◆神様にはなれない僕たちだから◆






「見事な桜さね、師叔」
軍師殿の窓から見える桜に少女は静かに視線を移す。
穏やかな季節の訪れに気づかないほどに自分は疲れていたらしい。
かすかに香る花霞。
「天化」
「なにさ?」
伸びた指が触れたのは少年の黒髪に踊る桜の欠片。
「桜がおぬしについてきた。花の嵐にでも巻き込まれたか?」
朗々たる花が誘うのに鳥は籠から出ることができない。
その美しい羽は閉じたままに。
「俺っちはどっちかってと師叔に巻き込まれたいさ。むしろ抱き込まれたい?」
「馬鹿なことを。しかし、美しいものじゃのう……」
花よりも余程少女のほうが美しいと息を呑む。
風に泳がせた黒髪は優しい闇色。
「師叔!!」
「?」
「デートするさ!!仕事なんかほっぽって良いさ!!」
「いいわけなかろうが!!わしがサボればその分ほかに付けが回る」
軍師は滅多に城を出ることが無くなった。
それは失った仲間への思いをも込めたこともあったのかもしれない。
「天化」
「なにさ……師叔は俺っちになんか構ってられないんだろ?」
「明日ならば……明日、わしをここから連れ出してくれぬか?」
その言葉を抱いて少年は扉を閉める。
花はきっとここ数日が盛りだろう。
散り行く姿までもが美しいのは此花くらいだと笑った親友の姿。
あの優しい影が消えてどれだけの時間が過ぎただろう。
君と過ごした大切な日々はいまや、優しい過去に埋もれてしまった。
雪解けに舞う春の花の様なあの日々が今は悲しく愛しい。





真夜中過ぎの冷たい空気を絡ませて、静かに入り込む暖かな影。
「やはりこの時間に来たか、天化」
寝巻きではなく道服に身を包み少女は寝台に腰を下ろす。
揺らめく明かりに映し出されたその姿は凛として。
「見抜かれてたさ?」
「有意義に時間を使おうとすればこうするだろうな。わしじゃったら」
手を取り合って向かった先。
薄明かりの下に咲き乱れ今が盛りと歌うが桜花。
自分たちよりも遥かに長い年月を過ごしてきた幹に少女の手が触れた。
「美しいものよ……しかし、栄華は永くは続かぬ……」
人の一生はこの花にも似ていて。
一瞬だからこそきっと美しくて儚いのだろう。
そこに何者かの手を加えることは無粋に他ならない。
「天化」
散る行くことをとめられないように。
「わしらは花にはなれぬのう……散ることすらかなわない……」
手のひらから飛び立つ花弁に重なるため息。
この花霞の中で彼女はたった一人ぼっち。
こんなに傍に居るのにもかかわらず触れることすらできないこの手。
「昔……普賢と抜け出して夜桜を見た」
視線が追うのは遥か彼方。
件の場所に神として奉られる二人がいる。
「俺っちもちっせー頃にコーチに怒られたさ」
「枝葉を折ったからじゃろう?白鶴洞も昔は荒れた山野だったしのう」
一つの花を育てるの必要な労力。
仙号を得たばかりの仙人に荒地が与えられるのはそれを通して命の大切さと、
弟子を育てることの難しさを暗に知らせるためもあった。
初めに咲いた蒲公英を見てこぼしたあの涙。
育て上げた弟子は今、彼女の代わりに最前線を飛び回る。
「普賢が最初に育てたのはこれじゃ」
「蒲公英?」
「ああ。あれだけの花を育てるよりも最初の一輪に苦労しておったよ」
崩れ行く仙界を見ながら彼女は何を思ったのだろう。
帰る家を失い、もう一人の自分を失った。
そんな彼女に何も知れやれない自分の不甲斐なさ。
投げられた賽はあまりにも残酷な結末を描いてしまった。
「神になど誰がなりたいと思うものか……のう、天化……」
祈るべき神になったのは彼女の親友。
「ならばわしは誰に願えばいいのだ?あやつを返してくれと」
繰り返すこの言葉は祈りというもの。
先に逝ってしまった者たちへの悠久なる歌。
「師叔」
涙が見えないように後ろから抱きしめて。
君が声を殺して泣くことを否定しないように。
「全部終わったら一緒に行ってみるさね。そん時に一緒に怒られるさ、普賢さんとコーチに」
君のいない最初の春は、こんなにも寂しくて色褪せてしまう。
あのときに最後の言葉の「さよなら」が耳から離れない。
思い出だけが全てではないのに。
縛られたまま進むことができない。
「俺っちはずっと師叔と一緒さ。どこも行かない」
「天化」
振り返った表情(かお)が余りにも優しく艶めいていて。
重なる唇に呼吸すら忘れてしまった。
それ以上に必要な行為など思いつかなくて。
この接吻だけが全てでよかった。
「わしも何時狂うかわからぬ……だから……」
重なる視線と止まり行く秒針。
「もし、わしが狂ったら……おぬしも一緒に狂え」





