◆休息と準備、それぞれの現在と少し昔の話、其の参◆
「かばっち師叔見なかったさ?」
「御主人なら天祥くんとナタクさんとお風呂に入ってるっす」
四不象は太公望の着替えを手に浴室に向かう。
「なら俺っちも混ぜてもらうさ」
「だめっす。御主人にも言われてるっす」
「なんでさ」
「天化さんとヨウゼンさんと武王さんは近付けるなって言われてるっすよ」
天化は銜え煙草で苦笑いを浮かべた。
(読まれてたってわけさねぇ…さすがは師叔…)
天祥もナタクも風呂に入りたがらない。
太公望は隙を見てこの二人を風呂に入れることを念頭に置いていた。
母を亡くしてしまったもの。
母を遠くに置いているもの。
共通して「母性」に飢えていた。
もっとも、この二人を入浴させるという行為は疲労と徒労を併発させるのだが。
湯煙と右手に天祥、左手にナタクを抱えて太公望ははぁはぁと肩で息をしていた。
暴れる二人の全身を洗うというのはそれだけでも重労働だ。
「おぬしらと風呂に入ると疲れが増す…」
「太公望、お母さんに少し似てる」
天祥がにこにこと笑う。
「ナタク、天祥、湯冷めしないうちに寝るのじゃぞ」
ナタクの髪のしずくを払う。
「なぜ俺にこんな風にする」
「単なるおせっかいじゃ。不潔にするよりはよいじゃろう?」
二人を寝室に送り、寝かしつけるまでが太公望の仕事。
「おやすみ、太公望」
「うむ」
静かに部屋を抜けて、自室に向かう。
回廊を月明かりが照らし、影が長く伸びる。
「師叔」
「天化。稽古帰りか?」
「ん…」
胸下まで伸びた髪。指を抜ける感触が心地良い。
「おぬしも風呂にでも入って疲れを取ってきたらどうだ?」
「師叔が一緒なら入るさ」
天化も風呂好きなほうではない。むしろ天祥の兄とも言うべき程に。
「言うたな。ならばわしも入ろう」
「本気さ?師叔」
「無論」
天化の手を引く。着替えを取って浴室に入り込んだ。
「ちょ…ちょっと待つさ!師叔!」
「今更何を言うか」
手際よく衣類を剥ぎ取り、勢いをつけて浴槽に押し込む。
頭から湯をかけられ、息をつく間もないほど。
「そうしておると少し子供にも見えるのう」
けらけらと笑う太公望の手を掴む。
「師叔も入るさ」
「少し待て」
組み紐で髪をまとめ、縛り上げる。
うなじのあたりのほつれた髪に湯気があたり、雫になっていく。
黒髪に赤い紐は鮮やかで、目に眩しい。
とぷんと湯船に入り天化の方を見る。
いつもならば天化の方が押しが強いが、今は形勢逆転しているのが面白い。
「水濡れになると弱るのか?天化」
「んなことも…って師叔!?」
悪戯気味に天化の頬に唇を当てる。
その唇を首筋に下げて、軽く吸い上げ、小さな痕跡を残していく。
「お…俺っちもう出るさ…」
「逃げるか?天化。天祥よりも早いぞ」
「に……逃げないさっ!」
太公望の唇は尚も天化を責め立てる。
湯の熱さと身体の熱さが混同して、眩暈に似た感覚を引き起こす。
「師叔」
胸元にあった手を引き寄せて、下のほうに。
「どーせならこっちも触ってほしいさ」
指が絡みつき、ゆっくりと扱き出す。
徐々に硬度が増してくるのが、手の中でも確かめられた。
天化の手が乳房に触れて、柔らかく揉みしだいていく。
「師叔…気持ちいいさ?」
指先が乳首を摘み、太公望のこちから吐息が零れる。
そのまま指先を秘裂に落とし、空いた腕が腰を抱く。
「…天化…やめ……」
「嫌さ。止めない」
楕円を描くように揉まれた乳房が天化の掌の中で熱くなってくる。
「師叔…」
貪る様に重ねた唇が離れるとつっと糸が引いた。
強く抱き寄せると柔らかい胸の感触が胸板越しに伝わってくる。
耳元に唇を当てると太公望は真っ赤になりながら身を捩った。
「…や…んっ……」
密着した身体。
「なんか…師叔もそーやってると…子供みたいさ…」
道服を纏えば軍師に、髪を解けば娼婦に。
(なんか…本当にイケナイコトしてる気分になってきたさ…)
太公望の肉体時間は十四、五あたりで止まっているように思える。
髪を下ろすか、頭布で押させているときはそれなりに見えるが、
こんな風に髪を纏めていると意外なほどに童顔が目立つ。
「…わしは天化よりも年上じゃぞ…」
「俺っち年上好きだから」
腰を軽く浮かせて、一息につなぎ合わせる。
「っ!!」
不安定な身体を支えるために天化の首に抱きつく。
足首を掴んで少し強引に繋げて深度を上げる。
突き上げるたびに太公望の身体は軋み、嬌声を放った。
噛み付くように唇を吸って。
熱にでも犯されたように舌を求め合って。
「――――――!!!」
舌を絡めたまま、強く突き上げる。
「…っ…師叔…」
天化の奔流を受け止めるころに、唇はようやく開放された。
その後、のぼせ上がった天化を同じくのぼせた太公望が引きずるように自室に運び、
打神鞭で風を作って身体を冷やしていたのを知っているのは四不象だけであった。
当然のように翌日二人揃って風邪を引き、
天化は太乙真人の妖しい薬を飲まされることに。
一方太公望はヨウゼンと発の手厚い看護に少し辟易するほどだった。
「うっかり風邪もひけんのう…」
ヨウゼンが林檎をむく手を止める。
「どうして二人揃って風邪なんか引いてるんですか」
「それは……」
言いかけて太公望は布団の中に潜り込む。
「師叔!」
(言うたら喧嘩になるであろうが……面倒は嫌じゃ)
毛布に包まって目を閉じる。
(天化でも風邪なぞ引くのじゃな……)
「賑やかだよねぇ、相変わらず」
「……………」
西岐城の上空、申公豹は雷公鞭を構える。
「まさか、雷公鞭を使う気?」
「ここで使えば呂望を巻き込みますからね。そんなことはしませんよ」
三本ある房の一つを指で撫でる。
ぴりぴりとした小さな雷華が生まれ、一筋の光になってヨウゼンの手首を直撃した。
「そんなことも出来るんだ」
「ええ、威力は弱いですが牽制くらいにはなるでしょう?」
にやりと笑う申公豹とやれやれといった風情の黒点虎。
宮中ではヨウゼンが焼けた手首を摩っている。
(申公豹だな…相変わらずに暇なやつじゃのう…)
同じくため息の太公望。
戦火の前のほんのひと時の安らぎ。
そして、日常だった。
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