◆プロトタイプの羊と仮称進化論◆







「普賢、何を作ってるのだ?」
茶色の粉を篩にかけて、より細かく。甘い匂いと小脇に置かれた果仁(ナッツ)と果物。
湯せんにかけながら静かに溶かす。
「雲中子に教えてもらったの。望ちゃんも作る?」
「何をじゃ?」
「チョコレート」
「ちょこれぃと?」
味見だと称して小指でそれを掬う。どことなく舌に残る苦味とそれ以上の甘さ。
「……美味いが、少し苦いな……」
「甘すぎると道徳は食べないからね。望ちゃんもヨウゼンとか天化に作ってあげたら?
 楽しいよー。いろんな味作れるし」
誰かに渡さずとも、自分が食べてもいいのだからと少女も一緒に腕まくり。
作り方を親友に聞きながら、見よう見まねで手を動かす。
「ちっとも固まらんぞ」
「まだ熱いからね。型に流したら符印で冷やそうと思って」
果仁を砕いて中に混ぜ込む。手早にそれを型に流し込んで上からそっと粉を篩う。
「まだ作るのか?」
「一個で足りるような人じゃないから。本当はおっきいの作りたいんだけども、なんだか
 固まらなさそうで怖いしね。材料を無駄にしちゃっても嫌だし」
あれこれと指南を受けながら、慣れない手つきで少女も同じように。
日が高くなるころにはどうにかこうにか形になった。
「誰にあげるの?天化?ヨウゼン?それとも発?」
その問いに少女はうふふ、と笑うだけ。
「さぁな。さもあらん」





寝不足の夜には慣れたもので、墨の匂いすら心地よく思えてしまう。
空気の色を変えようと葡萄柚(グレープフルーツ)の香に火を灯す。
「すげぇ匂いだな」
「嫌い?こういうの」
下山している愛弟子の功績が増えるほどに、寝不足の夜も重なって。
「あ、おいしいもの作ったんだけどもさすがに遅いよね」
「ん?何を」
硝子皿の上、くすくすと笑う小さな欠片たち。
それぞれに飾られた金箔に男は目を細めた。
「食う食う。これで徹夜も乗り切るぜ」
どうせ眠れないのならば二人揃ってと。
白鶴洞での徹夜には豪華な夜食がついてくる。
もっとも、一番食したいものは目の前にあるのに手を出せない状態なのだが。
「甘ぇ……けど、美味いな」
「良かった。今日ね、望ちゃんと一緒に作ったんだ」
筆を少しだけ止めて、恋人の話に耳を傾けて。
無駄といわれるような時間であっても、自分たちにとっては大事なもの。
「太公望にさらわれる前に、普賢さんをどっか連れ出せるようにしねぇとな」
逢いたくて流す涙はどれほどに。
その笑顔の下に隠された感情に触れたくてこの手を伸ばす。
「攫ってくれるの?」
「むしろ、かどわかしたい」
触れる唇と絡まる心。
「ちゃんとお仕事しないと怒られるよ」
軽めの果実酒と夜半の月。
揺れる下心を隠しながら、この獣を眠らせる呪文に耳を傾ける。
その甘い声は嫉妬で育つ黒い何かを封印できるから。
「仙人って自由業にはなんねーのかな」
「あんまり該当はしないと思うよ、はい。おかわりどうぞ」
くだらないことで笑いあえるこの幸せには仙道とか言う隔たりなどなく。
曖昧に飾った言葉要らないと言い切れるだけの強さ。
「こんな風にしてられるんだったら、少しくらいは書類の山と仲良くできそうだ」
「山になるのは幸せなことだと思うんだ。それだけあの子達ががんばってるってことだし」
弟子の功績は師の幸福。
少しばかり煩わしい残務処理でもいいと思えるほどの何かがそこに隠されている。
「あ」
恋人の手をとって、その指先を舐め上げて。
「こっちのほうが俺にとっては劇甘ですけどねぇ」
「……しょーもないんだから……」
覗く肩口と少しだけ幸せそうに笑う唇。
雲の上、仙人様も今日はお休みにして一組の恋人に。
覗く月もどこか恥ずかしそうに笑うこんな夜だから。






