〜〜〜あいのことば〜〜〜



青峯山紫陽洞、今日もいつものように時間は過ぎていく。
「遊びに来ちゃった」
胸に書を抱え、普賢真人が穏やかに笑う。
「天化は?今日は居ないの?」
「そうそう頻繁に戻ってくるわけでもないからな。天化に何か用だったのか?」
「ううん。この前うちに来たから」
手にした籠を置いて普賢はのんびりと書物を広げた。
愛用の眼鏡。指で直しながら文字を目で追う。
「……うちには最近来てないぞ、あいつ」
天化はもちろんこの二人の関係を知っている。
濡れ場直撃ではないが、それに相当する現場にはしっかりと踏み込まれた過去もある。
「な、なんかされたのか!?」
「いくら天化でもそんなに命知らずじゃないと思うよ」
ぱらぱらと項を捲る音。小首をかしげながら事も無く普賢は言った。
「でも、なんであの子は人に触りたがるんだろうね。遊びに来てくれるのは嬉しいけれど
あんまりべたべた触れるのは得意じゃないから……道徳?」
引きつった笑いを浮かべるのが精一杯で、自分の弟子にしてやられたと痛感する。
破れかぶれに近くにあった岩を殴ると土煙を上げて岩は見事に砕け散った。
「凄いね、ボクにはできないよ」
ぱちぱちと手を叩き、普賢はにこやかに笑う。
(天化……そんなに師匠に喧嘩売りたいのか……そんなに封神台直行したいのか!!)
書を閉じて、軽く伸びをして、少し眠そうに小さな欠伸を噛み殺す。
「お昼作ってきたけども……聞いてる?」
自分をからかうために弟子は恋人のところに足繁く通っている。
どうしてやろうかとあれこれ思案しながら同じ場所をぐるぐると回るだけ。
「ねぇ、どうする?」
『してやったり』と笑う弟子の顔が脳裏を過ぎる。
その腕にはあろう事か恋人の姿。
「…………」
指先が太極府印の上で踊る。
答えを準備するだけの時間は十分与えた。
そっと転がすと、球体は道徳の足元で止まる。
「え………?」
「時間切れ」
「!!!!!!」
これまたいつものように爆発を受けながら、ぐったりと道徳真君は倒れこんだ。
「お昼食べる?」
「……戴きます……」



