◆マイガール・マイラブ◆







「アリスーーー!!」
箒で急降下するのは魔女ではななく魔法使い。
厳密には魔法を使うことのできる人間だった。
ちらつく雪を引き連れて眩い金髪が揺れる。
「こんな雪の中ごくろうさまね。何かあったの?」
「さっきパチュリーのところ行ってきたんだ。んで、これを……」
動かない大図書館の異名をもつ少女とこの魔法使いは親しい間柄。
外出を好まず書物に埋もれて過ごすことを由とする彼女とこの少女では接点がまるでないようにも思える。
「私にはまったく分からないけど、アリスならこういうのは解るだろ?」
手渡されたのは厚みのある一冊。
表面の埃を軽く指先で払う。
「生命体の移植……」
人形を操る少女は以前から自立人形を製作したいと考えていた。
どれだけ精巧に作り上げても所詮は傀儡。
お気に入りの何体かはそれなりに持つことはあっても未だ微弱なもの。
「さ……寒いでしょ。紅茶でも淹れるから入りなさいよ……」
魔女の黒帽子に掛かる白い雪。
ふと視線を移せば彼女のケープも濡れている。
(こんな雪の中……わざわざパチュリーの所から持ってきてくれたんだ……)
かすかに震える脚は外の寒さの証明で。
「待ってたんだぜ、その言葉。外、すげー寒くてさ」
笑う姿は大輪の花のよう。
陽気な彼女は誰からも好かれ其方此方に顔を効かせられる。
僅かに波打つ栗金の柔らかい髪。
「お、上海」
アリスの後ろを着いていく人形の名前を呼ぶ。
「上海はいっつもアリスと一緒だよな」
「そうね。何かね……やっぱり最初に成功した子だから可愛いっていったらおかしいかしら」
淹れたての紅茶と手作りのクッキー。
窓の外の白さと対になる赤は彼女たち二人の金にもよく映える。
「パチュリーの喘息、また酷くなっててさ。寒いから悪化するのかな?」
蜂蜜を少しだけ垂らして紅茶を口にして。
「どうして妖怪なのに体弱いんだろうな」
「あんたが頑丈なのよ」
さくさくと小気味いい音を立ててクッキーは彼女の口中に消えていく。
少しだけふっくらとした唇が愛らしい。
「本……ありがとう。私じゃ借りにくいし……」
「ん?借用期間は私が死ぬまでだからゆっくりと読めばいいさ」
彼女はきっと人間として死ぬことを選ぶだろう。
笑顔の裏側に隠された努力の跡。
その魔法はまさしく霧雨魔理沙という固有名詞にふさわしい華やかさ。
「肝硬変で早死にしないでね」
「肝臓は真っ黒じゃないぜ。ちゃーんと健康には気を使ってるし」
元が人間だったアリスと人間のままを選ぶ魔理沙。
同じ魔法使いという立場でもその根底が違うのだ。
魔女として生を受けたパチュリー・ノーレッジもまた死には遠い存在。
「お代わりどうぞ」
「すげーな、上海ってこんなこともできるんだ」
眼を輝かせて人形を見つめる姿。
あとどれくらい彼女と一緒に過ごせるだろう。
アリス・マーガトロイドも友人はそう多い方ではない。
人形を相手に一日過ごすことも珍しくはなかった。
「急に来るから何も準備できなかったじゃない……」
解っていればあらかじめもっと彼女が喜ぶものを用意もできた。
神出鬼没の魔法使いは予告も無くやってくる。
その出会いもまた同じだった。
同じ魔法使いとして終わらない夜を壊しに行ったあの日。
彼女が人間のまま死にたいという事を考えてたのを知った。
「魔理沙、甘いのと甘くないのとどっちが好き?」
「んー?そうだなぁ……甘い方、かな」
少しでも時間を重ねることができるのならば。
「三日後にまた来てくれる?」
「ああ、良いぜ」
「甘いの作っておくわ」
この心の中に閉じ込めた言葉を、どう伝えればいいのだろう。
触れ合える時間なんてきっと一瞬でしかないのに。
「魔理沙」
「ん?」
永遠の夜の帰り道、従者は主にこうつぶやいた。
『私は死ぬ人間です。ですが、生きてる間はずっとそばにお仕えしますね』
彼女も同じ人間であり、人間を捨てることなどしないだろう。
あの夜で少しだけ彼女の心に触れることができた。
願うならばもう僅かで良いからこの手を伸ばしたい。
「私……どうしてもうまくは言えないんだと思うの。でも……魔理沙が生きてる間は
 できるだけ一緒にいたい。生きてる間で良いから……私とずっと友達でいて……」
彼女が眠りにつくその瞬間までこの髪一房も変わらない。
老いていく彼女を見つめる自分の時間は止まったまま。
「私が生きてる間はずっとアリスの所に来るぜ」
今はまだこのままで構わない。
いつか、いつかも少しだけこの距離を短くすることができるのならば。
「だから、私が生きてる間はアリスも私の隣に居てくれよ」
いつものように笑う顔。
重なる掌の暖かさ。
「……うん……」
涙はきっと嬉しい時にも流れ出るもの。
「三日後……ああ、そうか。私も持ってくるよ」
「?」
「バレンタインだろ?私もアリスにチョコレートを渡さないとな」
人気者の彼女はきっと抱えきれないほどのチョコレートを貰うだろう。
「あまり他人(ひと)には物をやらない主義だからレアだぜ?」
「そうね。魔理沙は奪っていくことはあっても施さないし」
「失礼だな。借りてくだけだぜ、私が死んだから返却するんだ。それまでの短い時間なんて
 レンタル料何かとれるもんじゃない」
この寒い季節に彼女が隣に居てくれるのならば。
寒しいと思えた冬が僅かばかりに愛しいと思えるようになった。
「な、私にも人形作ってくれよ」
「良いけども高いわよ」
「保険金で払うよ。受取人はアリスにしておく」
「馬鹿ね。それじゃいつ貰えるか分からないじゃない」
終わらない夜はないように、人の一生は短い。
だからこそ彼女に出会えて幸せだと心から思った。






