◆その槍を喉元に、その手をこの腕に◆





この空間が望むものを生み出すならと、少女は邸宅の地下室を忠実に思念する。
「これで、よし……っと」
浮かび上がる画面を見つめて少女は椅子に腰掛けた。
「どうするんだ?」
指先が、かちかちと数字の羅列を刻む。
「太乙、通じてる?」
画面に映るのは友の姿。
「大丈夫だよ普賢。元気そうだね。少しおなか目だってきたかな?」
「少しね。でも、道徳が一緒だから案外平気だよ」
無事にすべての起動が確認できたと、笑う唇が二つ。
「望ちゃんは?」
「まだ帰還してないよ。でも……計画通りに進軍はしてる。彼女の忠実なる恋人たちが
 揃ってるからね。誰にも停止命令は出ていない……天化君もやっと元気を取り戻した気はするよ」
愛弟子二人を残したまま、師表たる自分たちは散った。
その決断に後悔はない。
指揮官不在でもその意思を継ぐものはいるのだから。
「大体のことはわかるんだ。これでやっとそっちとも連絡がつく」
二人の少女がこの世界を変える光。
「道徳、久しぶりだね」
「だな。何も変わってないみたいで安心したよ」
それでも自分たちの間には超えられないものがある。
生あるものと亡き者、自分たちは幻の中の亡者なのだ。
「こっちも負傷者は覚悟の戦いだよ」
「来るなよ。歴史には証人が必要だ」
柔らかな風が吹く丘の上に彼女は今も一人でたつ。
歴史の重みに負けてしまわないように、しっかりと祈りをささげて。






「蘭英」
城壁の上で少女は男の名を呼んだ。
ここを突破すれば王都朝歌はもう目の前になる。
聞仲の意志を汲み、守護するのはその腹心であった張奎。
未だ、主君は彼の人だけと。
「周軍が近くまで来ているよ、張奎」
風に泳がせた黒髪と鷲色の瞳。
手にした宝貝は凡そ不釣合いなくらいに攻撃的だ。
「ならば討つだけ。それに何の変わりがありましょう、蘭英」
本来ならばその手は誰かを癒すためのもの。
それでも少女は戦火の中にたたずむ。
その美しさは風さえも沈黙してしまうほどに。
「けれども……僕は君が傷つくのは見たくない……」
「私は……あなたの夢をかなえることができないから……もしも、もしも私がこの戦いで
 命を落としたならばそのときは……ほかの誰かを愛しても咎はないでしょう……」
絶対なる忠誠心は悲しいほどに彼女を縛りつける。
その呪縛から解き放ちたいのに。
無力な己に口唇を噛んでも世界は何も変わらない。
「馬鹿なことを。僕は君以外に……」
「行きましょう。奴等が来ました」
この大地に沈ませた思いをどうして紡げばいいのだろうか?
「君のその手は……戦うためのものではないのに……っ……」
霊獣を駆って大地へ降り立つ。
「蘭英」
伸ばされた細い手。
「行きましょう」
「ああ…………」