それぞれの午後は過ぎていく。
同じように書物に目を通す普賢。
あたまのなかのもやもやを振り切るようにトレーニングに勤しむ道徳。
一緒に居てもばらばらなことも多々ある。それがこの二人の絶妙なバランスだ。
(喉渇いちゃった……)
勝手知ったる邸宅の台所、今は自分が使うためにあるようで。
慣れた手つきで戸棚を漁り、手際よく点心を作り上げる。
味は二の次で過ごしてきた道徳真君も普賢とこうなってからは大分変わったと揶揄されることさえあった。
恩恵を受けるのは主に弟子である天化。
普賢の痕跡は戸棚の中にあることを知っているからだ。
「あれ、普賢さん?」
「天化。こんにちは」
「俺っちもご馳走になってもいいさ?」
「どうぞ。ところで道徳は?」
「なんかわかんないけども岩割ってる。何かあったさ?」
頭の後ろで手を組み、天化は首を捻った。
「さあ。分からない人だよね」
同じように普賢も小首をかしげた。
あれこれと話をしながらあらかた平らげると天化は普賢をまじまじと見た。
改めて見ればどうしても十二仙には見えない。
そしてどう考えても師匠である道徳真君には似つかわしくないと思うのだ。
(俺っちとコーチ、もしかして趣味似てる?)
基本的に太公望は他人に守られることを望まない。
その芯の強さと脆さの均衡が惹きつけるのだ。
だが、この普賢真人は違う。
守りたいと思わせる何かがあるのだ。
「付いてるよ」
指が伸びて、唇の端をなぞる。
思わずその手を取り、引き寄せて口付けた。
「!」
最初は触れるだけだった。
「…や…っ……」
太公望にするように、今度は深く重ねて舌を吸った。
小さな顔と細い顎。輪郭があの人に重なる。
「………っ……」
唇が離れると普賢は軽く天化を睨んだ。
「普賢さんって可愛いさ」
「ああ、それは俺が一番知よく知ってる」
戸口のところに腕組みをして、眼光鋭くした道徳真君。
憮然とした表情で天化を見据えた。
「コ、コーチ……」
しまった、と思っても既に手遅れ。
師匠である道徳真君はぽきぽきと指を鳴らしている。
「表で特別メニューの特訓受けるのと太公望に報告されるのとどっちがいいか選べ」
(コーチ、目が本気さ……)
助けを求めるように天化は普賢のほうに視線を向けた。
「じゃあ、もう一つ選択肢入れようか」
「どんな?俺は増やす必要は無いと思うが?」
普賢はうふふと笑って対極府印を撫で摩る。
「核融合のプレゼントとどれがいい?」
(普賢さんって、やっぱしコーチの女さ……行動パターンが一緒……)
結局日が暮れるまで天化はみっちりとしごかれ、満身創痍。
それでもまだ道徳真君の怒りは納まらなかった。
「なんだったら明日も鍛えてやるぞ」
「コーチ、俺っちが悪かったさ!ちょっと魔が差したっていうか……」
「なら俺が魔が差して同じことを太公望にしたとしても文句は言うなよ」
「そ、それはダメさ!!」
男二人のやり取りを頬杖つきながら普賢真人はのんびりと見ていた。
普賢から見ればどちらも似たような師弟である。
(二人とも直感的感情型だよね……)
「いい加減にしたほうがいいんじゃないかな?もう夕刻だよ」
「コーチ、謝るさ〜。俺っちが悪かったさ」
泣き言までこぼれる程にしごかれ、天化は倒れこむように自室の寝台に身を伏せた。




「何やってんだよ」
「夕飯持って行ってあげようかと思って」
あれから天化は余程疲れたのか姿を見せなかった。
予め取り分けていた分を道徳に気付かれないように差し入れようとした矢先のことだ。
「夜中にお腹空いて目が覚めるかもしれないよ?」
「餓死でも何でもさせてやれ」
「大人気ないこといわないの」
つかつかと進み、天化の部屋の扉をそっと開く。
真っ暗な室内、寝息だけが聞こえた。
卓上に盆ごと置いて、起こさないようにそっと扉を閉める。
「……なんだってんだ…アイツは……」
苦虫を噛み潰したような表情。
「そんな恐い顔しないで」
「……すまん……」
「天化はボクよりも年下だよ。道徳から見たら幾つ下だと思う?それにあの子はあなたの弟子だよ」
「過剰な嫉妬は自重するように心掛けるよ……」
決まり悪そうな顔で道徳は呟いた。
「そんな顔しないで」
「ああ……」
普賢の肩を抱いて、自室へと誘う。幸い天化は熟睡中だ。
「今日は帰る。天化がいつ起きるかわからないもの」
「じゃあ俺がお前のところに行っても良いか?」
壁に押し付けて、その唇を奪う。
押さえつけられた手首は、細くて少し力を入れるだけで折れそうな錯覚さえ覚えさせた。
瞳以外のパーツは小さく、征服欲を刺激する。
おそらく、生まれ持った資質なのだろう。
仙人、まして幹部の十二仙であることを微塵も感じさせない。
「……ダメ。あんな風に天化に意地悪する人なんか……」
「……俺より天化のほうが大事か?」
「そんなこと言ってないよ。でも、あれじゃ可哀想だよ」
拘束されたままの手。
「加減されたってあの子はあなたには勝てないんだから」
「あのままだったらどうなってたか考えたのか?」
上目で見られて、心が痛む。
「あいつが普段誰を相手してるのか考えてみろよ……あの太公望だぞ」
難攻不落の要塞は、静かに微笑む。
辿りつくまでは何人の敵を倒せばいい?
「免疫無いだろ、お前?」
「………うん………」
普賢真人にとっては道徳真君が最初の相手である。
少し赤くなる頬に、唇を当てた。
「いいよ、うちに来ても……」
「すまん、俺も仙人にあるまじき嫉妬の鬼だ……」
項垂れるこの男が妙に可愛く思えるときがある。
よく笑い、表裏の無いところ。この師弟はよく似ていた。
そして、その本性を表に出さないところは太公望と普賢。
どこかしら同じような女に惚れる傾向があるしい。




