◆上げ膳、据え膳、男の事情◆






(やべぇ……汗でべたつく)
何時ものように身体を動かしていたはずが、湿度のせいか大量の汗。
一風呂浴びなければとてもじゃないが自分が耐えられないほどの不快感。
(汗臭いままであっちに行っても、追い返されるのがオチだしな)
頭をかきながら浴室に向かう。
半刻程で事を済ませて、浴巾で頭を拭きながら自室の扉を開けた。
ついでに一眠りしようかと寝台に掛かる毛布を捲り上げる。
「!!??」
肌蹴た寝巻きからこぼれる乳房。
伸びた脚と敷布を握る指先。
(だから、なんでお前がここに居る!?ってそれ、俺の寝巻きだろーが!!)
事態が飲み込めずに、たじろいでも何も始まらない。
「おい、普賢……」
「ん……なぁに……?」
寝た気に目を擦る手。
「……なんでお前がここで寝てるんだ?」
ごしごしと目を擦って、自分をじっと見上げてくるがまだその目にはしっかりと睡魔の影。
「ん……とね、徹夜明けでそのまま遊びに来たんだけど……道徳がいなかったから……お風呂借りて……
 そしたら眠くなって、ここに来たの……」
「徹夜明け?」
「うん、そこに書類置いたから。後は自分で署名と捺印して、白鶴にでも渡せば大丈夫……」
言葉を紡ぎながら普賢の瞼は下がり気味に。
(そうだった……書類関係はてんでダメだから頼んだんだ……)
その間にもうとうとと首がかくん、と揺れる。
「なんかね……道徳の匂いがする……って思ったら眠くなって……」
「分かった分かった。まず、寝よう。俺も寝るから」
衣の袷を直して、片手で抱きながら寝かしつける。
目を閉じるのと同時に聞こえてくる小さな寝息。
(そういや、二人でこうやって寝るのとかって久々かもしれない)
正確に言えば、寝巻きを着たまま二人で寝るのが久しぶりだといったところ。
裸で絡まって抱き合ったまま眠るのが普通にさえなっていた。
「……ん……」
小さく身体が動くたびに、肌蹴る袷。
(俺のだもんな……でかいよな、普賢には……)
ぱらりと解けて、ふるんと揺れる胸。
(だから!!この状態はっ!!)
しかし、ここで起こすのはさすがの彼でも気が引けるらしい。
首筋には甘い香り。より良い眠りを導くために彼女が好む鈴蘭の香油。
小さな頭を胸に抱いて、早まる鼓動。
「!?」
す…と手が伸びて、自分の首に抱きつくように回される。
柔らかい頬が触れて、心なしか口元が笑っているようにさえ。
そっと片手を腰に回せば、寄り添うように絡む脚。
(だから、何のテストなんだ!それとも何かの罠か!?)
浮いた鎖骨が「おいで」と誘う。
(その誘いに乗らないのは男じゃない……けど、乗ったらそれはお前からの信頼は確実に下がるだろ!!)
意識してしまえば、全てが自分に対する誘惑に見えてならない。
「……どうしたの?……」
虚ろな瞳。
「な、何でもない。ゆっくり寝てなさい」
「ん……ありがと……」
閉じた瞼を見つめれば、己の浅ましさを改めて自覚させられる。
それでも、肌が触れればどうしても抱きたくなってしまう男の性。
(愛の試練って奴なんだろうか、これって……)
ゆっくりと昼寝などできる状況でないことだけは確か。
とくん、とくん、と穏やかな心音が伝わってくる。
(寝てると、子供だよな……顔とか幼いし……)
百にも満たない恋人は、仙人の中では異例の若さ。
千や二千は当たり前の世界。
(子供に手ぇだしたようなもんだ……でも……どうしても誰かに譲るなんて出来なかった)
愛しさは暴走して、咎められるほどの嫉妬になる。
どういわれようとも、手離すことなど考えもつかない。
(責任持って、一生大事にするから。長い時間、喧嘩しながら過ごしていこうな)
ぱらり。と袷が外れて、半裸の状態に。
(耐えろ!夜まで待てばいいだけなんだから!)
ぎゅっと抱きついてくる普賢を同じように抱きながら目を閉じる。
じりじりとした思いは胸を締めるだけ。
眠れないのは誰のせい?と嘆くのは、お門違いになるだけ。
眠りの香のする首に引き寄せられて同じようにその誘いに乗ることにした。
そのうちに意識が消えるようにと願いながら。