眼前の門は硬く閉ざされてまるで主の意思の如く。
軍師不在のままに望まなければいけない一戦に青年は武具を構えた。
「ヨウゼン、大丈夫なのかよ」
形ばかりといわれた傀儡の王は今、この世界を変えようとしている。
器に魂が注がれるように彼は成長を遂げた。
まるでこの世界の息吹を飲み込むかのように。
「仕方ありませんよ。師叔もそろそろ戻ってくるころだとは思いますが……」
人の戦いは人が勝利しなければ自分たちの行動は妲己たちと何も変わらない。
軍師として策は講じるが決戦は人間でとは彼女の口癖だ。
周兵が颯爽と攻めてくるにもかかわらず殷軍はその姿すらない。
そしてこの門を護るのは聞仲の腹心である女、張奎なのだ。
「ヨウゼンさん、そろそろ俺っちたちも出陣さ?」
「そうみたいだね。師叔が戻るまで一時休戦だ、天化君」
麗しき軍師不在のままの決戦に喧嘩などしている暇など無い。
「ただし、この革命が無事に終わったならば君とはきっちりと戦わせもらうよ」
「望むところさ。男して退けねぇさね」
風の仙女が手を差し伸べるのは果たして誰か。
「僕たちは聞仲の腹心だった張奎を討つのみ。誰が先とかじゃない。確実に仕留める」
「ヨウゼンさん!!」
湧き上がる土壌に飲み込まれていく兵士たちの姿。
人の戦いに仙道を介する事を好まぬ土の道士。
「人間は殺さない」
耳元に転がる鈴の音色。
その速さは天才道士ですら目が追いつかないほどに。
いや、彼女は己の強さを弁えていた。
だからこそ己の真価を発揮できる策と信念を持って戦いに挑んだのだ。
「どこだっ!!」
「どこを見ている、天才道士の名が折れるぞ?」
ふわりふわり。それは彼女にもどこか似ていて。
「みんな気をつけて……敵だ!!」
霊獣烏煙を飼っていざ戦渦に飛び込むその姿。
「私は張奎。聞仲様の片付け切れなかった後始末……われが受け継ぐ!!」
風に舞う黒髪の艶やかさ。
その姿は少女でも列記とした金鰲の道士。
「ここは人間が多い。北門の方へ来い」
志を継いだ少女に重なる主君の影。
聞仲が殷に忠誠を誓ったように、彼女は男に忠誠を誓った。
「武王!!哮天犬に!!」
凛とした瞳に宿る光はその意志の強さ。
迫りくる崑崙の道士に眉一つ動かさない。
「太公望はどうした」
「太公望なら帰ってこないわよ。不甲斐ない男に愛想つかしたんじゃないの?」
「ほう……軍師不在とはな。我も甘く見られたものだ」
その唇には慈愛ではなく嘲笑。
「張奎。封じるは二人のみ。あとは雑魚だ」
「ええ」
少女を支えるように後ろから掻き抱けば、女は高々と左手を天に。
「土に飲まれ土に還れ!!」
邪魔者の無い広大な大地。これがすべて彼女の武器になる。
次々に飲み込まれていく道士たちに少女は薄く笑う。
「さて……不甲斐なき天才をどう始末しようか?」
「面白そうだ。あの手の男は心が弱い……ゆえに強き女に惹かれたのであろうな」
「おしゃべりはそこまでだ、張奎!!」
王天君の姿を借り、青年は霊獣の足元へと。
「はて……その程度でこの烏煙の足を捕らえることができると?道士としての能力は
 私よりも上でも……」
ぴん、と張り詰めた空気が頬を切る。
「実践は無いに等しい……甘ったれの王子が!!」
求められることは確実にこの少女を討ち取ることなのに。
それ一点に集中できないように彼女は策を講じた。
(どうする……このままではみんなが窒息してしまう……しかし、烏煙の足は簡単に
 捕らえられるものでもない……)
浮かんでは消えていく数々の策案。
こんなとき彼女ならばどうしただろうか?
「迷うこと無いさ!!」
莫邪を手に大地を蹴る少年の姿。
大技を使うものは剣に弱い一面を持つことを彼は知っていた。
正確な一刀が決まれば女の宝貝はすべての効力を失う。
「黄天化……太公望の太刀の中でも美しきものか」
「うわぁぁあああ!!痛ぇ!!」
鑚心釘が霊獣の足を貫き悲鳴をあげる。
「烏煙!!」
「兄さん、姐さん、わては大丈夫でっせ!!」
主同様、霊獣も果敢に宙を舞う。
その頭を静かに撫でて少女は少年の影を見据えた。
「直線的で美しい攻撃だ。けれども……僕に通じるかな?」
両手に構えた無数の長針がきらら…と輝く。
「太陽針!!」
乱舞する長針は一本も残ることなく少年の体に突き刺さっていく。