板張りの床を素足で歩くにはまだ冷たい。
扉を叩く小さな音に、男は目を覚ました。
「誰だ?」
「わしじゃ。開けて貰えぬか?」
その声に発は飛び起きて扉を開く。
夜着に身を包み、まだ半分濡れた髪を纏める簪が月明かりに光る。
「寒いだろ、早く入れよ」
肩を抱いて招き入れて。そのまま扉をそっと閉めて。
首筋の細さに息を呑む。不意な来客に戸惑いこそあれども、嫌悪などなく。
「これを持って来ただけなのだがな」
小さな包みをそっと差し出されてそれを受け取る。
「開けても……いいんだよな……」
「駄目だったら持ってこぬ」
「ああ、けど、なんだこれ?」
かさかさと包みを開けて、男は首をかしげた。
「お菓子か?」
「普賢と作った。そんなところじゃな」
宮中には珍しいものが出入りすることが多い。
それでも、彼女が彼のために何かを作ったという記憶はほとんどない。
軍師に暇などなく、そして自由を奪って縛り付けているのは他ならない自分。
「おぬしに何か作るなどしたこともないからな。官女にはまけるが……」
「いや、これ旨ぇわ。今頃普賢ちゃんの彼氏もおんなじこと言ってんだろうな」
普賢と一緒に、との言葉をそのまま受け取って。
面白くないと少しばかり頬を膨らませる少女を抱き寄せた。
「発」
少しだけ屈ませてもまだ埋まらないこの背丈の差を。
どうやって詰めたら良いの?と唇が囁く。
「冷てぇな……」
触れるだけの接吻に震えるこの心の行方。
今から彼を残して戦地に赴かなければならないというのに。
「あっためてくれぬのか?」
「誘いは断らねぇ。ましてお前のだったら尚更」
縋る様な月明かり。窓枠に囚われた星たち。
零れ落ちる前にこの手に捕まえた。




敷布の上に晒された裸体は、まだ生傷が消えずに。
兵士たち相手に時折少女が剣を取るためのもの。
「……そんなに見つめるな……気恥ずかしい……」
真新しい肩口の傷に唇を当てて、舌を這わせる。
首筋を軽く噛んで小さな痣を刻み付けて。
嫌だ、と抗う手を押さえつけた。
「ァ!!」
無骨な指が乳房に触れて、その先端を唇が舐め嬲る。
左右を交互に甘く噛まれて声を殺した。
人差し指をきつく咥えてぎゅっと瞳を閉じる。
「声殺したって意味ねぇだろ?俺しかいねぇんだしよ」
上気した肌はほんのりと染まりあがり浮かんだ汗が男を誘う。
この体の性質の悪さは自分が一番に知っている。
傾国の美女ではないが、この少女もまた男を狂わせる魔力を持っているのだ。
鎖骨、乳房。ゆっくりと唇がその足跡を残しながら下がってゆく。
「……この傷、酷ぇな……」
それは昔、少女が自分を庇った際にできた刀傷。
白い肌に残酷にその姿を残しても、彼女は一言も嫌だとはいわなかった。
「こんな傷でおぬしが生きていてくれるなら安いものだ」
男の頬を小さな手が包み込む。
強請る様に唇を重ねて舌先を絡ませた。
分け合う呼吸と体液の交換はそれだけで神経を高めてくれる。
脊髄まで犯されそうな感情の迸りとこの熱さ。
「!!」
舌先が肉芽を舐めあげるとびくん、と腰が大きく跳ねる。
逃げようとする身体をしっかりと抱きとめて唇全体を使ってそこを攻め嬲っていく。
「あ!!やだ…!やだ……ッ!!」
しっかりと脚を開かされてひくつく陰唇に男は顔を埋める。
溢れ出す体液がねちゃねちゃと音を立てて唇に吸い込まれていく。
「……すっげ……べとべとになりそうだ……」
親指で唇を拭って、今度は男が少女の唇を吸った。
乱れた黒髪に指を通して小さな頭をかき抱く。
「初めて俺と寝たときのこと覚えてっか?」
濡れた身体が奥底からじんじんと熱くて、彼を求めているのがわかるから。
小さく頷く恋人を強く抱きしめてもう一度唇を重ねた。
肌が合わさるだけで零れ落ちる愛液が敷布にこぼれて。
腿を濡らした感触に自分の身体が此れほどまでに卑しく人間だということを知らされた。
「あんときも思ったけども、それよりもずっとずっとお前のことが好きだ」
その言葉だけできっと何も後悔せずに死に行くことができる。
「……発……」
しがみつく様に回された腕はこんなにも細く頼りないのに。
この国は彼女を礎にしていよいよ大戦争へと突き進むのだ。
「ンンッ!!」
押し開くようにして入り込んでくる肉棒に絡みつく襞肉。
にちゅにちゅと殷音を立てて男の動きを一つも漏らさないようにと。
「あ、あ……ッ!!…は……つ……ぅ!!」
突き上げられるたびに感じる質量と熱さに、身体も心も翻弄されて。
何もかも邪魔でこの皮膚さえも呪わしいと耳元で魔女が囁いた。
ぴったりと重なった胸板と乳房。
腰を動かすたびにこぼれてくるぐちゅぐちゅとした混ざり合った互いの体液。
「……っは……望……」
乾いた唇がぶつかり合って、眩暈と隣り合わせの抱擁を。
こうして抱き合ってる間だけは寂しくはないから。
「ひ…ぅ……ッ…!……」
ぎりぎりと噛みあう奥歯の痛みと、繋がった体のなまめかしさが交差する。
腰にかかる指と汗の匂いが何もかも忘れさせてくれるように。
邪魔者のいないこの空間。二人だけでこの瞬間に発狂しよう。
「あ!!あぁ…ンッ!!んんっっ!!」
背中に食い込む爪の短さ。じんじんと響く痛みと体内で脈打つ熱さ。
顎を伝い落ちる汗さえもこの身体には刺激に変わる。
「……っは…ん……」
何度も何度も貪る様に接吻を交わして、突き上げられえるたびに身体は疼いて。
「ああアっっん!!!」
この腕の中で彼女の顔がゆっくりとゆがんで果てるのを眺めながら。
同じようにその細い身体に折り重なった。





