◆幸せ小道◆






籠の中に灯る蛍火を美しいと思うのか。
それは命の終焉にも似た儚い輝き。
翌朝目覚めて目にするのはその亡骸というのに。
それでも、その灯を求めるのは果たして美しいことなのだろうか?






空の虫籠を片手に持って、彼女は静かに天を仰いだ。
満天の星空から一粒くらい、自分の手の中に落ちてこないだろうかと。
そんな戯れなど本来は必要ないのかもしれない。
万能の人はあまりにも悲しく一人ぼっちだった。
「……夏草の香りか……」
鬱蒼としたあの湿気の匂いがどうして今は懐かしいのだろうか?
瞳を閉じてだれを思うわけでもなく、ただ世界を思う。
それが自分の役割だと。
細い腕に抱いた運命は予想していたよりもずっと重くて大きかった。
終わってしまえば一瞬だっただと誰かがつぶやいたが彼女にとってはそうではなかったのだから。
「……………………………」
遠くで揺れる蜃気楼。
真夏の夜は気持ちが揺らぐ。
涙さえも出ないというこの有様。
笑っても泣いても、もう感情という物に何かを見つける意義を見いだせない。
「…………夢の宴、か…………」
故郷はもうない。
いや、はじめから存在などしなかった。
自分自身でさえ本物ではないと知った瞬間。
生きることを捨ててしまおうと思えた。
「しけた面してんな」
「おぬしもな」
二つに別つことのできる魂。
選ぶ道など始めからなく、すべては定められたことだった。
「星が綺麗だな」
「ああ…………」
ただ星が綺麗すぎて、彼女はほかの誰にもなれない。
「まだあいつのこと考えてんのかよ」
「おぬしこそ」
少女二人でこんな夜は、抜け出そう。
「蛍でも捕まえるか?」
「生殺与奪はもう飽きた」
「そうだな……明日には散るかもしれねぇんだ……こうやって見てるのも悪くはないな……」
一つの魂から生まれた少女二人。
今宵、器を抜け出して泡沫の戯れに沈もう。
明日にはまた望まない未来を生きなければならない。
蛍はどことなく自分に似ている。
おやすみなさい、この世界に。
いとしくて憎いと思ったこの丸い星に。






「……寝恍けてますね……ええ……」
霊獣の背に乗って、青年は草むらで眠る少女を捉える。
まるで守護するかのように蛍がその周囲を飛び回っていた。
それとも、蛍たちは彼に彼女の居場所を伝えたかったのだろうか。
ほかのだれかではなく、かれがじゃのじょをみつけてしまった。
「起きなさい、呂……」
黒髪に留まる小さな灯り。
柔らかな緑は夏の確かな色合い。
ただその中に沈む肌の色が艶めかしく白い。
「起こすな、と?」
少しだけ細くなる瞳。
「休憩です。黒点虎」
「うん」
少しだけ抱き起して、霊獣の背にもたれさせる。
やわらかな毛並みは眠りを妨げるのことはない。
同じようにただ彼も彼女の隣で瞳を閉じるだけ。
この空間を壊すことなく共有できる相手を蛍は選んだだけだった。
「あと何回この季節を見届けましょうか?ねぇ」
今はただ眠り続ける傍らの少女。
「何回でもきっとその度に違うんでしょうね」
季節は巡りその真中で二人でいられるように祈る。
それでも彼女はたった一人、この世界の異質なる存在。
「同じようになれればどれだけ幸福か」
それ彼女はおそらくは望まない。
すべてに存在することを拒絶して、単体として生きることを選んだ。
灰になるその日を夢見ながら。
「異質なままのほうが貴女は貴方なんでしょうね」
幸せの小道はどこまでの細くて。
足をふみはずさないようにするだけで精一杯。
願わくば、彼女の行く道に悲しいことがこれ以上ありませんように。
いつまでもいつまでも、小さな幸せが続きますように。






「不思議な夢でしたよ」
がりがりと書類をまとめる少女の向いに座り、慣れた手つきで書簡を纏める。
「まとめるついでに不埒者達も処理しておきましたので」
「何とも気がきくのう」
蛍火を閉じめた小さな石を取り出して、男は少女の前にそれを転がした。
夏の残り香は郷愁の秋を呼びこむ。
最後の一文字まで秀麗に書き綴って彼はにこり、と笑った。
「さて、日が高いうちに帰りますか」
「おぬしは世捨て仙人だからのう。人の世は興味も薄いな」
「おや?そうでもないですよ。だったら面白いものを見に行きませんか?」
少女の手を引いて。
「どこへ?」
「東国ですよ。あなたは遊牧でしたよね。もしかしたらもう一人の貴女と彼女に会えるかもしれませんよ」
運命はどこで狂うかなど誰にもわからない。
あの日、道士となるためにあの手を取らなければ今この体など存在はしなかっただろう。
すべては疑問符で作られ疑問で破壊されるだけ。
「さ、行きましょうか」