「……ん……!?」
目を覚まして最初に視界に入ったのは目を閉じた恋人の顔。
自分の頭を抱いて、深めに唇を重ねている。
うっとりとした表情で目を閉じて、柔らかい口唇が自分のそれを甘く挟んでいく。
同じようにその頭を抱くと、はっとしたように離れようとする唇。
「続けて」
「起きたんだ……悪戯しそこねちゃった」
「い、悪戯?じゃあ、もう一回寝る!」
乱れた袷を直して、寝台から降りようとする。
手首を掴んで引き寄せ、ぐっと顔を近付けた。
そして、目を閉じる。
「目、閉じてるからさ。続きやってくれよ」
「だって起きてるじゃない。やだ」
「閉じてたら眠くなるし。な、続き〜〜〜」
ねだるように頬をすり寄せてくる姿はとてもじゃないが弟子たちには見せられない。
仕方ないと普賢は道徳の上に覆い被さった。
(お?何してくれんだろ)
ぺろ…と舌先が首筋を舐めて、鎖骨に触れる。
そっと目を開こうとしたのに気付いたのか、普賢の動きが止まった。
「目……開けるんだったら、おしまい」
「開けない!!閉じるから!!」
滅多なことでは自分からはそんな行動に出ることが少ない少女。
どういう経緯でその悪戯を思いついたのかが激しく気になったが、それよりも今はその先の行動に期待が募る。
大凡の予想はつくのだが、果たして彼女がどこまでそれをしてくれるのか。
まるで飴でも舐めるかのように、舌先は身体の線をなぞっていく。
それに添うように当てられた指先。
普段とは逆の立場は妙に新鮮で、心を掻き立てる。
唇はゆっくりと下がって、それに伴う細い指も。
そして、立ち上がったそれに触れる。
(……それもアリですか……?ここまで来て、何もなかったらそれこそ生殺し……)
期待の通りに舌先が触れて、ぺろ…と舐め上げていく。
太茎に掛かる指がやんわりと扱き出し、先端が口中に。
ちゅる…時折吸い上げてくる感触。
嫌でも背筋がぞくぞくしてくる。
(うわ……顔見てぇ……)
それでもここで目を開けてしまえば、これ以上の進展はないのは決定的だ。
唇で甘く挟みながら、上手い具合に僅かに掠める歯先。
上下するたびに、ぴちゃ…と上がる音。
視界がない分だけ、敏感になった聴覚。
唇が離れて添えられていた指が不可解な動きに。
(終わり……?んじゃ、俺から今度は……って!!??)
ふにゅんとした柔らかいものに包まれる感触に爆発しそうな心臓。
それが何なのかは瞬時に脊髄が判断を下した。
ちゅぷ、ちゅる…触れては離れる唇。
(だああああ、何で顔見れねぇんだよ!!気持ち良いけど、それとこれは別モン……っ……)
想像力の限りを尽くして、今のこの極楽の状況を頭に浮かべる。
「……ん…っ……」
漏れる声は、やけに甘くて。
(やば……俺、耐えられっかな……)
ぐぐっと寄せられた乳房に包まれる暖かさと、小さな口に吸われる心地よさ。
「な、目、開けちゃダメか?」
「開けても良いけど、あとしないよ?」
(一体何処から仕入れてきたんだ……ああ、でも……こんな悪戯だったらいくらでも……)
そっと手を伸ばして探ろうとすれば、その手にちゅ…と口付けられる。
(こんの……悪童がッ……後で泣かせてやるからな)
ぷるん、と乳房が離れて舌先が上下する。
「なぁ……乗ってくれよ。目、閉じてっからさ」
「ん……良いよ……」
ぬめりと生暖かさ。繊毛に似たものに包まれる感触。
手探りで身体を探して、腰骨を撫で上げる。
そのままぐっと引き寄せて、本能のままに突き上げていく。
「あ!!あんッ!!!」
(限界……顔見せてもらうぞ……)
手首を取って自分のほうへ引き寄せれば、より深く繋がって甘えた嬌声。
半開きの唇からこぼれる涎。
ふるる…と揺れる乳房。
潤んだ瞳に染まった目尻と頬。
両手で顔を覆おうとする仕草。
(うわ……やっぱ……顔見たほうがクル……)
腰と背中を抱いて繋げれば、ぐちゅぐちゅと淫猥な音が互いの耳を刺激する。
混ざり合った体液と、絡ませた体温と肌。
「ああんッッ!!や…ぅんっ!!」
限界が近いのはどちらも同じで、本能だけで混ざり合いたい。
(死ぬんなら……お前の上でがいいな……)
理性という名の鎧は捨ててしまえばいい。
人間も元を正せば獣なのだから。
「…あ…っは……んん!!!」
注ぎ込まれる感触に、身震いする肢体。
まだ火照ったままの身体をきつく抱き合った。