浴室に消えた道徳の残骸を普賢は拾う。
「脱ぎ散らかして……あの人掃除とかもまともにしないし……」
結局見かねて自分がやってしまう。
太公望からも『まるで新妻のようだ』とからかわれた。
(まぁ、いずれはそうなるんだろうけれども……どうなんだろう……)
考えると耳まで赤くなってしまう。
(望ちゃんが変なこと言うから悪いんだ……)
道衣を腕に抱き、そんなことを思う。
(あ、でも……こうしてるとあの人匂いがする……)
日の光の下に居る恋人は太陽の匂いがした。
まるで子供のように剥き出しの感情と好意に、いつも癒され、惹かれ合う。
自分には大きすぎるその道衣に袖を通してみる。
元々大柄ではない普賢真人の膝上までの丈。
袖に至っては何度か折り返さなければならない。
(ちょっと大きいかな)
少しだけ、顔が綻ぶのが分かる。
「……普賢?」
濡れた髪を拭きながら道徳は自分の道衣を着た普賢に目を奪われた。
普段の普賢の道衣は全体を覆うようなつくり。
肩口が開いた襟刳りから覗いている程度だ。
(……それは……誘ってますか……?)
すらりと伸びた脚。
「あ、ごめんね。ちょっと借りてみただけ」
「いや……それはいいんだ……」
「やっぱりボクには大きいみたい」
「ああ……そうだな……」
まるで子供が父の服を着るように。
「お日様の匂いがするね……」
「?」
「あなたでよかった……カミサマが与えてくれ人が」
昔よりも随分と笑うようになった。
まだ少し、気難しいところはあるけれども。
「カミサマ?なんだそれは……」
「そういえば何なんだろうね……」
襟口に手をかけて、前開きの道衣を脱がせていく。
ぱさりと衣は床に落ち、まっさらな裸体が露になる。
(……これって、結構やばい感じ……)
普賢の手が伸びて道徳の頬に触れた。
大仙と呼ばれるようになっても結局は根底になるものは人間。
人の心を亡くすことが果たして仙人として正しいのであろうか。
(俺は仙人失格だな……)
この穏やかで優しい日々を永遠に手にしていたい。
「泣きそうな顔してる。どうしたの?」
頬を辿って鼻筋に触れる。
「仙界入りしてよかったって思った。お前に逢えたから」
その腕の中、抱いた幸せは。
「ボクもそう思うよ」
人間(ヒト)であったときには得られなかったもの。
全てを断ち切り、そして再び取り戻した感情。
何が大事なのかを教えてくれたようなきがした。






「雪だよ。寒いと思った」
窓の外、音も無く降り続く雪は世情を隠す様。
「一面銀世界になるってとこだな」
寝台の上、まだ少し熱い身体を寄せ合って降り行く雪に目を細めた。
少しだけ窓を開けて、手を伸ばす。
入り込んだ風は冷たく震える身体。
その身体を後ろから抱くと、もう一度彼女は手を伸ばした。
指先に触れた白い欠片は水になり、こぼれていく。
「雪って、白いね」
「ああ、清純潔白って感じはするな」
「実際は空気中の埃とか取り込んで冷やされて『雪』という形になるんだけどね」
何もかもを隠すその白は、本当は白ではないとあなたは言う。
「意外と恋愛主義者(ロマンチスト)なんだね」
「……悪かったな」
「あはは。ごめん。でも……綺麗だよね……」
「寒いくないか?」
「そうだね」
窓を閉めて。
一番欲しい暖かさを求めて。
「……何?……ダメ……」
「夜明けまではまだ時間があるだろ?」


積もり行く雪。
外は銀色。



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