◆雨降らし、あじさい◆





「困った……着替えが……」
続く長雨のせいで普賢の衣類は全滅状態。
毎日きちんと雑事と家事をこなす生活がここで仇となってしまった。
下着姿に胸を包むさらし。鏡に映る姿は他人には見せられない。
くびれた腰も、所々に点在する房事の痕跡も。
「あ……これ……」
それは恋人の上着。自分が着れば膝の辺りまで来てしまう大きさ。
のそのそと袖を通して、普賢は鏡を覗き込んだ。
まるで子供が父親の服を着たかのような姿。
(でも、仕方ないよね。他に残ってないんだもん)
訪れるものもこの天気では居ないからと、そのまま長椅子に寝そべって読み掛けの本の
頁をぱらぱらと捲って行く。
こんな時の読書が一番楽しめる。
気が向けば好きな茶を入れて、お気に入りの香を焚く。
素足のままで歩き回って、窓を打つ雨に耳を傾けて。
欠伸をかみ殺しながら、うとうとと目を閉じれば優しい眠りが降りてくる。
(……たまにはこんな日も、いいよねぇ……)
眠りは優しい魔法。薄い上掛けを抱きしめて普賢の意識はゆっくりと消えてった。






(こいつは……なんでこんなところで寝てんだ?)
上掛けから覗く脚の白さに奪われる視線。
それを掛け直すよりももっと楽にしてやりたくて、寝室に運ぶほうを彼は選んだ。
(って、俺の服だろ……これは……)
抱き上げれば聞こえてくる小さな寝息。
長雨でここ数日逢えずに過ごし、雨の中来てみれば恋人は夢の中。
おまけに着衣は自分の上着のみ。
(誘ってんのか?乗るぞ?)
半開きの唇に、自分のそれをそっと重ねる。
「…………あれ………?道徳が居る……」
まだ少し夢の中なのか、とろんとした瞳。浅い瞬き。
腕の中で安心した表情で眠るのを見れば、湧き上がった下心も抑えるしかなくて。
変わりに生まれた愛しさで包むことにした。
子供を抱くようにして、そのまま長椅子に座り込む。
額に纏わり付く灰白の髪を指先で払って、小さな顔を覗き込んだ。
(なぁ、例えばな……お前が急に居なくなったら俺はその先の日々をどうやって
 過ごしたら良いんだろうな……)
一緒にいることが当たり前になってしまえば、互いが欠けてしまうことなど想像も出来ない。
もしも、一人きりの夜に戻されてしまったら。
押しつぶされそうな孤独にどれだけ耐えられるだろう。
(俺、どうしようもなくお前に惚れてんだな……)
捨てたはずの人間としての恋心は、仙人となって再確認させられた。
肌を合わせることでしか、分かち合えない気持ちも。
ただ、そこに居るだけで満たされる気持ちも。
嫉妬も何もかも、彼女がいてこその産物。
ぎゅっと抱きしめると、くすぐったそうに身を捻る仕草。
(ああ……一個一個可愛いことすんだよなぁ……こいつ……)
ちゅ…と耳に接吻すれば、眠た気に開く瞳。
「やぁん……」
頬に触れる指先。
「人の服、勝手に着るなよ」
「だって、雨が降ってて乾かないし、それに……道徳の匂いがするから……」
「俺の匂い?」
「うん……これ着てると、道徳に……ぎゅっとされてる気がするよ……」
大き目の道衣は、彼女が着ればすっぽりとその身体を包んでしまう。
「逢えなくても、道徳がここにいる気になる」
「……………………」
「でも……もし本当に逢えなくなっちゃったら……」
摺り寄せてくる柔らかい頬。
「きっと、悲しくてどうにかなっちゃうよね」
金具を引いて、肌にそっと唇を当てる。甘い匂いと、柔らかさは「おいで」と誘うから。
その誘惑に任せて、さらしを解いていく。
「…ぁん……」
「抵抗しないのか?」
「だって……道徳とこうするのも久しぶりだから……」
ぷるん、と外気にさらされる二つの乳房。
その先端に甘く口付けて舌を這わせる。
