◆殷の太子◆






紂王李氏には二人の子供が居る。
先の皇后、姜妃との間にできた太子二人だ。
妲己は子を孕むことは出来ない。
ゆえに太子二人は正当なる次の殷王となるべき存在。
無論、太公望とてそれは知っていた。

王都より離れた小さな村に腰を落ち着け、一ヶ月。
太公望はいつものように四不象と産婦を楽しんでいた。
「御主人、いつまでここにいるっすか?」
「人を待っておるのじゃよ、スープー」
四不象の頭を優しくなでる。
この村でも、太公望は村民に慕われ、また、力になっていた。
政務を投げ出した紂王が本来すべき、治水工事の発案を練り直し、指示を出す。
王政の放棄は辺境の村にさえ、影響を出している。
それは殷の衰退を確実に表していた。
「道士様、お茶が入りましたよ」
「おお、かたじけない」
太公望はいつもと同じように人を待つ。


武成王、黄飛虎は太子二人を己の部下に命じて王都から引き離した。
皇后妲己が次に狙うのは次期殷王、太子二人。
先の皇后姜妃を追い詰め死やったように。
だが、彼はまだ、妲己の本当の恐ろしさを知らなかった。
彼女の最大の武器は手下でも、その美貌と身体でもなく、
智謀だということを。
言葉巧みに太子を連れ出したのはこともあろうか皇后の手下。
「道士様〜〜〜〜!!!」
「どうかしたかの?」
出された菓子に手をつける姿は道士にはおおよそ見えない。
香草茶で喉を潤し、太公望は村人の話に耳を傾けた。
「どうやら待ち人は来るようじゃのう」
最後のひとかけらを口に放り込み、四不象を呼ぶ。
「スープー、待ち人来たる。さぁ、行くぞ」
茶器を静かに戻す。
「用事が終わったら、もう一杯いただきたいのじゃが、よろしいか?」
太公望は何も変わらない。


