◆真実と決別◆







「ここが……封神台……」
その入り口に降り立ち三人は顔を見合わせた。
「内部には確か入れるはずじゃ。普賢が管理をしてたからな」
「そう……蘭英」
見上げる瞳に青年が静かにうなずく。
二人で手を重ねて風の道士を見つめた。
「スープーと烏煙はここで待っておれ。わしらに何が起こるかもわからぬ」
その言葉に偽りは無い。封神台に入り込んだものなど誰もいないのだから。
一度封じた魂は如何なることをしても外部に出ることは不可能。
転生さえも禁じられても神として祀り上げられる事実。
現に彼女の親友もこの地に封じられているのだ。
「太公望様ですね?」
彼はでも擦り合せたような声に三人が振り返る。
ちょこんと座り込むのは甲羅を背負った小さな亀。
「私は柏鑑。封神台の管理を仰せ付かっております。普賢真人様に御面会ですよね?
 きっと普賢様もお喜びになられましょう」
「いや……まだ普賢には会えぬよ。こんな半端なわしをみれば失望するであろう」
一度決めた道を帰ることなどできないように。
彼女は最後の最後まで自分と同じ光を見つめてくれた。
だからこそ、今は会えない。
どれだけ互いが逢いたいと願っても。
「中を見せてくれぬか?」
「かしこまりました。御三方、こちらへ」
導かれるままに足を進めていく。乾いた土が足に絡まる。
風は頬を撫でて、自分たちの住む世界と何が違うのだろうか。
この一握りの土にも親友の息吹が混ざり合う世界。
「何なのだこれは?」
「封神魔列車です。さ、お乗りください」





いくつもの島が空間の中に浮かぶ世界。
内部は意外にも心地よくもうひとつの世界といっても過言ではなかった。
「こんな風になっていたのか……」
「まさか自分で作ったものに収容されるなんて誰も考えてなかったでしょうに……」
二つの仙界を巻き込んだ壮絶な戦いは張奎とて無関係ではなかった。
本来はそこで失うはずだった命を生きながらえてしまったと何度悔いただろう。
散るならば主君と共に。
そう心に誓って今まで生きてきたのだから。
「あれは……趙公明!!余化まで!!」
薔薇を抱えて微笑む少女とそれを見つめる穏やかな男の姿。
耳を澄ませばまるで話し声さえも聞こえそうなほど。
揺れる髪と光の輝き。
「亀さん、聞仲様にも御会いできるのですか?」
「もちろんです。行きましょうか?」
「はい。お願いします」
その言葉を聴きながら太公望はなぜに張奎が聞仲の懐剣と称されたかを考えた。
聞仲は何よりも礼儀を重んじる。
この少女は各下であろう柏鑑にさえも言葉を変えない。
それは彼女の血筋もあるのだろうが従うと決めた男の気品を受け継ぐもの。
「過ごし易さは何も変わらないのかしら。不便などありませんでしょうか」
「ええ。封神台は魂が次に進むための休憩所です。なので、思えば何でも揃う
 ようにも作られております。ご安心ください」
「そう、良かった」
ころころと笑うのはまだ彼女とて本物の壁を知らないから。
今がその瞬間、真実と決別を選ぶ時。
「着きましたよ、張奎さん」
「……聞仲様……っ……」
降り立つ少女の姿を彼はどんな思いで見送ったのだろう。
窓越し、差し向かいには敵であるはずの軍師。
「僕は……生涯をかけて彼女を愛すと決めたんだ。彼女が聞仲様に焦がれているとしても」
小さくこぼれる言葉。
照れ隠しなのか煙管を取り出して青年はそれに火を。
燻る紫煙と広がる甘い香り。きっと煙を好まぬ妻のために選んだ匂い。
「けれども、気付いたんだ。あれは恋じゃない……僕は彼女がもっと高く飛べると
 信じてる。だからこそ……聞仲様のことを振りきらなければいけないって……」
紫水晶の瞳が穏やかな光を称える。
輝く黄金の髪は妖怪などには思えないほどの優美さ。
「僕は元々、姚天君様に造られた。あの方を護り散るのがわが運命と思っていた」
錆びた長針を磨き上げ、命の息吹を。
仕上げにと降り掛けた宝石の粉。
「姚天君様はこう仰ったんだ……その命はもはや我が物ではない、と。自分で道を決めて
 進めと。それが延いては金鰲のため、教主のためと……」
「……………………」
「僕は彼女と一緒に成長していきたいんだ。僕だっていつまでも姚天君様の影を追っては
 いけない……だから彼女にも同じでいてほしいんだ……」
青年の手から煙管を静かに奪って、少女も同じように唇を。
煙を吸い込み静かに視線を外に移す。
「わしに煙草を教えた親友がな、今はここにおるのだ。神として祭られて」
同じように成長してきたもう一人の自分。
「あれは最後まで己の生き方を変えなかった。だから……わしはまだ逢えぬのだ。
 わしがわしとして生きて、終える日まで……」
「おかしい女だ。どうして君にこんなことを話せるんだろう……敵のはずなのに」
「さぁのう……わしも思う相手がいる。おぬしも。それだけであろう?」
終焉はもうそこまで来ている。
明けない夜など来ないように。