唇が吸い付くたびに生まれる喘ぎ声。それさえも消してしまう雨音。
雨はまるで檻のように二人を閉じ込めてくれる。
上着を肌蹴させる形でそのまま愛撫して、舌先はゆっくりと下がっていく。
「…んぅ……脱ぐ……?」
「着たままでいいよ。その方が……やらしくて俺は好き」
指先が降りて、掠めるように入り口を撫で摩る。
ちゅ…と音を立てて入り込み、そのまま浅い部分を軽く押し上げて。
慣らしながら、誘われるままに指を奥へと進めていく。
向かい合わせ、抱き合うようにして身体を重ねる。
「腰……少し浮かせて……」
指を引き抜けば、追いかけるように蠢く細腰。
肩に置かれた手が、小さく震える。
ゆっくりと腰を沈めさせると、少しだけその肢体がこわばるのが伝わってきた。
何度絡まっても、飽きることのない身体。
「あ!!あぁんッ!!」
ず…と抱き寄せられて、繋がる圧迫感と眩暈に唇を噛む。
打ち付けられるたびに小さく振られる首。
ぎゅっと背中にしがみついてくる手と、耳元にかかる甘い息。
「……や…ぁ!……動いちゃ……やぁ…!…」
潤んだ瞳で見上げられれば、心まで蕩けてしまいそう。
まして、何日も逢えなかったのだから。
「……動かなきゃ、終われないだろ……?」
腰を抱いて、ずん!と付きあげればそのたびに丸い乳房がふるふると揺れる。
「……そしたら、ずっとこうしていられるから……」
汗ばんだ肌と、互いの匂いで発情してしまう。
湿度は神経をいつもよりも過敏にして、密室に閉じこもることを促す。
閉鎖された空間の心地よさ。
「……逢えないって……それだけで悲しいんだねって……思ったの……」
白い谷間の誘惑には、勝てずに溺れることを選んだから。
怠惰でも今この状態のまま抱き合っていたい。
「ぁんッ!!」
腰を掴まれて、強く引き寄せられる。
しがみついてくる腕に力が入り、背筋を細い爪が走っていく。
「!!」
一度引き抜かれて、敷布の上に押し倒されてもう一度繋がれる。
膝を折られて、足首に唇が触れた。
親指を舐められて口腔で嬲られる。
「あ!!やだッ!!やぁ……ッ!」
抗う声は無視を決め込んで、その意外な弱点を攻めることだけに集中したい。
薄い爪、少しだけいびつな小指。
「あっ…や、やぁ……んっ!」
薄く開いた唇に、指を咥えさせる。
従順に絡んでくる舌先にこぼれる陰湿な笑み。
ちゅ…と音を立てて指は離れて、薄い茂みの下のもう一つの弱点に触れる。
「ンンッ!!」
「こっちも……好きだろ?」
「…あっ!!あ……っは……!!」
ただ触れるだけで感じる至福感に名前をつけるならば。
多分これが『好き』という感情だろう。
ただ、それを言葉で伝えるにはまだ時間が少しだけ足りなくて。
少しだけ意地悪な声と共にその身体を求めてしまう。
「……き…っ…大…好き……っ!!」
打ち付けられるたびにこぼれる淫猥な音。
最奥を攻められて耳に絡む喘ぎ声。
「……ふ…ぁ!!……道徳…ッ!!」
「いい子だからもうちょっと……付き合って……」
首筋を噛めば大きく揺れる肩。
こぼれた体液が敷布に沈んでいく。
唇を噛みあって、一つに溶け合いたくて夢中で抱きしめあう。
(……あったかくて……柔らか……)
自分の感情をうまく出すことが苦手な恋人の中にできる抑圧を。
少しだけでも外へと出させてやりたい。
この世界の全てが偽りだとしても。
この腕の中にある魂だけは本物だと言えるから。
「……道…徳……っ…」
頬に手が触れてちゅ…と触れる唇。
腰に絡む脚と、背に食い込む爪。
「ああ!!アアァっ!!」
抱きしめあって確かめた体温は離れる前と変わることなく。
今、ここに居ることが夢ではないと教えてくれた。







