっとしがみ付く腕。
雑音など耳に入る余裕もなく、鬩ぎ合って揺さぶりあう。
陥落寸前の理性。
二人で溶け合おうとしたときだった。
「師匠?また風呂場で酒ですかい?」
おもむろに開く扉。
「!!??」
その光景にモクタクは目を見開く。
この二人がそういう関係であることは十二分に承知していた。
それでも、現場を見せられれば何も感じないわけが無い。
まして、恋心を抱いた相手ならば尚更に。
「え……っと、その……」
後退りしながら引きつった笑みを浮かべるのが精一杯。
それでも目線は泡を絡ませた女体に行ってしまう哀しさ。
「俺、帰りますんで……気にしないで続けてくださいっ!」
バタン!と扉が閉まって、走り去る足音。
「モクタクっ!!」
「あ〜〜〜、言い逃れ出来ない状況だな……これは」
振り解こうにも、身体はしっかりと繋がったまま。
「離して!」
「ん〜〜〜、それもどうかと。このまま終わるのも生殺……」
「馬鹿!!」
ばちんと派手な音を立てて両手を頬が打つ。
「どっちにしても、モクタクには知れてるんだ。まぁ、直で見るのは初めてかもしれないけど」
「ボク、モクタクの師匠なんだよ!?なのに〜〜〜」
真っ赤になって顔を両手で普賢は覆う。
「最近やっと師弟関係っぽくなってきたのに〜〜〜〜っっっ!!!」
半泣き状態でわんわんと喚いても、それすら恋人にとっては甘い姿。
目尻の涙を指先で払ってそっと唇を当てる。
(困ったな……泣かせちゃいましたよ……)
小さなため息が二つ、浮かぶ泡に消えていった。







「いや、別にいいんですよ。お二人の関係を知らない道士なんて崑崙には居ませんから」
林檎を剥きながらモクタクは二人をじっと見る。
「師匠、文殊師伯が腰痛が酷かったら来いって言ってましたよ」
「……その、ね、モクタク……」
真っ赤になりながら、普賢はモクタクに視線を重ねた。
「まぁ、モクタクもそろそろ女の一人くらい作ってもおかしくない年だしな」
「道徳!!」
胸倉を掴めば、待てと手が制する。
「自分と一緒にしないで!!」
「いや、男なら普通だろ。若けりゃ若いほど女には興味があるし。こいつの身体も中々良いもんだろ?」
「道徳ッッ!!!!」
師匠としてではなく、女としてみるには相手が悪すぎる。
(なんで俺は失恋決定な恋をしてるんだろう……)
それでも、手を伸ばして「おかえり」と迎えてくれるこの場所が愛しくてたまらないのだ。
「喧嘩するほど仲がいいのは分かりましたから。俺、そろそろ帰りますね」
「待って、モクタク!!」
扉に手を掛けるモクタクの手を掴む。
「これ、持って行って。呉鉤剣の改良型。宝貝の補修まではできないでしょ?」
「ありがとうございます、師匠」
「無理はしないで。なにかあったらすぐに行くから」
小さく礼をして、モクタクは扉を閉じる。
一度離れれば、世界中を飛び回る愛弟子はそう頻繁に帰って来るほうではないのだ。
「モクタクにはきっと、可愛いお嫁さんがくるんだと思う」
「まぁ……そんな気はするけどな」
少しだけ寂しそうな声。
「いつまでもモクタクの初恋の相手じゃいられないんだよね」
外見は幼くとも、彼女は仙人なのだ。
弟子の淡い心には気が付いていた。
それを言ってしまえば修行どころではなくなる。
なによりも道士として成長して欲しかったから、師匠という態度を崩すことは無かった。
本当はその相手が自分でなかったならば少しからかって、それから恋の相談に乗りたかった。
背中を押して、『行っておいで』と送り出したかった。
「モクタクの御母様も、同じ気持ちでボクにモクタクを渡してくれたのかな……」
小さな頭を胸に抱いて、出切る事といえばあやすことくらい。
「初恋は実らないもんだって決まってるんだ。俺もそうだった」
「そうなの?じゃあ、ボクもいつか同じようになるのかな」
「はい?」
するりと腕を抜けて、普賢は小首を傾げる。
「ボクの初恋は、あなただよ」
「あ……っと……例外もあるから!!!例外も!!!」
追いかけて、抱きしめる。
幸せはしっかりと掴まなければこの手から砂のようにこぼれてしまうから。
「酔いも覚めたし本でも読もうかな」
「もう一回飲みなおさないか?」
「やだ。悪酔いしそうだよ」
夕方近くの空の色は、青と赤の混ざり合った空間。
「昔話でもしながらさ」
「それなら、いいかもね」
さらさらと流れる葉擦れの音。巡る季節は何度目だろう。
瞬きするような一瞬の時間でも、精一杯に生きる花のようにきらきらと笑って。
「湯冷めしちゃった」
「飲めば少しは温まるだろ?それでも寒かったら……」
そっと触れる唇。
「俺があっためるから」
「眠くなったら?」
「寝室まで運ぶから。夢の中で続きを話せばいい」
曖昧な時間には、甘い言葉。甘い時間は曖昧な気持ちのまま進めてしまえばいい。
「面白い話?」
「さぁ……俺の昔話なんて、お前にとっちゃ詰らないもんかもしれないし。でも」
「でも?」
「これから先の話は一緒に作っていけばいい。な?」
「うん……」
見えない明日はを二人で作ろう。
ずっと二人でいられるように。
「でも、もう道徳とお風呂には入らないから」
「待て!!なんでそうなるっ!!」
鼬ごっこは終わらない。
好きで追いかけ追いかけらられるのだから。



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