「…………一体どんな夢見てるんだろう、この人……………」
しっかりと自分の腰を抱いて、陶酔しきった表情で眠る恋人見て彼女は小さなため息をついた。
人差し指で頬を突付けば、幸せそうに笑う。
(なんか……いやらしい夢でも見てるんだろうな、多分)
そして、その夢の中で自分がどんな風にされてるのかを考えればため息は倍になる。
それでも、嬉しそうな顔を見れば許せてしまう。
(しょうがないんだから。あんまり酷いことしないでね)
額に小さく接吻して腕の中で目を閉じる。
睡眠はいくらあっても足りないと身体が言うのだ。
眠れない夜のためにも、眠れる時にはじっくりと休養したい。
(普段はそうも思わないけど……道徳って顔、綺麗だよね……)
指先でつつ…と額から鼻筋、首筋をなぞり上げていく。
(ちゃんとしてると、カッコいいんだけどな)
宝剣を手に戦う姿に恋心を自覚したのはあの日の思い出。
互いに抱えた傷の痕を癒しあった。
それが例え慰めの日々であったとしても、後悔など一欠片もない。
夜の音も、眠れない夢も、その手で抱きしめて一人ではないと教えてくれる。
(でも、どんな時でもボクは……あなたのことが好きだよ)
痘痕も笑窪。曇りがちだった日々を薔薇色に変えた。
喉元に接吻して、その腕の中に入り込む。
(あったかいな……)
少しばかりの欠点を引いても、愛情の方が勝ってしまう。
冷たい手を繋いで、暖めてくれることも。
(次に見るなら、もっと優しい夢にしてくれるといいな……道徳)
どんなに他人に冷やかされても、結局は自分たちの思いに変化など無いのだ。
離れれば寂しく思い、触れれば甘く感じてしまう。
恋にかなう魔法など、無いのだから。