「聞仲様、ずっと……お会いしとうございました……」
こぼれる涙もそのままに少女は己の思いを告げた。
何故に先に逝ってしまったのかと。
自分を連れて行ってはくれなかったのかと。
何度も何度も繰り返し生まれたあの言葉を。
「共に、共に……生きとうございました。我が主君はあなただけにございます」
はらら…と散り行くこの想い。
まるで桜花のように今とばかりに。
「このような場所は聞仲様の居られる場所ではございません。私が代わりに留まりましょう」
頬に触れる懐かしい大きな手。
こぼれる言葉に少女は何度も首を振った。
「なぜ……なぜなので御座いますか……聞仲様ぁ……」
初めて知る真実とこの先の道の行方。
今度は彼女が選択をする番なのだ。
「……聞仲様……」
この頬に触れる手の暖かさは何も変わらない。
それなのに、彼はもう居ない人なのだ。
「ずっと、ずっと……お慕い申しておりました……」
これがきっとこの終焉。
初恋を砕いて今度は愛を知るための儀式。
額に触れる唇は少しだけ冷たい。
もう一度だけこぼれる涙をそのままに胸に飛び込む。
「お別れなのですね……聞仲様……」
何度も何度も髪を撫でるこの手を。
「もう……泣きませぬ……あの人が待っております……」
ただ一人、彼の遺志を継ぐ少女。
「ええ……張奎はもうここには来ません。いずれお会い出来る日が来ましょう」
恋の始まりと終わり。
いつまでもこのままの子供ではいられない。
「その時に、もう一度こうしてくれますか?褒めてくださいますか?」
綻ぶ唇に少女が何度も頷く。
「それだけで十分で御座います……聞仲様……」






