◆空の果てまで――眠る兎の影――◆





それが夢だとしてもかまわないと呟けるならば。
この青い月さえも恨まないですむでしょう。
こんなにも月が蒼いからこそ。
あなたを思って眠りにつきましょう。





「また居眠りしてますね」
机に突っ伏して眠る軍師に、そっと毛布を一枚掛ける青年の姿。
西の国に座してゆっくりと歴史と対面する少女は、かつて人間だった。
それを補佐するのが妖怪である自分なのは不思議な縁だと彼は後に笑う。
「風邪引きますよ、太公望師叔」
連日の徹夜がよほど響いたのだろう。
彼女は目覚める気配すらなくて安心しきったように眠っている。
失ってしまった左腕。
まるで風のようにすり抜けていく時間だけがその傷を癒していた。
触れることすら許されない己の惰弱さに唇を噛んだあの日。
強くなることを課して、仙界での修行をより強化させた。
「幸せそうに眠るなぁ……この人は……」
彼女はどんなときでも勤めて笑おうとする。
しかしそれは裏返せば笑顔というなの無表情にも直結するのだ。
きちんと片付けられた室内は彼女の性格を写し取ったかのような清潔さ。
それでいて毒薬が平気で転がるこの空間で、生きる覚悟。
振り返ることはできないと一人歩くこの闇道。
道連れはいらないと小さな唇がささやく。
(椅子じゃ身体も痛くなるなぁ……)
そっと抱き起こして寝台に横たえる。
(無理ばっかりして……)
不思議と誰かを引き付けてしまう力。
才能ではなく本能がきっと美しいのだろうと彼は位置付けた。
天才の名を欲しいままにして、容姿端麗の武人は敗北などしらずに生きてきた。
それが始めて味わった敗北感。
それも名も無き一道士、まだ幼さの残る少女が相手だった。
あの日のことは生涯忘れることは無いだろう。








「おぬしはいつも難しい顔をしておるな、ヨウゼン」
書簡をまとめながら少女はそんなことを言い出す。
突拍子も無いことを言うのは日常茶飯事であり、彼もそれには慣れてはいた。
軍師の補佐をするのは天才道士として名を広めた青年。
笑顔一つですべてを粉砕できる美貌の果実。
「難しい顔、ですか?」
「うむ。こーんな風にしていつも寝とる」
眉間に皺を寄せてぎゅっと目を瞑る姿。
その姿に彼は困ったように首を傾げた。
清々しい墨汁の匂いと真新しい筆の感触。
どうせ使うならばと職人たちを駆使して、国王が軍師にそれを届けさせた逸品だ。
「そんな酷い顔をしてますか?」
「心因(ストレス)が多かろう。それじゃ」
「はぁ…………」
林檎飴等を舐めながら軍師は身振り手振りであれこれと説明する。
彼女とのこんな雑談が何よりも彼にとっては大切な時間だった。
初めて心を許せるようになった異性。
それが太公望という少女だった。
「師叔といると、きっとそれも解消されますよ」
「しかし、わしと居れば嫌でも仕事は来るぞ」
「構いませんよ」
まるで兎の耳のように結ばれた頭布がぴこん、と揺れた。
「いつも隣に居たいんです。あなたのすぐそばに」





月の兎は精霊の遣いだと誰かが教えてくれた。
はるか昔に聞いた御伽噺。
「お目覚めですか?師叔」
眠たげに目を擦る小さな手。
「風邪を引きそうだったので」
「ありがとう」
たん、と床に降りて窓に向かう。
蒼く透明な月が窓枠いっぱいに広がり、一枚の絵画のよう。
その美しさにこぼれるため息。
「綺麗じゃのう……」
「そうですね」
「これからもっともっと忙しくなるのう……」
あなたの笑顔がいつも、どれだけ励ましてくれるでしょう。
そこに存在するだけで許される絶対正義。
時計の針を戻すことなどできないけれども。
いつも笑顔で居てくれるように願わずには居られない。
「月兎みたいですね、なんだかこれ」
青年の指先が結び目を摘む。
「やめれ」
「じゃあ、こっちですね」
柔らかな耳をそっと摘んでにこにこと笑う。
「どうかしましたか?師叔」
「いや、おぬし笑うと犬のようじゃな。こう、なんと言うか」
「犬ですか?」
「おっきくてもふもふしたわんこじゃ」
君と手をつないでどこまでも歩いていたい。
この青い月を目印にして。
「じゃあ、師叔が兎で僕が犬ですね」
「そうなるのかのう」
「ええ。そうですよ」
この空の続く限り、離れないで一緒に居よう。
笑いあえる未来をあきらめずに。
たとえそれが一握の砂であったとしても。
多数の犠牲の上にしか成り立たないことだとしても。
「風があったかい……夏も近いですね……」
「そうだのう……眩しい季節が来る……」
そっと触れた指を絡ませる。
「師叔」
「?」
「できるだけ一緒に笑ってましょうね」
「そうだのう」
孤独から引き出してくれたその細い手を離すことなどできない。
絶望にしがみついていた自分を救い出してくれた一条の光。
しっかりと両手をつないで、向かい合う。
「ずっと、ずっと……一緒に居られるように努力します」
「恋は努力なくして維持はできぬと……教わったな……」
こつん、触れ合う額が二つ。
祈るように閉じた瞳。
あふれ出す星の歌声と月光は時の砂を振りまいて、すべての動きを止めてしまう。
「好きです」
「ああ……」
今はただこれだけでも構わない。
いつか、彼女が心のそこから笑ってくれるように。
今はただそれを願い続ける。