目を覚ませば、眠る恋人の顔に自分の夢の浅ましさを自覚する。
(やっぱ夢か、そうだよなそんな都合よくはならないよなぁ……)
薄く開いた唇は、やっぱり誘っているように見えるのは男の性。
無意識に誰かを蠱惑してしまうのは女の性。
それに心が付随して、合致すれば人は恋に落ちるのだから。
(でもな、普賢……いくら寝てるからって乳こぼれてるのは……)
もどかしげに寝返りをしようとすれば袷は外れて半裸の状態に。
(無防備だよな。でも、それだけ信頼してくれてるんだろうけど)
この先の未来なんで、誰にも予想はつかないけれども。
希望が叶うのならば、騒がしいくらいに笑っていられる日々が欲しい。
「……どうしたの?」
「寝てろ。眠いんだろ?」
「ん……でも、道徳が起きてるなら、起きるよ」
そうは言っても、瞳はとろんとして眠気を帯びている。
「それに、道徳がどんな夢見てたのか気になる。すっごく幸せそうに寝てるんだもん」
首を回して、小さく伸びをする。
ぺたん、と床に足を付けて板張りの上を歩く。
小さな袋から取り出したのは紫色の丸薬。
「これ、飲んでみて」
「この、いかにも怪しい雲中子印の薬らしいのは何なんだ?」
「雲中子が作った薬だよ。飲んで」
雲中子が絡んでいい目を見たことが無い過去を持つ男は、頑なに拒む。
「だって、あんまり幸せそうなんだもん。気になるよ」
「気にしなくていいから!!!」
「ほら、口開けて。あーん」
これが違う状況ならば、喜んで言われるままにするだろう。
いや、あの夢でなければ嘔吐覚悟で飲み込んだだろう。
「じゃあ、これなら?」
丸薬を口に咥える姿。
(だあああああっっ!!!それでも飲めないものは飲めない!!!)
大立ち回りで逃げ回り、やっとのことで普賢を撒いたと安堵のため息をついた。
「見つけた」
覗き込む大きな瞳。そのまま頬に手が伸びて、鼻先が顎に触れ唇が重なる。
喉を薬が落ちる感触と背筋を走る悪寒。
「先に、僕も飲んだんだけど、直接脳に映るらしいんだ。試作品だから上手く行くかは分からないっては言ってたけど」
引きつった笑いも、逃走の意思すらも最早出ない。
(ああ、どうか失敗作でありますように)
太極府印に掛かる指に、俄かに力が入る。
(ああ、命だけは在りますように……死んだらお前と一緒に居れないだろ?)
半分諦めて、指を組み合わせて普賢の動きを待つしかない。
「…………………………」
脳内で展開されているであろう、夢の内容。
(頼むから、何か言ってくれ!!無言が一番怖いんだ)
「……道徳」
「は、はいっ」
「確かに、最近忙しくてすれ違いばっかりだけど、あんな夢見なくても……」
はぁ…と大きく深いため息。
「同じことはできないけど、もうちょっとくっつく?」
自分の手を取って腰に回させる。
「普賢……」
「なんて言うと思った?」
「なっ!?」
「もうっ!!厭らしいんだから!!!なんであーいう夢見るの!!!」
「俺だって男だっ!」
胸倉を掴む小さな手。
そのまま引きよせて、唇を重ねる。
積極的に絡ませてくる舌先を受けながら、頭に手を回してそのまま上を向かせた。
(結構……クルことしてくれる……)
伝う糸を指で断ち切る。
「夢の中の自分に負けるも癪だから……行こっ!!」
手を引いて勢い良く寝室の扉を開ける。
寝台に押し倒して、そっと覆いかぶさる細身の身体。
(って……これって……)
負けず嫌いの性格は、思わぬところで甘く咲いた。
「もう!!寝かせないっ!!!」
唇を受けながら、夢の中身を反芻する。
(正夢……?何でもいい!!!この状況、この据え膳は残さず食わせてもらいます!!!)




結局、寝不足の朝を迎えたのは二人とも同じ。
回数を数えることは途中で放棄した。
ふらふらの体のままでは白鶴洞に帰ることは叶わず、普賢は紫陽洞に泊り込む羽目に。
翌日も頭痛が治まらないと言い出し、雲中子の診療を受けることにまで発展した。
診断結果は「疲労」それに一言「盛んなのはいいけど、ちょっとは仙人らしい生活をしろ」と加えられる始末。
顔を見合わせて出るのは苦笑だけ。
それでも、甘い夜が続くのは仕方の無いこと。





「ってことがあってね。道徳にも何とか言ってやってくれ」
乾元山では雲中子と太乙が談笑中。
ふわりふわりとその間に道行も交えて話は続く。
「のう、雲中子。出来ればその薬、儂にもくれぬか?」
「ああ、丁度良かった。ここにあるよ」
小さな皮布の袋に入ったそれを受け取って道行は太乙真人の前に降り立つ。
「飲め」
「いや、その……」
「疚しい事が無いならば、飲めるであろう?太乙」
「あー……その……雲中子!!余計なことを!!!
「私は同性の味方だからね。反省しろ、似非仙人が」


一番の被害者はとばっちりを食らった太乙真人なのか、骨まで吸われた様な道徳真君なのか。
それとも、未だに治まらない腰痛を抱えた普賢真人なのか。
真実を知るのは雲中子ただ一人だけ。



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