◆瞳を閉じて◆




「おぬしはいつもその格好で寒くは無いのか?」
天化の傍らに立って、少女は目線を少しだけ上に。
「んー、別に寒くは無いさねぇ……気になるさ?師叔」
ぺたぺたと脇腹を触りながら小首を傾げる。
割れた腹筋と引き締まった身体。
余分な脂肪など無く戦うために作られたような肉体は、ため息が出るほど。
「おぬしが寒くないならそれでいいのじゃが……」
自分よりも少しだけ目線が高いこの少年は、どこか同年代のような気がして心を
許すことができるから。
煙草の味がする接吻も、嫌だとは思わない。
「師叔、寒いさ?」
そっと肩を抱いてくる手。
傷だらけの指先で剣を持ち、自分の盾となり剣となってくれる。
彼は闘いの中で成長を遂げる性質を持っていた。
「いや、後で部屋で待って居るよ。それまではわしも仕事を終わらせる」
「どうせだったらデートの一つくらいしたいさねぇ……ここんとこ師叔と二人で
 どっか行くとか無いし。俺っちは王様の警護に回されることが多いし……軍師の
 警護だったら命張ってもいいんだけどさぁ」
その言葉に太公望はくすくすと笑う。
「わしは道士じゃから、警護は要らんよ」
「わかってるけども、男護っても楽しくない」
わざとむくれる少年に、少しだけ屈めと。
その鼻先に唇が触れて、ちゅ…と離れた。
「わしと二人でデートでもするか?」
「するする!!するさっ!!」
「どっちにしても、明日じゃのう。夕暮れ色の空じゃ」
後姿だけを見れば少年のようにも見える少女。
敵も見方も入り乱れて彼女を欲する。
傾国の美女ではないが、誰かの心を惹きつけるその輝く瞳。
少しだけ濡れた艶を持つ唇が紡ぐ言葉。
(後でって……言ってたさね……)
小さくなる背中を見送って、湧き上がる笑みを噛み殺す。
夕暮れ間近、蕩けそうな空を見上げて一人で拳を握り締めた。