散りぬべき時知りてこそ世の中の
花も花なれ人も人なれ
魔法の森に住まう二人の少女。
「魔理沙、地底は寒いかもしれないわ」
いつものように箒を磨く少女の細い肩。
地の底にも降るであろう雪がその肩を濡らさないようにと編み上げたケープ。
彼女に似合う色はどれだろう?あれこれと悩んで。
いつぞやにこれが好きだと言っていた糸は、自分のそれと同じ色だった。
「だから、これを着けて行って」
頬に触れる優しい柔らかさ。
「私は一緒に行けないから……この子を付けるわね」
それは彼女にとって大切な人形の一つ。
あの終わらない夜にも一緒に居たもの。
「え……上海人形じゃないか。だってこれはアリスにとって大事なものだろ?私が
 借りるわけにはいかないよ」
トレードマークの帽子に結ばれた薄紅のリボン。
そのよれをそっとなおす指先。
「大事だから魔理沙に貸すのよ。だからちゃんと上海と一緒に帰ってきてね」
真っ赤なリボンを胸に結び、上海人形は少しだけ誇らしげに見える。
ケープのリボンを結んで少女は少しだけ困ったように眉を寄せた。
「上海が一番私と意志の疎通ができるわ。だから、魔理沙と一緒に地下に潜るのに近いのかしら」
「んー……私はただ温泉に入れればいいんだがな。アリスも入るだろ?」
「そうね。魔理沙から誘われたら断れないわね」
魔法使いには黒い帽子だと笑う唇。
かすかに触れるだけのキスに感じる感情の行方。
「ちょっと行ってすぐに帰ってくるぜ」
一緒に連れて行っての一言がいつも伝えられない。
だから思いをケープに閉じ込めた。
「明日霊夢のところにいってからだな。じゃんけんでどっちが先に潜るか決めるんだ」
「建設的ね」
本人いわく普通の魔法使いというものの、その強さは折り紙つきだ。
この幻想郷に起こる異変を巫女とともに解決していくその能力。
相棒は箒一本と小さな八卦炉。
小さな努力の積み重ねでここまでやってきたのだ。
「アリス、見ろよ!!雪だぜ!!」
この白さに白以外を見つけられるようになった。
その小さな手をとれるのはいつの日までだろう。
人気者の彼女はいつだって誰かと笑っている。
「パチュリーの喘息悪化してないと良いんだけどな……」
「随分と御執心ね」
「あそこの図書館はあいつがいないと危険なんだ。この間メイドに殺されかけた」
紅魔館を守るのは完全にして瀟洒な従者。
時間を操る彼女に魔法少女はその身一つで勝負を挑んだ。
「アリスも今度一緒に行こうぜ」
差し出される手。
解っていても取らずにはいられないから。
「上海と蓬莱も連れてこうぜ。あそこのお茶とお菓子は専属メイドが居るだけ美味しいし」
四季は移り巡るから美しい。
きっと人間の命が短いのもそれにならってのことだろう。
「人形はお菓子食べないでしょ」
そんな言葉に思わず二人で噴き出す。
この小さな家に自分以外の生命体がいるのも悪くはない。
暖炉の火を暖かいと手を伸ばす彼女。
「なあ、アリス。今度さ私の人形も作ってくれよ」
「?」
「これだけきれいに作れるって凄いしさ」
人の形を写し取るそれは呪術にも使うことができる。
思いを込めて作り上げてしまうから、彼女のそれだけは作りたくはなかった。
「あ。だったらアリスのもあった方がいいな。人形同士でも並べておけば……」
「こんなにたくさんるのに?」
「そうだな。アリスも私も二人も要らないな」
暖かな紅茶には彼女たちの髪を模したような甘い金の蜂蜜を。
「バレンタインまでには帰って来て、アリスから美味しいチョコを貰うぞ!!」
「そうね。美味しいの準備して待っててあげる」