真紅の軍師装束に金の冠。
形骸化されたものは好まなくても、しきたりをむげにはできないと少女は静かに袖を通した。
少年のようでもありどこか中世的な彼女は、滅多なことでは表舞台に出てこない。
兵士の中にはいまだに軍師の姿を見たことのないものも居るほどだ。
「肩が凝るのう……」
自室に戻り、ぐったりと椅子にもたれる姿。
「師叔」
「ヨウゼンか」
「だいぶお疲れですね」
美貌の青年は、少女の傍らに腰かけて酒壺を差し出した。
封をしてあっても零れてくる甘い香り。
「たまにはいかがですか?」
並んで見上げる秋の月は、満月よりもわずかに欠けていて。
この世界に完璧なものなどないと囁くかのようだった。
天才と謳われる彼も、才女と称される軍師も、一つの個体にすぎないと。
薄青の硝子は器としては上等なもの。
触れた唇だけでも壊れそうな。
「赤を纏うなんて、滅多に拝めないかと」
「これは本来わしのではない。これは昌の幼少期のであろう?」
「賢君の衣ですね。発君も面白いものを出すように……ふふ」
「残りの連中はどうした?」
「全員沈めてきました。今日は僕が勝ち残って」
誰も邪魔をしないことの確信が持てれば、彼は彼女の肩を抱いて。
「スープーは?」
「四不象もちょっとだけ出かけてもらいました。条件付きですが……」
困ったように笑う彼に、少女は猫のような目で問う。
「条件?」
「無理はさせない、と」
「ははは。わしの霊獣はそこいらのものとは違うのう」
もしも、彼女が傾世元禳を纏い五火七禽扇を手にしたとしてもおかしくはない。
妖婦はかくも可愛らしい毒婦が転じるのだから。
「ふふ」
こと、と彼にもたれて笑う姿。
見上げてくる瞳に目根がときめくのは、きっと出会った瞬間にかけられた呪文が解けない証拠。
黒髪が少しだけ空気を巻き上げる。
「随分とこの国も変わった。この先どうなっていくのか……」
青年の手を取って自分の胸に当てる。
膝の間に割って入って、背中越しの心音を確かめる。
「ヨウゼン」
「はい」
「哮天犬は出せるか?」
「ええ」
二人の背になるように、哮天犬は丸くなってしまう。
「似ておる、おぬしもわんこじゃ」
上着の金具に手をかけて、軽く引き下げる。
胸に巻かれた包帯が、まだ癒えない傷を彼女に伝えた。
「痛むか?」
痛いのは体じゃないと、殺した言葉。
袷をはだけた少女の視線と重なり合う。
「痛いの痛いの飛んで行けー……ではダメかのう……」
笑い顔が少しでも曇らないように。
「……ん……」
何度も何度も繰り返される接吻。
呼吸を分け合うように、ただ甘い甘い気持ちだけを感じられるように。
背中を抱いてくる細い腕。
「好きな人とする接吻(キス)は、どうしてこんなに気持ちいいんでしょうね」
彼の髪を指先に絡ませて、少女は少しだけ首を傾げて笑った。
「わしにもわからんよ。ヨウゼン。第一、おぬしにわからんことがわしに解る筈がない」
「僕にだってわからないことはありま……」
言葉を封じるように重なる唇。
今度は舌先を絡ませてねっとりと嬲るように。
「……ここが硬くなっておるのもなぜかのう?」
「なんででしょうね。確かめてみますか?」
鎖骨に薄い唇が触れて、そのまま青年の体を寝台に押しやった。
覆いかぶさる顔立ちの幼さにはっとして、彼は思わず目を背ける。
それに気づいた少女はそっと胸当て布で目隠しをしてしまった。
「邪魔じゃのう」
同じようにその両手も。
「師叔」
「天才様をいじめるのも楽しいのう♪」
下穿きに手をかけてそのまま引き下ろす。
剃り勃った陽根に手をかけてゆっくりと扱きながら上下させていく。
手の中で増していく硬さ。
「……っは……」
鈴口を舌先が小突いては離れる。雁首を横から挟み込むようにして上下する唇。
時折やんわりと立てられる歯と零れてくる息遣い。
浮き出た脈筋を下が丹念に舐めあげる。
「……師…叔……ッ!……」
止めようにも両手の自由は奪われたまま。
先走りの半透明の体液を絡ませた親指が、ぐちゅぐちゅと先端を攻めあげる。
どれだけ唇と指先が淫靡に蠢いても、肝心の部分には決して触れないように少女は
焦らしながら笑みを浮かべた。
ふ…と亀頭の先に吐息が掛かる。
「元気は良いのう……まぁ、相手が不足することはないじゃろうが……」
ぴくぴくと震える太幹を指先でつつ、となぞる。
きゅん、と握ってくる手の暖かさ。
「……っ……!!……」
片手で扱きながら今度は彼の唇を塞ぎだす。