足音を忍ばせて、そっと室内に入り込む。
黒髪に櫛を通しながら少女は静かに顔を上げた。
「随分と早かったのう。風呂から上がったばかりじゃ」
まだ湯浴みの香りを従えて困ったように笑う唇。
そして風呂にも入らずに来てしまった自分に気がついた。
「そう急がずとも、逃げぬ」
「俺っちが師叔に逢いたかったから早くきたさ。それじゃ駄目?」
抱きしめてくる腕と彼の匂い。
それはどこか安心させてくれる懐かしさもあった。
「師叔、良い匂いがする……」
髪に唇が触れて頭をなでてくる。
「軍師はもう終わったさ?」
こくん。小さく頷く首。
「……望……」
「少しだけわしに時間をくれぬか?そう手間は取らせぬ」
そういわれれば離れないわけにもいかない。ここで駄々をこねるのは子供になってしまう。
そのまま太公望を見つめることを天化は選んだ。
「何してるさ?」
青色の硝子瓶が数個、敷布の上に鎮座する。
その一つを取ってふたを外し、手のひらに押し当てた。
(ん……良い匂い……)
穏やかな花の香りはどこと無く薔薇に近い。
透明な液体を両手で頬にそっと当てる仕草。
確かめながらゆっくりと手のひらが移動していく。
指先に絡まる柔らかな乳液。それよりも少しだけ硬さがありそうな琥珀の液体。
まじまじと見つめる天化に太公望は少しだけ頬を染めた。
「おかしいか?わしがこんなことをするのは……」
「ううん。俺っち、女の子がそーいうことすんのみるの、ちゃんと見たこと無かったから」
湯浴みの後は疲れた身体に褒美を。
仕上げに首筋に香油を忍ばせて指先を拭う。
「望が綺麗なのはそういう努力もあるさ?」
「綺麗かどうかはわからぬが、身体がくたびれれば肌もそうじゃろうて。わしだけではなく
 女子はみなそうであろうな。普賢も雲中子も道行も」
幼い日に見た母の鏡台。それに似た様なものが彼女の部屋の隅にもある。
指先に絡ませたそれを、天化の唇にそっと押し当てて伸ばす。
「さっきの接吻(キス)でな……少しかさついておったから」
「あんがと……」
こうして二人だけで居られることも。お互いを思いやれることも。
指先を絡めあって見つめるだけでも、満たされる何か。
「俺っちのこと……好きさ?」
静かに頷いて、閉じられる瞳。
「……好き……」
重なった唇と、抱きしめあう身体。
冬の空気の冷たさが、二人の距離を縮めてくれるから。
何度も何度も接吻を繰り返して、抱きしめあって。
絡まるようにして寝台に倒れこんだ。
「あ……っ……」
夜着に手が掛かり、肌蹴た袷から零れる乳房。
両手で掴んでその先端を舐め上げる。
「ふぁ……ん…ッ……」
左右を舐め嬲って、きり…と歯先で甘く噛む。
胸の谷間に顔を埋めて舌先で傷跡をなぞれば、ぎゅっと敷布を握る指先。
「気持ち良いさ……?」
指先がぬるついた乳首を摘み上げれば肩がふるる…と震えて。
普段の軍師姿の彼女など消し飛んでしまって、そこにあるのは柔肌の少女だけ。
「…ぅん……ッ!……」
首筋に噛み付いて、そのまま耳朶に唇が触れた。
吹きかかる息に零れる吐息。
「や……っ!……」
「嘘。耳……弱いって知ってる……」
違う、と首を振っても頭を押さえ込んで唇を奪われるだけ。
絡まった舌先が違う生き物のように求め合う。
粘液の糸が二人を繋いで、蕩けた瞳で見上げる少女。
「ここにも……傷あったさ……?」
腰骨に走る刀傷に、そっと唇を押し当てる。
柔らかさよりも少しだけ硬さが目立ち始めた彼女の身体。
脂肪などほとんど無く、浮いた肋と細やかな筋肉がそれを構築する。
「おかしいか……?」
「ん……痛かったろうなって、思っただけさ……」
傷を消したいと、そこを何度も撫で擦る少年の優しい手。
「今はもう……平気だから……」
ぎゅっと首に抱きついて耳元で小さく「ありがとう」と囁いてくる声。
寂しがりやの少女は、自分の感情を余り表には出さない。
腰を抱いてなだらかな腹に口付ける。
「!」
唇が下がって薄い茂みの中の突起に触れた。
指先で押し上げて震える桃色の淫核を吸い上げるようにして口唇で嬲る。
「ふぁ…!!アぁんっっ!!」
べちゃ…押し当てられた唇が離れてそのまま秘裂に。
媚肉を広げて舌をねじ込む。内肉を解すように蠢く舌先にただ身体が震えた。
「っは……天…化ぁ……んっ!!」
ぬるつく体液が零れ落ちて発情を促す。
執拗に攻め立てる舌先に意識がだんだんと蕩けていく。
唇と秘所を繋ぐぬめる糸。
指先に絡ませてわざと少女の眼前で開いてみせる。
「こんなにして、やーらしいさね……」
その手をとって根元から中指を舐め上げる赤く小さな舌。
「おぬしが……そうした……」
唇を噛みあって男の腰に手を回す。
「ん……このまましたい……」
少女の体を少しだけ浮かせて、そのまま腰を下ろさせる。
「ひ…ぁ……ッ!!」
向かい合わせで抱きしめあって、根元までしっかりと繋ぎ合わせて。
ぎゅっと瞳を閉じて、はぁ…と吐息をこぼす恋人の髪を何度も何度も撫でた。
額に耳に頬に、数え切れないほどの接吻の雨。
「動いて、望……」
ぐちゅ、じゅく……細腰が上下するたびに零れてくる淫音。
肉棒をぬらぬらと締め付ける膣肉と絡まる愛液。
「んんっ!!あ!!…あ…ぅん!…」
「やらしくて可愛い軍師さまさね。こうしてっと……」
乳房をぎゅっと掴めば、びくん!と肩が震える。
その肩口に噛み付いて赤い痣を残していく。
「…天、化……っ…」
視線が重なって唇が重なる。
互いの体液を交換し合って呼吸を分け合うことですら今の彼女には悦楽に変わってしまう。
その二面性ゆえに離れられないのかもしれない。
けれども、離れたいなどと一度も思ったことも無い。
(多分、望の誘惑の術のほうが妲己よりか……俺っちには……)
ふるんふるんと揺れる乳房と染まった頬。
上ずった嬌声、加速する腰の動き。
「あ!!ああああぁんっっ!!!」
「……ッ……ぅ……」
腕の中でゆっくりとその表情が歪んで、身体が崩れ落ちる。
抱きとめてついばむような接吻を繰り返した。
「まだ……俺っちは大丈夫さ……」
「!!」
敷布の上に押し倒して、今度は彼が彼女を突き上げていく。
「や!!あ!んんんっっ!!」
ぐちゅぐちゅに蕩けきったそこに終わりの無い注入。
「イッったばっかにされっと、倍くらいイイって言うさ……」
「…馬……鹿…ッ!!……」
ぐりぐりと腰を押し当てられて、それだけで息が上がってしまう。
「ぬるぬるしてて……すっげ気持ちいい……」
耳元で囁かれる声。
答える代わりに腰に脚を絡ませた。
小さな尻を抱えるようにしてより奥まで繋がるために何度も何度も挿入を繰り返す。
吐息は獣染みて、それでも彼女の声はどこまでも甘い。
「……望……」
震える指先が頬に触れて、息が掛かるほどに近付く互いの唇。
「俺っちのこと……好き……?」
「……好き……」
十七歳の二人に戻って、もどかしいような恋をしよう。
寝ても冷めても互いのことしか頭に無いくらいに。
「ふ…ぁあんっ!!」
いっそうきつくなる収縮に唇を噛む。
「俺っちにも……出させて……ッ……」
「や……ああああっっ!!!」
吐き出される体液と汗の匂い。
崩れてくる彼の体を抱きしめて、少女は幸せそうに瞳を閉じた。





