◆牧野の戦い◆





砂盆の上に落とした砂の山。
少女の指先から落ちた雫が沈んで描く家押印。
「何をしている」
男の声に振り返らずにその先だけを見つめて読み解く。
「占いを。これでも仙人だからね……仙術の一つとして」
「興味深いものだねぇ。僕は仙号を剥奪されているし、彼はあくまで道士だからね」
この先にある未来を彼女はまっすぐ見つめる。
それが課せられた宿命だからと。
「すべては必然であって偶然なんてありはしない。この世界を作った誰かの手の上」
銀色の瞳が男を捕らえる。
あのときには感じ得なかった恐怖を今度は彼が知る番だと。
「聞仲。趙公明。あなたたちにやってほしいことがあるんだ」
少女の後ろには長剣を構えた青年の姿。
肉弾戦をするには分の悪い空間だ。
空気がざわつき、この少女の深淵たる由縁。
あの場所で命を落とさなければおそらくは最大の難関になったであろう存在。
「何をだ」
「今から来る者たちの受け入れを。あなたに縁がある光が収監される。おそらく……
 それと紂王が最後の魂になる。何がおきても……もう驚く必要はないでしょう」
手のひらから生まれた蝶が二匹、左右男たち肩に止まる。
「監視をつけさせてもらうよ。あなたたちの進行具合を見たいからね」
「かわいい顔して食えないね、君は」
「食べられなくもないよ。味は保障しないけれども」
呼吸を紡ぐ度に高まる空気の緊張。
(同じ空を抱いて戦うんだ……ボクも望ちゃんと……)
最後の痛みを受け入れるその瞬間まで、彼女は歩き続ける。
降り出した雨は止みそうな気配。
それでもそれにすら気づかずに歩くから。
その足はもう皮膚も破れて骨が覗き、傷口は化膿しているのに。
「何を考えている…………普賢真人」
夢から覚めて気が付いたこの世界の残酷な優しさ。
「ボクは神様なんかにならなくていいんだ。ボクは……ただ……」
同じ未来を見つめたいだけ。
感じる何かの気配に俯いた。
「……いいんだ……神様になんて馬鹿げてる……」
無理して笑っていてもそれが笑顔に見えるのならば。
「侵入者を排除して!!今から封神台(ここ)の管理(システム)を書き換える!!」
その声に呼応するように変化していく空間。
浮かび上がるすべての封神されたものの名前の数々。
一斉に砕け散り少女の手元の文字盤の上に降り注ぐ。
意思を伝えるように。
「わけがわかんねぇって顔してんな。お前ら」
莫邪を一振り、道徳は型を取る。
頭上から落下してくる何かを切り落として粉砕して。
「封神台(ここ)を自由にされて困るのは誰だろうな?まして……操るのは女だ」
上着を脱ぎ捨てて少女を守るように男は次々にそれを切り裂いていく。
「成る程…………鈍った体を動かすにもいいようだ」
禁鞭を一振り。その破壊力はさすがは聞仲というところ。
「暴れるのは嫌いじゃないけれも……金蛟剪はあの子にあげてしまったからね」
取り出した妖刀は少女の魂を宿す。
普賢真人を守るように男たちは各々の力を発揮していく。
崑崙最強の剣士、道徳真君。
金鰲三強の一人、趙公明。
そして……最強の道士にして策士の聞仲。
「普賢!!おおよそにどれくらいだ!!」
次々に生まれてくる画面を手繰り寄せながら少女は的確に数字の羅列を書き換えていく。
初めに計画されていたものとはまったく違う形に。
それができるのはこの封神台内部においてたった一人。
そう、この銀髪の少女だけなのだから。
「今のところで四割。もう少し時間を稼いでもらえるとうれしいな」
きりがないと男が首を振って影の首を締め上げる。
「それとも……ボクが出陣したほうがいいのかな?」
挑発は自然に甘くさりげなく。
「馬鹿言え!!嫁にそんなことさせられっかぁッ!!」
残像がまるで彼が数人でもいるかのように惑わしてくれる。
「僕は女性には等しく優しくありたいからね。淑女を守るのは男子たるもの当然の務めさ」
生まれ来る黄金の竜。次第にその数は増えて頭上の空間では鳴り止まない雷鳴。
「ふん……女一人守れぬような男が国を守れるか!!」