歯列を割って舌先は何度も口腔を蹂躙した。
それに飽きれば今度は耳朶を甘く噛みだす始末。
浮き出た汗と乱れた呼吸。
(……こういうのも嫌いじゃないけど……せめて顔が見えたらなあ……)
自分がどんな格好させられているのかも不安にはなる。
「!!」
「ん?おぬしはじっとしておればいい」
にゅぐにゅると柔らかな肉襞が太茎を擦るように触れてくる。
単純な挿入よりもずっとじらされる行為を彼女は選んだ。
「ま、待ってくださいっ!!」
「待たぬ♪」
「せめて哮天犬をしまわせてくださいっ!!」
「哮天犬、あっちにいっておれ」
少女の声にくぅんと一鳴きして哮天犬は寝台の下に潜り込んでしまった。
覗くふわふわの尻尾に唇だけで笑う。
小さな唇が舐めるように触れては掠めて離れる。
聞こえてくる青年の乱れた呼吸に少しだけ強めに陽根を握った。
「!!」
ねっとりと舌先が先端を舐め嬲って、亀頭を口腔が包み込む。
軽く吸い上げてそのまま舌で撫でる様にして唇を離した。
「苦しそうだのう」
「……これが修行だったら、僕は完敗してますよ」
「天才様をからかうのは面白いのう」
ぱらり、目隠しを解いて形の良い額に愛しげに唇が触れた。
小さな胸が眼前に晒されて裸体になっていたのは彼女も同じだったと知らされる。
「ふふ」
青年の陽根に手を添えて、ゆっくりと腰を沈めていく。
「……ぅ、ア……」
ぬるぬると絡まりあう体液と軋む身体。
彼の腹筋に手をついて注入を繰り返す。
「久々ですからね……ッ……少し、きついでしょう?」
震える膝とふるふると揺れる乳房。
触れたくても手の自由は奪われたまま。
「あ!!あ……ぅ……!!」
火照った肌とうわごとのような声。
「師叔……これ、外して貰えませんか?」
「……や……ん……」
「師叔も気持ちよくなりたいのと同じで……僕も、師叔と気持ちよくなりたいんです」
自由を取り戻した両手で一番最初にしたかったこと。
「……師叔……」
傷の多い背中を抱きしめて、思い切り唇を重ねる。
「んぅ……やぁ…ん……」
左足を肩に書ける様にして、少女の身体を斜めに倒す。
もう一度しっかりと繋ぎ直して今度は彼が動き出す番だった。
腿を流れた愛液が敷布にこぼれて行く。
薄い茂みと幼さの残る体は、彼女が軍師だということを感じさせない。
「や、あ!!」
指先が肉芽を押し上げる。
上がった嬌声ときつく噛んだ唇。
「……血が出てる……」
舌先が唇の端を舐めあげて、大きな手が子供をあやす様に髪を撫でた。
こうして触れ合えるのはどれだけ振りだろう。
すれ違いの多い生活は、心まで遠ざけてしまうような錯覚を生み出してしまう。
(可愛いなあ……こうしてると本当に子供みたいだ……)
ぎゅっと敷布を握る指先が震える。
「……ヨウゼン……」
潤んだ瞳がじっと見上げて。
「は、はい」
「好き」
一気に上がる脈拍と呼吸。
「え、あ……っ……」
ちゅ、と柔らかな唇が重なった。
(……酔っ払っちゃったんだな……好きっていわれるのは嬉しいけど……)
彼女に犬のようだと言われても苦にならないのはきっと、彼女が命には隔てなく接するからだろう。
それが身分の高いものであろうとそうでなかろうと。
だからこそ、秀麗な青年を天才様と一笑する。
二人で願うのはささやかな事で、目を閉じて遥かなる故郷を思う。
「ん、アっ!!」
突き上げるたびに聞こえる声が贖罪にも感じられる。
兎は弱くそして美味なる生き物。
零れた涎を舌で舐め取って、唇を塞いできつく抱きしめる。
背中を走る細い爪が悲鳴を上げるように食い込んだ。
「――――――ッ!!」
肩口を噛む小さな歯。
「しばらく他の女子(おなご)は抱けぬな……」
額に接吻して、じっと瞳を覗き込む。
「そうですね。その分、師叔がいますから……僕には……」
胸板と重なる胸は、欠けた月のように少しだけ物足りない。
それでもその柔らかさと甘さは月光と同じように魅了してやまない。
浮いた鎖骨に噛み付けば細い腰が跳ねて。
「ちょっと、変えますね……」
引き抜いて、少女を腹這にうつ伏させる。
そのまま後ろから腰を抱いてきつく突き上げた。
「!!」
室内に響く卑猥な音と、絡まった男女の声。
月灯篭が照らし壁に浮かぶまぐわいの残滓と残像。
乳房を掴む指先と振るえる膝を叱咤する溜息。
ぐじゅぐちゅと絡まりあう体液。
「あ、アああっっ!!」
重なり合う体が二つ。
折り重なって視線をわずかに月へと向けた。