「こうやって、明かりを灯すさ」
鑚心釘を手に少年は仙気をこめる。
生まれてくる薄明かりは柔らかな緋色。二人の間を静かに照らした。
「師叔もやってみるさ」
「わしも?果たしてできるかのう……」
恐る恐る手をかけて、静かに精神を集中させる。
ちかちかと光の粉が飛び散り、ぼんやりと薄紫明かりが灯る。
「師叔だとそんな色になるさね……綺麗さ」
「微妙な色じゃのう」
「違う。師叔が綺麗」
一番近くで大切だった君を失うのが怖くて。
いっそ憎まれても良いから君が生きてくれることを選んでしまった。
それでも君は剣を取り誇り高き翼で飛び立とうとする。
その背に見える光の翼は誰も折る事などできない。
「俺っちは師叔のことが一番好きさ」
この腕の中から飛び立ってしまうのは何故?
ただただ優しい光だけが残ってしまう。
大事なものはみんなみんな消えていく。
それは彼女に課せられた運命だったのかもしれない。
「手、小さい。指も細いさ」
年は彼女のほうがはるかに上のはずなのに自分よりもずっと幼く見える時さえ。
指揮を執る姿は気迫に満ちて恐らくどこに出しても引けなど取らない。
「寂しそうに笑うのがいつか……無くなったら」
一片舞い落ちる花のような光。
篝火幻灯のように淡く二人を包み込む。
「お袋の墓参り、一緒に行ってほしいさ。改めてちゃんと師叔……望を紹介したいさね」
望むものはささやかな幸せ。
分相応でいいのだと呟く唇。
「わしはそんなに寂しそうか?」
「うん」
背中合わせ、いつだって一緒だったはずのあの人。
「おつかれさん……よくがんばったさ」
「ああ……まだまだ終わらぬがのう……」
あとどれくらい歩けばいいのかはわからない。
けれども、一人ではないということを彼が教えてくれるから。
この茨だらけの道を裸足で歩くこともできるのでしょう。
傷む傷口を舐めながら、踊るように軽やかに。