封神台の中にちりばめられた無数の疑問符。
それを一枚ずつ拾い上げて打ち込んでいく。
完成されたものではなく不安定な存在、それが封神台なのだから。
「面倒な役目だなぁ……」
すべては運命であり決められたこと。
「でも……これがボクの役目だよね。望ちゃん!!」
あの日の景色を思い出だけに済まさないために。
この空に続く場所を守るために。
たった一人歩く友が寂しがらないように。
降りしきる雨を止ませるために。
「そろそろキミの動きを止めようか……ジョカ!!」
最後の一枚となった画面(モニター)を閉じて少女は剣を取る。
「はじめは違った名前だったはずなのにね……キミは仲間に愛されなかった。いや……
 愛されたのかもしれない。形は違うかもしれないけれども……」
剣先から生まれる青白い光。
「キミにつけた名前はそのまま世界を現したのかもしれない……始まりの女性……もっとも
 憎まれ禍々しい存在……それがキミの名前だ、ジョカ」
その言葉は次々に影を打ち砕き始める。
この封神台の内部においての絶対神に近い者。
それがこの少女の存在。
「消えた…………?」
穏やかな風に包まれた安定した空間。
封神台内部に散らばったジョカの記憶を一枚に収監する。
「この中では暴れられないよ。そういう風に書き換えたから」
ため息をつく恋人の傍らに立ってその額の汗を払う。
「何をした?普賢真人」
意味深に男に片目を閉じて。
「おまじない」
「……お前がやるのは呪詛だろう。普賢真人」
「言葉は口を離れた瞬間から意思を持つ。それ自体が力を持つように」
だから彼女は決して最後の言葉を言わない。
「ボクは……太公望の計画の成就を信じる」






天子紂王はもはや人間ではないと誰もが知っているのに。
かつてのあの人の面影が残像となって縛り付けて。
賢君だった彼の人はもういないのに、それも。
まるで恋のように過去に縛られてしまう。
(痛ぇ……止まんなくなってきた……)
血の流れこそが命の存在。そして――――――命が消えていく。
「俺っちも怪我人だから師叔と一緒にダレ組さ」
けれども彼女は知っている。
彼の命の期限が近いことを。
「仕方のないやつめ」
だからいわない。言葉が意味を持たないように自分の胸の中で何度も殺戮を繰り返す。
世界中の誰よりも彼はきっと命を今、輝かせようとしているのに。
その最大の障害となるものもまた彼女なのだ。
互いにわかっていた。
きっとこんな日が来るであろうことを。
彼の中に流れる血が従うことを拒むのだから。
「ヨウゼンさんもナタクも……強いさねぇ……」
「強さだけではあの紂王は倒せぬ」
ゆらり。陽炎のように彼女が揺らいだ。
「わしが出るよ。逃げるわけには行かぬ」
満身創痍なのは誰が見てもわかっていることで。
「師叔!!出てきてはいけませんっっ!!」
愛情も嫉妬も彼女に出会って知った感情。
触れた指先からきっと恋をした。
「この因縁も終わらせねば……聞仲に合わせる顔がなくなる」
死を覚悟した人の横顔はどこまでも美しく気高い。
たとえこの世界中が彼女を憎んだとしても。
この表情(かお)を知る者はきっとそうすることすら思いつかないだろう。
この空の続く場所にともにあり続けたいと願う気持ちのように。
「師叔…………俺っちがやるさ。親父を…………」
赤々と今まさに沈み行く太陽。
落葉落日、人の世界は巡り巡る。
「……超えるさ……」




届きそうで届かなかったはずなのに。
いつの間にか追い越してしまった。




23:31 2008/03/07

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