人は不老不死という名の永遠に焦がれる。
永遠を生きることは苦しく繋がれたものだとも知らずに。
不老不死となる仙人は咎を背負う。死ぬことすらかなわず、生まれ変わることすらできない。
永遠に止まった空間と時間の中で何を思えばいいのだろうか?
「師叔、青い月ですよ」
一筋の光が彼女の細い背中を照らす。
それは月世の姫のようにも思えるはずだった。
けれども、彼女の背に走る無数の傷跡。深い刀傷、打ち据えられた鞭の痕。
月姫はどこまでも戦いの中に身を投じる。
敷布の上で体を子供のように丸めて願うのは些細なこと。
明日も、何事もなくすごせますように。
誰をも失うことがありませんように、と。
「ほう、綺麗じゃのう……」
彼女の瞳に移る月は、自分の見つめるそれとなんら変わらないはずなのに。
どうしてだろうか狂気を孕んで妖しく揺らめく。
「おぬしの目と同じ色じゃの、ヨウゼン」
枕を抱く少女の髪をそっと撫でる。
「月の王子様か?ははは」
「ならば師叔が月兎ですね」
素肌に感じる空気の冷たさ。それを打ち消してくれる恋人の匂いと温もり。
手を伸ばして指先を絡ませあう。
左手は枕を抱いたまま、決して伸ばすことはない。
彼も右肘を付いて、ただ流れる時間を感受する。
暗い、闇色の空から聞こえてくる永夜の歌声。
「兎は寂しさに負けて死ぬぞ?」
「じゃあ一緒に心中しましょうか」
「嫌じゃ」
頬を膨らませるその仕草。
そんな彼女を見たのは久しぶりだということに気が付く。
「じゃあ、腹上死で」
「阿保が」
「どうしろっていうんですか?」
「わしが良いというまで死ぬな」
悪戯に永遠を望む者、望まずとも永遠に縛られるもの。
欠け行く月は永遠の夜とともに静かに降りてくるばかり。
「はいはい、わかりましたよ」
うなじにかかる黒髪に見え隠れする小さな嘘だって。
悪いものばかりだとは限らない、そう思うからこそこの恋は性質が悪い。
願い事はたった一つだけ。
叶うことのないその言葉。
「そういえば……この間の軍議書ですが……」
「仕事の話はいーやーじゃー!!」
「はいはい」
彼女はその存在そのものが咎としてあるように。
夢さえも奪われて囚われるこの月牢と、痛む左腕。
連れ出せれば何かが変わるだろうか?連れ出せばきっとこの世界は壊れてしまう。
「おやすみなさい、師叔」
眠る彼女の髪を撫でながら、愁いの月を思う。
彼が思うのはおだやかではない。
彼女の周りのすべてを停止させればいいと、極論を位置付けるのだから。
最大多数の幸福を求める少女の真の心は己を探すこと。
(まぁ、いいか……邪魔なのは少しずつ排除していけば……)
この関係を奪うものは誰であろうと認めない。この関係を引き裂くものは容赦なく殺せるように。
自分が妖怪だと感じる瞬間と、己の本能を許せる瞬間の融合。
(おやすみさい、師叔。また明日……)
永遠の夜の中、白い兎を追いかけて。
どんな結末が待っていようとも。


さぁ、二人で幸せになりましょう。



12:20 2008/09/06




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