桶に挿された華は紫陽花。
露を称えてその身を変える。
「花とか……動物ってすごいよね」
窓を打つ雨を二人で見つめる。ただそれだけで満たされていく心。
「どんな風に?」
「一人で咲くから。猫だって、一人で産んで一人で育てるもの」
寄り添う肩はまだ頼りなく細い。
それでも、寄りかかれる場所を見つけたものには違った強さが生まれてくる。
「一人か……一概にそうとは言い切れないと思うけどな」
「?」
「花は太陽の恩恵を、猫は誰かの小さな愛情を受けてるだろ?一人きりじゃない」
時々、悲しいことを思う癖はまだ少し治らない。
それでも、一人で無く夜は少なくなったのは自分のせいだと自惚れたいのだ。
「太陽なんて大それた物にはなれないけど」
小さな身体を後ろから抱きしめる。
「それに近づけるように努力はするよ」
その手を取って同じように重なる彼女の手。
「ボクも……紫陽花の様に……」
一つ一つ、紡ぐ言葉。
「あなたが注いでくれる心で、色をつけられるようになりたいな……」
この思いが、壊れてしまわないように。
ずっと、ずっと一緒に居られますように。
愛弟子に件の修行を付ける小さな手には、絶えず刀傷が出来ている。
他の仙女ならばもっと柔らかく、陶器のように傷の無い指であろう。
『女だから』と言う理由では自分を甘やかすことをしない彼女は。
いつも、余計に傷ついてしまう。
優しい人は、悲しいことに敏感で心を痛めてしまうから。
せめて降り注ぐ雨を防ぐ彼女の傘になりたいと願うのだ。
「ボクの気持ちは……道徳にとって重荷?」
「重いものは、俺が持つよ。それが嫌なら二人で持てばいい」
「…………うん…………」
耳に触れる指先。
「くすぐったいよ」
「じゃあ、こっち」
そのまま下がって、二つの丸い乳房を包む。
「きゃ……んっ!」
「花には水が、人には愛が無きゃ枯れちゃうだろ?」
「足りない?」
胸に顔を埋めれば、そっと抱いてくる腕。
「足りなくは無いけども、過剰に欲しい」
「あはははは。栄養過多は植物を枯らしちゃうよ?」
大地に降り注ぐこの雨は。
きっと、その恋をしたのだろう。
その思いを伝えたくて。
全てに恵みのものとなって、降り注ぐのだ。
「枯れないさ……もっと育って大地に根を……」
甘さと柔らかさは眠りを誘う薬。
「道徳?」
余程疲れたのか恋人は寝息を立てている。
ここ数日の雨は、彼に瞑想と史書を読むことを義務付けるようなものだった。
(ね……あなたがもしも雨なら……)
窓を打つ雨は、少しだけ強まってあたりの音を消していく。
(小さな種を育ててくれるのかな……)
この雨が止む頃には。
(ねぇ、もしも二人でこの雨のように何かを育てて、愛しむ事が出来るなら……
 きっと素敵なことなんだろうね)
次の新しい季節をつれた太陽が顔を出す。
(でも、もう少しだけ……こうして二人で過ごしていたいな……)
今はそのための準備期間。
緑と光の季節はもう、そこまで来ているのだから。
(大好き……いっぱい、大好き……)
この思いが、変わりませんように。
この先も時間を共有できますように。





雨上がりの朝は、小さな虹が生まれては消える。
「普賢、ほら」
小さな枝葉に乗るのは蝸牛。
「あ、かたつむり。可愛いね」
「もうじき夏だな、また……流れ星探しに行こうな」
「うん」





きらきらと光るのは水溜りだけではなく。
重ねた思いと祈りの言葉―――――。





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2:01 2004/06/25

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