「か……体が動かねぇさ……」
「無駄な動きを封じた。さて愛しき妻よ……どうしようか」
動きを封じられた天才は天を仰いだ。
この出来事に幕を下ろすために。
「師叔、もう良いでしょう?」
「まったく……おぬしらはわしが居らんとこうも不甲斐ないか……」
風の中に響く懐かしい声。
夢の中で何度も求めた麗しの道士。
「まったく……無事に太上老君には会えたのですか?」
静かに頷く姿。
それ以上の言葉は必要が無かった。
視線を一つ交わすだけで伝わる互いの心。
離れていたのは本の一瞬だったかのようにさえ思えるほどに。
「さてと、わしの太極図の御目見えと行くか」
「スーパー宝貝……その種だけならば聞仲様の禁鞭に等しいもの……」
霊獣から降り立ち少女はその視線を定めた。
「張奎。太公望に正攻法は効かないという」
「ええ。蘭英、烏煙を安全なところへ」
風と大地。
世界を構築するのに欠くことのできない二つの祖。
陰陽の玉から生まれ出る朗々たる文字の数々。
呪詛という禍々しさは無く、どこか優しく穏やかな光さえ感じる。
「太極図よ……支配を解き放て」
少女を中心として描かれた陣。
土に解けるようにその符たちが消えていく。
「ならば……一万貫の土で潰れてしまえ!!太公望!!」
「疾!!」
打神鞭を一振りすれば竜の如き土は静かに大地へと還る。
静寂は世界を支配してこの場には何も残らない。
何もかもを生み出し何もかものを無に返えす。
誰も傷付かずそこには勝ちも負けも存在しない。
「老子はこれを反宝貝と呼んだ……わしに使いこなせるかのう……スープー……」
失ったものが多すぎる彼女に与えられた全てを無に返す宝貝。
荒げる息と浮き出る汗。
「ご主人、きっと……太極図はご主人しか使えないっす。たくさんの悲しいことを知っている
 ご主人しか……きっと……」
この一握りの土にさえ、命は宿り巡回する。
生まれたての熱を抱いて人は生命に変えていく。
「お前……私以上の土の使い手か……?」
印を結んで双頭の竜を生み出す。
「まさか……この太極図、どうやら鎮めるためのものらしいのう……」
直接の攻撃はできないが、生まれ出る全ての力を癒しに変えてしまう。
傷付くことも誰も何も負うことが無いように。
何事にも流れ存在してそこには勝ちも無く負けることも無いと。
「だから……だからどうした!!お前が聞仲様を殺したことに変わりは無い!!」
伸びた鉤爪が道衣を斬り付ける。
打神鞭で受け止めながら少女は女の瞳をじっと見つめた。
「そこまで思うか、聞仲を……」
それは恋にも似た気持ちで。
憧れは忠誠に変わり少女は彼と共に道を歩んだ。
どれだけの時間をすごせただろう。
ただ、笑い合えていたあの日々がひどく懐かしく愛しい。
「そのわりにおぬし、聞仲のことをちっともわかっておらんな」
「何……っ!?」
「聞仲にあわせてやろうぞ。付いてくるがよい、張奎」
そう、この少女は最後の瞬間まで主君と共にあった。
それがどんな結末であれども事実は変わらない。
「封神台に行くぞ、張奎」
「待て……本当に聞仲様に会うことができるのか!?」
あの日伝えられなかった言葉を。
ただ一言を伝えたくて。
「無論」
「それが真実ならば……蘭英!!」
烏煙を駆って青年は降り立つ。
「姐さん、わての足も治って……」
「ああ……良かった。烏煙、お前は私にとって家族も同じ……良かった……」
頭をぎゅっと抱いて安堵の笑みを浮かべる。
本来はこの少女も戦いを好むほうではないのだ。
「飛べそう?私と蘭英を封神台まで連れて行って欲しいの」
「姐さん、何言うてますの。わては姐さんと兄さんのためならこの足なんて全然惜しゅう
 ないんでっせ。わてはどこまでもお二人を乗せて飛びます」
「ありがとう……烏煙……」
青年の手を取り、少女もまた霊獣の背に。
「付いてくるが良い、張奎!!」




ああ、曇りなきこの空の下。
世界は愈々狂い行く――――――――――。






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16:59 2007/04/11

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