◆牧野の戦い―王家の血―◆







再び拮抗状態に戻った二人の女の戦いはいまだ終わりを見せない。
齢百にも満たない道士が狐狸精相手にここまで奮戦するとは誰が思えただろうか。
「太公望……頼んだぞ……野郎共!!体勢を立て直せ!!まだ戦は終わっちゃ居ねぇ!!」
王として兵士を導く彼の根底にあるものは。
誰よりも父への憧憬と少女への思いだったのかもしれない。
彼女が命を賭してまで守ろうとしたものは一つの国。
それは彼女の思い人が最後に託した望み。
「武王…………」
傷む傷口などないように彼は馬を駆る。
「粘ってくれ!!もうすぐ太公望が殷兵の誘惑を解除する!!そうしたら降伏を呼びかけて
 あいつらも助けられんだ!!もう殺し合いなんて必要ねえ!!」
流れ出る夥しい血もそのままに彼は檄を飛ばす。
もう幼さなどなく立派な男として。
「武王!!その怪我で無理はいけません!!」
「ヨウゼン!!お前は向こうまとめてくれ!!まだほかの部隊に指示出さなきゃなんねぇんだ!!
 このくらいでへばってたらあいつに笑われんだろ!!」
彼を男に変えたのは間違いなく風を操る少女。
彼女のことをわらうものなどもう誰一人として存在しない。
周は風の仙女の護る国。
黒髪を靡かせて今もなお戦い続けるその姿。
「武王!!」
細く凛とした少女のささやき声。
背後に飛び移った姿に重なる誰かの姿。
「馬鹿な人。この傷は放っておいていいものではありませんわ」
手早に止血をして少女は小さく微笑む。
「本当に馬鹿な人。でも……嫌いじゃないわ」
「……おめー……」
「似てますか?太公望さんに」
彼女もまた歴史に魅入られた一人。
今まで出陣しなかったのは師の教えを忠実に守り機を待っていたからこそ。
「わたしと太公望さんは血が繋がってますからね。奇跡的に生き延びた私の曾御婆ちゃん
 は太公望さんの妹なんです」
彼女は時折昔のことを話してくれた。
死に別れてしまった妹の名前。それがこの少女と同じものだったのだから。
鮮やかに光を受けて輝く瞳と髪飾り。
「私たちは姜の血統を受け継ぐ最後の二人」
「そうか……仲良くやろうぜ」
その昔にこの一族を受けれいれたのは他ならぬ彼の父。
だからこそ少女はこの地に留まり軍師となり導いてきた。
野次にも揶揄にも負けないように、聞こえない振りをしながら。
「ご恩返し、させていただきます。武王姫発さま」





人の戦いは決したと皇后は小さく笑みを浮かべた。
しかし彼女の遊びは甘くはない。
「やーめた」
傾世元禳を畳み妲己は視線を少女に向けた。
同時に兵士の誘惑も解除されそちらこちらでどよめきが起こり始める。
「よくここまでわらわを追い詰めたわね、太公望ちゃん」
少女は女の恐ろしさをよく知っている。
その自愛の笑みに似た下にある感情の意味を。
「とっておきのラスボスさまを出してあげる……紂王様!!遊びましょ!!」
彼女はずっとこのときを待っていた。
すべての道が交わりあうその瞬間を。
従者が導く天子のその姿。
「……あれが……紂王!?」
まだ幼い子供が君臨する王の座と相反する威厳。
まさしく天子はそこに居るという事実。
「余こそは支配者……天子、紂王である」
おそらくは即位したままの年を写し取ったのだろう。
実際の紂王はすでに五十も手前のはずだ。
白き天子の衣をまとい、少年は静かに涙をこぼした。
「余は…………余は悲しい。余の愛する諸侯たちに裏切られて……」
ぽろり、ぽろり。零れ落ちる涙の高貴さ。
生まれ持った王族の血は誰にも汚されることなくそこにある。
心配げに視線を下げる少女の目は新たなる王に。
(……発、おぬしとて王じゃ。何も引けなどとらぬのだ)
かつて、かれは父王の代わりと見られていた。
「発!!」
しかし今は新しい国を興すための王として迎えられようとしている。
新しい風は命を呼び覚ましすべてに光を運ぶ。
「己をしっかりと持て!!おぬしが武王なのだ!!」
あの時差し伸べられた手を受け取った。
その瞬間から運命は目まぐるしく変化をはじめ彼女は常に己を盾にして彼の前に。
傷だらけの体を何度抱いただろう。
何かを埋めるように二人で求め合った。
「しかし、余を裏切ったお前たちは……万死に値する!!」
壊れ行く世界を模るように天子はその姿を変えていく。
何を書き留めて行こうかと、つぶやく女の髪を撫で上げながら。