瘴気は霊獣に障ると途中からは徒歩を選んだ。
霊獣に悪い場所が仙道だる自分たちにいいものはないことは十二分に理解していた。
「凄い匂いだ」
「ここは宿町ですからね」
物珍しそうに投げかけてくる視線も違う色合い。
縁遠い場所に少女は無意識に彼に身を寄せていた。
「戦災で行き場のなくなった子供達も多くここに居ます」
それはあの日の自分と同じ。
ただ、彼女は仙としての才があったから運命がすべて変わった。
「しかし……こんな……」
半裸の少女は薄ら笑いで通り過ぎる男たちを誘う。
香は麻薬と淫猥たる麝香。
一食のために体を売る子供も少なくはない。
生きるために己の体を武器にすることを学んだ者もいるのだから。
「これが今の殷ですよ」
けほけほと咳き込む少女の肩を抱いて、斜めから見つめる。
「気になりますか?」
客引きの足元に転がる朽ちた死体。
薄暗いこの街がこの国の今を具に彼女に示した。
「あなたに見せたいのはこんなものではなく、もっと純粋に面白くて汚らわしいものですよ」
小路を抜けてたどり着いた小屋。
中は開演を待つ客たちで溢れかえっていた。
静かに指先が陣を敷き、小さな異空間を作り出す。
「これでよく見える場所になりましたね」
「何をした?」
「私たちの存在を認識させないということを。危害が及ばないようにしただけです。
 こんな場所に貴女のような人がいればよくに狂った連中が何をしでかすかわかりませんからね」
明かりが灯り、舞台の中央に置かれた箱の布を男が剥ぎ取った。
「!!」
一つの体に二つの顔。人としては存在することのない融合体。
次々に連れてこられる半獣と半陰陽。
囃し立てる声と野次に塗れたこの空間はまさしく崩れた国そのものだった。
「始まりますよ」
両手両足の切断された少女の姿。
腐ることのないようにきつく縫い縛られた傷口に感じる怖気。
艶やかな服を小刀が切り裂いて男の手が高く上がる。
「さて、今宵この小嬢のお相手はどなたで?」
次々に上がる声。
その中で最も高い金額を付けた男が舞台へと上がり込んだ。
小脇の台には夥しい淫具の数々。
ごつごつとした疣の付いた男根を模したそれとって男は少女の秘唇へとねじ込んだ。
根元に付いた舵を回せば膣内を抉るように淫具が動き回る。
一本だけでは面白くないと二本を咥えさせて悶える様を笑う。
声すらも上げることのできないように噛ませられた轡とこぼれおちる涙。
下卑た笑いと淫語が飛び交い応えるように男は数珠玉を取る。
少女の体をうつ伏せにして連なった数珠玉を今度は後穴に。
内側で擦れ合うほどに零れ落ちる愛液。
はち切れんばかりに尖った乳首を捻り上げる汚い指先に迎える絶頂と放心に体が震える。
轡を取り去って、いきり立った男根が今度は少女の唇を侵していく。
広がる匂いに目を背けようとしても、どうしてか背けることができない。
「人買は色々と手をつけますからね」
顔中に吐き出されたべたべたとした精液の匂いに、可憐な少女の唇が歪む。
今度は前後から同時に犯されながら、口淫を。
「あの子は死ねないんですよ」
「……どういうことだ……」
「仙道になり損ねたんです、だからあの姿でも。あの姿ならば何人相手にしても邪魔には
 なりませんからね。合理的な方法です」
「しかし!!」
唇に指先が触れて。
「最初に彼らを煽ったのはあの子でした。四肢を落とされるのも見ましたが中々のものでしたよ」
全身を白濁した液で汚され、布切れでも片付けるかのように檻に終われていく。
この小屋は売春を見世物にする場所だったのだ。
「ほら、違う子が来ましたよ」
まだ幼さの残る少女を輪姦する男たちの姿。
「まあ、あれも道祖神になりそこねた娘です」
この小屋は曰くつきの少女たちを囲う。
普段ならば太刀打ちできない神に近いものを蹂躙する暗い喜びに包まれた部屋。
「!!」
目の前で切り落とされる首と飛び散る赤い飛沫。
「あなたの親友も、もしかたらここにいたかもしれませんね。彼女は珍しい銀眼でしたし。
 高値で取引されるだけの価値はあった」
「…………………」
「でも、こんな所で死なせるよりはもっと面白いことをしてくれました。あの瞳には
 しっかりと憎悪と殺戮が見えましたからね。私の目も曇ってはなかったということですね」
「普賢を仙界に渡したのはお前なのか?」
「手助けはしました。ただし、彼女だけです」
普賢も売買対象の一人として存在していた。
そして彼女は仙となる道を選んだのだから。
「彼女は迷うことなく来ました。ほかの誰にも声は掛けずに」
それは生き残るためには仕方のない行為なのかも知れない。
それゆえに彼女はこの少女よりもずっと残酷な一面を持つ。
命の選択に躊躇など必要ない、と。
「気が向けば私はきちんと助けますよ。才がある子は。ここにはそんな子が居ないだけで。
 私だけではなく仙人なんてみんなそんなものですよ」
仙界に女が少ないのは才覚の問題ではなかった。
過酷な修行に耐えるだけではなく、常に周りの男たちを押さえ込まなければならないのだから。
華やいだ生活を知るほどに望郷の念は募るばかり。
「半端に力を付けて逃げ出すからこんなことになるんです」
脚元に転がる少女の頭。
無碍にもと男が拾って舞台に投げつける。
「こんな世界でも救いたいですか?」
守ろうとする人間はただ優しく美しいだけの者などいない。
よほど仙界に籠っていた方が夢のような日々が過ごせるだろう。
「わしは……この世界が好きじゃよ。どうやってもわしも人間だったのだから」
「…………………………」
「おぬしだったら帝位に就いて国を持つこともできたのだろう?」
くしゃ、と少女の髪を撫でる。
「退屈だったんで仙人やってるんです。でも……時折こういうところで人間だったころを
 思い出すんですよ。この体にはそういう汚い血が流れてますからね」
人ではなくなった物が砕かれる様を眺めながら彼は己がそうならぬようにと。
驕らぬようにとじっと見つめるのだ。
「切断も飽きてきましたね」
「わしは気持ち悪くなってきた……」
「内臓を振りまくのも面白みがありません」
「……もう駄目じゃ、吐く……」