「もっとこっち来るさ」
上掛けから覗く足首と、上目で見つめる丸い瞳。
「して、明日のデートはどこに連れて行くのじゃ?」
「望の好きそうなとこ。この間、見つけたさ」
吸いさしの煙草を奪って、悪戯っぽく銜える姿。
彼女が煙草を口にするのは大概この少年の前でだけ。
「いつもと……味が違うのう……」
「それは不良仙人のさね。この間見つけたから持って帰ってきた」
「じゃろうな。普賢のものとも味が違う」
新しいのを取り出して、少女のそれから火を奪う。
闇に浮かぶ小さな明かりが二つ、ゆららゆらりと揺れるだけ。
立ち上る煙の色とほんのりと香る独特の匂い。
「いつから吸い始めたさ?」
「修行時代からじゃのう……わしが始めて、普賢に勧めた」
「わっるい友達持ったさねぇ、普賢さん」
「少しくらい性悪な方が好きだと言うたのは誰じゃ?」
投げつけられる視線。
「俺っち。ちょい悪女くらいが調度良いさ」
「わしも多少野性味があったほうが男は好きじゃよ」
まだまだ未完成の心と体をもてあまして、重ねあおう。
君の指先が触れるだけで感じるこの幸せは、誰にもわからないようにして。
「……どうしたさ?」
腹部を押さえて、少女は少しだけ困り顔。
「……まだ、挿入ってる感じがしておちつかぬ……」
頬を染めながら呟く言葉。
「望〜〜〜〜〜〜っっ」
「っは……苦し……っ……」
抱きついてくるのを受け止めて。
「もっかいしたくなったさー」
右手をそっと自分のそれに触れさせる。
「……治まりもつかぬみたいじゃのう……」
「駄目?」
傷だらけの彼の身体は、誰よりも綺麗だと思える。
その腕が剣となり、盾となる戦士の身体。
「良い身体じゃのう……」
割れた腹筋をぺたぺたと触って、はぁ…とため息をつく。
「良い身体?」
「わしを抱く男の中では、おぬしの身体が一番好きかも知れぬ」
恋敵は数え切れぬほど。蹴散らしながら走り行く。
「今までの女で、望の身体が一番綺麗だって俺っちも思うさ」
「遊び人が」
「それ、人のこと言えねぇさ!!」
絡まりあって笑いあえるこの関係が愛しいから。
瞳を閉じて何度でも接吻を交わそう。
「デートに響かぬ程度にな、天化」
「ん、わぁってるさ」




走って走ってどこまでも。
君と二人で、いつまでも。





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21:32 2006/01/20

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