「普賢か?」
画面に映し出されるのは道行天尊の姿。
緋色の巻き毛が風に僅かに揺れ、歴史の変わり目を少女に伝える。
「いよいよだ。歴史が動く」
灰白の少女は眉一つ動かさずに笑みを浮かべた。
歴史ははじめから準備されていた。それを彼女たちは遂行してきただけだと。
巧妙に張り巡らされた糸を抉りながらもう一本を仕掛けていく。
それは太公望にしかできなかったことだろう。
だからこそ、彼女はこの計画の遂行者として選ばれてしまった。
何もかもはじめから決められていたのだから。
「ボクたちもだいぶわかってきたよ。この裏にいるものの形が」
「そうか……儂は何をすればいい?」
「あはは、判ってるくせに。もう少ししたら動いてもらおうかな」
「そちらに向かうか?」
「ううん。いずれ会えるよ。だからそれまで死なないで」
絡まった糸は一本の道に変わった。
少女はたった一つの真実を見つけて、もう一人の遂行者として道を進む。
「道徳」
男の胸にそっと手を当てる。
「望ちゃんが大変なのに、ボクは力になれない」
誰も傷つかない戦争なんてものは存在しない。
「ボク…………」
大きな手が銀色の髪に触れて、やさしく何度も撫でる。
彼はどんなときでも彼女の傍を離れることがない。
運命すらその剣で切り裂いてきたのだから。
「……んー……」
額に触れる唇に瞳を閉じて。
背中を抱いてくれる腕の温かさはこんなにも心を強くしてくれる。
白夜の中におぼれる様に。
「できればここに……誰も来なければいいのに……」
それは欺瞞であり驕りであることなど重々承知していた。
奇麗事で偽善であることだと。
それでも、祈らずにはいられずに。
こぼれる涙をぬぐうことすらできないままに、こうして佇む。
「腹に子供がいると泣き虫になるのかもな」
「……馬鹿……」
「いっぱい泣いとけ。その分俺がお前をちゃんと守るから」
歴史を操るは女の影。
「いろいろやることあるもん……聞仲に聞いたこととか全部まとめたし……」
西を目指し、彼がやらんとしたこと。
金鰲側をまとめる事を条件として少女は彼の意思を受け継いだ。
封神台内部の解析図を脳内に納めているのはこの普賢真人のみ。
何のために魂のみが収監され、完全なる死を与えられないのか。
胎内に感じる息吹のように封神台の中に渦巻く幾重もの魂。
ああ、世界は新しく生まれて死に行く。
足元に転がる宝貝はまだ少女を戦いから解放してはくれない。
「禍は女の胎より産まれ出る……原始の卵の話だね……」
「?」
「歴史の生みの親……ジョカっていうの」
腹部を摩りながら少女は瞳を閉じた。
第三世界の申し子になるであろう我が子を思う。
「妲己が何をしようとしているのか……彼女はどこまでも女だからね……」
「お前が妲己だったらどうするんだ?」
「そうだね……ボクはあなたをきっと使うよ。だから、妲己の考えがある程度は読める。
 彼女が何にならんとしているか……怖いね……」
砂一粒までの完全なる支配。
「あ、望ちゃんのほう見なきゃ」
銀色の砂は服従を拒んだ。




青い血が一筋流れ天子は咆哮する。
「下賎のものたちが!!」
足蹴にされ散っていく兵士たち。
魂などいくらでも補充が効くとばかりに紂王はいよいよ狂い行く。
「ナタク!!」
青年の声に応える少年が両腕から乾坤圏を打ち出す。
ヨウゼンの手から放たれた衝撃波を巻き込み天子を飲み込む熱波の嵐。
「!!」
「下賎のものの力など、天子には効かぬ!!」
吹き上げる風が少女の頬を撫でた。
ただじっと前だけを見詰める漆黒の瞳。
まるで鷲でも射止めるかのようにその視線は研ぎ澄まされる。
「わしが行く」
太極図を手にして風を呼び込む。
太公望は本来風の道士。この世界に愛されてしまった哀れな少女。
「太公望師叔」
傍らに降り立つ青年に視線を向ける。
荒い息ではあるものの、まだまだ戦えるとその瞳が輝いた。
「あなたはしばらくお休みください。妲己はしばらく動きません」
「………………………」
「妲己と直接に対峙できるのもあなただけです。だからこそ、いつもあなたは傷だらけに
 なってしまう……」
細い指先が青年のそれに触れる。
傷つき腫れた指は少女の年頃には胸を痛めるほどに。
「一度だけ……一瞬だけかもしれません……」
重なる視線に心臓がどくん、と大きく動く。
「あなたを守らせてください、師叔」





赤い血で何を書き留めよう。
この狂った太陽の下で。




0:42 2007/11/04

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