「おぬしは悪趣味じゃ」
杏仁豆腐を口にしながら少女は頬を膨らませる。
「仙道でなければいい内臓でも振る舞えるんですがね」
「本っっ当に道士でよかったわ!!」
「そう怒らないでください。お詫びに綺麗なものも見せますから」
少しだけ西に戻って今度は眩い光の飛び交う街に。
商用都市は栄えて大小の屋台が軒を連ねる。
「さ、こっちです」
孔雀の羽を一枚拾い上げて、最奥の小屋を目指す。
今度は陣などしかずに人の中に二人で紛れ込んだ。
「お嬢さん、揚饅頭いかがだい?」
「うまそうじゃな。二人分貰おうか」
姿形に似合わない言葉尻に男は思わず吹き出してしまう。
黒髪麗しい少女とその隣にはまだ年若い青年の姿。
この二人が人間を捨てて仙となったものだとは誰が思うだろう。
「面白いね。少しおまけしてやったからな」
「ありがとう」
まだ熱いそれを口にして、至上の笑みを浮かべる唇。
「んーーーーーっっまい!!」
「確かに美味しいですね」
水呑鳥が時を告げれば始まるのは幻想舞台。
何もないところから飛び出す鳥や、宙に舞う美女の姿。
息をのむような展開と軽やかな音楽。
「凄い……」
「座長は仙界出身ですよ。厳しすぎて耐えられなかったと」
「…………………」
「選ぶ道次第で世界なんてこんなに変わるんですね」
触れる肩先と重なる視線。
「どっちにしても私は幸せなんです。貴女に出会えたから」
退屈な世界を見事に壊してくれた生涯の恋人。
「すべて自分次第……か……」
「普賢真人ももしかたらこっちだったかもしれませんね。あの子は白澤に近い」
「白澤?」
「あの子の周りには賢人が多いでしょう?それ土着神なんかも簡単に捕まえられる」
選んだのも彼女。だからこそのこの世界。
「どんな結果でも私は貴女が作る世界を楽しめるんです。なんて素晴らしんでしょうね」
少女の頬を擽る孔雀の羽。
その美しい模様と色合いはこの混沌とした世界を写し取ったかのようだった。
「全部終わったらもっと楽しいかもしれませんね」
俯き憂う永遠の夜を愛でることにももう飽きた。
この手につなぐ温もりを信じられると思うから。
「そしたら……」
「おい」
「何です?」
ふいに触れた彼女の唇に動きが止まる。
「おぬしでも驚くことがあるのだな。はははは」
だからこそこの世界は面白く美しい。
汚れた手を繋いで小道を歩く。
それが修羅でも愛しいと思えば楽園に変わるように。
「戻りますか?」
「こんな遅いのにか?」
「何を言ってるんですか。誰が帰すと言いました」
あなたを幸せにしたいと願えば願うほど困らせてしまうのはどうしてだろう。
誰かを幸せにするということは実はとても簡単で難しい。
「さぁ今度はあっちに行きますよ」
だったらせめて二人で楽しく過ごせる空間を共有できるようにしたいから。
指先を絡ませてどこまでも行こう。
この星空を飛ぶように。
目と目も合わせられないほどの恋だっていいと言えるならば。
「今夜は寝かせませんから」
「どういう意味だ?」
「そのままですよ。私だってたまには我儘を言ってもいいでしょう」
「いつだっておぬしが一番に強いがな」
接吻(キス)が甘いと思うのはこれこそまさしく恋の味。
五千年をかけて見つけた至上の喜び。






18:48 2008/10/26

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