ほんのわずかな間に変わるその表情。
彼女はその身で何かを受けた。
「聞仲は、何と?」
「私のために戦うなと……自分の意思で進めと仰いました……」
静かに燃える青い炎のように、少女の魂が揺らめく。
「敵であったわしがいうのもなんだが聞仲は凄い男であったよ。誰よりも気高く
 己の忠義を守り通した……だかな。やつの最も尊とするところは……」
その声を遮る鈴の音。
「知っております……聞仲様は何を犠牲にしてもご自分の最も大切なものを守り通そうと
 なさいました……それがどんな結末になろうとも……」
彼も一人の男だった。
古の王妃に誓った忠誠に生きた。
「私はそんな聞仲様にあこがれておりました……あのようになりたいと……」
風が一片、花弁を乗せて耳元を吹き抜ける。
「!!」
彼が好きだと呟いたものではなく。
「これは……蓮?」
「聞仲様からの最後の言葉……あなたを大切にしなさいと。一人ではなく、共に歩む者の
 居ることの幸せを忘れてはならないと……」
こぼれそうな涙を必死に堪えて。
「……聞仲様……っ……」
見えなくなって久しくとも、青年は立ち上がって彼の人が座するほうに深々と頭を下げた。
涙は彼の頬を伝った。
「あなたの懐剣……この高蘭英が確かに受け取りました!!」
二人を従えた主君はいまや瞼の裏に。
「決して手折ることはいたしません!!この命ある限りに……守り通しますゆえに!!」
最後の言葉は二人に届けられたもの。
二人きりでこの宵闇小路を手探りで進む。
「良い男に愛されたな……張奎」
「ええ。生涯の伴侶たるのは蘭英一人だけ」
ふわりと笑う姿。
「いいことを教えてあげましょう、太公望」
「何じゃ?」
「紂王にお気をつけなさい。女狐よりも……純粋で悪しき生き物となっているはず」
張奎は最後まで朝歌に残っていた道士。
その言葉に偽りがあるとは考えにくい。
「それから……私には少し時間が必要みたいです。メンチ城は通してあげましょう。
 聞仲様のお考えを今しばらく紐解きます」
蓮の香りも残りわずか。
隣に座る青年を見上げる。
「蘭英。私は折られるほど脆くはありませんよ」
くすくすと笑って、花弁を摘む細い指。
「あなたの好きな花、覚えて下さってましたね」
「うん……君をきちんと譲り受けた証拠だ。僕も……これでやっと……」
過ぎ去る景色の中に見たのはかつての師の姿。
僅かに仮面をはずした姿と笑う唇。
(姚天君様……高蘭英、あなたの意思を受け継ぎます。どうか、どうか僕たちを見守って
 ください。あなたが下さったこの命、決して……無駄にはいたしません……)






それぞれの思いを乗せて流れ行く景色。
それを見守る二つの影。
「どうした?」
手を振ることもせずにただ、静かに見送る。
「今ね、望ちゃんの姿が見えたの。逢いにきてくれたのかなって……」
「……いつだって会えるだろ?お前の中から太公望が消える日なんて無いんだから」
胸の奥に輝くあの日がある。
それは誰にも奪えなく消せない宝石のようなもの。
「いつか会いにきてくれるかな。それとも、ボクたちが会いに行くのかな」
少しずつこの体が変化を刻むように、二人の少女もそれぞれに成長を遂げる。
まだ互いに逢うには何かが足りない状態だということも。
「会いたいか?太公望に」
優しく方を抱いてくれる男にそっと身を寄せて。
視線だけを僅かに向けた。
「まだ会えないよ……きっと望ちゃんも同じこと考えてる……」
分け合った指輪を光に翳す。
この想いがきっと届くと信じて。
(ね……望ちゃん……ボクもがんばるから……)
重なり合う二枚の風景。
「!!」
「どうかしましたか?太公望様」
一条の煌きに感じた親友の息遣い。
「今……普賢が居たような気がしたのだ。道徳と二人、並んで……」
「そうかもしれませんね。普賢真人様は道徳真君様とご一緒に居られますから」
小さな光でも分かり合えるほどに。
君と過ごしたあの日々がこうして自分を支えている。
いつの日も一人ではないと分かり合えるから。
「きっと、今頃育った腹でも摩っているころだろうに」
「ええ。この間お会いしたときには少し目立つほどになられてました」
「何と!!ならば生まれる前には何としても逢えるようにならねばな」
破顔一笑。
風の道士ここにあり。
その笑顔を柏鑑は後に誇らしげに語ることとなる。
「ええ。きっと普賢様も同じように思われておりますよ」
「うむ。柏鑑、普賢に逢ったら伝えてくれ。太公望ここにあり、とな」





今、交差する歴史の道標。
選ぶのはただ一人のニンゲン。
いずれの世界も変わりなき者。
それは女という生き物。




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21:14 2007/04/15

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