鉱石の妖怪仙人、二人を相手に太公望は風を打つ。
四不象が太子二人を後方に逃がし、太公望は一人で二人の相手を。
何事にも相性があるように、鉱石に風は分が悪い。
どうにかこうにか相手の頬を少し欠けさせるのがやっとである。
「スープー、あれを!!」
四不象から火の宝貝を受け取り、間合いを詰める。
(相手はよほど固い岩と見た…ならば…)
大地を蹴りながら感触を確かめる。
太公望は足先であるものを探していた。
(あった!!)
力技では到底かなわない。
火竜の宝貝は不規則に炎を生み出し、二人を追い詰める。
どんな鉱石でも、炎の中で液体に成り果てる。
「お主らは妲己に操られているだけじゃ。今、身を引くならばこれ以上は攻撃せぬ」
爆炎と土煙。
ごほごほと太公望は咳き込みながら火竜の宝貝を構えなおす。
「…違う!俺たちは自分の意思で妲己様に仕えている!」
「言うても無駄か…」
炎は二人を包み、その身体を溶かそうと燃え上がる。
「…くぅ…やはり慣れない物は…堪える…」
がらんと手から宝貝は滑り落ち、太公望は膝を突いた。
浮き出た汗。
容赦なく宝貝は同士から体力と気力を奪っていく。
「お前、さてはその宝貝を使い慣れていないな!!」
打神鞭ととり、弧を描く。
風の刃は地盤を抉り、大量の地下水を二人に浴びせて行く。
「それは効かぬといっただろうが!」
「それはどうかのう」
「あ、兄者!体にヒビが!!」
打神鞭から風は舞い、太公望の髪を揺らす。
「どんな鉄でも、熱して冷やせばもろくなる。わしは最初から水脈を探っておったのじゃよ」
「うっ…」
「さて、そのような状態で打神鞭を受けたらどうなるかのう?」
「太公望!もうやめて!二人はだまさていただけなんでしょう!?」
太子二人が庇う。騙されていただけならば罰することは無いと。
言葉が染み渡れば、霞は消えていく。
「もう、悪いことしちゃ駄目だぞ」
「…殿下……」
その言葉は妲己の洗脳が溶けていく証拠だった。
(まだ…完全ではないのだな…妲己の誘惑も…しかし…)
恐ろしいことになってきている。
皇后妲己の傍を離れても持続する誘惑。
(太子にはすまないが…おそらく紂王はもう……)
頭を振り、打ち消す。
「さて、後は両殿下を安全なところにお連れするだけじゃのう」
「そうはいきませんよ太公望」
低く沈む声。それは耳元をかすめ、眼前に舞い降りる。
「彼はいつも朝歌の上を飛んでいる仙人ではないか」
「あの人は…最強の道士申公豹様っすよ!」
仙人界最強の道士。
その言葉に両太子は身じろぐ。
太公望よりもはるか強いといわれるその道士が自分たちが逃げることを由としないのだ。
「二人の太子を朝歌に戻しなさい」
「な…嫌だ!今帰ったら僕らは妲己に殺されてしまうよ」
申公豹は太子を一瞥。
「お黙りなさい。私は今、太公望と話をしているのです」
「どういうことだ?申公豹」
朝歌は今、悲惨極まりない状態にある。
父親である殷王は政務を投げ出し、妲己との肉欲に溺れた。
父の罪は太子二人の罪でもある。
父を捨て、自分たちだけが逃げ延びようとするその根性が気に入らないと申公豹は説く。
「では…どうすればよい」
「私が朝歌に連れて帰ります」
太子二人は嫌だと叫ぶ。
太公望は一息吸い込み、言葉を放つ。
「申公豹の言うことも一理ある。だが…わしは太子を見捨てぬよ。それがわしの主義なのだ」
「甘いですね、太公望。あなたは今から錯乱していく紂王李氏と戦うことになるのですよ」
そして、太子二人は紛れも無く紂王の息子。
正当なる殷の後継者。
「私は予言します。いつか二人が父親のためにあなたと戦う日が来ると」
伏せられた睫。
「助けたことが仇となってもかまわぬよ。恩を売りたくて助けるわけではないから…」
雷公鞭を構える。
ばちばちと雷華が空気を揺らし、光を生み出していく。
「力ずくで行かせていただきます。ちょうどいい機会です。あなたを封神計画から外して頂き、
私の傍に置くこともできますしね」
太公望も打神鞭を構える。
先刻の戦いで太公望の体は限界値に近かった。
風と稲妻が絡み合い、空気の色さえも変えていく。
「双方、宝貝をおさめよ!その二人は仙人会が預かる」
「原始天尊様!?」
太子二人を光が包み、その姿をかき消していく。
「…あの二人も仙人界で鍛えられれば少しはましな性根になるでしょう。あの浅薄な中身を
直すにはいいかもしれませんね…呂望」
ぐらりと太公望の体が揺れ、大地に崩れ落ちる。
「呂望!!」
「御主人!!」
気力を根こそぎ火竜の宝貝に奪われ、太公望は立っていることも困難だった。
「呂望、しっかりしてください。ああ…」
抱きかかえ、木陰に降ろす。
額に浮いた汗と、熱っぽい体。
「黒天虎、何か冷たいものを持ってきてください」
ちらりと四不象を見る。
「それと…私は呂望と話がしたいのです。四不象を連れて行ってください」
「そんな!御主人〜〜〜!!!」
「スープー、わしも少しばかりこやつと話がしたいのじゃ…」
はぁはぁと息をつなぐ。
大樹の下、影の中に二人きり。
肩を寄せ合って、目を閉じる。
「封神の書は見ましたか?」
「うむ…」
「両太子の名が載っていることも?」
「ああ…知っておったよ」
申公豹の手が太公望のそれと重なる。
「彼らの母、姜妃が封神台に飛んだことは?」
「いや…やはりそうなのか?」
太公望の中で疑問符がパズルを合わせるように合致して、ひとつになる。
「呂望…疲れたでしょう?もうやめてしまいませんか?」
「わしはやめぬよ」
その細い肩を抱く。
「妲己は本気ですよ。あなたを殺そうとあの手この手をかけてきます」
「覚悟は出来ておるよ」
「私にはあなたを失う覚悟が持てないのですよ」
それは申公豹から零れる意外な言葉だった。
「申公豹…」
「太公望などやめて呂望として生きてしまえばよいのではないのですか?」
封神計画ならば自分が代行する。
「いや、わしはわしのために封神計画を外れるわけにはいかんのだよ」
この身に流れる姜の戦士の血脈。
「今だけ、休ませてくれ…さすがにわしも疲れたよ…」
くたくたの笑顔。
頭布を解くと、黒髪がばさりと漏れる。
出逢った時よりも長く伸び、下ろしていれば皇后妲己に引けを取らない。
「わしは姜族最後の人間…この計画を外れるわけにはいかんのだ…」
「呂望…」
よほど疲れているのか、太公望は目を閉じる。
「その名で呼ぶな…父と母のことを思い出す…」
妲己によって全てを奪われた少女。
同じように妲己から全てを奪うのかといえばそうではない。
少女は言う。
「自分と同じ思いをするものをなくしたいと。苦しむのは自分ひとりで十分」と。
止まない雨に打たれながら、ただ歩く。
「おやすみなさい、呂望。今の私に出来るのはあなたに肩を貸すことくらいです…」
人間は業深き生き物。
時には妖怪よりも残酷に、殺しあい、血を求める。
歴史も、あのひとも、みな、幸せという名の魔物に取り付かれて。



全ては繰り返される。
なにかの意思の中で。
帰り行く場所は大地ではなく、
その胎の中。



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