どれだけ遠くに行けば忘れて生まれ変わることができるだろう?
そんなことをぼんやりとつぶやく恋人を抱きしめる。
「余計なことなんか考えなくて良いんだよ」
愛しすぎて何もかもが邪魔だと思えてしまうからこの恋は性質が悪い。
現に、出会ってから十数年たつのに彼女は眼差し一つ変わらないまま。
自分は確実に老いて、恋人を残して逝くのだ。
「余計な事を考えなくてもよい様にしてくれ」
鼻先にちゅ…と唇を降らせて。
「俺のことだけ考えてりゃいいんだよ」
彼女が痛いというまで抱きしめて、その心が痛くなくなるまで。
敷布の上に投げ出された小さな身体。
背中の線に唇を這わせればくすぐったいと身体を捩る。
「発」
少しだけ冷えた空気と闇に浮かぶ柔らかな肌色。
「その目ですべて見届けよ……すべて……」
もしも。
彼女が自分の目の前でその命を落としたとしても。
目をそらさずにいられるだろうか?
「俺が見るのはお前と一緒の景色だよ。お前は俺の隣でずっと笑ってる」
瞼の裏にいるのがいつでも自分でありたいと願う。
「もう寝ろ。最近まともに寝てねぇんだろ?」
その腕の中で死ねたらどれだけ幸せだろうか?
この身に合わぬ幸せとはきっとそういうことを言うのだろう。
細い足首に接吻して、偽物の永遠を誓うような恋。
ずっと一緒にいられないことくらい自分たちが一番にわかっている。
それでも。
この恋を止める術なんて忘れてしまった。
これから先、思い出すこともない。
何もかもが嘘で全てが本物で真実で虚飾。
(俺たち、いつまでこうしてられるんだろうな)
現実は悲しいほどにに自分たちに絶望的だ。
希望を持つことすら許されない関係。
(お前はそのままで俺は老いて行って……お前は仙界に帰る……どうしてなんだろうな……)
好きで好きで、狂いそうなのにこの恋は成就することが決して無い。
言葉にしても足りないことをどれだけ伝えられるの?
その瞳が問うことを永遠に解することはできない。
(それでも俺は……お前のことが好きなんだ……)
風の中で佇む小さな姿をどうして守れないのか。
この腕は何のために存在するのか。
苦しみさえも自分たちを繋いでくれるのならばそれを受け入れよう。
この瞬間だけでも彼女が寂しがることが無いように。





明け方前の空気は二人の距離を縮めてくれる。
せめて夢の中だけでも不安を拭い去れるように。
苦しむのは自分のほうがわずかでもいい、多目であるように。
願いが叶いますように。









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0:16 2007/03/15

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