博麗の巫女の吐く息も白く、魔法使いはケープを揺らした。
「あんたにしちゃいいもの着けてるじゃない」
「これか?アリスが作ってくれたんだ」
魔理沙の肩にちょん、と座るのは上海人形。
地下に潜るための案内役という名目でアリスが渡したそれ。
「私は一緒に行けないからね」
魔道書を手に境内に現れる姿。
七色の人形遣いはいつものように少しだけ輪から離れた所に立つ。
ブーツの裾を僅かに濡らす白銀の結晶たち。
「あら、霊夢。あなたは行かないのかしら?」
歪んだ空間から、すい…と細く白い手が伸び出てくる。
幻想郷で最も禍々しく純粋な妖怪の声。
「紫じゃないか。お前も温泉を掘りにいくのか?」
「こんにちは、魔法使いさん。まさか。温泉が出たら橙は喜ぶかもしれないけれどもねぇ。
 岩の上で丸くなれば濡れずに温かいし」
のんびりと日傘を回して周囲を見回す。
代々の博麗の巫女を知る数少ない妖怪は今日も唇に淡い笑みを浮かべるばかり。
「うちの式たちのためにも、がんばってね。魔法使いさん」
解け掛けた三つ編みを直す指先。
ケープと同じ色のリボンを結んで。
「サンキュ、アリス」
「だらしないんだから……もう……」
「まあいいさ。美味しいお酒と温泉とチョコレートのために私は頑張るんだ」
目深に被った黒帽子。何時もの相棒の愛用の箒。
違うのは今度は同行者がいるということ。
愛らしい上海人形には真っ赤なドレスと同じリボン。
「よろしくな、上海人形」
小さな人形の拳とこつん、と触れる彼女の拳。
「じゃあ、行ってくるぜ!!」
消えていく姿を見送って。
「チョコレートねぇ……美味しいのができたら私にも一つ貰えないかしら?」
「食べるの?」
「藍と橙によ。いつも頑張ってくれるしねぇ」
「あまったらでいいなら。それかそこの紅白の巫女に頼めばいいわ」
今日も幻想郷はいつものように全てを受け入れる。
悠久の流れも刹那も全てを飲み込んで。
この思いもその広大な歴史の中の点に過ぎないのかもしれない。
それでも、止めることなどできやしないから。
「何?蓬莱」
スカートの裾をくい、と引っ張る小さな指。
「そうね。たくさん作っておかないと機嫌悪くなっちゃうね」
「わかるの?人形の言葉が」
巫女の問いにアリスはくすくすと笑う。
「上海も蓬莱も私が作ったんだから当たり前でしょ。そういう訳でお暇するわね。
 





きっといつものように頬を煤だらけにして帰ってくるだろう。
笑いながらつまみ食いをしようとして窘められる姿。
そんなことを思いながらチョコレートをゆっくりと溶かしていく。
「蓬莱?」
キッチンに一人で立っても、誰かのためならば不思議と寂しくはない。
「そうね。もっときらきらしてる方が魔理沙は好きね」
だから今日も君のことを思おう。
君の瞳が閉じる日まで、ずっとずっと。






「ただいま、アリス!!」
「おかえりさない。やだ、ほっぺた汚れてるわよ」





12:28 2009/02/14



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