「師叔、目ぇ瞑って」
近付く唇に閉じられる瞼。
唇が触れ合うだけなのに胸が潰れそうなほど苦しくて。
君のその声が、その手が、その暖かさが。
消えてしまうことなど考えられなかった。
喧嘩をしながらもずっと自分の傍にいてくれた彼を。
守れるだけの力が欲しいとどれだけ叫んだろうか。
「……ん……っ……」
ちゅ…と音を立てて離れる唇を追うようにして少女のほうから。
恋を覚えたてのような接吻は、あの桜よりも甘い味がした。
「続き……はさすがに外じゃ……」
きょろきょろと辺りを見回して。
やおら少女を抱いて少年はひときわ高く太い枝へと。
「ここなら誰も来ないし、気付かないさ」
「仕方の無い男じゃのう……」
花霞、何もかもを隠して。
悲しい運命から二人だけを隠して欲しいと。
無理に微笑む君が悲しいから、この剣を持って。
目の前にあるもの全てを切り裂いてしまいたかった。
ただそこに在る事を由とするだけ。
「こうやって」
幹に凭れた青年の体を跨ぐ様にして向かい合う。
頬に落ちた黒髪が風に泳いで闇に解け行く。
上着の紐を解こうとする指先が悴んで。
「……自分でできるからのう……」
細い指先が袷を解いて柔白の肌が朧に浮かぶ。
傷跡のまだ滲む指が鎖骨に触れて少女は小さく声をあげた。
袖はそのままに前だけ肌蹴させてその体に舌を這わせる。
震える体を抱きしめて胸の谷間に顔を埋めて。
乳房に歯を立てるように噛めばため息とも吐息とも思える喘ぎが毀れた。
「あ、は……ぅ、あ……天化…ァ!!……」
ひざ立ちで首を抱いてくる腕。
腰を一撫でするだけで甘い声が。
くりくりと乳首を捻り上げながら尖りきったそこを舐め嬲る。
焦る手が肌を落ちて下着に掛かりその端を引っ掛けて引き下ろした。
薄明かりの下に曝された裸体の美しさに息を飲んだ。
「ア!!」
裂け目を撫でながら摩るように前後する指の動き。
ちゅくちゅくと聞こえてくる音に少女は首を振った。
彼の肩に手をついてその唇を求める。
「…っふ……ぅ……」
指先が内肉に触れて押し広げるように進めばすれに反応するかのように乳房が揺れて。
根元まで沈ませてねじ込むようにすればきつく抱きついてくる腕。
太腿に手をかけて太幹で陰唇を擦り上げる。
ひくつく花弁がにちゅにちゅと音を生み出して誘い込む。
「あ、んぅ……」
焦らされた体は熱く火照って更なる快楽を求める。
「どうしてほしいさ?師叔」
「……ここに……」
「じゃあ、自分で挿入れてみせて」
肉望に手を添えてそろそろと腰を下げていく。
濡れた肉壁を貫く熱さに少女の体が震えた。
「んぅ……あ……ッ……」
薄紅の肉襞が竿に絡まり飲み込む痴態。
「あ、あアッッ!!」
ずきずきと疼く体の求めるままに少女の腰が揺れる。
小刻みな呼吸と加速していく脈動。
繰り返される注入に獣に戻った体が二つ呻く。
「あ……ん、う、あ……い……ッ!……」
道服が風に吹かれて体の線をくっきりと浮かばせた。
何度も何度も触れる甘い唇に瞳を閉じたのはどちらが多かっただろうか。
「……天化……ァ!!や、やぁ…!!……」
細い腰をしっかりと抱いて繰り返し突き上げて。
近付く限界に唇をきつく噛む。
流れ出た血を拭った指先を銜えた唇の色香。
舌先が別の生命の様に蠢いて視線を絡ませた。
「あ、やだ、やだ……ッ!!あ、ああアッッ!!!!」
「……っは……望……っ!!」
内側ではじける熱を受け止める。
溢れ出た白濁の体液が肌を静かに汚した。
「…っは……落ちるかと思ったさ……」
同じように荒い呼吸の少女を抱いて、男は小さく笑う。
「わしは、落ちたがのう……」
「はい?」
「おぬしに、な。天化」






花の栄華は一瞬だからこそ美しい。
散り行く花を見ながら誰かを思う横顔。
「師叔、何してるさ?」
「花見」
「もう、葉っぱしかないさ」
あの樹の下で待ち合わせてどこへいこうか?
こんな晴れた日に君と二人で何も考えずに。
聞こえてくる誰かの歌声は祈りの言葉に似ていて胸を締め付ける。
過去を悔いるだけの人生など、きっとあの人も望んではいないだろう。
時々思い出してくれればいい。
忘れないでいてくれればいい。
白でも黒でもない、曖昧という優しさを教えてくれた人。
「緑もまた美しいものではないか。月餅があるぞ、食っていけ」
「ん」
繰り返す季節に君を忘れることなどないように。
この思いは天に上ると信じることしかできなかった。





あれから何度目の春が巡っただろう。
穏やかな光の中目を閉じる。
傍らの暖かな存在と手を繋ぎ。
新しい一歩を二つ分歩き出した。






16:48 2007/05/20









END





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